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102.みんな活き活きしているのは間違いない

 ラトリアの首都ドーリスは、大森林を抜け、数々の岩山を抜けた先にある。首都はゆるやかな傾斜になっており、大胆不敵にも天然の岸壁に囲まれている。首都を見渡せる位置に城壁が並び、分厚い石の壁が王城を不可侵のものとしていた。

 首都周辺はほとんどが岩肌の大地に覆われており、作物を恵んでくれる土壌は限られている。いまは雪もすっかり溶けているけれど、冬は吹雪で視界が遮られてしまう程に過酷で、霧が深く変わり映えしない大地が続くから、真冬には道に迷う遭難者も多いと聞く。

 ラトリアは他国民が入退場できる門を制限している。

 正門に至る道からは城壁を見上げられるようになっており、ライナルトとニーカさんは、その堅牢さを称えた。


「この堅固な守りは攻め入る側としては苦労するが、守られる側としてならば、これほど心強いものもない」

「めちゃくちゃ無骨で私の趣味じゃないが、ここまで飾りってものを捨ててるといっそ感動的だな。具体的には遊びがなさ過ぎて十日くらいで病みそうだ」

「渋い城砦が好みかと思っていた」

「派手派手しいオルレンドルに慣れた私に倹約質素なんて言ってみろ。いますぐ蕁麻疹ができるぞ」

「なあ、きみたちって攻める守る以外の観点で感想を出せないわけ?」


 シスが呆れても、いまさらこの二人が変わるわけない。

 アヒムも高所落下でとうとう突っ込むことを諦めて、それとなくヴェンデル達を誘導し、マルティナと一緒に歴史の授業に興じている。

 道の真ん中で立ち止まるニーカさんたちを、旅人たちが怪しみ距離を置く。彼女はそんなことをなど気にせずシスに問うた。 


「ラトリアはそう離れていない場所に港を持っていると聞いたことがある。そこから首都は攻められないのか?」

「きみ、じいさんなんかがラトリア人だろ。そのくらい聞いてるんじゃないか」

「情報は自分で集めろって人だったから知らないんだ。で、どうなんだ」

「一応繋がってるけど、港と首都はきっちりかっちり区分けされてるから、港を落としたからってどうなるもんじゃないぜ」

「ならば兵糧攻めが定石か」


 話を総括して腕を組むライナルト。

 もうだめ、思考が完全にそっちに行っちゃってる。

 シスがどーにかしろと目で訴えてくるので、私もなんとか宥めてみるべく声をかけた。


「兵糧攻めにするにしたって備蓄にもよるでしょう。そこを知るためにも、ここは首都に入って落ち着きませんか」

「おい弟子」


 こうでも言わないとずっと戦争談義されるんだってば。

 実際、この言葉で二人は納得して歩きだした。

 グノーディアと違い、首都への正門を通過するには身分を証明する書面が必要だ。今回の場合、私たちはファルクラム領から一家になっているので、ファルクラム領から発行された書面をもっている。もちろん偽造だけど、国から発行された正しい偽造身分証明だ。

 仮の身分証明を持ったシスが笑った。


「頻繁に出入りしている商人なんかがいりゃあ、そいつにくっついて入ることができるんだけどね。こんな書面はあってないようなもんだけど、体裁を保つためってやつだ」

「提示の目的は新顔の把握です。ラトリアに観光目的で来る人は早々いませんから、強く警戒しているのでしょう」


 流石にマルティナは詳しい。

 

「闘技場で一旗あげようってやつがいるだろ?」

「そんなことにはりきるのは、わたくしが知る限りラトリア人くらいです」


 とうとう私たちの番がやってくるも、門の通過は滞りなく終わった。旅行の目的も聞かれたけれど、そこはアヒムの舌先三寸とシスの出番。兵はあっけなく騙されてくれたし、黒髪に変えてもらった私や、髪を括って眼帯を付けたライナルトは見た目を誤魔化している。

 今回はこれ以外に認識阻害の魔法は使わないと決めたシスの回答はこうだ。


「こんなところにオルレンドルの皇帝陛下がいるなんて誰が思うのさ」

「そうだろうけど、万が一とは思わない?」

「マスターは少し悩み過ぎね。アナタ達の顔を知ってるにしたって余程の高官だろうし、あんまり目くじら立てるものじゃないわ」

「ラトリア人の殆どの人間は国から出たことがないんだ。ここにはテレビなんてもんがあるわけじゃあない。似てるなーと思ったところで、それでおしまいさ」


 ルカも当然魔法禁止なので、人間の少女として地面に足を付けている。

 これ以上私たちが拘るならフードを頭から被った不審者になるしか他なく、窮屈な思いをするくらいなら堂々と居直ることを決めた。

 このおかげで、行き交う人々からシスやライナルトはずっと注目を集めているけど、他の皆も平均以上の見目なので目立つのは仕方がない。

 実は最後まで目立つのを避けたいと言っていたのはヴェンデルで、どんより顔のところをアヒムに慰められている。


「きっつ……」

「だよな。目立ちすぎなんだよ」

「いや、この場合はアヒムも僕の敵だから。悪いけどエミール以外僕に近寄らないで」


 傷つくアヒムに、ヴェンデルに仲間とみなされたエミールが心外そうに自身を指差す。

 

「ヴェンデル的には俺もそっち側?」

「その疑問はどういう意味でのそっち側になるのか、返答によっては今後僕やレオ達を敵に回すと思ってほしい」

「だってほら、俺、たぶん平均以上だと思うんだけど」

「その根拠はなに」

「上の兄姉三人」

「く……!」


 エミールに自覚があったのがちょっぴり意外。

 話を聞いていたらしいシスが馴れ馴れしげにヴェンデルと肩を組み、ついでにルカにも挟まれた。


「まーまー少年、そう悲観するんじゃないよ。きみだって可愛い感じで悪くないし、経歴だって女の子好みな上に、将来は有望すぎるくらいだ」

「悲劇の王子サマって女の子に人気よね。ワタシも好きよ」

「は? 喧嘩売ってる?」


 ヴェンデルが本気で怒り出しそうなのは珍しいけど、シスはけらけらと笑い続ける。

 

「誤解するなって。そりゃあ僕の顔がかなりイケてるのは自他共に認めるところだけど、これはこれで苦労する事が多いんだ。だから平均っていうのは大事なんだぜ」

「すごいね、見事に慰めになってない自慢だ……ねーエミール、助けてよこれ」

「え、近寄っちゃダメなんだろ」

「本気にしないでよ!」


 唄うように上機嫌なルカは足取りが軽い。

 

「ワタシみたいな可愛い妹がいるんだからいいじゃない。ねーお兄ちゃん」

「妹ならフィーネの方が良いや」

「怒るわよ」


 このように和気藹々とした空気の中、私もルカを習ってライナルトの腕を取る。


「カレン?」

「隣に私がいるのに、争いごとばかりに目を向けすぎでは?」

 

 この地の女性達は目鼻立ちのきりっとしている美女が多く、彼女達の視線が夫に釘付けになのがどうにも嫌でたまらない。この人は私のですけど、と牽制を込めて腕を強く抱き込んだ。

 物見遊山の観光客らしく、初めてオルレンドルを訪れたあの日のように、お上りさん気分で周囲を見渡す。

 マルティナがラトリアには観光目的の客がいないと語ったのは誇張かと思っていたけれど、大通りを歩いて感じたのは「まさにその通り」といった感想だ。

 ファルクラム領やオルレンドルの首都グノーディアであれば、正門近くの通りはまず観光客向けの店が軒を連ねているけど、ドーリスでは圧倒的に地元向けの店が多い。

 ぱっと見で野菜は値段が高く、魚介類が安いのは土地柄か。生臭ささが漂う中に、余所ではほぼ見かけない蛸も並んでいる。

  石材作りの建物も、目新しさが目立つグノーディアに対し、ドーリスは輪を掛けて重ねた年月が語りかけてくるかのよう。石畳の路地が入り組み、時代の面影が随所に感じられた。住居用の建物は出入り口が小さいのが特徴的だし、区間毎に鐘楼が建っている。

 私たちが宿泊に選んだのは、ドーリスでも有数の高級宿だ。

 旅にとって、安全の一歩は宿であってほしい。

  この辺りは妥協してはならないと決めていて、向かった宿では空き部屋が残っていた。

 富豪御用達の宿だから外観は新しめで、入り口は広めだし、専用の門衛を雇っている。石造りでも木材や塗料を上手く使ってお洒落を演出していた。

 宿側にとって私たちは初顔だけど、この時のために持ってきた袋一杯のお金は役に立つ。

 マルティナが代理で受付を行うと、支配人らしき人がわざわざお出ましになって確認を行う。


「失礼いたします。ファルクラム領からいらしたクラインご夫妻でしょうか?」

「ええ、どうもこんにちは。予約もなしに突然ごめんなさい」


 偽名に立ち上がる。

 指の先一本から、良家らしい上品な振る舞いを忘れてはならない。夫には椅子に座って堂々としていてほしいとお願いしていたとおり……元が黙っていても尊大な人なので、実に様になっていた。

 支配人はそれとなくライナルトの品格を定めながらも、私に微笑みを浮かべた。

 ……うん、たぶん合格をもらえたかな?

 

「ご心配は不要です、稀にクライン様のようにお泊まりになるお客様もいらっしゃいますから、当宿はいつでも対応できるよう、部屋を整えております」

「ああ、よかった。突然だから本当に泊まれるかは不安で不安で……」


 安堵してみせるのはちょっとわざとらしい?

 まあいいや、と構わず演技を続ける。


「観光のためにしばらくこちらに滞在したいの」

「かしこまりました、どのくらいのご予定でしょう」

「具体的に決めてはいないのです。だから長期間、ゆっくりできる部屋がいいのだけど……」

「そうなりますと、失礼と存じますが、かなり費用がかさむと存じます」

「あら、構わないわ」


 マルティナに振り向くと、彼女は支配人に小さな袋を渡す。

 当たり前だけど、その姿はまるで洗礼された使用人で、これが演技に一役買っている。

 代金が詰まった硬貨にしては小さすぎる袋だけど、中身を開いた支配人は驚愕に目を見開いた。


「ひとまず前金でお支払いします。足りない分は超過してからでよろしい?」


 中身は宝石類で、相当な日数を泊まれるだけの価値はある。

 支払い能力が充分にあると確認した支配人は目に見えて背筋を伸ばし、私も微笑んだ。


「でも、そうね。他のお客様方がいるのは慣れないから……どの階でも構わないの。私たちが泊まる階を丸ごと貸し切りにできないかしら」


 無事、宿の四階を貸し切ることに成功した。

半精霊「考えてもみろよ。この面子で地味に地味に目立たないようにって……元から無理に決まってるだろ」


 数ヶ月内にお知らせができると思いますので、Xの作者か公式をフォローorチェックしておいてもらえると非常に助かります。


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