救出作戦案
天幕を飛び出すと朝もやの中でコルネリアが顔を洗っているのが見えた。
「コルネリア。夢のお告げがあったの。セシリアが向こう岸で生きてるって」
「・・・・・・・」
振り向いたコルネリアの綺麗な顔に水玉が光り、今まで見た中で一番の迷惑そうな表情が浮かんでいた。
「ねえ。聞いてる。セシリアが生きていたのよ。助けないと」
「・・・・・・エリカ」
「なに。どうしたらいい」
「おはよう」
「えっと、おはようございます」
「顔でも洗いなさい」
コルネリアは手にした布で顔を拭った。
「ええ、驚かないの」
「驚いていますよ。そんなにはっきり寝言が言える貴方に」
「違うのよ。夢のお告げだったのよ」
更に言い募る江莉香にコルネリアは無言で水の入った手桶を指さした。
寝言と思われているらしい。確かに夢の出来事だったけど、これは願望とか妄想じゃないわよ。
しかし、これ以上逆らうのは止めよう。コルネリアはただでさえ寝起きが悪い人だ。
低血圧と言うより気温が上がらないと調子が出ないから、きっと蛇年生まれに違いない。
江莉香は促されるままに身だしなみを整えてから、改めてコルネリアに腕輪を振りかざしながらさっき見た夢の話をする。
最初はうんざりした表情が見え隠れしていたが、段々と変化する。
そう、それは可哀そうな人を見るような憐れみと優しさに満ちた目に。
違うのよ。ストレスでおかしくなったわけじゃないの。
「魔法の腕輪の力よ。あるでしょ。そういうの」
「エリカ。貴方は魔法を誤解しています。夢のお告げなど魔法ではなく呪いの類です。それも、眉唾物の話ですよ」
「でもでも、煙みたいなものが腕輪と反応したのは、この目で見たもの。凄く痛かったから何かが干渉したのよ」
「なるほど。セシリアが魔法ではなく呪いを使ったと言いたいのですね」
「いや、そう言われると自信がなくなるけど。でも信じて。絶対にお告げは正しいから」
「根拠は」
「女の勘」
江莉香の間髪容れない断言にコルネリアはため息をついた。
「よいでしょう。対岸の陣営にセシリアがいるとして、それでどうしますか」
「助けます」
「そんなことは分かっています。尋ねているのは方法です」
「えっ、それは私が聞きたい事なんですが」
「つまり、考え無しという事ですね」
「はい」
「断言しない」
頭痛でもするようにコルネリアが額を押さえた。
「とにかく、エリックに話してくる。きっと喜ぶわ」
「ああ、待ちなさい。エリカ」
江莉香はエリックの天幕に向かって走っていった。
浅い眠りを繰り返しただけで朝を迎えたエリックの天幕に、エリカが走り込んできた。
「エリック。起きてる。おはよう。今しがた夢のお告げがあったの。大丈夫よ。セシリアは生きてるわ。向こう岸の敵の中にいるわ。どうしよう。どうやって助けたらいい」
「・・・・・・・」
「コルネリアは夢のお告げなんて眉唾だって信じてくれないのだけど、この腕輪の力よ。間違いないわ。別にストレスでおかしくなったわけじゃないからね。お告げはセシリアの身に危険が無い様だって言ってたから、きっと北方民の真似をしているのよ。ほら、北方民てみんな色白で金髪でしょ。セシリアとおんなじ、きっとそうよ」
「・・・・・・エリカ」
「なに、なに」
「うるさい」
「うるさいって何よ」
「頼むから、順序立てて一つ一つ話してくれ。話が全く理解できない」
エリックは頬を二度叩いて大きく伸びをした。今日も慌ただしい日になる事だけは理解した。
「だから」
少しだけ落ち着いたエリカの話を聞く。
夢に男の人が現れて、対岸の敵陣地にセシリアがいるとこが分かったという。
「そんな事が分かるものなのですか。コルネリア様」
エリカの隣に立つコルネリアに声を掛けると困惑した顔をされた。
「この距離でも魔力を検知すること自体は可能です。ただ、生き物は皆等しく魔力を発しています。大勢の中に紛れた一人を見つけるのは難しいでしょう。エリカぐらいの魔力量なら、あるいは検知できるかもしれませんが、セシリアのそれは常人より多いという程度です」
「でも、分かるんだって、信じてよ」
「分かった。分かった。信じるから落ち着けよ。俺だってセシリアお嬢様が対岸で生きてくれている方が、行方不明より嬉しいからな。で、無事なんだな。ひどい目に合っていないんだな」
「お告げではそう言ってた。たぶん大丈夫」
「たぶんなのか」
「うん」
「頼りないな。しかし、対岸の敵陣地か。どうやって探そう。コルネリア様。お嬢様の魔力はどこまで近づけばわかりますか」
「あの大人数の中からでは、目で見える範囲でしょうね」
「よし、私がやってみるね」
エリカがこぶしを握り締めた。
「やるって何を」
「河を渡って、セシリアの魔力を探してみる」
「危ないだろう」
「でも、見つけないことには助けられないでしょ」
「俺が行く」
「へっ」
「目で見える範囲なら、実際に目で見るのと変わりないからな。男の集団から女を探すんだ。難しくないだろう」
「また、夜にこっそり忍び込む?」
「それだと、見えないじゃないか」
「そっか。じゃ私が夜に忍び込むわ」
「駄目だ」
「なんでよ。コルネリアの猫の目があれば、夜でもバッチリよ」
エリカは自分の両頬に人差し指をつけて目を指した。
心意気は嬉しいが、そんな危ない真似はさせられない。
「危険すぎる。ここは俺が行く」
「敵の陣地に忍び込むのは危険な行動です。エリック卿の方が適任でしょう。エリカと私が突入するのは最後の救出の瞬間が良い」
「なるほど」
コルネリア様が話を纏めてくれた。エリカも師匠のコルネリア様の言う事には素直だ。
「決まりだ。昼間に堂々と見て回る方法か・・・」
考えはみるが、さほど選択肢が多いわけではない。初めに思い付いた策を口にする。
「俺が捕虜になろう」
「はあ、何言ってんのよ。捕虜になったら探せないでしょうが、見つけたとしてもどうやってセシリアを助けるのよ。私からしたら救助対象が一人から二人になるだけなんですけど」
呆れたようにエリカが両手を腰につける。
「最後まで聞いてくれ。実際に捕虜になるんじゃない。捕虜の振りをして忍び込むんだ」
「どうやって」
「クロードウィグに頼む」
人夫として連れてきたクロードウィグは生粋の北方人だ。堂々と陣営を歩けるはず。その、クロードウィグが捕らえた捕虜という事で陣営内を見て回る策だ。
「うーん。思い切った作戦ね。こっそりが無理だから逆に堂々と行くのね」
作戦の内容を話し終えるとエリカは感心したように何度も頷いた。
「ああ、陣営内を歩き回れば、お嬢様の方から見つけてくれるかもしれないだろう。後は、隙を見てお嬢様を連れ出す」
「うん。捕虜が捕虜の振りをしているなんて盲点だから上手くいくわ。凄いエリック。ちゃんと考えてるのね」
「褒めているのか馬鹿にしているのか、どっちなんだ」
「褒めているわよ。絶賛よ」
「良い策だと思いますが、問題がある」
コルネリア様が、右手を挙げて話を制した。
「なんでしょう」
「その策だと、クロードウィグが裏切ると全てが崩壊します」
「そうですね」
やはりそこが問題だ。分かっていたことではあるが。
「どうするのですか」
「信じるほかありません。クロードウィグが裏切ればこの策は終わりです」
「それでは策とは言えないでしょう。奴の妻子はニースに居ます。人質に取りなさい」
「ええ、あんまりよ」
コルネリア様に詰め寄るエリカを手で制した。
「おっしゃることは分かりますが、止めておきます。あの男は家族思いです。私が言わなくても十分承知しているでしょう」
「奴隷に期待してはいけません。奴隷にされた者の恨みや憎しみを軽んじるな。感情に任せて何をするか知れたものではない」
エリックはコルネリアの瞳を真っすぐに見つめ返した。
「ご忠告感謝いたします。しかし、この策はクロードウィグを信じる事でしか実行できません。奴を買い取ったのは私です。報いは甘んじて受けましょう」
エリックの答えを聞いたコルネリアは突き刺すような視線を少し緩めた。
「いいでしょう。その覚悟があるのであればエリック卿の策は成功するでしょう」
「ありがとうございます」
「なになに、エリックの事試してたの」
エリカが明るい声を出して場を温めようとした。
「試したというより、占ったのですよ。この策の行方を」
「占った? コルネリアに最も似合わない言葉ね。占いとか馬鹿にしてるのかと思ってた」
「馬鹿にしていますよ」
「ええっ? 」
「他人にしてもらう占いなどは、役に立つものではない。しかし、自分でする占いは別だ。それは真理たり得る」
「むっ、難しい。私にも分かるように言ってよ」
「その内に分かりますよ」
「当分は分からないと私の中の声が聞こえる。そうだ、エリック。この作戦が成功したらクロードウィグを自由にするって言えばいいのよ。ご褒美があれば、そんな無茶をしないかもしれないでしょ。さらに安心よ」
「奴を自由にか、それでお嬢様を助け出せるのであれば、容易いことだ」
「でしょ。そうしよう」
「わかった」
コルネリア様が厳しい事を言って戒め、エリカは希望を語る。本当にこの二人には助けられているな。
策は決まった。後はクロードウィグに話をし、若殿のご許可を貰おう。
必ず助け出してみせる。待ってろ。
続く
エッセイからお越しの皆さま。こんにちは。
エッセイとは毛並みの違う作品ですが、楽しんで頂ければ幸いです。




