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援軍

 解放されたセシリアだが、男たちをこのまま捨て置く訳にもいかない。かと言って迂闊に近づけば身が危ない。

 こうなっては事情を知っていそうな人物に直接聞くしかないでしょう。とは言え素直に話してくれるかしら。

 

 夕闇が迫るころ。 

 北方民たちは一日の戦いを終えると決まって宴会を始める。何処から調達したのか樽ごと運び込まれた葡萄酒を水で割ることも無くそのまま飲み干す。

 族長のイングヴァルもその例に漏れず、大きな器になみなみと注ぎ飲み干していく。

 セシリアは給仕係として男たちの世話をしながら、飲み干すのを確認すると、すぐさまイングヴァルの器に葡萄酒を注いでやる。すると嬉しそうに、また飲むのだ。

 そろそろ酔いが回ってきたところで、南に向かわないのかと話を振ってやると、拍子抜けするほど簡単に作戦について話しだした。

 イングヴァルの言によると、包囲軍は城攻めに飽きてきているらしい。

 立て籠もった王国軍を打ち破ったところで、略奪できる物資はたかが知れている。それよりは河を渡り南の豊かな王国北部国境地帯で一稼ぎしたいというのが、本音らしい。

 なぜそうしないのかと問うと、煩い男たちがいるとの話だった。

 どうやらあの男たちが、この戦の作戦を考えているらしい。

 何者かと問うと、急に口が堅くなったので、更に酒を注いでやり適当におべんちゃらを並べる。

 酒宴の席で酒を注いで回るのは幼いころ行っていた仕事の一つだったが、客に媚を売ったことはなかった。特に抵抗なく、こんなことが出来る自分にセシリアは驚いた。

 セシリアの言葉に気を良くしたのかイングヴァルの口が軽くなる。


 「ガエダノ、ケライ」

 「ガエダ辺境伯様の家臣? ・・・ナゼ、ガエダノケライガ、トリデヲセメル」

 「シラン。ガエダノ、バローナヲコロセバ、ミナミニムカウノヲ、ジャマシナイトイッタ」

 

 バローナとは彼らの中での(かしら)という意味だ。

 辺境伯様を殺したら、ガエダ軍は北方民が河を越えることを容認するつもりらしい。ガエダ辺境伯領の軍団が動かなければ、北の守りに穴が出来る。そこから侵入するつもりだったのか。

 昼間の男たちの話と符合するが、それでも辺境伯の家臣が自ら行う理由が分からない。北部国境に穴が出来たら辺境伯領も被害が出るだろう。自分で自分の首を絞める行為だ。


 「コロシタノカ」

 「イイヤ。ワカゾウダケダ」

 

 若造という事は辺境伯様の跡取りの事でしょうか。そう、お亡くなりになったのですね。

 遠征の初めの方で、挨拶だけをした仲の青年の冥福をセシリアは祈った。


 「バローナ、トリデニイル? 」


 イングヴァルは赤ら顔で頷くのだった。

 段々と話が見えてきた気がする。

 恐らく、ガエダ辺境伯家ではお家騒動が起こったのでしょう。

 辺境伯様と跡取りを北方民に襲わせて、自分たちに都合の良い後継者を辺境伯に据える。そんな陰謀だったのでしょうね。

 跡取りは討ち取ったが、肝心の辺境伯様に逃げられてしまったから、ランドリッツェの砦を攻めているのね。

 センプローズ一門は他家のいざこざに巻き込まれただけであったのでしょう。

 セシリアは怒りよりも虚しさに襲われた。

 アスティー家では兄フリードリヒが後継者としての地位を固めてはいるが、その手の話が無いわけではない。フリードリヒ兄さまの覚えがめでたくない家臣は、いくらでもいるだろう。そのような者たちが兄さまを跡取りから引きずり下ろそうと画策することは考えられた。そして、それに自分が巻き込まれる可能性も無いわけではない。 

 奴隷の娘という身の上も嫌だったが、名家の子女という立場もセシリアには重荷でしかない。

 誰か代りたいという(ひと)がいるのなら、喜んでこの立場を譲って差し上げるのに。

 もっと自由に生きてみたい。

 本当にエリカが羨ましい。身寄りがない弱い立場なのに、あんなに自分を偽らずに暮らしている。己の力で暮らし向きを良くしている。そして、常にエリックと共にいる。エリックと共にいるからこそ、あのように自由に振舞えるのに違いありません。何て(ねた)ましいのでしょう。

 一瞬、ここにはいない友人に腹を立ててしまった。

 そんな事よりも、経緯(いきさつ)は大体理解しました。これをお味方に知らせないと。

 更に酒を注ぎながらセシリアは考え込むと耳慣れた角笛の音がし、セシリアの顔は驚きに満ちた。

 この音色は。

 ラミ族の男たちも何事かと立ち上がり周りを窺い始める。

 セシリアは手にした酒入れを放り出し、ドルン河に向かって駆けだした。

 角笛の音色と共に、河向うに緑と白の軍旗がはためき、槍の穂先と騎兵が姿を現す。


 「ああ、神様」


 川べりの草地に膝をつく。

 待ちに待った、センプローズ一門の軍勢が来援に来たのだ。

 セシリアはお守り代わりに胸に忍ばせた木製の猫のブローチを握りしめた。

 味方が、エリックが助けに来てくれたことをセシリアは確信した。

 


 フリードリヒはランドリッツェの砦を見上げ、塔にセンプローズの軍旗が掲げられているのを見て、安堵のため息をついた。どうやら間に合ったようだ。

 南への侵入を阻止するために破壊された木製の橋の近くに陣営地を築いた。対岸には万を超えようかと言う大軍が展開している。

 天幕の設営を待たずに空き地で作戦会議を始めた。

 砦からもこちらの様子は見え士気も大いに上がっているはず。この機を逃さず、一気に攻め掛かりたいところではあるが、時刻は夕暮れ。河を渡ろうにも橋は破壊され、手持ちの船も無い。


 「まず、船の確保でありましょう。明日は朝から船を作りましょう」

 「よし。ダンボワーズ。貴様が船造りの指揮を取れ。ゼノン。貴様は沿岸を廻って使えそうな船を全て徴発せよ。四の五の言わせるな」

 「ははっ」

 

 手際よく指揮を執るフリードリヒをエリックは尊敬の眼差しで見つめた。会議に口出しできる立場ではないが、側近として作戦会議を覗くのはこれが初めての経験であった。向かい側には目を白黒させているエリカと、いつもの無表情で立っているコルネリアの姿があった。


 「ダンボワーズ。砦に人を入れよ。父上の状況が知りたい」

 「ははっ、砦への抜け道は知られておりますまい。そこから人を入れましょう」

 「こちらの状況もお報せせねばならん。人選は慎重にな」

 「御意」

 「以上だ。残りの者は陣営地の建設と夜襲に備えよ。蛮族共に我らに楯突いたことを、あの世で後悔させるのだ」

 「「ははっ」」

 皆が一斉に跪きエリックもそれに倣った。


 「千人長」


 それぞれの持ち場に散っていく幕僚たちをかき分け、エリックはダンボワーズに声を掛けた。


 「どうした。エリック。手短にせよ」

 「はっ、砦への繋ぎ、是非とも自分にお命じください」

 「其方にか。砦には」

 「昨年一度だけ」

 「話にならん」

 

 ダンボワーズは足早に立ち去ろうとする。


 「お待ちください。河を渡ろうにも橋は焼け落ち、船もなく、泳いで行くしかございません」

 「何が言いたいのか」


 エリックの言葉にダンボワーズは足を止めてしまった。


 「私は海辺のニース育ちにございます。泳ぎにおいて誰にも後れは取りません」

 「ふむ。確かに河を渡るには泳げぬことには話にならぬか」

 「はい。この距離でしたら休みなく往復できます」

 「河には流れがあるのだぞ。それでもか」

 「海にも潮の流れがございます。是非。私にお命じください」


 何としてもセシリアの安否を確認したいエリックは必死な思いで志願した。


 「良いだろう。閣下への繋ぎのお役目、しかと果たすがよい。書状を用意する。ここで待て」

 「はっ」


 ダンボワーズが立ち去ると、今度は話を聞いていたらしく、エリカが血相を変えてやって来た。


 「ちょっと。エリックどういうつもりよ」

 「ああ、今から砦に行ってくる」

 「だからどうして、エリックが行くのよ」

 「セシリアの事が心配だ。砦にいるかどうか確認してくる」


 そう答えるとエリカは言葉に詰まって何も言い返さなかった。

 ダンボワーズから書状と抜け道への説明を受ける。河沿いの断崖に横穴があり、そこから砦の中に入れるとの事であった。それには河を泳ぎ渡り、断崖をよじ登らなければならない。

 困難な役目ではあるがやり切ってみせる。

 頼むから無事に砦にいてくれ。セシリー。



                   続く

メンンヒロイン交代か。( ̄▽ ̄)?

セシリアが活躍して嬉しい限りです。

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