見習いとして
「…あ、またサボってる。」
「ふう、最近はああいう船員が多いな。俺は向こうを見てくるから、ミナライはあいつらに話をしておいてくれないか?」
「え!?ヤだよ!」
「それはそうだろうが…それとなく注意するだけでいいから。」
「そうじゃないよ。なんか上手く話せなくて…あきらめちゃうもん。」
「煙に巻かれるということか?」
「うーん…なんていうか、前もこんなことあったでしょ?だからイヤなの…。」
今、ちょっとだけ嘘をついた。前はもっと頑張って船員に注意をしてたのはほんとうだ。
堂々とサボる船員っていうのは、ムカつく言い方をしてくることが多くて__
「あっ!サボったらダメなんだよ!」って駆け付けたら…
「ちっ、うるせえな。少しくらい良いじゃねえかよ…。」なんて、ソイツは聞こうともしない。
その船員はピッシュ族だった。もういないけど、アイツのことはよく覚えてる。
「なんにも良くないよ!早く仕事して!」
「あーあー、オマエは仕事も無い癖に許されてて良いよな。」
「ジブンはちゃんと仕事してるし!」
「仕事の数がオマエだけ少ないんだよ。明らかに贔屓してやがる、船長の奴…。」
「だからなに?船員はたくさん働くのが当たり前でしょ?」
「はあ?調子乗ってると__」
「こら、喧嘩はやめろ!」
ジブンも向こうも熱くなってちゃんと話せなくなってきたところに、何ごとかと船長が止めに来たんだ。
「あっ、船長。聞いてよ。コイツ、船長の悪口言ってたんだよ!」
「は!?んなこと言ってないだろ!」
とにかく船長を味方につけたくて、向こうがしてもないことを言ったんだった。
そうだ、そのせいでケンカがもっと激しくなって、船長も慌て始めたんだ。
「ちょっと待ってくれ。この喧嘩はどちらが焚きつけたんだ?」
「ピッシュだよ!」
「ミナライから突っかかって来た。」
「ふむ…。」
お互いの答えが食い違った。どちらが正解なのかと、船長が考え込んで…。
「おいおい…あんた、同胞じゃなくてニンゲンを庇う気か?同じモンスターとして恥ずかしいぜ。」
「ちょっと!船長のジャマしないで!」
ジブンを信じてほしいのに、ピッシュのせいで船長が揺らぐかもしれなかった。だから、今では考えられないくらいに強く突っかかった。
「うるさいのはオマエだろうが…はあ、本っ当にうぜえ。おいあんた。」
「うん?」
「何でこんなの傍に置いてんだよ。食うならさっさとやっちまえよ。うざったくて仕方ねえ…。」
「はあ!?何でそうなるの!」
「まあ待て。一気に喋られると俺も疲れる…。」
「ほら、船長が困っちゃったじゃん!」
「ああ、わかったから!静かにしろ!」
あの時、ピッシュにすごく怖い悪口を言われたことも覚えてる。それにジブンがもっと怒って、話が忙しくなったから船長が疲れて、ピッシュがイラついた大声をあげて…。
「…ひとまずお互い、持ち場に戻れ。それぞれひとりずつ、ちゃんと話が聞きたい。」
「だったら俺を先にしてくれよ。」
「わかった、そうしよう。」
「え!?」
「大丈夫だ、ミナライの話もちゃんと聞く。オマエを後にすれば、俺がどちらを良いヤツだと思ったのかを最初に聞けるぞ?」
ジブンを信じてなきゃ出ない言い方をされて嬉しくて、うなずいた。
「うん、待ってる。絶対だよ!」
それで、一旦はそこを離れたんだ。
「よし、行ったな。話を聞こう。」
「聞きたいのはこっちだ…。なんでニンゲンを自由にさせてる?俺たちはアイツらに迫害されたんだぞ。」
「わかっている。オマエも、やられたんだろう?」
「なんだ、あんたもかよ?なら尚更意味わかんねえよ。」
「ニンゲンだからといって、全員を同一視してしまうのはどうかと思うぞ。俺がミナライを船の一員にしたのは、アイツが困っていたから助けたというだけだ。何か脅された訳でも、貰った訳でもない。
それに、この船を譲ってくれたのだってニンゲンだ。そっちは大人のニンゲンだったぞ?」
「誰がどう違うとか、歳とかはどうでもは良い。俺はもうニンゲンとは関わりたくねえんだよ。他の船員の殆どからも同じ意見が出てる。あいつがいなくなりゃ心穏やかに過ごせるってもんだ。
そのくせ、あんたはニンゲンを助けて、船をもらったりして…何がしたいんだ?」
「俺には夢がある。いつか、世界を周ってみたいとずっと思っていたんだ。」
「は?何の話だよ?」
「悲願の話だ。俺は捕らわれていた時、神も救いもないと知った。ということは、魔王様も俺のことを気にしていないという訳だ。なら、今こそ夢を叶えるには良い時期だと思ってな。」
「はっ、楽観的だな?」
「自分でもそう思う。」
「というか、質問に答えろよ。なんでニンゲンと関わろうって気になったんだ?」
「船のためにニンゲンと交渉をしたのは、必要だったからそうしたまでだ。ミナライに関しては…あそこで出会ったのは本当にたまたまだった。
そういえば、自分を船長と呼んでくれるヤツがいなければ夢が叶えられないなと思って引き込んだまでだ。」
「悪ぶるのが随分と下手クソだな。あんたは脳天気に、何も考えないようにしてるだけだろ?こっちはずっと忘れらんねえんだよ。」
「まさか。あいつが子どもとはいえ、俺だってニンゲンと関わるのは怖かった。本当さ。ニンゲンへの不信感は今もずっと残ってる。」
「どうだかな…。あんた、あいつにゾッコンに見えるが。」
「そうでもない。ミナライが「お城に行きたい」なんて言い出したらどうしようかと良く悩むくらいだ。あそこはおぞましいからな…。」
「もし、本当に言い出したらどうするんだよ?」
「ミナライを城の前に置いて、俺だけ逃げる。」
「へえ、言うねえ?そいつがそこの樽の裏で聞いてるのに。」
実際、ジブンは離れたように見せかけて物陰に隠れて話を聞いていた。
船長が、話をやめてタルに近づいて__
「…いないじゃないか。くだらん嘘を吐くな。」
__タルの裏をのぞき込んでいるのが遠くに見えた。
ジブンは船長たちからはもっと遠いところの木箱の裏にいたから、話の内容はまったく聞こえなかった。
場所を間違えたと思ったけど、下手に動けば隠れてるのが他の船員にバレて話しかけられるかもしれなかったから、そこでガマンするしかなかった。
そもそも、木箱の裏くらいしか体が全部隠れる場所がなかったから他に選びようがなかった。
だから、二匹が話をやめて船長がタルの方に動き出した時は「何だろう?」と思ったまま動けずにいた。
「怒るなよ。あんたもあのニンゲンの前では良い顔したいんだってのが良くわかった。」
「どういうことだ?」
「あいつを手懐けて、ニンゲンからの屈辱を乗り越えた気になってんだろ?やってることはごっこ遊びだってのによ。」
「ごっこ…?」
「囚われの身から船長っていう上の位に登り詰めて、手下を大勢従えて…自分を辱めたニンゲンを「見習い」なんて低い位に落として丸め込んだ。そんな、この狭い船の中でしか成しえない夢物語に浸って、それで過去を乗り越えた気になってる。
そういうことだろ、あんたがやってんのは?」
なんの話かまではわからないでも、声だけは聞こえていたから…なんだか船長がぜんぜん喋らないな、と思って物陰から身を乗り出した。
その時、見た。
船長が思い切り、ピッシュを船の外へ突き落とした。
どぼん、と海からしぶきがあがる。船が揺れた。
近くの部屋の中から、「また脱走かな…?」「最近入った方かもしれませんネ。」なんて聞こえてくる。
船長がキョロキョロし始めたから、急いでもっと遠くの部屋に逃げた。あの時の船長は、ジブンを探していたのか、突き落としたのを誰かに見られてなかったか不安になったのかはわからない。そんなの関係なしに怖かった。
その後は、その日のうちはどうにか船長に会わずに済んだ。アイツが船から落ちたことも怖かったけど、ピッシュ族だから溺れてはいない。それだけは安心だ。
あれって、どれくらい前なんだっけ。
船長はあの日、どうして船員を突き落したりなんか__そのことが今になって思い出される。
だから今のほんとうのところは、船員と話をつけるのがイヤっていうよりも、船長の言うことを聞きたくないんだ。
船員と話をしに行くこと自体もイヤだけど。
アイツらは船長のことを好き勝手言う。前は「はいはい」って聞き流してた悪口も、今じゃ「ほんとうなんじゃないか」と思えてくる。
また、誰かを殺しかけることがあったら?その手がジブンに向いたら?
そう考えるだけでもお腹の底が冷たくなる。
船長の夢について考えた時は、「船長のせいでひどい目にあったモンスターなんていない」って思ってたけど、そんなことなかった。ジブンが船長のことを知らなかっただけだった。
船長ったら、なんであんなことをしたんだろう?
ただでさえモンスターといるのはイヤなのに、怖いモンスターといっしょだなんてもっとキツい。ああ、イヤだイヤだ。なんで今になってあんなもの見ちゃったんだろう。
「村に帰るためだ」ってガマン強くなってきたのに、船長といっしょにいることに耐えられなくなったらおしまいじゃないか。ほんとうに余計なことをしてくれた。
アイツが少しでも「ミナライがどこかで見てるかも」って考えたらよかった話なのに。ジブンの知らないところでやってくれたんなら、船員が一匹いなくなろうが「また脱走したんだな」くらいで片付けられたのに!
船長はきっと優しいモンスターだって願いが、本物になってきてたのに…こなごなに壊れてしまった。
やっぱり、モンスターなんかといっしょにいるのは良くないんだ。
でも、船長のそばからは離れられない。
村に帰るためには船で世界を探し回らないといけないから。今更、村があった大陸には戻れっこない。
あんなヤツといっしょにいる時点で十分頑張ってるんだから、今日は船長の言うことなんて聞かなくて良いや。
あの船員たちも、船長の前でサボれるくらいふてぶてしいんだし、どうせジブンが言ったところで聞く耳を持たないだろう。
そのうち自分たちから脱走しだすんじゃないだろうか。船長が怖いから、じゃなくてヒマだから、なんてやる気のない理由で。
よし、船長にバレないように船室に戻っちゃおう。船長のことがよりいっそう怖くなったからこそ、隠し事をしたくなる。バレたらもっと怖いことをされるかもしれないのに。
船長のことを知ったせいで、ここでの生活がぐっとどんよりした。アイツと旅に出たての頃と同じか、それ以上に…。
このままここで過ごして、ほんとうに村に帰れるのならガマンしきれるけど。帰れるかわからないから不安なんだよな。
不安だと、なにかしてないといけないような気になってくる。だからって何かしようとしなくてもいいよね…?
村に帰れなくなったのだってジブンのせいじゃないんだから。いくら船長のおかげでここにいられてるからって、この船のために動かなくたって、全部が全部、自分のためでもいいんだよね?
それでいいに決まってる。脱走とか船長の怖さとか、いつか解決するはずだもの。それこそ、船長がどうにかするだろう。
この船さえあれば、ミナライも船員もいなくたって旅はできる。船長であり続けるためなら、アイツは頑張るはずだ。
こっちは村に帰れたらそれだけで良い。そのためには知らないふりをして、勝手にどうにかなっていくのを待ってるのが良いんだ。
そうしていればいつか、船長が連れて行ってくれるよね。




