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ミナライの旅  作者: 燕屋ふくろう
19/29

風邪引いた 3

「その変身魔法が使えるのは誰なの?」

「モンスターなら皆使える」

「魔法が苦手な種族もいるよ?」

「最近は事情が変わったからな。全員使えるようになった。既にニンゲン社会に紛れ込んでいるモンスターも、そこそこ存在する」

「危ないね」

「そうだな。だが、そうでもしないと生きられない」



 なんだか変な答えが返ってきた。

 ジブンは人の街にモンスターがいるなんて危ないと言ったのに、船長は「ミナライはモンスターの心配をした」という意味で受け取ったのか?そんなことする訳ないでしょ……気持ち悪いな。



「街には何匹くらいで向かう?」

「それは追い追い決めよう。一気に決めると良くない」

「そう?」

「船員と共に決めた方が意見が纏まりやすい。船員のケンカを聞くのは嫌だろう?」

「そうだね、わかった」



 船長はちゃんと陸旅に真剣だ。様子が変だけど、気にせず畳みかけて良かった。

 ジブンは船長の前ではいつも以上に良い子ぶらなきゃいけないし、船長もそういう「ミナライ」が好きなようだけどやってみるものだな。


 とはいえ、船室じゃないとこんなことはできなかった。ピッシュの件を思い出すと、甲板でこんな話を持ちかけるのは怖かった。



「元々、近いうちに陸に舵を切るつもりだったんだ」

「そうなの?」



 ぎょっとして、身を乗り出してしまう。



「危ないだろう、ちゃんとベッドで寝ていろ」

「大陸に行くつもりなら早く言ってよ。ずっと前から頼んでたじゃん」

「すまない。わかってはいたんだが」



 じゃあなんでやらなかったんだ?ジブンに意地悪していただけ?さすがにそれは無いか。



「なんで陸に行こうって思ったの?」

「ミナライや、皆のためをと思ったんだ。だが決めきれずにいて……先ほど、船員たちから詰め寄られたのが決め手になった。島旅ばかりするからミナライが参って風邪を引いたんじゃないかと」

「そんなこと言ってたの?船員が?」

「ああ」



 なんだ、アイツらもたまにはやるじゃないか。それなりに仲良くしておいて良かった。ずっと「村に帰りたい」と言い続けていたのが実ったんだ。


 船長はいよいよ、ジブンを含めた全員に詰め寄られている状態にある。船長として応えない訳にはいかないだろう。


 今の船長が大人しいのは、皆から「針路を変えろ」と詰め寄られるのが辛かったからなのかもしれない。

 ざまあみろだ。人の言うことを無視し続けたバチが当たったんだ。



「大陸にはいつ行く?」

「それはさっき言っただろう」

「だいたいの目安を聞いてるの」

「最低でも、オマエの風邪が治ってからだ」

「今すぐ行こうよ」

「駄目だ。風邪が治るまで、大陸のヘリでじっと待つのも辛いだろう」



 確かに、目の前に大陸があるのに待つだけなのはイヤだ。

 だけど、もう陸に近づいた気さえしてくる。船長が針路変更の話をするなんて夢みたいだ。



「嬉しそうにして……本当に故郷が好きなんだな」

「うん、早く帰らないと」

「帰れると良いな」



 島旅を長引かせたヤツがなにを言っているのやら。

 それにしても、引き止めてこなかったのは意外だった。船長はミナライに構いすぎだって、船員からくどく言われてきたから。


 今までのは全部思い過ごしだったのかもしれない。そう思いたくもなる。だって、島旅から抜け出せるなんて。こんなに嬉しいのは久々だ。



「さて、そのためにも船員と薬草を採って来なくてはな」

「お願い。待ってるね」

「ああ。それはそうと、ミナライはどうして風邪を引いたんだ?」



 不味いことを聞かれる。今のは完全に出て行く流れだったでしょ……。



「なに、急に」

「そういえば、風邪の原因を聞いていないと思ってな。今度からは未然に防がないといけないだろう」

「そうだね」



 とりあえず返事をして、急いで頭をめぐらせる。テキトーな言い訳……なにかないか?



「最近、キレイな星が見えるようになってさ。夜に甲板に出ることが多かったんだよね」

「それで風邪を引くのか?」

「うん。寒いから」

「ニンゲンは寒いだけで風邪を引くのか?」



 ええ……そんなことも知らないの?でも、今はその方が助かる。風邪を引くとなったらかなりの時間、外にいないといけないけど星の観察にそこまで本気になる訳がないから。


 のちのち可笑しいと思われても、流れ星を見ようとムキになっていた、なんて言っておけばバレないだろう。



「そうだよ。星を見てたら寒くてもガマンできちゃうの」

「寒いと感じた時点で部屋に戻らないと駄目じゃないか。今度からは気をつけるんだぞ」



 オマエに言われなくてもわかってる。ぐっとこらえたら、冷たいわだかまりがお腹に落ちていった。


「早く部屋に戻らないと」。一昨日もそれ以外の日も、そう思っていた。眠くなかったけど、あのまま甲板にいたら寝られる気がした。


 ジブンは近頃、夜になると寂しくて、甲板に出かけていた。甲板にはたまに誰かがいるから、その話し声を聞いて寂しさを紛らせようとした。いつもは十数分くらい居たらすぐに帰るのだけれど、一昨日はうっかりそのまま寝てしまった。


 夢うつつになっていたところを船長たちの話し声で変に目が覚めて、もっと眠くなって甲板で寝て風邪を引いた。


 全く、何をしてるんだろう。今思えば、いくら寂しくても部屋で寝るべきだった。風邪を引いて、昼でも一人で部屋にいないといけなくなるなんて本末転倒だ。


 誰かは訪ねてくるだろうから、本格的な一人ぼっちではないけど……自由に動けない窮屈さで、余計に眠れなくなるかもしれない。



「俺はそろそろ甲板に戻る。必ず薬草を持ってくるからな」

「船長……」

「なんだ?」

「風邪が治るまで外に出ちゃダメ?」

「当たり前だ。海の上は風が強いじゃないか。最近は涼しくなってきたしな」

「じゃあ、船長がここに来てよ。絶対にヒマになるもん」

「構わないが、元はと言えばオマエが外で寝るからだろう?皆にあまり心配をかけさせるな」



 そんなに怒らなくても、船長以外に心配してるヤツなんてほぼいないだろうに。有り得るとしたら、ティチュとキャノヤーとスケルトンくらいだ。



「船員もここに来させよう。面倒臭がりな奴は除外するから安心するといい」



 船長が撫でてきた。頭が痛くなるくらい冷たい。



「じゃあ、船員に色々と説明してからまた来るからな」

「うん」



 船長が出て行った。寝返りを打って、ベッドに頬を寄せる。部屋の中は目を閉じても開いても変わらない暗さだった。


 まだ夜じゃないのに寝かせられて、目を閉じては開いて、外で聞こえる話し声や波の音に耳を傾けて、いつの間にか寝ている。村で風邪を引いた日はそうやって過ごしていた。今日と大体同じだけど、気分は全然違う。


 こんな日までも、船長には焦らされっぱなしだ。名前のことも、「なんで風邪を引いたんだ?」って聞かれた時も。特に、風邪の理由については言い訳を考えていなかったからかなりヒヤヒヤした。


 怒られそうで焦ったのか、船員に知られてバカにされるのがイヤだったのか、自分でもわからない。


 目を閉じても、手なぐさみを探しても何にもならない。イヤな時間だ。なんで風邪を引くような真似をしたんだろう。考えたらわかったのに。


 一昨日だけじゃなく、何日も夜中に甲板に出ていて体が弱っていたせいでもあるだろう。こうも、風邪の原因がわかりきっているのも珍しい。


 甲板に出るようになったのは、最近、あまり眠れていなかったのが始まりだ。

 そんな日が続くと、波が追い詰めてくるような音に聞こえ始めて、他の音を探さないといけなくなった。


 船員に事情を話そうかと思ったけど、海の近くの村で育ったのに波の音が怖いなんてなんてバカにされそうで言えなかった。


 何か、特別イヤなことがあったわけじゃない。なんでか急に不安な気持ちが襲ってくることが続いて、寝づらい日が出てきた。


 眠れない夜は部屋を抜け出して甲板に忍び込むようになった。甲板に行けば、誰かが別のことをしてるかもしれない。その物音だけでも気分転換になるかと思いついたのがきっかけだった。


 たびたび、誰かの話し声が聞こえた。こそこそと木箱の裏に隠れて、ただ話を聞いていた。


 話し声というのは案外、安心できた。なにも考えなくても、誰かが代わりに考えてくれてるような気がした。それに、会話を聞くことだけに集中したら不安なことを考えずに済む。


 心がざわざわしなくなったらすぐに部屋に戻っていたけど、そのうちずっと聞いていないとダメになった。ジブンが平気になる前に話が終わるかと思うと怖くなっていった。


 でも、話し声でうとうとしても眠りにくいことに気付いた。眠れたとしても、変なところで目を覚めてしまう。


 声というものはぐっすり寝られなくなるものなのかもしれない。だからといって、声を聞きに行かないで寝るのはもう無理だった。


 ふと目が覚めて、まだ空が真っ暗だと辛くなる。なんでこんなところで寝たんだろうと思いながら部屋に戻っても寝られなかった。


 誰かがたまに船室を抜け出して甲板で話しているのを知ったのはたまたまだった。おしっことかうんちを捨てる用のバケツを甲板まで持っていく時だ。


 あの日もたまたま話をしていただけだったのだろう。甲板に毎日のように張り込んだけど、誰かが話をしていたのはほんの数日だったから。


 それでもその数日を逃がすかと思うと怖くて、毎夜甲板に行かないといけなかった。


 寝室で眠れそうになっても、隣の部屋からのイビキがうるさい。何度もそのことで文句を言ってきたから、今さら「ちょっと話をして」なんて言えない。だから、会話が自然に発生する甲板に行くしかなかった。


 誰かを待っているようで、一人で甲板に行っているだけだった。夜がそのまま過ぎて、誰も来ない日は悲しかった。


 それはそれで、静かな中だと波枕が聞こえて少しは心が安らぐ気がした。

 村で聞いた音だからと思えば、安心できない自分が可笑しいような気持ちさえした。どんな小さなことでも自分を責めるようになってきて、甲板にいる時間が長くなっていった。


 何日も夜の海風のそばにいたから、風邪を引くのは当たり前だ。「子どもは風の子」とは言っても、さすがに限界がきたみたいだ。


 こんなこと、誰かに言えるような話じゃない。特に、この船のヤツらには絶対に。


 風邪を引く前から、誰かにバレることだけは避けようと決めていた。見つからないために、甲板の隠れ場所を度々変えて過ごした。スパイみたいでイヤだった。


 スパイになれるなら船長の秘密を探りたいけれど、「幸せな夢」の一件以来、船長は夜中に誰かと会話しなくなった。


 つい昨日か今日かのことだから、一昨日がイレギュラーだったのかも、ほんとうに誰とも会わなくなったのかはわからない。


 なんにせよ、スパイは無理だ。風邪を引いたからには甲板に行くどころか部屋から出られない。皆に注目されたから、夜中に見張りがつくのはジブンの方になるだろう。


 今は船長のことなんてどうでもいい。船員にはいつか風邪の原因がバレるかもしれないけど、誤魔化せば良いだろう。アイツらは気になることにはしつこいけど、こっちだって負けじと追い払えば大丈夫なはず。もうわかっているから平気だ。


 長いこと考えて、頭が熱くなった。喉のイガイガを取り払おうと唸ってみる。


 こんなことになるまで風邪を引いたとわからなかったのは、甲板に出るために無理をするのが当たり前になっていたからかもしれない。


 甲板には眠りやすくするために行っていたのであって、あそこで寝るつもりではなかった。船長たちが話を始める前に寝てしまったなんて、相当疲れていたのかもしれない。


 今回は気付きがあったというより誤算が痛い。甲板に行きづらくなるのは、寝苦しい夜の逃げ道がつぶされたようなものだ。


 今回のことを、船員から「いらん仕事が増えた」なんてグチグチ言われそうだ。

 アイツらも、風邪はわからなくても体調不良はわかるだろう。ティチュたちがそのところを説明してくれるはずだから、船員のご機嫌取りは必要ないだろう。


 船長はつきまとってきそうで厄介だ。薬草集めや陸旅の針路で忙しくしていてほしい。来てくれるのがスケルトンたちなら嬉しい。


 でも、誰にもほんとうのことは言えない。

 眠れないなんて、別に隠すようなことでもないのに。村に居た頃は、部屋から出たらお父さんかお母さんがジブンに気付いて、当然のように相手をしてくれた。


 ここにいるのはどうしようもないヤツばかりだ。顔を合わせただけで目が覚めるだろう。想像ばかりしても良くない。今の自分について考えよう。


 甲板に出られないならどうしよう。でも、陸旅が始まるなら苛立つことも減るし寝苦しくなくなるかも。ほんとうに陸旅が始まるなら、の話だけれど。


 さすがに大丈夫だ。今度こそ、大陸に行けるはず。

 一応、甲板に出る以外で眠れる方法を……ダメだ、そんなこと思いつかない。甲板に出るくらいしか対策がわからない。


 これからも隠れて甲板に出るにしても、また風邪を引いたら自ずと、隠れて甲板に出ていたことがバレる。


 そうなったらこっぴどく怒られる。言い訳が通用しないし、船員にだってイヤな顔をされてジブンがおバカだと思われてしまうかも。


 それに、風邪は治ってからも油断は禁物だってお母さんが言っていた。今は風邪を引きやすい体になっているだろうから止めておこう。


 いや、夜中に外に出なくたって風邪を引くことはある。それを言い訳にすればなんとか……ううん、そんな誤魔化しが通用するだろうか?


 さすがのモンスターも子どもは体が弱いことくらいはわかるだろうけど、限界がある。何回も風邪を引いたら「なんでこんなに?」と疑われるだろう。


 今までの船旅で風邪を引いてこなかったから、余計に「なんで急に風邪引くようになったんだ?」って疑われて、ジブンの行動がバレる未来が見える。


 自分の健康さを呪うことになるとは思わなかった。船長が付きまとうどころか、船員がジブンのお守りをしたくないがために厳しく見張ってくる可能性がある。


 夜に外に出る機会が増えたその時に、星に願い事をしたら良かった。どうか疑われませんように。風邪を引きませんようにって。


 何を願ってもどうしようもないか。眠れますようにって願ったのにダメだったから。


 あんなに無理に寝ようとしなくても良かったのかもしれないけど、眠れないと考え事が続いて不安だったからそうするしかなかった。


 ジブンなりに頑張ったのに、空も見られなくなってしまった。風邪はいつもどのくらいで治っていただろうか。覚えていない。


 ここには薬も暖かい毛布も足りない。村にいたなら、眠れないことも風邪も気にしなくて良いのに。

 風邪を引いている時にまで村の思い出で苦しくなるなんて。やっぱり、一人で寝ていると色々と考えてしまう。


 だからといって船長が自由にしてくれる訳がない。船員だって「ちゃんと寝てろ」と叱ってくるだろう。


 村の大人に似たヤツはいても、ここは村とは似ても似つかない。いつもと違う場所で変なことをするものではなかった。


 大人しくしているのが正解なのだろうか。でも、無理なことをしたおかげで大陸に行けるようになったのに。


 もういい、寝よう。いくら考えたって風邪は治らないんだ。

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