幸せな夢 2
「ブッタンたちは船員と船長が話をしてたのを知らなかったんだよね?」
「そりゃあな」
「なんで知らないの?」
「そんな話があったとは知らねえからさ」
「友達いないの?」
「派閥が違うだけだ。大所帯になれば分離するものなんだよ」
「そうなの?」
「オマエは故郷の全員と仲良しだったのか?嫌いじゃなくても、普段話さない奴は居ただろ」
なるほど、理解できた。船員は一丸となっているイメージがあったけど、ところどころでグループができていたらしい。昨日の話は、ティチュやブッタンも入っていないグループの中で決められていたみたいだ。
一匹で決められたことではなく、ほんとうにグループで決められたことなんだろうか。大勢で船長を囲んで問い詰めることだってできたはずだ。
船長を怖がってみんな着いてこなかった訳ではないだろう。そこで怖気づくくらいじゃ決行まで漕ぎ着けないはずだ。
話し合いのもと、一匹で向かった方が良いという話になったのかもしれない。アイツは大勢の前だとスイッチが入るというか、船長ぶるから。
ここまでちゃんとした作戦が練られていたのだとすれば、昨日のことは大仕事だ。誰がやったんだろう。辺りを見回して、今日の船員にそわそわした感じはあるかどうかを見てみる。
ダメだ。誰がどのグループか、以前に誰が変な様子かどうかもわからない。全員が眠そうな顔をしている。今まで毎日こんな調子だから、誰が特に眠そうかなんてわからない。
一匹一匹に聞いて回るにしても、数が多すぎる。全員に話を聞いて回ったとして、誰が犯人なのか気付けないのがオチだ。
わざわざ寝静まった時間帯に甲板で2匹きり、なんて計画を立てたなら慎重なモンスターだろう。運良く聞けたとして、はぐらかされそうだ。
だとしたらあとの一匹が船長だという方を突き詰めた方が良いだろう。
ブッタンたちはジブンの話を聞いて、その情報だけで推理できていた。だとすればジブンも既に、推理できるだけの材料を持っているということだ。
でも未だにわからないなら、見落としていることがあるのかもしれない。始めから見直してみよう。
場所は甲板の、壁際に木箱が積まれた船室の裏だ。隠れて話がしやすい場所だけど、甲板で話をするというところから疑った方が良いかもしれない。
船員同士なら寝室で雑魚寝中にできる話をわざわざ甲板でするのは、「あの中の一匹が船長」という確証にだいぶ近づく。
夢の中で話をしていたヤツはメチャクチャなことを言っていた。確かに船長は変なことはいつも言ってるけど、さすがにあんなことは言わないんじゃないか?
船長よりも声が低かったはず……というのは思い違いかもしれない。息を潜めたら普段と声の感じが変わるはずだ。
でもブッタンは船長の話を「もしかしたら」というためらいもなく出してきた。ティチュもその時焦っていたから、2匹は夢に船長が出て来たことを確信してるんだ。
どうしてだろう?ブッタンから聞くしかないな。
「ねえ、なんで船長が話をしてたってわかったの?」
「考えりゃわかるだろ」
「わからないから聞いてるの」
「面倒臭えな……。船員がオマエのことを引き合いに出したからだ。オマエをマジな話として捉えるのは船長しかいない」
確かにそうだ。一ヶ月くらい前と違って、今の船員はジブンに対してそんなに構って来ることはない。ジブンが話をそらすことに慣れた上に、そういう奴はすぐにいなくなっていたから。
この船には今や、ジブンを有効な材料として捉えるヤツなんて船長しかいないんだ。「あの中の一匹が船長」というのは、推理して特定するまでもなかったのか。
「じゃあ、船長と話をしてたのって誰だと思う?」
「さあな。声を聞いてみないとわからん」
「そんなに低くない声だったと思うよ。口もそこまで悪くなかったし」
「いくら言われてもわかんねえよ。俺たちとニンゲンの感覚は違う」
実際に聞かないとわからないなら、どうしようもない。ティチュが更に焦りだしたのだって船長の話が出てからだったから、もう一匹が誰かはそんなに重要じゃないのかもしれない。
今度は船長の隠し事が気になる。船員が話を聞きに行くまで、誰かにそんな話をしたことはあったんだろうか?これは船員とまともに関わっていそうなティチュに聞いた方が良さそうだ。
「船長が、夢でしてたような話をしてるの見たことある?」
「ん?いや……無いな。ミナライも無いのか?」
「うん」
「なら話さないようにしているんだろう。誰にだって隠し事の1つや2つはある」
ティチュから、この話を掘り下げるなと言われているような感じがする。ほんとうにヤバい話だという可能性が出てきた。はっきりさせずにしておく方が不安だ。
隠したい事だったなら、なんで船長は話し合いに応じたんだろう。ジブンが似た感じのことを聞いた時は話してくれなかったのに。
ジブンが話しかけたから、ティチュがまたそわそわし出した。ブッタンに聞くしかない。
「なんで船長は船員の質問に答えたんだと思う?」
「さっきも言っただろ。言い争ってたからだよ」
「じゃあ拗ねて話さないものじゃない?」
「馬鹿言え。わざとだ。怒らせて弁明を誘って、情報を引き出したのさ」
「そんなやり方があるの?」
「初歩中の初歩だろ。短気な奴にしか通じねえけどな」
わざと怒らせて話させるなんて、考えもしなかった。ジブンには言えなくて船員には言える内容だった訳ではなく、船員の引き出し方が上手くて話してしまったのか。
船長に、ジブンの故郷についてどう思っていることや、船長の昔の話を聞いた時のことを思い返す。その時のジブンも食い下がったけど、船長とケンカになるほど踏み込んではいなかった。
そもそも、船員はなんでそこまでして船長に話を聞きたかったんだろう。気になることが沢山あったんだろうか。モンスターの感覚からしたら、ジブン以上に疑問を抱えていても可笑しくない。
船員だって知らないことは聞き出したいはずだ。ムチ打ちの他にも船員だけが知っている船長の顔があるかもしれないし、それなら全部抱え込んだまま過ごすのは難しいだろう。
船長の方はどういうつもりなのか全然わからないのが厄介だ。
相手の作戦に引っかかって一回くらいは話してしまうことはあるだろうけど、船長と船員は長いこと話し合っていた。
一度話してしまったからにはと腹を括ったのか、もしくは前々から言おうと思っていたから話し合いに応じたのだろうか。
単純に、船員がしつこく食い下がったのかもしれない。夢の中で、うんざりした声を聞いた覚えがある。誤魔化しきれなくて、最後まで話し合いに応じるしかなかったのだろう。
でも前のピッシュの時みたいに、話を無理に中断しなかったのは何でだろう。
「モンスターから見たら、船長って血の気が多い方なの?」
「なんだ、急に?」
「船員に手を上げなかったのが意外だと思って」
「オマエの話を出したからだろ。暴力を回避しつつ、自白も促せる」
船員がジブンにチクるかと思うと、ここで話してしまった方がマシだと考えたんだろうか。船員は相当なやり手だ。そんな駆け引き、ジブンにはできない。
船長は色んな質問にうんざりしていた。あの様子だと、ジブンに隠したいことはムチ打ちの他にもあるだろう。
これだけ考えても、昨日の2匹が具体的にどんな話をしていたのかがよくわからない。自分に関することだとすれば、これほど不安なことはない。いつ何が起こるかわからないなんて、怖すぎる。
「ミナライよお、オマエさては覚えてるんじゃ……」
「朝から考え事をさせるのも酷だろう。飯を食うなら向こうにしよう。俺も付き合う」
ティチュがピッシュに噛み付いて、どこか離れたところに引き摺っていく。
ティチュってあんなに口が大きいのか。やっぱりちょっと、怖いかもしれない。
「夢の中の声が誰かなんてわからないだろう。あまり気にするな」
「うん」
聞こえたかどうか怪しいくらいに小さな声での返事になった。
ティチュは未だに「夢の中」って言っているし、ジブンに夢の中の二匹の正体がバレるとマズイのだろうか。船長の隠し事に関わってるとか?
ティチュはモンスターにしては優しいから、心配しているだけかもしれない。
昨日のことが、もっと怪しく思えてきた。そもそも、ジブンはなんで「あれは夢だ」なんて誤解をしたんだろう。
ブッタンが「ガキは眠りが深いんだな」なんて言っていたけど、実は昨日のジブンはあまり眠れてなかったんじゃないだろうか。ずっとうたた寝をしていたから寝足りなくて、だから今朝、船長に呼び起こされたんだ。
目を覚ましたのは木箱のそばだった。だから、あの場所で寝ていたのは確かだ。少し居たら部屋に戻るつもりだったけど、いつの間にか寝落ちしていたんだろう。
場所がどこだろうと、夢は見られるだろう。でもベッドに比べたら寝づらかったから、苦しくて目が覚めた時に聞こえてきた話を夢だと勘違いしたのだろうか。眠りが浅くて、長い間寝ぼけていたのかもしれない。
村にいた頃、起き抜けに何か言われて二度寝したら、さっき言われたことが夢だったどうかわからなくなったことがある。昨日もそんな感じだったのかもしれない。
話を聞いている時に体が動かなかったのは、変な体勢で寝てたせいで体がバキバキになってたからだろう。まだ体が痛いから、夜の時点でバキバキ化は始まっていたのかも。
話し声が上手く聞きとれなかったのは、単に寝ぼけていたから?あの二匹自身も声を潜めていたせいでもあるだろう。
それで上手いこと判断ができなくて、夜の時点で「これは夢だ」と思い込んでいたから今まで訳がわからなかったのかもしれない。
そういえば、昨日の2匹がジブンに気付かなかったのはどうしてだろう。誰にも見つからないようにして、体育座りのまま寝ちてしまったせいだろう。
あの場所を選んだのは盗み聞きをするためじゃなかったけど、棚からぼた餅だ。
「どうした、ミナライ。気分が悪いのか?あんな所で寝るからだぞ」
「ごめん。気をつけるよ」
船長がずかずかと寄ってきては、勝手に話を進めて叱ってきた。ミナライ用の部屋で寝ていなかったのが心配だったのか知らないけど、相変わらず自分だけのペースで動いている。
いつもは気にしないでおくような小さなズレも、この時ばかりは気になった。
前に言われたことが思い出される。「ミナライは船長の本当のヤバさを知らない」って。今でも十分変な船長がもっと危ないのなら、あんな話くらい平気でするのかな。
「あのさ。昨日の夜、木箱の近くで誰かと話してた?」
「うん?何の話だ?」
「えっとね、変な夢を見てさ」
覚えている限りの、昨日の2匹の会話を船長に伝える。「ミナライはあれを夢だと思っている」というていで話をすれば、ほんとうのところがどちらであっても自分は危なくならない。船長だってこれだけ船員がいる中、大っぴらに叱れないだろう。
そんなことをしたら、「あれは夢じゃなくて本当のことだった」って自分で証明することになってしまう。怒らなかったとしたら、隠し事をしているかどうかは見極めるしかない。
船長は嘘を吐くのが下手そうだし、ジブンでもわかるんじゃないだろうか。
「__って感じだった。変な夢だよね?」
船長は少しの間考えこんで、喉から引きずり出すような声で言った。
「……ああ。夢に違いないさ」
・・・
なんだか、船員が減った気がする。




