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110.十三番目の王子は父が怖い

 ここは公園。他にも人はいるが、周りに目を向けても皆さん知らんぷりをするばかり。でもこんな怖い人達に関われば大変なのは明白なので、私も責める気持ちにはなれない。

 普通なら萎縮する場面だが、私達姉弟に恐怖はない。


「……ちょっと、可哀想かなあ」


 エミールもこの通り、半ば同情気味だ。

 私達の視線が気に食わなかったのか、青年はまなじりを吊り上げて怒りを露わにする。同行者に命じて私達を捕まえようとしたところで……。


「いやあ、はは、申し訳ない」


 突如青年の背後に現れたニーカさんの笑い声に振り返ろうとして、失敗した。彼女は昔からの親友のように、にこやかに青年の肩を抱いた。


「尾行に関しては、いい部下をお持ちのようだが、叩きのめしてやるー……なぁんて気持ちで相手を睨み続けていては台無しです。な、ライナルト」

「素直に下手くそと言ったらどうだ」

「いやいや、いやいやいや。そんな正直に言ってホンモノを寄越されたらどうする。こういうのは適当に言っておけばいいんだ」


 念のためだが、二人ともわざと青年を煽っている。

 ライナルトもいつの間にか姿を現していた。当然、青年の随従も反応して剣を抜こうとしたが、彼らは突如目をうつろにさせたかと思うと、身体から力を抜いてしまう。

 遠くから見ると、ただ佇んでいるようにしか見えないだろう。青年は混乱してわめき立てた。


「お、お前達!? どうした、私の命令が聞こえないのか!」

「聞こえてるよ~。でも、ちょっといまはそういう判断はできないようになってるかな」


 まるで親しい友人のように彼らの肩を叩きながら現れたのはシス。にこやかに笑っているが、その手は淀みなく相手から財布を取り出し、硬貨を自分の袋に移している。まったく手癖が悪いけど、これがシスへの報酬だ。

 ……なお、決して私達が言い出したのではない。街中で大事にならないよう協力してほしいとお願いしたら、シス自らこの報酬でないと受けないとごねた。

 部下は使いものにならない。

 尾行していた相手に囲まれてしまっている。

 この状況に青年は焦った。

 声には出さないが、それはもう可哀想なくらい狼狽えている。視線はあちこちを彷徨って、どうにか打開策を見出そうとしているのが丸わかり。

 だけどニーカさんが袖の内側に隠した小剣に、悔しそうに首を振った。

 

「くっ……殺せ……!」


 諦めが良すぎる。

 もうちょっと抵抗くらい……いえ、違う違う。そうじゃない。私までライナルト的な思考に染まってしまうのはよろしくない。

 この青年、なにを勘違いしているのか知らないが、私達がこのまま集団暴行でも働くと思っているらしい。


「我らが神民を言葉巧みに堕落せしめるだけでなく、神聖なるラトリアの大地まで穢そうと目論むオルレンドルの穢れ共よ。たとえ私が死そうとも、神が必ずやお前達に神の雷を落とすであろう……!」

「……ねえエミール、もしかしてこの人、結構面白い人かしら」

「そんなこと言ったら可哀想です。ご本人は真剣ですし、ほら、熱心な信教徒ですから」

「聞こえているぞオルレンドルの侵略者共!」


 怒鳴られても、この中には神が代理で雷を落としてくれるなんて信じている人がいないので、イマイチ空気が微妙だ。あ、でもこっそり遠くから見張っているはずのマルティナなら、もしかしたら……。


「……馬鹿らしい」

「なんだと!」


 そういえばこの中で、誰よりも神頼みが嫌いな人がいた。

 侮辱された青年は声の主、ライナルトに向かって拳を握ったが、彼の目を見た途端に勢いを削がれた。

 ライナルトは侮蔑の眼差しで青年を見下ろしており、続けて落胆の息を吐いた。


「ヤロスラフの息子だから少しは気概なり見せてくれると思ったら、危機を前に抵抗もせずに神頼みとは……」


 私とエミールに手を貸し立たせてくれると、私達の背を押して立ち去ろうとする。落胆に衝撃を受けたのか、相手にされていないと理解した青年が、ライナルトに追い縋ろうとして、ニーカさんに阻止された。


「待て、貴様ライナルト帝であろう。侵略に来ておいて、我が名すら聞かずに去るというのか! ヤロスラフが十三番目の息子、ヤーシャを前に作法も知らないのか!」


 ライナルトは無視して行こうとしたけど、私が足を止めたので留まった。

 ただ、それでもやはりヤーシャに答えようとはしない。業を煮やす相手には、シスが肩を叩き、訳知り顔で、やれやれと言いたげに首を振った。


「侵略なんて、そんな、この少人数でどうやってラトリアに危害を及ぼすっていうんだい。僕たちはただの観光客だって」

「嘘をつくな。オルレンドルの皇帝と皇后が揃って観光など、貴様、私を馬鹿にしているのか」

「うんうん。気持ちはわかる。すごーくわかる。普通の王様がこんなとこ来るわけないもんな。でもこいつ普通の王様じゃないし、弟子もちょっと頭がやられててさ。これ、悲しいけど現実なんだよね」


 さりげなく私まで貶めるのは忘れないシス。

 怒りに肩をふるわせる青年、よく見ると以前出会ったジグムントと面差しが似ているけど、年齢はこちらの方が若そうで、自身の感情を制御しきれていない節がある。王族として誇りがあるのか、確かにこれは尾行なんてできそうな人柄じゃない。

 ヤーシャの勘違いが空回りするのは自由だけど、いつまでも公共の場で騒いではいられない。シスが旧友のようにヤーシャの背中に手を回し、ニーカさんが低く笑った。


「まあ、ここで騒ぎ立てるのは結構ですが、こんなところでは落ち着けませんので、場所を変えましょう」

「私は……」

「私共としては構わないんですよ。ただ、貴殿、誉れあるヤロスラフ王のご子息なのでしょう。ここで王族の方だとばれて、部下共々外国人にいいように負けたとご兄弟や王に報告するつもりですか」

「ぬぐっ!?」


 精霊郷では少ししか喋っていないから知らなかったけど、率直で扱いやすそうな分だけ、こういった裏の仕事には向いてなさそうだ。

 ニーカさんはヤーシャの沈黙を肯定と受け取って、さぁ、と片手を広げる。

 

「私共は話を聞き、そして誤解を解きたいだけなのです。大人しく来てくだされば何事もなく解放するとお約束しますよ」


 矜持の高い若者をうまく誘導するのになれている。それでもヤーシャは信じきれないようで、人形のようになってしまった部下達を不安そうに見た。


「お前達が私を無事に帰す保証がどこにある」

「周りをご覧下さい。部下の方は呆けてしまっていますが、ここには市民の目があります。つまり貴殿になにかあれば、疑われるのは私達です」

「私の部下達に使った魔法があれば、追っ手など誤魔化せるではないか」

「いやいや、魔法があっても大軍には敵いません。そもそも、ここからラトリアの領地を抜けオルレンドルに帰るまでに、どれほどの距離があるとお思いですか」


 万が一、軍に追いかけられても黎明で逃げられるけど、ヤーシャはそんなことは知らないので、納得した様子で一歩を踏み出してくれた。

 それでも自分が何処に連れて行かれるかは不安を覚えたらしく、行き先を尋ねるヤーシャに、ニーカさんは笑顔になる。


「これから貴殿のお父上の元に行くのです。それが解決策への、一番の近道でしょう?」


 お父上、と聞いた途端、ヤーシャから悲鳴が上がった。

 

「やめろ! 私の行動に父上は関係ない!」

「いえいえ、そうおっしゃられても、ご子息がこうして出てこられたわけですし」

「違う。こうして出てきたのは私の独断であって、あの方はお前達に手出しするなとおっしゃられた。だからこのことを知っているのは私だけだ。兄上達すらなにも知らない……!」


 逃げようとするヤーシャは厳格な王に慄く臣下ではなく、怖い父親の拳骨から逃げようとする子供に様変わりした。



2巻のカバーイラストが公開されました。

カレンとライナルト、結婚式の市街パレードイラストです。素敵ですのでご覧ください。

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