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いろんな魔王

そして二人は、いつまでも平和に暮らしましたとさ

作者: 瀬嵐しるん

「もし、そこのあなた、わたしを買いませんか?」

奴隷商人のテントの前で、薄汚い女が呼びかけてきた。


ここは砂漠の中のオアシス。

治水をうまくやっていて、砂漠を旅する者には心強い中継地になっている。

交易も盛んで、東の国の品物も、西の国の品物も、手に入らないものはない、と言われるくらいだ。


市場の中、このあたりは奴隷を扱う店が集まっていた。

珍しかったり、価値が高かったりする奴隷はテントの奥にいる。

表に出されているのは、高くても銀貨1枚で買える奴隷だ。

銀貨1枚は、そこそこの職人の1週間分の給金。

安いと思うか、高いと思うか。買う方の懐具合にもよるだろう。


俺に声をかけたのは若そうな女だ。洗えば少しは綺麗になるかもしれない。

「お前、何か特技はあるのか?」

「それは秘密です!」

ふざけているのだろうか?


「いえ、ふざけているわけではなくて」

女は事情を説明した。

「運命の人に会えないと、能力が発動しないタイプなんです。」

なんじゃそりゃ、と思ったが、能力なんて神様が与えるものだ。

能力そのものも千差万別、発現条件だっていろいろあってもおかしくはない。

「まあ、なんだ、運命の人に会えるといいな。」

そう言って、俺はその場を去ろうとした。


「あいや、待たれい!」

突如、若い女らしからぬ言葉づかいで呼び止められる。

しかも、腹に力の入った発声だ。

怪訝な顔で振り返ると、女はニッコリ笑った。

「ね、こんなふうに呼びかけられたら立ち止まっちゃうわよねえ。」

なかなかに質が悪い。


「銀貨1枚! 二、三日して気に食わなかったら、お金は返しますから。

買ってみない?」

「返す金は、銀貨1枚か?」

「そうよ。」

「その間の飯代、宿代は俺持ちで、丸損じゃないのか?」

「あら~」

女は心底驚いた、という顔をした。

「お兄さん賢い! 気に入ったわ。」


女はテントの入口に向かって叫んだ。

「おじさ~ん! 店先貸してくれてありがとね!」

「おや、嬢ちゃん、運命の人見つかったんかい?」

「いいえ、まだよ。でも、話の出来る人が見つかったから、一緒に行ってみるわ。」

「そうかい。達者でな。」

「おじさんもね!」

女は、店主に店先を借りた礼だ、と銀貨1枚を渡した。


「金に困ってるわけではないんだな。」

「宿代と飯代くらいは大丈夫よ。」

「それで、奴隷でもない、と。」

「これでも西の国の貴族令嬢よ。元、だけど。」

「なんで、店先を借りてたんだ?」

「人を探すのにフラフラしてたら、危ないじゃない。

こんな美人なんだし?」

頬に人差し指をあてて、小首をかしげて見せるが、どうにも小汚い。

「まずは宿を探すぞ。一緒に来るなら、身ぎれいにしてもらわんとな。」

「ありがとう、お兄さん。」

「…テオだ。」

「わたしはシビルよ。よろしくね。」

話し相手には、面白そうな女だ。


天涯孤独。

あてもなく諸国を放浪しているだけの俺だ。

しばらく、同行するくらいはいいだろう。

彼女には、俺を利用しようとか、頼ろうという気配は感じない。



二軒目に入った宿で、一人部屋を二つ確保した。

身体を清めるというシビルを残して、俺は市場に戻った。

酒とつまみを買い、帰ろうとすると、衣類を扱っている店が目に留まる。

彼女は荷物をほとんど持っていなかった。

着替えがいるんじゃないか?


宿に帰り着くと、身ぎれいになり、こざっぱりした格好のシビルが1階の食堂で働いていた。

「おかえりなさい!」

「?」

「あんまり汚かったから、女将さんが裏で身体を洗うのを手伝ってくれたのよ。それで、服まで借りちゃって。

かわりに少し手伝おうと思って。」

「そうか。」

「一休みするんでしょ? わたしはここにいるから。」

「わかった。」


「あんたの良い人、男前じゃないか!」

ふっくらした体形の、いかにもしっかり者な女将がシビルに話しかけた。

「やだあ、女将さんてば! うん、でも男前よね。」

「なんで一人部屋なんだい?」

「うふふ、まだ婚約者だから。 彼、とっても紳士なの。」

「はあぁ。ますます男前だねえ。」

ポンポンと、よくもまあ作り話をするものだと呆れる。


部屋で酒を少し呑み、横になる。

眠ってしまったらしい。目覚めると、すっかり暗くなっていた。

食堂に下りていくとピークを過ぎたのか、客はまばらだった。

「お目覚め? すぐに支度するわね。」

シビルは、まるで十年も働いていたかのように、慣れた様子で食事を運んでくる。


「シビルちゃん、もういいから、あんたも一緒に食べなよ。」

「ありがと、女将さん。」

続けて自分の分も運んできた。


「貴族令嬢って、食堂で働けるものなのか?」

「うふふ、たいていの令嬢は無理でしょうね。」

「…なにか理由があるのか?」

「そんなに深刻な話じゃないわ。

女にだらしなく、金を稼ぐのが下手な父親がいたので、屋敷でも家事をしていたのよ。

いつまでも付き合っていられないから、成人を機にさっさと家を出たってわけ。」

「後妻にでも虐められたか?」

「まさか。本気でやりあったら、絶対、わたしが勝つもの。そしたら、わたしのほうが弱い者いじめだわ。」

口喧嘩なら横綱級かもな。


しかし、西の国の貴族だったなら…。

「婚約者はいなかったのか?」

よくぞ訊いてくれました! という顔のシビル。

「いたのよ! それで婚約破棄されたのよ!」


なぜ、ドヤ顔するのか?

「婚約者が義妹と浮気してね。よくあるやつね。

義妹がしてやったりな顔してたけど、そんな浮気男いらないっつーの!」

「…苦労してるんだな。」

「泣いてもいいかしら。」

頷けば、なぜかシビルは歌いだした。

きれいな声だ。西の国の歌だろうか。優しい愛の歌だ。

離れたテーブルの客も聴き入っている。

歌が終わると、客の一人がシビルに酒を奢った。


隣り合う客室に入るとき、俺は言った。

「いい歌だったな。心が穏やかになる。」

「ふふ、ありがとう。」

シビルは、少し照れているように見えた。


「ああ、忘れるところだった。ちょっと待っててくれ。」

そう言って昼間、市場で買ったものを渡した。

「え? これ、わたしの服?」

「令嬢のドレスじゃないけど。着替えが無かったようだし。」

「ありがとう。明日着るわね。…おやすみなさい、テオ。」

「おやすみ、シビル。」


翌朝、食堂に下りると、シビルは当たり前のように働いていた。

「おはよう! テオ!」

「ああ、おはよう、シビル。」

彼女はニッコリ笑って、くるりと一回転して見せる。


「…似合ってる。」

「ありがと。わたしも気に入ってる。」

「で、今朝はどうした? 路銀を稼いでる?」

「それが、女将さんがギックリ腰で…。」


シビルも俺も、このオアシスに来てから間もないので、とりあえず今日は市場をよく見て回ろうかと思っていたが、無理そうだ。


「人手は足りるか?」

「給仕はできるけど、厨房までは手が回らないかも。

朝食のお客さんが一段落したら、女将さんに仕事の確認するわ。」

「俺も出来ることはやろう。」

これでも一人旅が長い。いろんな商売を見て、手伝ったこともある。

いないよりはマシだろう。


厨房に入ってみると、女将の配偶者である宿の主人が一人で頑張っていた。

朝食は作り終えている、というので片づけを任された。

主人は、今朝出立する旅人のチェックアウトをしに出て行った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



オアシスの空の上。

抜けるような青空に、地上からは見えない雲の島が浮かんでいた。

そこにおわすのは、この世界の神々。

皆で集まって、地上の様子を神鏡で覗いていた。


『なんだこれは?

ドカーンもバリーンもドンパチもなしかよ!』

戦の男神が、イラついて喚く。


『相変わらず、そういうのが好きなのねえ。

一つ覚えって言葉もあるでしょ?』

愛の女神が応える。


『あぁん? お前、今、わざと馬鹿を端折ったな?

表に出ろや!』


『ちょっとお、神様のくせにガラ悪いわよ!

たまには愛で解決したっていいじゃないの。』


『愛、要りますかね?

要はパワーバランスが保たれればいいだけでは?』

割って入ったのは均衡の男神だ。


『夢が無さすぎだわ!

これだから男神ってやつは!』

グラマラスな肢体の豊穣の女神が文句を言う。


『そんで、こいつらはどこで上がるわけ?』

ワイングラスを傾けているのは酒の男神。


『あら、そうね。 途中で別れたらどうなるのかしら?』

果汁の滴る桃を口にするのは、裁きの女神。


『大丈夫じゃないかね?

周りからものすごく頼られてるし、オアシスから一生出られそうもない。』

白髭の知恵の男神が答えた。


『この宿、まだまだ人気が出そうよ。

彼女の力でオアシスそのものが安定して栄えるからね。

人がどんどん来るわ。』

水の女神は、そう言いながら、水脈をちょいといじる。


『彼のカリスマで、居つく者も多そうだな。

中立地帯とはいえ、小さな王国ぐらいにはなるかもしれない。』

風の男神は、爽やかな風を吹かせて、市場の熱気を払ってやった。


そんな中、一人黙ってほくそ笑むのは無性の運命の神だ。



先ほどから、神々が話題にしているのは、ひょんなことからオアシスで宿屋を手伝い始めたテオとシビルのことだった。

この先、この二人が恋をして結ばれるのかどうか…いや、そんな話ではなかった。

現に、眺めている間に地上の時は数年を数え、テオとシビルは宿屋の手伝いを続けたまま、なりゆきで結婚していた。


神々に注目されている理由、それは二人が当代の魔王と聖女だからだ。

しかも、近来稀に見る力を持つ大魔王と大聖女だ。


魔王と聖女は、対で生まれることになっていた。

そして、必ずどこかで衝突することも決まっていた。

そこまでは、神々にも曲げられない世界の定めである。

だが、どこで会うか、どう会うか、などは決められていない。

つまり、そのあたりには神々がちょっかいを出すことができる。


最初の頃は、力にモノを言わせる戦の男神が中心になって、魔物対人間の図式で戦わせるのが当たり前だった。

だが、毎度毎度では芸がない。

すっかり飽きた女神たちが結託して計画を練り、豊穣の女神が戦の男神にハニートラップを仕掛けている間に、まんまと主導権を握った。


地上で流行ったという恋愛物語を読んだ女神たちが組み立てたシナリオは、男神受けしなかった。

しかし、力任せに毎度同じ衝突、というのは確かに問題だ、という流れにはなった。

そこで、ちょっかいの首謀者を決めるため、神々の力を使わない、平等な勝負をすることになった。

ジャンケンや双六などの単純なゲームだ。

だが、そこに参加できない神がいた。

運命の神だ。

自分がゲームに参加すると、無意識に運をいじってしまうからと辞退した。


そこから千年以上が経った。

この件に関しては、ずっと蚊帳の外だった運命の神に、他の神々が満場一致で今回は首謀者を譲る、と言い出した。

ありがたく申し出を受けることにした運命の神だったが、さすがと言うべきか、よりによって大魔王と大聖女のカードを引き当てた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「おはよう、テオ。起きられそう?」

「…ん、おはよう、シビル。」

覗き込むシビルに、まだベッドの上の俺は軽く口付けた。


「昨夜は寄り合いで遅かったものね。もう少し休む?」

「いや、大丈夫。後で昼寝でもさせてもらおう。」

「そう。無理しないでね。」

シビルは優しく微笑む。


昨夜は、オアシスの自主運営組織の集まりだった。

すっかり中立都市として認識されるようになった、このオアシス。

いろいろな組合も作られて、それらをまとめる代表になってくれと言われた。

だが、そんな柄でもない。

相談なら、いつでも乗るが、とだけ言っておいた。


廊下からバタバタと走る足音が聞こえ、ノックもせずにドアが開けられた。

「父さん、母さん、おはよう!」

「おはようタマラ。」

「おはよう。レディはノックをするものよ、タマラ!」

「ごめんなさい。でも、お兄ちゃんが朝食の下ごしらえ済んだから、起こしてきてって。」



たまたま泊まった宿屋で、女将のギックリ腰を見過ごせず、客から臨時の手伝いになった俺たちだった。

ところが、女将の調子が良くなったころ、オアシスはいつになく訪問者で賑わった。

当然、宿屋も大繁盛で、そのまま従業員になってしまった。

その後は、まあ、なりゆきで結婚した。

後から思えば、奴隷商人のテントの前で声をかけられたときに一目惚れしてたんだろうな。

そうじゃなきゃ、あんなにあっさり、側に置いたりしない。


それから数年後、引退することにした主人と女将から、宿を譲り受けた。



夜の食堂で、客のリクエストに応えるシビルの歌声は、女神の癒しと評判だ。

俺も聞くたび、惚れ直す。

俺はと言えば、広く各国を放浪してきたおかげで、いろんな料理の味を知っている。

贅沢でなくとも、客を満足させる料理人だと言われるようになった。

なんと、弟子まで出来て、若者向けの雑魚寝するタイプの安宿を任せている。

せっかく、多民族、多国籍の人々が集う場所だ。特に若者向けに交流場所があれば、と思っていたので丁度良かった。


カミロとタマラという二人の元気な子にも恵まれた。

二人とも宿の仕事が好きで、よく手伝ってくれる。




最近、思い出したことがある。

初めて会ったときに、シビルが言っていたことだ。


『運命の人に会えないと、能力が発動しないタイプなんです。』


着替えを出してくれたシビルに、俺は尋ねた。

「なあ、俺はお前の運命の人じゃないのに、一緒になってよかったのか?」


「あら、もちろん、あなたが運命の人に決まっているわ。

出会った瞬間、お互いの能力が発動して、二人とも幸せになったでしょう?」


シビルは相変わらずだ。

思わず、吹き出してしまった。

「もう、わたしは大真面目よ!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


遥か空の上、天空の島では、運命の神がひとり、破顔していた。









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― 新着の感想 ―
[一言] ラストシーンに何やら温かいものを感じ、運命の女神の破顔に思わずドキッと来てしまいました。 魔王と聖女の運命に目覚めて悲劇にならずに良かった。 何時までもリア充爆発しまくってお幸せに!
[一言] 恋愛はけっこうな部分、タイミングとシチュエーションが重要じゃないかと思ってます。 魔王と聖女として敵対した立場で出会うか、不運な目に会った娘とその救い手となった男として出会うか。 性格、外…
[一言] 馴染み方見るに大聖女さん元々貴族社会には合わなかったんでしょうね。 面白かったです。 運命の神と同じくらい破顔しました。
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