オーウム
ーーーーピチャリ、グチュ
不可解な音を立てながら、肉塊は地面を這いずる。
そこら中に割れた瓶やフラスコ、ガラスなどが散乱しており、至る所に、異臭を放つ不思議な色の液体が落ちている。ケーブルは千切れ、バチバチと火花をあげているものもある。大型の機械のようなものが多く配置され、ランプは仄暗く光っている。報告書だっただろう紙は、液体で濡れて、使い物にすらならない。そこはもう、研究所としての面影はすでに無く、まるでお化け屋敷や廃墟のようだった。
肉塊が動くたびに、肉塊にガラスが突き刺さる。肉塊の表皮が液体で溶け、爛れていく。それでも、何も感じてなどいないかのように肉塊は動き続ける。
静まりかえった研究所の中で、ソレだけが異質で、どこか酷く浮いていた。
人とも、動物とも呼べないだろうソレは、どくどくと脈動し、ずるずると蠢いていた。
どんな動作も、まるで生物とは言えず、死体を動かしているかのようだった。
肉塊はどんどんと扉に体当たりし、その度に表皮だろうブヨブヨとしたものが飛び散る。外に出たいのだろうか、ソレは何度も何度も体当たりを繰り返す。いつしか、ソレはこの扉は開かないと悟ったのだろう、急に方向転換し、ピンボールのようにいろんなところに体をぶつけ始めた。大型機械でさえも倒れ、壁は揺れ、蛍光灯は落ち、土埃と共に剥がれた表皮が宙を舞う。ソレがいかにパワーを持っているかが伺えるだろう。
何を思ったのか、ソレは器用に、自分の三分の二くらいの大きさしかない洗面台に登る。暴れた影響で壊れた蛇口からは、絶えず水が流れている。肉塊は徐に体の一部分を排水口に突っ込む。そのままだと詰まってしまうほどの巨体は、細く変形し、吸い込まれるようにして水と共に排水口へ消えていく。
右折し、左折し、排水口の中はグネグネと曲がっていて、勢いはさながらジェットコースターのようだ。
流れが遅くなる。
肉塊が流れ着いた先は、どこかの川だった。濁流と共にソレは川下に流されていく。石にぶつかり岩にぶつかり、どんどん表皮が剥がれていく。
とうとう、元の大きさの半分くらいにまでなった頃、ソレはどこかの島に流れ着く。一本のヤシの木しか生えていない、とても小さい島だ。肉塊はそこに流れつくなり、石にでもなったかのように動かなくなった。
何度の夜を明かしただろう。ある日、海の水位が大幅に下がったのだ。どんどんと陸の面積が大きくなって、いつからいたのだろう多くの魚がビチビチと跳ねることもなく砂となって死んでいく。
肉塊は突然起き上がり、すでに湖ほどの大きさしかない海に飛び込んでいく。ソレは浮かび上がることもなく、どんどん底へと沈んでいく。
網目のような地面は、どんどん海水を減らしていく。肉塊も、流れに逆らうことなく静かに飲み込まれていく。
肉塊は網目に触れた途端すぱりと網目の大きさに分解されていた。そのまま海水に溶け合うように、小さくなっていく。
肉塊の全てが溶けた時、そこには海も、島も、川も、研究所も何も無く、ただ、静けさだけが反響していた。