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お告げ

 ドルン河南岸にはためくセンプローズの軍旗を目の当たりにしたセシリアは、なんとか連絡を取ろうとした。

 砦に近づくと、敵と思われ矢を射かけられる。かと言って援軍の元に向かおうにも、大河ドルン河がセシリアの行く手を遮っていた。船が無ければ到底渡れそうにない。

 そこで、初めに思い付いたのは、矢に手紙を括り付けて砦に文を送る方法だ。

 これなら、砦の守備兵たちの隙をついて一射だけして隠れれば、危険も少ない。

 一応、武門の子女として弓の稽古は受けていた。しかし。


 「重い・・・硬い」


 その辺に転がっていた北方民の弓を手にするが、分厚く大きな弓に太い弦が張っており、とても扱える代物ではなかった。小さめの弓を探して引いてみても、弦が硬すぎる。


 「北方民たちはこんな強い弓を使っているのですね」


 何度か挑戦してみたが上手く扱えそうにない。矢文で連絡する方法は諦めざるを得なかった。


 セシリアは川べりでぼんやりと対岸の援軍を眺めた。

 王国軍の兵士の動きが小さく見える。

 砦を攻めていた北方民たちは、やって来た王国軍に対応するため部隊を二つに分けた。引き続き砦を攻める部隊と、渡って来るであろう王国軍を迎え撃つ部隊に。

 セシリアが身を潜めているラミ族は迎え撃つ側に割り振られていた。

 目の前ではラミ族の男たちが、森から切り出した木材を川に沿って打ち込んでいる。


 「よく考えていますね」


 感心しながら作業を眺める。

 恐らく王国軍の上陸を阻止するためのものなのでしょう。こう何本もの木が打ち込まれていたら、船で押し寄せても簡単には陸地に上がれない。

 足並みが乱れた所を一斉に攻撃して追い払うつもりなのでしょうね。


 「リディアナ」


 声に振り向くと、アダンダが手招きをしている。

 なにか、仕事があるのでしょう。食事の準備や、負傷者の手当てなど女にも仕事は多い。


 「これは・・・」


 アダンダに案内された天幕には、数人の女たちが焚火を取り囲むように円陣を組んで座っていた。


 「リディアナ。ココニスワレ」


 アダンダが自分の隣の空いた場所を指し示したので従った。


 「コレハナニ」

 「ライミーレヲサガス、ギシキ」

 「ライミーレ」


 問いかけると、聞いたことのない単語が返ってきて首をかしげた。

 何か儀式が始まるのでしょうけど、わたくし何をすればいいのかしら。

 アダンダと同じように座り込むと、女たちが手にしている石を連ねた首飾りのような物を掲げ、詠唱を始める。

 途端に大きな青白い炎のような幻影が屹立した。

 魔法・・・いえ、これは、彼らの呪いの力。

 目の前に現れた幻影の炎が、あっという間にセシリアを含む女たちの間に広がり輪となった。

 柔らかな温かさを感じる幻影の炎に身を焼かれると、身体の中に強い力を感じ、視界が虚ろになる。

 身体をそのままに、意識だけが空に昇っていくような感覚。

 経験はおろか、聞いたことも無い魔法です。これは北方民たちの独自の魔法なのかしら。

 夢を見ているような感覚なのに強烈な色彩を感じる。

 目の前に感じる岩の塊には小さな赤い炎。そして水の流れの向こう側には、一際大きな赤い炎が立ち上っていた。

 大きな赤い炎はセシリアたちの青い炎よりも、強く高くそびえ立っている。


 「なんという。魔力の高まり。倍? いえ、それ以上でしょう」

 

 詳しく見ようと意識を集中すると、青い炎の一部が赤い炎に向かって手でも伸ばすように伸びていく。

 その炎が触れたか触れないかの瞬間に、弾かれるような強い魔力の波動がセシリアを襲った。

 あっ、思う間に視界が戻り、激しい息苦しさを覚えた。

 咳き込むように何度も大きく息を吸い込む。

 この短い時間で、相当の魔力を使ったようですね。

 セシリアだけではなく、円陣を組んだ女たちは皆、全力で走った後のような大きな息遣いをしていた。


 「ミエタカ。リディアナ」


 ラミ族の巫女が苦し気にセシリアに声を掛けた。


 「ミエタ。アカイ。チカラ。アレハナニ」

 「ミュロンダノ、ライミーレ。イヤ、アレハ、メイガリオーネダ」


 その言葉に周りの女たちも、声にならない音を出した。


 「メイガリオーネ」


 聞いたことのない言葉ばかりだが、あの魔力の高まり、恐らく魔法使いの事でしょう。


 「ソウダ、ツヨイ、ライミーレ、メイガリオーネガイル、オソロシイ」


 巫女は呻くように呟いた。



 高台に急造された櫓の上から江莉香は遠くの対岸を眺めた。

 そこには、夏フェス並みの巨大なキャンプ村が広がっている。たが、そんな牧歌的な集団ではない。こちらに襲い掛かって来る敵の集団なのだ。

 朝早くに、エリックが将軍の伝令役を受けたアラン様と共に砦から戻り、最悪な報せを伝えた。

 砦にセシリアの姿はなく、敗走中に行方が不明になったとの話だった。

 目の前が暗くなる。

 エリックがフリードリヒに捜索隊を出すように懇願するが、砦の救援が先だと跳ね除けられた。

 

 「どうしよう。どうしたらいいのよ」


 気持ちとしては、今すぐ対岸に渡ってセシリアを探したいけど、あの敵の集団のいる対岸にエリックと二人で乗り込む勇気はない。

 怒られるのを覚悟して、コルネリアや護衛の神聖騎士団の人たちを引き連れて対岸に渡るべきなのかな。でも、コルネリアはともかく神聖騎士団の人たちはあくまでも護衛。私が命令できる部下の人ではない。お願いしても受け入れられない可能性が高い。砦に立て籠もっている将軍たちを助けるのが先決という、若殿の指示はもっともなものだし。

 対岸を睨みながら、櫓の上を行ったり来たりしながら自問自答する。

 見張りの兵士が、迷惑そうにこちらを見るが気にならなかった。

 お昼を過ぎたあたりだろうか、対岸からも炊事の煙が上がって見える。


 「悠長にお昼ごはんを食べはんのね。いい気なもんや」


 罪のない煙に毒づく。

 すると、その中の煙が一筋こちらに流れてきたような気がした。

 なんやろ。煙が届く距離ではないし。

 その不思議な煙がエリカに届いた瞬間。左腕に強い衝撃を受けた。


 「痛った。なに、なに、なんなの。痛いよ」


 銀の腕輪越しに左腕をさすると、赤い宝石がぼんやり光って見えた。珍しい。たまに光るのよね。この腕輪。

 とにかく、対岸の連中をとっとと追っ払えば、セシリアを探しに行けるという事やろ。こうなったら、殺人幇助になってでも若殿に協力するしかないわね。

 うう、嫌やなぁ。でも、他に選択肢が無い。

 覚悟を決めると江莉香は櫓を降りて行った。

 左腕はまだ痛い。


 覚悟を決めた江莉香ではあったが、攻撃の機会はすぐには来ないことがわかった。

 まず、相手の方が人数が多い。そして、向こう岸に渡ろうにも橋は焼け落ち、船の数が足りない。

 そこら辺の木々が切り倒されて筏が作られているが、それでも数は足りないようだ。


 日が沈み、寝床に潜り込んだものの、いっこうに眠れない。

 寝返りを打ちながら、あれこれ考えてみる。

 災害にあった人を救助できるタイムリミットは72時間とか聞いたことあるけど、それはとっくの昔に通り過ぎている。怪我とかしていなければ、もっと耐えれるはず。それに、ペタルダの薬を渡してあるからきっと大丈夫よ。食べ物はどうしてるかな。ああ、こんなことになるならビスケットも大量に渡しておけばよかった。そうすれば、お腹も満たせるし砂糖の力で疲労も回復できたはず。

 アラン様も護衛と一緒に逃げたと言っているから、その人たちが保護してくれているはず。うん。きっとそうよ。

 だとしたら、絶対に川に向かっているはずだから、川岸を捜索したらいいのかもしれない。それなら、敵の領地にそんなに入らなくて済むし。川岸を廻って探す方が早いかな。 

 よし、そうしよう。明日になったら若殿にお願いして、川の上流か下流に行かせてもらおう。川さえ渡らなかったら大丈夫のはずよね。

 その内に段々と意識が遠くなり眠りに落ちた。



 『やっと、寝たか。おい、江莉香。江莉香さん。窪塚江莉香さん』


 どこからか呼びかける声が聞こえる。


 「ふえ」

 『ふえ、じゃねぇよ。お友達のことが心配なんだろう』


 目の前に年上の男の人が現れた。会ったことのない知らない人だが、妙な親しみを感じる。

 やたらにフランクな接し方に釣られて、こちらも砕けた口調になった。


 「心配よ。どこにいるのかな。大丈夫かな。怪我してないかな。泣いてないかな」

 『心配するな。すぐ近くにいる。もちろん五体満足だ。怪我もしてねぇみたいたぜ』

 「ほんとうに? なんで、そんなことわかんのよ」

 『さっき向こうが、触れてきただろうが。痛かっただろう。左腕』

 「左腕って、あの煙みたいなやつ? 」

 『そうさ。あれは、奴らの呪いの一種だな。久しぶりに見たぜ』

 「あれが、セシリアだって言うの」

 『ちょいと違うが、お友達がいたのは確かだ』

 「ほんと。嘘じゃないわよね」

 『嘘ついて何の得があるんだよ。信じろ。そうだな。お前さんが使っている霊験あらたかな、有難ーい腕輪様のお告げとでも思えばいい』

 「何その言い方。なんかむかつく」

 『怒んなよ。とにかく対岸の人が沢山いる中に、お友達はいるみたいだ。良かったな』

 「なにそれ、捕まっているって事? 」

 『さあな。そこまでは分かんねぇ。でも、やばい感じはしなかったがな。生きているのは間違いない』

 「そう、よかった。ところで、あなた誰」

 『今更かよ。まあ、お前さんの相棒みたいなもんさ。気にすんな』

 「わかった。取りあえず教えてくれて、ありがとうございます」

 『意外に素直じゃねぇか。お礼は形のあるものでな』

 「形? どうやって渡せばいいのよ」

 『ハハッ。さぁな』

 

 明瞭だった姿と声が遠くなり、全身に熱を感じで江莉香は目を覚ました。外は、白んで明るくなりかけている。

 風邪でも引いた時のように寝汗でびっしょりだ。

 江莉香は飛び起き、枕元に置いていた腕輪を掴むと、身だしなみを整えるために外に出た。 

 信じがたいが、これは夢のお告げに違いない。今はこんなものにでも縋りたい江莉香であった。

 


                続く

お久しぶりです。腕輪さん。

きっと読者の皆さんは忘れていると思います。ごめんなさい。

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