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裏切者

 フリードリヒが率いる救援軍は北部のクレゾンの街に入城した。

 クレゾンはアルノ河の支流に位置する北部地域の要地に位置し、オルレアーノに比べて規模は小さいが、周囲に城壁を巡らせた城塞都市である。この街で最後の準備を整え、北に進路を変えればドルン河だ。

 川べりの船着き場には兵糧を満載した船が次から次へと到着し、荷の積み替えに忙しい。ここからは船は使えない。かき集めた馬車やロバの出番だ。

 エリックがその作業風景を眺めていると一際大きな船が船着き場に到着した。


 「ああ、疲れた」


 言葉とは裏腹に元気いっぱいのエリカとコルネリアが船から降りてくるのを出迎える。


 「どうして疲れるんだよ。船に乗っていただけだろ」

 「エリック。先に着いていたんだ」

 「俺も今、着いたところだがな」

 「合格」


 エリカが親指を立てて片目を閉じる。


 「何が合格なんだ」

 「女の子と待ち合わせている時は待っていたとしても、今来たところと言うのよ。分かった? 」

 「分からん」


 また、訳の分からないことを口走っている。まぁ、いつも通りで良いことだ。


 「船旅は歩かなくていいのが利点だけど、この季節は冷えるわね。火に当たりたい。出来ればお風呂」

 「贅沢を言うな。今日はこの街で一泊だから、好きなだけ暖炉の前で丸まってろ」

 「人を猫みたいに言わないで」

 「宿を取ってあるからそこで休んでくれ。この先はしばらく屋根のある寝床はお預けだからな」

 「この先はテント暮らしか。何日ぐらいでつくの」

 「天気が良ければ三日だな。途中に村はあるが町はない。覚悟しておいてくれよ」

 「了解」


 少しだけ首をかしげると頭でも痛いのか、エリカは右手を真っすぐ伸ばし額に斜めに当てる仕草をする。


 「何だそれは」

 「私の国の敬礼。お巡りさんがするヤツ」

 「神聖語を混ぜるな。兵糧の積み替えはやっておくから休んでくれ」

 「それでは、お言葉に甘えて」

 

 エリカとコルネリアがクレゾンの中心部に上っていくのを見送った。

 この船に積んである物資の管理はエリックの仕事であった。村から持ってきた馬車や借り受けたロバなどに乗せ換え、集積所に運び込む。


 「エリック様。ドーリア商会の者と繋ぎが付きました」


 荷の乗せ換えを監督していたエリックにエミールが声を掛ける。

 フスに頼んでいた北への使いの者と連絡が取れたようだ。


 「助かる。何処にいる」

 「お会いになるので」

 「ああ、直接話が聞きたい」


 エリックの前に行商人の風体の男が現れ報告をうけたが、内容は最悪に近いものであった。


 「それでは、セシリア様のお姿は誰も見ていないのか」

 「はい。お逃げになられたとの話はありましたが、その後お姿を見た者はおりません」

 「閣下は。閣下は砦まで撤退出来たのだろう。そのお傍にいなかったのか」

 「将軍閣下は無事にお退きになられたとのことですが、セシリア様がご一緒かは、分かりかねます。もしかすると、砦に逃げ込んでおられるやもしれませんが・・・」

 「見た者はいないという訳か」

 「はい」

 「他には何かないか。何でもいい」


 エリックは行商人の肩を掴んでゆすった。


 「他と申しましても・・・そう言えば、どうやら先に攻撃を受けたのはガエダの軍勢だったようでございます。ガエダ辺境伯クロフォード様は大きな怪我をなさったとか。噂でしかございませんが、討ち取られたとの話も」

 「辺境伯が討ち死にだと」


 呆然とし、掴んでいた肩から手を離した。

 一軍の指揮官が戦死するなど大敗もいい所だ。そんな戦に巻き込まれたら・・・


 「辺境伯もランドリッツェの砦まで逃げられたとの話もありますが、真偽は不明でございます」


 その後も質問を重ねたが、どれもあやふやで噂の域を出ないものばかりで、焦燥感を煽るだけであった。

 何としても行方を確かめなくては。



 今日も喊声と太鼓の音が聞こえる。

 心ならずも包囲軍の中で生活しているセシリアであったが、その待遇は悪いものではなかった。

 文明度の低い北方民との生活故に快適とは言えないが、食べる物と寝るところに困ることはなく、戦闘も遠くから眺めるだけの日々であった。

 衰弱していたアダンダもエリカの薬がよく効いたのか、それとも仲間と合流できたため心が持ち直したのか、日に日によくなっていく。

 そして、部族の巫女を助けたセシリアに対してラミ族の人々は好意的で親切だった。

 族長のイングヴァルやアダンダもセシリアを家族のように気にかけてくれるし、セシリアもアダンダに友情のようなものを感じている。

 母の出身部族に囲まれた生活。敵なのだが敵と言い切ることもできずに、懐かしさに似た愛着のようなものを抱く。

 そうは言っても父が目の前で包囲されていることも、また事実であった。

 父である将軍にさほど愛着があるわけではないが、それでも父親であることには変わりなく、死んでほしいなどとは思わない。

 複雑な心持でセシリアは砦を見上げた。


 北方民は砦の三方を包囲しているが、高い崖と分厚い城門に阻まれ、砦の攻略には進展が無い。

 彼らは要塞を攻撃できる攻城兵器を持たず、盾を連ねて火矢を打ち込んだり、丸太で門を攻撃したりするだけで、見ている限りでは攻撃はことごとく失敗している。

 だが、包囲していることには変わりない。ランドリッツェの砦は大きな砦だが、それでも砦内の食料には限りがある。時間は包囲側に有利であった。

 砦の近くには対岸に渡る木製の橋があったのだが、砦の兵が北方民に対岸に渡られるのを恐れて焼き払ったのだろう。今は黒焦げの橋脚だけの姿になっていた。

 セシリアはアダンダから借りた北方民の衣服に身を包み、攻撃が飛んでこない範囲で砦を観察していた。どうにかしてたどり着けたらいいのだが、近づいたら敵と間違えられて矢を射かけられるか、岩を投げ落とされるだろう。

 それに、運良く包囲網を潜り抜けて砦内に入れたとしても、わざわざ自ら包囲されに行くようなもので本末転倒。

 身の安全を確保している今なら尚更だ。


 考え事をしながら陣営内を歩いていると、大きな天幕から数人の男達が出てきた。

 セシリアの目から見て、この男たちは身なりが明らかにおかしかった。

 北方民の衣類は布が貴重なので身に纏うのは動物の革を使った服が多い。大半の男は裸体に毛皮を巻き付けただけで済ませている。セシリアの目から見ると北方民の男たちは皆半裸であった。

 しかし、その集団は地味な色合いではあるが、明らかに布地の服を着ている。服の形も王国で一般的なものだ。

 王国の兵士からはぎ取ったにしても、着なれている印象が強い。

 それは包囲軍の中で、明らかに異質な集団であった。

 セシリアは頭からフードを深くかぶり、その集団に近づいた。

 

 「これだから蛮族どもは御しがたい」


 水を汲む振りをして手桶を手に近づくと、聞きなれた王国の言葉が耳に飛び込んできた。

 一人の男が怒りを露わにしている。


 「今は、なんとしても砦を落とすことが先決なのだ。南に向かうのはその後だろうが」

 「しかし、奴らは忍耐を知らんからな。いつ、暴発して南に向かうか分からんぞ」

 「だから蛮族だと申すのだ。砦を放置して進んでも後ろと前から攻撃されて全滅するのは奴らだぞ。なぜそんな簡単なことがわからんのだ」


 言葉が通じないことをいいことに北方民をあしざまに罵っていた。

 表情を消して罵っているので、奇妙な光景だ。その姿、話し方は明らかに王国の人間たちだった。

 包囲軍で見かけた王国の人は、身代金目的で檻に監禁されている人たちだけ。どうして、この人たちは北方民の間で自由に行動できるのでしょうか。わたくしの様に北方民の真似事をしている風でもないのに。


 「そもそも、この戦いの目的を理解していないことが度しがたい。あれ程、事前に説明したのに」

 「我らの常識で、奴らは測れんということか。どうする」

 「何としても砦を攻め落とし、伯の死を確認する。話はそれからだ」


 伯? 伯とはガエダ辺境伯様の事かしら。どうして、この人たちは辺境伯様の生死を確認したいの。

 話を詳しく聞こうとセシリアは徐々に彼らとの距離を詰めていった。


 「砦を落とすのは賛成だが、アスティー将軍はどうする。あの方も討ち取るのか」

 

 唐突に父の話が飛び出した。


 「わざわざ討ち取る必要はない。だが、死んでしまったのなら、その時はその時だ。後はあのお方の武運次第であろうよ」

 「しかし、センプローズ一門に禍根を残すことになるぞ。我等の目的を忘れるな」


 一人がたしなめると、それまで表情を消していた男たちに苦々し気に呻く。


 「おのれ、伯と若君を討ち取れば、それで話は終わりだったというのに・・・後は奴らが南にでも何処へでも向かえばよかったのだ」


 何と言うことなのだろう。男たちは北方民が王国を襲う事を容認している。この者たちはわたくしの敵だ。

 セシリアはそう認識した。

 経緯は分からないが、ガエダ辺境伯が襲われたのは、この者たちの企みに相違ない。

 セシリアはこの場を離れようと後ずさりをすると、手桶が岩に当たって大きな音を立てる。 その音に誘われるように何人かの男たちと目が合った。


 「ほう」

 「どうした」

 「いや、面白い」


 何を考えたのか男の一人がセシリアに近づくと、腕を掴んで被っていたフードをはぎ取った。

 セシリアの金髪が太陽の光に輝く。


 「これはこれは、蛮族とは思えない美しい女だ。こんな女も蛮族共にも生まれるのだな」


 逃げようと身をよじるが、強い力で押さえつけられる。

 悲鳴を上げそうになるが、何とかこらえる。ここで、王国の言葉を発したら身の破滅だ。


 「ハナセ」


 北方語で大声を出すが、必死の叫びに男はせせら笑う。


 「ハナセ」

 「ダマレ。蛮族が」


 腕をねじり上げられ、激痛にセシリアは悲鳴を上げた。


 「リディアナ」


 悲鳴を聞きつけたアダンダが走り寄って来るのが見えた。

 助けて。アダンダ。


 「リディアナヲ、ハナセ」


 血相を変えて抗議するが男は表情を変えない。

 言葉では効果が無いとみると、アダンダは短刀を抜く。


 「ほう。この私に刃を向けるか。面白い」


 男はセシリアを放り出すと、腰の剣に手を掛けた。勢いあまって地面に倒れるセシリア。


 「おい。いい加減にしろ。ここで、騒ぎを起こすな」

 「蛮族の女相手に何をしている。行くぞ」

 「砦が落ちてからにしろ。ライオネット」


 周りの男たちの言葉にライオネットと呼ばれた男も冷静になったようで、アダンダとセシリアを鼻で笑うと立ち去って行った。

 短刀を鞘に納めたアダンダが、地面に倒れたセシリアに駆け寄る。


 「ブジカ、リディアナ」

 「アリガトウ、アダンダ」

 

 リディアナとはセシリアの祖母の名だ。この包囲軍の中ではそう名乗っている。


 「アイツラ、ナンダ」

 「ミュロンダ」


 それは、北方人達がロンダー王国の人々への呼び名だ。セシリアの言葉にアダンダは眉をひそめた。


 「ミュロンダガ、ナゼ、イル」

 「シラナイ」


 与り知らぬ所で恐ろしい陰謀が起こっているようですね。わたくしたちセンプローズ一門はその陰謀に巻き込まれたのでしょう。

 これは、捨て置く訳にはいきません。

 そう決意するとセシリアは立ち上がった。


 「リディアナ? 」


 決意を固めたセシリアの横顔をアダンダが不思議そうに見上げた。


 

                 続く

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょっと、軍側に緊迫感が無さ過ぎるかな、展開も遅いし、救出感が全く無い。もっと、スピード感が欲しい所。呑気過ぎる。これじゃー、全滅一直線。
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