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109.弟は素敵な人たらし

 可哀想な間者に同情を向けつつ、今後について私達はどう対応するべきなのだろう。

 味方の少ない現状、ライナルトは何か策でも立てているのだろうか。珍しく考えあぐねているようだ。


「手出ししてこないなら放置しようかと思ったが、あの若者、始めから私を敵視していたからな……」


 尾行中もずっと睨んでいたのなら、何をしてくるかわからない怖さがある。

 ライナルトが悩む間、私は黎明に尋ねた。

 

「そういえばれいちゃんは、こっちにきてからもずーっと静かだけど、蒼茫の気配は感じないの?」

「それがさっぱりなのです。もし蒼茫の魔力を少しでも感じたのなら一度話し合いに臨んでみようと思っていたのですが……」

「お城の方からは、精霊の気配がするのよね」

「数は多くありませんが、それは間違いありません」


 ただし、これまで街中を散策して話を訊いて回った限り、ラトリアが精霊を抱えているような話は一切流れてこない。それより耳にするのは、ヤロスラフ王に対する心配の声の数々で、いつか話したおばさんのように、殆どの人が王の不調に不安を抱いている。


「わたくしのあなたは、気になることはありましたか?」

「ヤロスラフ王が好かれてるのはわかった。これまでの功績も考えると脅威になる人って印象だけど……」

「だけど、何でしょう」

「現王が偉大すぎて、世継ぎがほとんど信頼されてないのは、問題かもね」


 そう、ヤロスラフ王に対し、ジグムントに対する期待の声は殆ど聞かない。街で聞く声は「ヤロスラフ王が指名したから」の一点のみで、ちょっと同情してしまうくらいだ。様々な話を聞き回った現在だと、なんとなく王弟とヤツェク王子が反旗を翻した気持ちもわからなくはない。

 それに気になるのはもう一つある。


「……ラトリア王の側室にウツィアなんて方、いらっしゃらないのよねぇ」


 星の使いが各国の要人を招集したあの場所で、私に会談場へ向かうよう教えてくれた女性だ。てっきりウツィアはお気に入りの側室かと思っていたのに、いざラトリアに来てみたらどうだ。いくら人々から話を聞いても、ヤロスラフ王の側室にウツィアなんて女性はいない。念のため政に関わっている王子の妻子の名前を調べてみても、それらしい名前すら引っかかていなかった。

 ……あの方、一体何者だったのかしら。

 黎明の身体に埋もれながら杯を傾けていると、ちょうどライナルトが決断したような顔をしている……のは良かったけど、どうして私からお酒を取り上げようとするのだろう。

 取られまいと攻防を繰り広げるも、力で敵うはずもなく、私の愛しいお酒はライナルトの胃の中に納まってしまった。


「ライナルト、ちょっと、あなた!」

「明日は二日酔いになられては困る。黎明、カレンがそれ以上、酒を飲まないように管理していろ」

「かしこまりました」


 なんだろう。ライナルトと黎明が普通に話せるようになったのは嬉しいけど、この疎外感。

 そしてライナルトは一体何を決めたのだろう。アヒム達の勝負に自分も混ぜろと言わんばかりに割り込んで、お酒を煽りはじめる。

 なお深夜まで及んだ利き酒勝負の勝敗は、なにが一体どうしてそうなったか、黎明の勝利で幕を閉じた。翌日は私以外の大人組が二日酔いで潰れる事態に見舞われるのだが、世にも珍しい光景が見られた私は日記を購入し、皆の様子を事細かに記録へ記したのだった。




 夫の二日酔い明けの日、私は外で休憩していた。

 特に何かしているわけではない。近場に公園があると聞いたので、エミールやルカと一緒に散策に出たのだ。公園は近隣の住人ばかりだが、子供を遊ばせている親もいて安全だ。マルティナは先ほど飲み物を買ってきてくれると言って、どこかへ行った。

 私は使い魔の黒子犬を、キルステンで飼っている犬のジルほどの大きさにして、エミールに抱かせている。どうもグノーディアに置いてきたのが、いまになって寂しくなってきたらしく、せがまれてしまったのだ。

 使い魔は間近で観察されなければ、黒い毛並みの犬と変わりない。

 エミールは目一杯抱きしめた黒犬に頬ずりし、ジルへの想いを語る。


「今頃絶対寂しがってるし、こんなに安全な旅路だったら、一緒に連れて来れば良かった」

「安全……? だったのは姉さんちょっと疑問が残るんだけど、空の旅路だし、ちょっと難しいんじゃないかしら」

「そこはクーインを説得したみたいに、シスに頑張ってもらって説得……しても難しいかなぁ」

「シス頼りにするのもどうかと思うの。私もジルと久しぶりに遊びたかったけど、なんにしても、ラトリアが思ったより平和だったのは結果論だし……」

「…………元気にしてるかなぁ」


 父さんも結構犬好きだからきっと大丈夫なのだろうが、エミールが落ち込む気持ちもわかる。私は弟の気を反らそうと話題を変えた。


「昨日は近場で買い物してきたのでしょう。なにか面白いものは見つかった?」

「いえ、土産や暇つぶしになりそうなものを探しに行っただけだし、面白いっていったら、姉さん達に渡した木彫りの杯くらいですよ」

「……あれ、かなり独創的だったけど、逆に何処で見つけてきたの?」

「その辺の店にありましたよ。まあ、普通すぎて面白みに欠けましたけど、量が入りそうだからいいかなって」


 大量の麦酒でも注げそうな杯に、大きく口を開いた男性が彫られた、ちょっと怖いような奇っ怪な杯が普通だろうか……。

 エミールは既にお土産品をいくつか購入している。

 その中で見せてもらった、手の平大の風景画は、理解できる。硝子細工の中に、色とりどりの硝子珠を詰めた細工品も、わかる。でも喜怒哀楽を表現したという斬新さしか感じられないお面や、犬らしき動物が二本足で立っている陶器は……かなり独特だった。

 もちろんエミールを尊重するし、私の趣味に合わないだけなので好きにして構わないのだが、どんどん弟の趣味がわからなくなってくるのも事実。

 他にもペンや工芸細工を見繕っている最中で、なるべく小物をたくさん持ち帰ろうと画策しているらしい。


「俺、ラトリアで文通友達でも作ろうかなって思ってるんですけど」

「ああ……外国のお友達ができたら素敵とは思うけど、なかなか難しいのではない? ラトリアの方は親切で気さくだけど、打ち解けるには時間が……」

「いえ、できるかもしれません」


 弟の会話の文脈が読めなくて首を傾げてしまった。

 ……確かに別行動を取ってたりするけど、地元民との交流は念のため、アヒム達に気を配ってもらっている。エミールは確かに、気が付けばお友達が増えている交流お化けだけど、親しくなった地元民なんていないはずで……。


「昨日仲良くなったんですよ」

「きの……」


 え? 昨日? 昨日の今日で文通友達……?

 混乱する私をよそに、エミールは続ける。


「土産屋を見て回ってたとき、ぶつかった女の子と気が合いまして。ニーカさんを待たせるからすぐに戻りましたが、一応連絡先だけ交換してきました」

「ん゛っ」


 変な声が出た。

 えっと? ええと? ……ちょっと話しただけの女の子と、連絡先を交換、した?


「エ、エミール。ちなみにその子とは、どのくらい喋ったの?」

「あまり長くはないですよ。店に入って……あんまり広くない店内をぶらぶらしてたくらいの時間ですから」

「な、なんで気が合うって思ったの、かしら」

「絵の具持ってたんですよ。あとは使い込んだ調色板に、筆の束! あれは絶対使い込んでるやつだと思って話しかけたら、やっぱり絵描きだったんです」

「へ、へぇ……」

「オルレンドルで発行された画家の本を持ってるらしくて、俺も同じもの持ってるんだって言ったら、けっこう話が合ったんです。また話そうってことで、工房の住所を書いた紙をもらいました」


 無邪気に話す弟はキラキラ輝いていて、姉の贔屓目をなくしても、女の子を騙そうなどと、邪な意図は感じられない。将来、芸術学校を開きたいエミールにとって、ラトリアの絵画に触れられる機会はまたとない。そこは姉として純粋に嬉しい。

 けど、私は思わずにいられない。

 エミールの人たらしの話は聞いていた。シュアンの件や、ついこの間のヤロスラフ王の一件で、私も思い知ったばかりだったはずなのに……!


「ヴェンデル、助けて……!」

「姉さん?」

 

 私じゃ処理しきれない……!

 悔やんで拳を作っていると、私達の上に影が差す。

 顔を上げると、複数の男達が私達を見下ろし、複数人で囲んでいた。

 粗末な服に身を包んでいるが、肌の艶やかさや健康状態で、普通の市民ではないのは明らか。

 中央に立っている青年には顔に覚えがある。敵意を込めた眼差しを隠そうともせず、くいっと顎を動かす姿は、命令に慣れている風だ。


「お前ら、よそ者だよな。ちょっと顔貸せ」


 興の欠片もない、実にありきたりな台詞に、私はつい言ってしまった。


「本当に掛かっちゃった」

※文通については元転2巻で会話として詳細を加筆


来週あたりから2巻の情報が出始めます。

表紙、挿絵箇所、加筆内容、書き下ろし、書店特典、お知らせなど随時発信していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

更新速度がゆったりなのは、あと少しだけ余裕がないのでお待ちください。

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