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104.キルステンの血

 ラトリアは街の要所要所に兵士が配置され、平穏が乱されないかを見張っている。 いずれの兵士も屈強で愛想の欠片もない。常に外国人観光客を見張っているけれど、反対に街の人々は気さくに兵士に話しかけている。

 私はエミールを連れ、なるべくお喋り好きそうなおばさんがいる店を見繕うと、買い物がてら話しかける。


「ラトリアってはじめて来たんです。さっき教会を見てきたんですけど、すごく綺麗な場所なんですね」

「あんた見かけない子だと思ってたんだけど、やっぱり観光客かい。どこから来たの?」

「ファルクラムからです」

「あんなところからわざわざ来たのかい」

「知り合いに、ラトリアはすごいところだって聞いて、ずっと来てみたかったんです!」

「へえ……余所の国のお嬢さんから見て、うちの教会って綺麗なのかね?」

「もちろんですよ、あんなすごい建物見たことないです!」


 コツはとにかくラトリア大好きを強調することと、警戒心を招きそうなライナルト達は引き離すことだ。笑顔と愛想は大安売りで国を褒めれば、相手は悪い気はしない。


「これから闘技場に行ってみるつもりなんですけど……」

「あら? 闘技場に行くのかい?」


 おばさんはちょっと顔を曇らせた。


「はい、有名だと聞いたので。なにか問題とかありますか?」

「問題はないけど……場所によっては荒くれ者が多いし、入り乱れて帰りたくなっても引き返せなくなるから、安い席はおすすめしないよ。ちょっと高くても良い席をお取り」


 席も購入場所によってはぼったくられるらしい。良心的な売り場を教えてもらいながら、無知を装って聞いてみる。


「王城も是非間近で見たいのですけど、どこか見学できるところはないのでしょうか」

「数年前までは前庭階段までは行けたんだけど、いまは封鎖されちゃって入れないんだよねぇ」

「やっぱり内乱の影響です?」

「うん。王様の弟と、ご子息のヤツェク様があんなことしちゃったから」


 悩ましげにため息を吐くおばさん。

 あんなこと、というのは息子ジグムントが世継ぎに指名されるきっかけになった、一番新しい内乱だ。


「ヤツェク様ったら、せっかくヤロスラフ様がみんなのために頑張ってたのに、期待を裏切るような真似しちゃってねぇ。そのせいで王様もすっかり弱っちゃって表に出てこないし、まったく酷い話だよ」

「ヤロスラフ王はお顔を見せられないんですか?」

「そうなんだよぉ。あたしたち、王様が春にやってくれる行進が楽しみだったのに、ヤツェク様のせいで去年からなくなっちゃって、ほんと散々さ。みんな迷惑被ってるよ」


 街の人は軒並み反乱を起こされたヤロスラフ王に同情気味で、信頼の厚さも窺える。


「お世継ぎにはジグムント様をご指名されたんでしたっけ。その方が代わりに行進を行うとか、ないんですか?」

「うーん。あんた、気になるの?」


 すかさずエミールも割り込む。


「お祭りが見られるって聞いたんです。俺たちの国じゃそういう行進はなかったので、珍しくて」

「ははぁ。余所じゃできないってのは……きっと暗殺を恐れてできないのかね」

「あ、はは……そうですね、暗殺、怖いですし」


 普通はさっくり暗殺なんて言葉は出てこない。

 内乱が多い国ならではの国民の感想で、おばさんは自慢げに頷く。


「やっぱり堂々とお立ちになられるヤロスラフ様は偉大なんだねぇ」

「離れた場所からでも一目でわかるほど偉大な王様だって聞きました」

「うふふ、おひげが格好良くて逞しい王様だよ。あのお年で、まだどんな戦士だって敵わないんだ」

 

 エミールにほだされて、ジグムントについても教えてくれる。

 

「ジグムント様は……なんだろうねぇ。実を言えば、あたしはあんまり知らないんだよ」

「えっ?」

「すごい武人だって話は聞いてたけど、表に出てきたことは滅多にないんじゃないかな。目立つのが好きじゃないのかもしれないね」


 内乱後、いまだ王城が開かれないのは、他の有力な候補を差し置いてジグムントが指名されたのも関係あるのかもしれない。いまは観光客は近づくのも危険だと教えてもらい、私たちは丁寧にお礼を告げて店を離れた。

 今度こそ向かう闘技場は、かつてファルクラム領で見た闘技場を何倍にも大きくしたような建物だ。円形となった建造物の外観は堂々たるアーチと柱で飾られ、中央には広大な砂地が広がっている。観客席は幾層にも重なり、傾斜は一目で数千人規模の観客を収容できることを示している。

 貴人用の観客席を買う頃には前座の闘牛が始まっており、会場はあたたまっている。牛が突進するたびに歓声が大きくなり、はじめて闘牛を目の当たりにするヴェンデルなどは目を瞑った。

 闘牛が終わり、人間の試合になると、熱狂は最高潮に達した。

 あちこちから騒々しい歓声や掛け声がこだまし、闘士に向かって様々な野次を向けるのだ。闘士は上半身が半裸で、それぞれ武器を持っている。


「本格的ねぇ……でも、ちょっと雰囲気が怖いかも」


 野次は応援するにしたって「殺せ」は過激すぎやしないだろうか。

 身を乗り出す人々は、誰もが目を剥いて恐ろしい形相だ。熱狂的すぎて怖いし、未成年に見せるべきものではなかったかもしれない。

 早くも後悔を覚えていたら、おもむろに肩を抱かれた。

 ライナルトが険しい表情で戦いを見守っており、アヒムやニーカさんなんかも、それぞれがさりげなく目配せを行っているのだ。

 彼らの行動の理由はすぐに判明した。

 殺人だ。

 私は闘技場で闘士たちが戦う意味を間違えていた。

 てっきり闘争する姿を楽しむだけの場所かと思っていたのに、ラトリア人たちが求めたのはそれ以上だったのだ。闘士たちの決着は、片方の命がなくなることで勝敗がつく。

 命乞いをする敗者に勝者がとどめをさそうとする瞬間は、ライナルトが私の目を塞ぐ。


「見るな」


 視界が塞がれる寸前に、唖然とするヴェンデル達の目をアヒムが覆うのをみた。

 早々に会場を退散する私たちを、闘技場の兵士が嘲笑するように見送り、エミールがようやく口を利けたのは、宿に帰り着いてからだった。


「殺し合いまでやるんだ……」

 

 ヴェンデルなどはまだ気分が悪いようで、難しい顔を隠さないし、事前に闘技場について調べていたマルティナすら混乱気味だ。彼女の責任ではないのだけど、殺人を見せてしまったことに後悔しているらしく、辛そうに世話を焼いてくれる。


「闘技場における殺人は数十年も前に禁止されたはずです。再開されたなどと聞いていたら、決して皆さまを連れて行きはしませんでした」

「最近また再開したんだってさ」

「シス様」


 遅れて帰ってきたシスが教えてくれた。

 ついでに情報収集をしてきたらしく、闘技場の規則変更について話してくれる。


「闘技場の殺人を禁じたのはヤロスラフだけど、そのヤロスラフから規則を撤回するって、また許可が下りたらしいよ」


 許可が下りたのはついこの間の出来事で、このため私たちは情報の入手に遅れたのだ。

 なぜ自ら禁じた殺人闘技を再び再開させた理由は不明。ただ、解禁に伴い闘技場は別の意味で盛り上がっているそうだ。

 闘技場は素晴らしかったけれど、またあそこに行きたいとは思わない。

 結局気分は盛り下がったままその日はお開きになったのだけど、私は翌日も観光とは行かなくなった。


「外……行きたい……」


 熱を出したのだ。

 熱を出して布団を這い出そうとする私を制するのはライナルト。

 淡々と「駄目だ」と、私の額に濡れ布巾を置き、再び寝かしつけようとする。


「観光……」

「時間はいくらでもあるのだから、数日程度問題ない」


 気落ちした隙を狙って、これまで蓄積された疲労が一気に身体を襲った。おかげで皆は観光に行くのに、私は取り残される始末。しくしくと寂しく部屋で留守番だ。

 翌日になると微熱程度にはなってくれたけど、大事を取ってこの日も留守番。更に翌日になると、私はライナルトを追い出した。

 せっかくラトリアに来たのだから、彼にだって観光を楽しんでもらいたい。この頃になると皆は街の雰囲気に慣れたので、別行動で街を散策する人も出てきたのだ。ニーカさんには、ついでにライナルトも連れ出してほしいとお願いした。

 出かける間際までライナルトは私を心配した。


「本当に大人しくしているか」

「しつこいですよ。ルカやマルティナが残ってくれますから、変な輩も近寄りません」

「……いくら金をかけてもいい、必要なものがあったら宿の人間を使え」

「大丈夫ですってばー」


 絶対に宿からでないのに、まるで私が何か引き起こすと疑われるのは心外だ。

 何度も繰り返す夫を見送ると、言葉通り私は部屋に籠もった。体はここぞとばかりに疲労を訴え、眠っていればあっという間にお昼。飲食は部屋でもできるけど、少しは歩かないと健康に悪い。宿の隣にある飲食店に移動した。

 ここは宿の併設だけあって、ご飯もいくらかまとも。絶対舌に合うものを見つけ出すのは難しいけど、何度も利用する間に、安全な料理は見繕えるようになった。

 エミール達も一度戻ってきたらしく合流できたのだけど、そこで私は思いも寄らぬ人物を視界に捉えた。

 アヒムと仲良く談笑しているのは屈強な老人だ。

 私に気付いたエミールが、その人を紹介する。


「俺がごろつきに囲まれたところを、このおじいさんに助けてもらったんです。お礼代わりに、一緒に食事を……姉さん?」


 恩人にお礼を言うどころじゃない。

 その人は顎髭こそなくなっているけれど、間違いなく見覚えのある人物だ。声を忘れていると、老人も私の姿を認め、目を丸めながら顎を撫でつける。


「これはまた……なんとまあ、奇遇なものよ」


 ヤロスラフ三世だった。



なにもフラグを成立させるのは姉ばかりじゃない。

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