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100.混ぜるな危険

 兆候はなかった。

 あえて言うなら砦から離れてさほど経っていないのに、ライナルトから休息を決めた点に疑問を覚えるべきだったかもしれない。彼が休みたい、なんて言うことは滅多にないから私は体調を心配し通しだ。

 ライナルトはやたら方角を気にしていた。太陽の方角、木々に注視していたのを後に踏まえると、行き帰りの特徴を頭にたたき込んでいたのだろう。

 彼は早めの夕餉を終わるとおもむろに立ち上がり、茂みに姿を消した。私たちも、たとえばお花摘みや着替えといった……そういうときは距離を置くから、少し離れるくらいは気にしない。時間をおいてニーカさんがふらっと姿を消して、しばらくおいて、うたた寝をしていたアヒムが周囲を見渡した。


「……ライナルトとニーカはどこだ?」


 アヒムの言葉で、カードゲームで盛り上がっていた私やヴェンデルも周囲を見渡した。


「そういえば、離れてから結構経ってるかも」

「仕掛けとか作りに行ってるんじゃないの。この間も罠を仕掛けて兎とか取ってたじゃん」

「でも、もう暗くなってきてるし……」


 寝ぼけていたアヒムの顔が歪に変化しはじめる。彼が事態を把握する間に、おもむろにシスがゲーム途中なのにカードを片付けはじめた。

 待ったをかけるべく手を伸ばすけれど間に合わない。


「ちょっと、せっかく私が勝ってたのに!」

「僕もさあ……これで僕が勝ってたら、きみが公営の賭博場を作ってくれるって言うから残念なところではあるんだけど……」

「ぜんっぜん違う、ちょっと遊べる場所があったら楽しいかもねって話をしただけでしょ」

「賭け事には変わりないじゃん。きみは競馬は嫌だって言うしさ」

「二人とも、黙って」


 逼迫したアヒムの様子に思わず黙り込む。

 彼の疑惑が向いたのはシスだ。


「なあ、なんでいまカードを片付けた?」

「お、それに気付いてくれるかい。じゃあ僕から旅の仲間達に素敵な助言をしてあげたいんだ」


 傍らではルカが眠っていたエミールやマルティナを揺り起こしている。彼の瞳はひどく楽しげで、ここで私も違和感を覚えた。真っ先に気付いていたのはアヒムだろうから、流石としか言い様がない。

 もったいぶるシスは、アヒムが立ち上がるや否や真顔になって荷物を指差した。


「いますぐ荷物を片付けたほうがいい」

「なんだと?」

「じゃないと面倒くさいことになる。んでもって弟子、きみは黎明を顕現させる準備をしておきな」

「何が起こっているのか説明が先だ。二人について何を知ってる、いますぐそれを話せ」

「アヒムは相変わらずせっかちだなぁ。あれだ、強いて言うなら付き合いの長さだよ。僕はライナルトがなにをやらかすか知っていて、きみたちは読み取れなかった、それだけだ」


 その瞬間だった。

 森の中に轟音が轟き、森全体が揺れる音がする。

 過剰に肩を揺らしたヴェンデルをシスが抱き込み、私は聞き覚えのある音に驚き空を見上げた。

 こういった爆音を経験するのは二回目。いい加減答えを出すのも容易だった。


「……どこで爆発が起こったの?」


 などと声にしておきながら、実はもう爆破の中心地については心当たりができている。

 

「あいつめ、なんでこんなに大事になってるんだ」

「シス、あなたいったい何を知ってるの」

「いやぁ、僕が気付いてたのはライナルトがラトリア式の砦に興味を持ってたってことだけだ」


 シスの回答に舌打ちしたアヒムが号令を飛ばす。

 

「全員、いますぐ荷物をまとめろ。出立できる準備をしておけ!」

 

 困惑のエミールとヴェンデルを置いて、全員が荷を纏めると出立の支度を整えた。体の頑丈さが売りのはずのアヒムが胃を押さえつつ、死んだ魚のような濁った目でたき火を見つめていると、ヴェンデルが胃薬を差し出す。人の優しさに触れたことに感極まったのか抱きつく姿は少し可哀想だった。


「この旅で問題を起こしそうにないのはお前とエミールくらいだよ……」

「アヒム、私も私も」

「あんたは無理です」


 私が主張すれど、あまりに信用されていない。

 勝ち誇るヴェンデルに悔しさを覚えていると、マルティナが唇に人さし指を押し当てながら全員に合図を送った。


「お静かに、誰か来ます」


 耳を澄ませば、遠くから草木をかき分ける音が私たちにも届く。音は段々と近づき、やがて茂みを飛び越えてきたのは一組の男女だ。

 髪を纏めて身軽になったライナルトと、余裕の笑みを浮かべるニーカさん。

 ライナルトは私たちが出立準備を整えているのを見るや頷いた。


「わかっているなら話は早い。黎明を出しても問題ない場所まで移動するぞ」

「話は早い、で済むかボケ! まず何やらかしてきたか説明しろ!」


 アヒムは引率役として、独断行動をとったライナルト達を怒る権利がある。

 ただ、問題があるとしたら言われた側の方で……残念ながら彼らはちっとも堪えていない。ライナルトはアヒムをたっぷり五秒ほど見つめた後に言った。


「悪かった」


 彼が仲の良い人以外に「悪い」などと口にする日が来ようとは想像だにできなかった。私はつい感極まって両手を組みあわせる。


「ライナルトが成長した……」

「姉さん、なんか違います」

「でもすごいことなのよ、エミール」

  

 アヒムは苦いものを飲み込むも、失敗したような顔を繰り返している。あれは一瞬許しそうになった表情のはずだけど、我に返って切り替えたようだ。


「いやいやいやいや、そんなこと言ったって知らねえぞ。それよりも先に説明だ、説明。この際ニーカでもいいから……」

「あ、それな」


 背嚢をしっかり固定したニーカさん。彼女は気分が良いのか、面白いことをしてきた、と言わんばかりに声が弾んでいる。


「ちょっと小火だけですませるつもりが、火の付け所が悪かったみたいで爆発しちゃって」

「ば……!」

「いや、私は本当に少し困ってしまえって思っただけだったよ。だけどライナルトが火を仕掛けた場所があんまりにも的確で……」


 彼女はふと思いついたようにライナルトを見る。


「……もしかしてわかってたか?」

「火薬を蓄えていたのは知っていたが、想定より量が多かったらしい」


 確信犯はライナルトだ。

 しばし間をおいたニーカさんは、アヒムに向かって照れくさそうに笑った。


「ごめーん」

「ごめんで済むか馬鹿共がぁ!!」

「あと逃げるときに見つかってて、実は追っ手が……」

「いますぐ逃げるぞ!」


 アヒムが足で薪を崩し、私たちは走り出した。

 砦からは離れているけれど、走って戻って来られた距離だ。相手は森に慣れた軍人な上に、規模もわからない。逃げるだけなら黎明で飛んでしまえばいいけど、目撃されると後が面倒だから、普通に距離を取るに限る。

 それに私たちをまとめて隠せるはずのシスが、すでに走って逃げる気満々だ。無邪気に瞳を輝かせ、先頭きって走り出している。


「追いかけっこのはじまりだ!」


 私はライナルトに不意打ちで抱えられてしまった。彼の荷物は既にニーカさんが持っているけど、これはちょっと心外だ。私はすぐさま彼に不服を申し立てる。


「走るくらいできるのに!」

「貴方は黎明を呼ぶ必要がある以上、息切れを起こされては困る」


 暗闇の森でも、足元はルカが照らしてくれる。

 シス達の誘導が秀逸なのもあるけれど、ヴェンデルは森を駆けるのに慣れているし、他の皆も運動神経が良いためか、木の根に足を取られることはない。

 悔しいけど、私だったら間違いなくどこかで転んでいたかもしれない。余裕があるエミールがニーカさんに話しかけていた。


「火薬を蓄えていたのなら、爆破したのは正解だったかもしれないですね!」

「うんうんそうなんだ。だから私もライナルトの策に乗ってだね……」

「食料だけを駄目にする予定を、せっかくだから武器庫も狙えと言ったのはニーカだが」

 

 ライナルトにバラされるニーカさんだけど、どっちも狙いはえげつない。よく走りながら喋れるなぁ、と私は彼らが少し羨ましく、ちゃっかりアヒムの首にしがみついていたルカが皆に教えた。


「平和な空気のところわるいけど、残念なお知らせよ。後ろの方から執念深い誰かが追いかけてきてるから、もっと頑張りなさい! あ、たぶん複数人ね!」


 聞くなりニーカさんが残念そうにライナルトを見た。

 

「見つかるなんて鈍くなったな~」

「そのようだ。次はもっと上手くやろう」


 私が二人を間近で見ながら実感するのは、世の中、立場に縛られていた方が良い人間もいるということだった。

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[気になる点] アヒムは焚き火を消化・・ではなく消火
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