都市計画
一晩ぐっすり眠って完全に復活した江莉香の前に難問が提示された。ドーリア商会主導でこの村に港を作ろうという話だった。
提案を受けたエリックもどう対処したらいいのかと困り顔だ。
「なんか、大きな話ね。モレイさんの乗ってきた船を直接横付けできる桟橋。それと倉庫か」
「正直、俺には想像できない。この村をフレジュスの港町みたいにするつもりらしいんだ」
「悪い話ではないと思うけど・・・」
これは、村を良くするとかいう話ではなく、村から町に進化する話だろう。
「なんだ。言ってくれ」
「私にも分かることと、分からないことがあるわよ。これは、全く分かんない」
修道院の話だってややこしいから丸投げしたのに、さらにバージョンアップした提案。どうしろと。
「魔導士の書に何か書いてなかったか」
「本に? 何かあったかな」
あの本は困った時に開くと、何かしらの解決方法が載っている、某猫型ロボット並みに優秀だけど。
エリックが本棚から魔導士の書を取り出し開くので、目次に目を通していく。
流石に港の造り方なんてドンピシャな内容はなかったが、使えそうな項目を見つけた。
「これが一番近いんじゃないかな。都市計画だって。港も大きな意味では都市の一部よね」
該当するページを開く。本当に何でも書いているわね。この情報量、作者は複数いそうだ。
「何と書いてあるんだ」
「急かさない。ええっと。都市計画は人と物の流通を円滑に動かすために行う。なるほど、港の設置は理にかなってるのか」
魔導士の書に書かれた都市計画の章を読み進めると、ぼんやりとだが方向性が見えて気がする。
「これは、港だけの話じゃなくて、教会の要請と合わせて考えるべきね」
「修道院の話だな」
「うん。それと、ギルドの施設と一緒にね」
「なるほど」
「今まで以上の大仕事になるわね。何年もかかるわよ。後、お金がいくらあっても足りないかな」
「どれぐらいかかりそうだ」
「沢山としか。今の資金力じゃ、到底無理」
「商会、教会、ギルド、代官所の全ての金が要るか」
「それでも足りないと思うけど。これは、あれね、領主の将軍様にも出してもらわないと」
商会の提案は設備投資と言うよりも、公共事業の類だ。民間ではなく政府が行う事業に思えた。
「閣下にか」
「ちゃんと、計画を立てれば嫌とは言わないと思うけど」
「そうか? 」
「だって、これって、代官の管轄でしょ」
「それはそうだが」
「でも、どこに港を作るつもりなんだろう」
江莉香は首をひねった。
ニースの正面に広がる入り江は砂浜と岬によって構成されている。
砂浜は遠浅で100m以上、歩いて行ける。そのままで大きな船が近づくと確実に座礁する。
ちょっと考えてみても喫水の深い大型船が停泊できるような立地ではない。もし、護岸工事をして桟橋を作っても海底の浚渫をしなくては、とてもではないが大きな船はつけられない。
そして、この世界の技術力では海底の浚渫は不可能だろう。
「どこに作るか聞いている? 」
「いや、調べると言っていた」
それで、朝から姿を見ないのか。
「立地を無視して、作るのありきな話なのね」
「やはり、厳しそうか」
「今の段階だと難しいでしょうね」
そうは言っても先方のあることだし、ラフプランだけでも立ててみよう。判断はそれからでも。
「エリック。村の地図を書いて。正確によ」
エリックを椅子に座らせると村の地図を描かせてみた。
しかし、江莉香の考える地図の概念が無いようで、地図と言うより絵のようなものを描きだした。
「ああ、もっと簡単でいいから。建物とかは丸とか四角で描いて。こんな風よ」
江莉香は魔導士の書を指し示す。そこには簡単な地形図が描かれている。
「わかった」
エリックが四苦八苦しながら、消し炭を鉛筆代わりに、大きな木の板に村の地図を完成させる。
距離とか方角が少し怪しいが大体村の地図と言えるものだった。
「ありがとう。これをベースに考えましょう。こうやって見ると家が結構散らばっているのね」
村の中心の広場に家屋が集まっているが、漁師たちの家は海沿いに並んでいるし、畑の外郭にも家が並んでいた。
「物と人の流れをスムーズにするのがいいのなら、必要なのはメインストリートかな」
地図の中心に縦線を書き込む。今は存在していないが、これがニースのメインストリートになるだろう。京都市に例えて言うなら洛中を南北に貫く河原町通だ。いや、堀川通かな。とにかく、この通りを中心に考えよう。
ニースの堀川通はビーンの畑が広がる北側の丘に伸び、もう一方は海岸に到達する。
「この道を峠越えの道に繋いでと」
縦線に対して直角に横線を引いて、オルレアーノに向かう峠越えの道に繋いだ。これは山科に向かう五条通に近い。そのまま東に向かえば琵琶湖が広がっているようなものだから、交易路として重要だ。
メインストリートとこの道の結節点が村の中心部になるといいはずだ。
江莉香は結節点に丸を書き込む。
これが村の広場ね。ここに村の主要な施設を集めよう。
江莉香の作業をエリックは真剣な面持ちで覗いている。
「それは何だ」
「村の中心。広場の位置よ」
「なるほど」
教会と修道院と倉庫、工房、代官所、それから何が必用かな。倉庫と工房は海沿いでもいいか。あれ、そうなると峠越えの道は直接港に向かった方がいいのかな。
江莉香は横線を水で濡らした布巾で消して、斜めに直接海岸に向かう線を引いた。
斜めに引いた線の結節点に丸を書いて中心部を考えていくと、村の主要部分が海沿いに集中することとなった。
海岸線から200m程度しか離れていない。
「なんか気持ち悪いな」
「なにがだ」
「うん。村の中心が海に近すぎるわ」
「そうだな」
何か問題かとエリックは首を捻るが、震災での津波の怖さを知っている江莉香には海に近すぎる住居は恐怖を覚える。住みかは出来るだけ海から離したい。
ニースの海岸には防潮堤も無く、なだらかな勾配の土地に村が広がっているのだ。津波が来たら下の方は飲み込まれると考えた方がいい。津波が来るかは知らないが、用心に越したことはないだろう。
やはり、村の中心部は上の方がいい。その方が安心できる。
斜めの線はそのままにして、もう一度横線を書き込む。
村の中心に向かう道と直接海岸に向かう道。これで、交通量も分割できるだろう。
「道は、石畳で舗装した方がいいわね」
小石と砂利を固めた今の道では馬車の動きが悪い。雨が降って水たまりができると途端にぬかるんでしまうのだ。出来たらオルレアーノのように綺麗に石材で敷き詰められた舗装道路が望ましかった。
ニースの中心を海沿いと山沿いの二か所に分けた。取りあえずのラフプランの完成だ。
「これでどうかな」
「説明してくれ」
エリックに魔導士の書の内容を説明しながら、都市計画を話していく。
魔導士の書には唐の都、長安。古代のローマ、ナポレオン三世のパリ、そして東京の都市計画が例として出されていた。
この中で一番参考になるのは海沿いの都市の東京だろう。
エリックは津波の話は理解できないようで、首をかしげていたが、江莉香だってTVで見るまでは想像できない現象だった。説明は上辺だけのものとなる。
だが、山沿いの中心部は今の中心部をそのまま使うので、抵抗なく受け入れた。
こうしてニースを港町にするラフプランが完成した。
「ねっ、お金かかるでしょ」
「これは、無理だな」
一通りの説明を終えると結論を述べた。
資金もそうだが、工事と建設にどれだけの人手と時間がかかるか分かったものではない。この世界にはトラックも建設重機も無いのだ。全て人力。精々、馬やロバが使える程度。エジプトのファラオ並みの動員力が求められるだろう。
「でも、ここまでやってやっと、都市計画の入り口みたいよ」
「これで入り口なのか。他に何があるんだ」
「まだまだ、一杯あるわよ」
江莉香は魔導士の書を捲ってみる。
そこには都市に必要な構造物が列挙されている。特に必要性が高いのは上下水道だろうか。人口が増えたら今までと同じ川や井戸の水だけでは賄えないだろう。
山から飲料用のきれいな水を引いて、汚水を専用の水路で海に流す。これだけでも大仕事だ。
「ここまで来たら、夢物語だな」
「否定はしないわね。でも、確実に言えることがあるわよ」
「なんだ」
「ニースをここまでの街にしたら絶対に騎士になれるわ。ううん。もっと上位の貴族の仲間入りよ。セシリアだって・・・」
エリックの顔つきが急に変わった。
おっ、やる気になったかな。でも、エリックの言う通り現状では夢物語と言える。
ここまでやって初めて大型船が停泊する港を有機的に運用できる。ドーリア商会の人はどこまで考えているのだろう。
そうこうしていると、一階からアリシアが呼びかけてきた。
「エリック。商会の方が見えられたわよ」
「こちらにお通ししてください」
アリシアの呼びかけにエリックが答える。
「いい。私が案内してくる」
「頼む」
エリックは魔導士の書をたたむと本棚に戻した。
江莉香は玄関まで出向き、ドーリア商会の面々を執務室に案内し、エリックは入り口まで一行を出迎えた。
「エリック様。港の場所を決めてまいりました」
「そうですか。どこです」
「はい。一つ山向こうの入り江がよろしいかと。波も穏やかですし水の深さも申し分ありません」
「・・・・・・・・山向こう? 」
モレイの台詞にエリックが固まる。
山向こうの入り江って。そこってニースの村に含まれるのかな。よく知らない。
そもそも、山向こうに港なんて作っても不便でしょうがない。何を考えているんだろう。いや、水深の関係で山向こうの入り江がいいのは理解できるけど、下ろした荷物や積み出す砂糖を、一々山越えしなきゃならないの。もしくは、入江を小舟で回って来る海上ルートかな。どちらにしても、しんどいわ。
江莉香が呆れていると、商会員の一人が机の上の村の地図に気が付いた。
「エリカ様。これは、ニースの地図でしょうか」
「えっ、あっはい。そうです。港と村の位置を簡単に書きました」
「簡単に・・・」
その商会員は興味深げに地図に見入った。いつも集団の後ろの方にいた地味で控えめな人だ。名前は・・・何だっけ。聞いたような聞いていないような。
商会員の中では一番年若そうだ。そうは言っても二十代後半か三十台の青年だけど。
「ここが、海ですね、これは何でしょう」
墨で真っすぐ引かれたニースの堀川通を指さす。
「はい。そこは、村の中心の通りです。今はありませんけど、港を作ったら必要かなと思ったんです」
「そうなりますと、これが、オルレアーノに向かう道ですね」
「はい」
「中央の通りで、北の畑と港を繋いでいるのか。峠越えの道と交わる場所が村の広場ですね。教会や工房をここに集めるおつもりですか」
「はい。工房は海沿いでもいいかなって考えてますけど」
「なるほど、海沿いに桟橋と倉庫と工房という訳ですね」
「はい」
若い商会員に地図を説明していると、モレイさんがエリックとの会話を止めてこちらを見ている。
「ごめんなさい。うるさかったですか」
「いえ、興味深いお話です。私も拝見してもよろしいですかな」
「ええ、どうぞ」
江莉香が立ち位置を譲ると、モレイも地図に近寄って熱心に見入った。
「どう思う」
青年がモレイに声を掛けた。なんだか偉そう。
「これは・・・何と申しましょうか。これは、お二人様が描かれたのですか」
「はい。どこか変でしたか」
「いえ、ただ、この位置に港は難しいかと」
「ですよね」
砂浜に港を作るのは無理筋だ。だから、彼らも山向こうの入り江がいいと言ったのだ。
「いや、この位置が正しい。分かっているはずだ。モレイ」
「はっ。そうは言いましても」
青年は背筋を伸ばして力強い声を発した。いきなり人が変わったようになる。
「この配置でもう一度検討しよう」
「畏まりました」
「ニースの中心に直接、商品を運び込めるようにしなくては、高い金を払って港を建設する価値も無いだろう」
「おっしゃる通りです」
モレイが若い商会員に一礼した。どちらの立場が上かは一目瞭然だった。
「どういう事だろうか。モレイさん。そちらの方はどなたですか。貴方の随行員と伺っていたのだが」
明らかに様子がおかしい二人に詰問するエリックに、若い商会員は向き直り、高らかに宣言した。
「失礼した。改めてご挨拶申し上げる。私はジュリオ・ドーリア・マントーヴァ。ドーリア商会会頭アレクサンデル・ドーリアの三男です。どうぞお見知りおき下さい」
一礼と共に、ジュリオはいたずらが成功した少年のような無邪気な笑顔を見せたのだった。
エリックは大きな、ため息とともに額を右手で押さえた。
なんか、えらい人が来てはったわ。
続く
昔、シムシテイーというゲームがありまして、何度かやっていると作る街が全部、長安とか平安京みたいな碁盤の目の街になっちゃうんですよね。見た目はきれいだけど、変化が無くて面白くないんだなぁこれが。(/・ω・)/
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