名案
作戦を決定したエリックは腰を上げる。
「クロードウィグに話してくる」
「待ってよ。私も行く」
クロードウィグが寝泊まりしているのは陣営地の片隅、日当たりの悪い木々の間であった。
そこでは、ニースの村から連れてきた若者をロランが取りまとめていた。
複数の焚火を前に男たちが、朝食の準備をしていた。
「おはようございます。若」
近づくエリックたちに、いち早く気が付いたロランが焚火の前から立ち上がった。
「おはよう。みんなの調子はどうだ。慣れない遠征だ。体調の悪い者はいるか」
「ご心配なく、特に頑健な者を選んで連れてきております。元気そのものですよ」
ロランの言葉に呼応するようにニースの村の者たちが力強く返事をした。
「木を斬ったり、穴を掘ったりだけですからね。村とたいして変わりません」
「労役より朝晩の冷え込みの方が、堪えるってもんですよ。強い酒が欲しいですね」
「そうか、労役も大変だろうが、頑張ってくれ。一戦終われば帰れるだろう。村に戻ったら宴会だ。酒も色々用意しよう。好きなだけ飲んでくれ」
「へい」
「こりゃ楽しみだ」
エリックは村の者たちに声を掛けながらクロードウィグの姿を探した。
「ロラン。クロードウィグは何処だ」
「奴には水を汲みに行かせています。ああ、戻ってきました」
遠くから白い巨体が重々しく進んでくる。手にした桶がまるで酒杯のように小さく見えた。
「クロードウィグ。お前に頼みたいことがある」
水を樽に移し替えたクロードウィグの背中に声を掛けた。
「頼み? 命令とは違うのか」
エリックの言葉に不審を覚えたクロードウィグが、ゆっくりと振り返った。
「そうだ。頼みだ。聞いてくれるか」
「話せ」
「おい。お前。態度がなっていないぞ」
ぶっきらぼうな返答にロランが声を荒げる。
「いいんだ。ロラン。俺がお願いしているんだ」
「若。奴隷に対してお願いしてはいけません。命じないと。それが奴隷を扱う基本ですぞ」
今度はエリックに向かって、強い調子で注意する。
「分かっている。だが、これは命じられないことなんだ。いや、命じても仕方ないことだ」
「何をさせるおつもりで」
「セシリアお嬢様が対岸の陣営地におられるみたいなのだ」
「何ですと」
そのままエリックは皆で焚火を囲みながら、エリカの夢のお告げと、捕虜の振りをする作戦を説明した。
「どうだろうか。クロードウィグ。やってくれないか」
「お前を連れまわせばいいのか」
「そうだ。それ以上は望まん」
話を聞き終えたクロードウィグは少し呆れたような表情をした。
「女を見つけてどうする」
「夜まで待って隙を見て逃げ出す。陣営から離れた場所で川を渡る」
「見つかれば、死ぬぞ」
「分かっている」
「そうは見えん」
「なぜだ」
エリックの疑問にクロードウィグは黙ったまま答えない。
「協力してくれないか。礼は出来る限りしよう」
エリックの申し出をクロードウィグが鼻で笑った。
「いい加減にしろ。それが主人に対する態度か」
いきり立つロランをなだめる様に手を挙げた。
こんなことで一々怒っていたら話が進まない。
「いいんだ。何か望みはあるか。言ってくれ」
「死に行く者に望みを話しても意味が無い」
「死に行く・・・失敗すると言いたいのか」
「失敗する」
「何処が駄目だ」
「我等は虜など取らん。その場で殺す。だからお前は死ぬ」
クロードウィグの言葉に、その場にいた者すべてが息をのんだ。
「ええっ、そうなの。殺しちゃうの。なんで」
エリカが大声を上げてクロードウィグを覗き込むと、大きく身体のけぞらせるが言葉を続けた。
「何のために生かす」
「何のためって・・・・・・あれ? 何のためだろう」
エリカは首をかしげる。
「しっかりしなさいエリカ。その話は本当か。お前たち北方民は身代金を取ると聞いているが、違うのか」
頼りにならないエリカを押しのけるように、今度はコルネリアが身体を乗り出す。
「金持ちなら、金をとることがある」
「お金持ち・・・」
クロードウィグの返答を聞いて皆が一斉にエリックを見た。
その姿は白と赤を基調とした一般的な軍団兵の軍装だ。戦になればこの上から鎧を着こむが、それだってありふれた物だ。
百人長になり、フリードリヒの馬廻り衆に取り立てられはしたが、エリックの装いは特に変化が無い。以前との違いは馬廻り衆の証の印章ぐらいか。
馬廻り衆ともなれば騎士の身分の者が多く、装いもそれに相応しい立派なものだが、エリックのそれは平凡な兵士のままであった。
「お金持ちには見えないかな」
「そうですね。普通の兵士と特に変わりありません」
「確かに百人長では金持ちとは言えませんな」
皆が一斉に感想を言い出す。
「仕方ないだろう。馬廻り衆に何が必要なのかもよく分かっていない内に戦になったんだ」
蒐が終わってすぐさまこの戦だ。自分の身なりを整える暇などなかった。
自問するエリックにエリカが遠慮ない言葉を浴びせる。
「いや、別にエリックの見た目がしょぼいとは言っていないわよ。ただ、お金持ちには見えないのよね」
「俺は、金持ちじゃないからな。仕方ないだろう」
確かに特製の外套をしつらえたエリカに比べて、俺の恰好はみすぼらしいかも知れない。
「うーん。そう言えばギルドでのエリックの取り分て決めてなかったわね。私もだけど」
「俺には代官の俸禄があるからな。別に要らないぞ」
「そんな訳にいかないわよ」
情けない話を始めた二人にコルネリアが口を挿む。
「自分たちの報酬を決めていなかったのですか。呆れたギルド長と副ギルド長ですね」
「ごめんなさい。相談役の報酬も決めてなかった」
「そんなことはどうでもよい。今は、その話は忘れなさい」
「はぁーい・・・そうか、エリックがお金持ちに見えたらいいって事よね。よし。分かったわ」
エリカが右手の握り拳を開いた左手に打ち付けた。
「若殿から衣装を借りよう。もしくは売ってもらったら、いいんじゃないかな。お金も持って来てるし。足りなかったら戦が終わったら追加で払えばいいわよね」
エリカが名案とばかりに、無茶な話を始めた。
「おいおい、冗談はやめてくれ。貸してもらえるわけが無いだろう」
「そんなの聞いてみないと分からないでしょ。それに、ただ貸してもらう訳じゃなくて作戦の一部なんだから大丈夫よ。エリックがお金持ちの騎士様に見えたら身代金が取れそうでしょう」
「確かにその通りだとは思うが」
「ほら」
エリックを言いくるめたエリカは視線をクロードウィグに向ける。
「これなら大丈夫? 殺されない? 」
「分からん」
エリカの問いかけにクロードウィグは困ったように眉をひそめる。
「ええっ、そうなの。戦争って怖い」
「しかし、分からないということは、殺されないかもしれないという事だ」
「そうですね。潜入の目が出てきたか」
コルネリアの指摘に頷く。
「よし。今から本陣に行って、若殿の衣装を貸してくれるように頼んでみよう」
エリカは勢いよく立ち上がった。
「こら、話を勝手に進めるな」
「でも、他にやりようがないじゃない。エリックが死ななかったらクロードウィグさんも手伝ってくれるのよね」
作り笑顔で念を押してくるエリカに、クロードウィグは渋々といった態で首を縦に振った。
やはり俺より、エリカの言う事の方を聞くようだ。
クロードウィグの話を聞いて、少しだけ北方民の考え方が分かった気がする。金持ちは殺さず身代金を取り、そうでない者には慈悲を掛けない。ある意味では分かりやすい感覚だな。
王国軍ではとらえた捕虜を奴隷商人に売り払うことが多い。
しかし、若殿の衣装か。普通なら貸してくれるとは思えんが、強引なエリカの突破力ならあり得るかもしれない。
そう考えながらエリックも立ち上がった。
聞くだけ聞いてみよう。駄目だとは思うが。
皆を引き連れて本陣に向かいフリードリヒへの面会を求めると、すげなく断られた。
大事な話だと食い下がっていると、奥からダンボワーズ卿が現れた。
「千人長。フリードリヒ様にお伝えしたいことが」
「駄目だ。若殿はお休み中だ」
ダンボワーズ卿の返答は意外なものだった。
早朝とは言え太陽は地平線から顔を出している。戦場で悠長に寝ていられるのだろうか。
驚くエリックたちに、それだけではまずいと思ったのか、ダンボワーズは理由を述べた。
「このところ若殿はろくに眠っておられぬ。やっと眠ることが出来たのだ。妨げることまかりならん」
「それは、ご無礼を」
セシリアの事を考えると俺もろくに眠っていない。ましてや、援軍全体を統括しているフリードリヒ様の心労はいかばかりか。俺と同じく眠れない夜を過ごされていたのか。
「まぁよい。それで何用だ。儂が代りに聞いてやる」
「ははっ」
エリックが今しがた練ってきた作戦案をダンボワーズに話すと渋い顔をされる。
「夢のお告げに、騎士に変装して捕虜になるか。どれも子供だましよ。ここは戦場だ。そのような戯言を申すでない」
「しかし、セシリアお嬢様を一刻も早くお助けせねば」
「その意気は良し。だがな、エリカ殿には悪いが、夢で命は張れぬ」
「私が張ります」
「馬鹿を申すな。エリック。そなたはニースの代官であり軍団の百人長、なおかつ若殿の馬廻りなのだ。いつまでも兵卒気分では困る」
呆れたようになだめられ、それ以上言葉が続かなかった。
「セシリア様については、何か別の方策を考えよう。くれぐれも軽挙妄動するでないぞ。よいな」
「畏まりました」
その場を引きさがるしかなかった。
良い案だと思ったのだが、何がいけなかったのだろうか。子供だましと言われてしまえば返す言葉もない。ともかく何か別の方策を考えなくては。
すごすごとその場を引きさがるエリックは横から声を掛けられた。
「エリック。今の話は本当なのか。セシリア様が敵陣におられるというのは」
「アラン卿」
振り向くとアランが足早に近づいてくる。
あまり顔色がいいとは言えない。この方も眠れぬ夜を過ごしているのかもしれない。
「エリカの夢のお告げを信じればですが」
「お前はどうだ。信じているのか」
アランは真っ直ぐにエリックの瞳を見据えた。
「信じていないと、こんな話は持ち込みません」
「そうだな。つまらぬことを聞いた。忘れてくれ」
「では」
「待て、エリック。私に考えがある」
「考え・・・」
もう一度アランの顔を見ると、彼の目には普段の力が戻っていた。
続く
名案だと思ったのに拒否されてしまいましたね。
次を考えましょう。




