土産
不可思議なお茶会を終えると、江莉香は薬とブレンド茶が大量に詰め込まれた袋をペタルダから受け取った。結構重い。
「今日は楽しかったわ。またいらっしゃい」
「はい。ありがとうございます」
ペタルダの凄く良い笑顔に素直に感謝を伝える。
彼女のお陰で、風邪や腹痛、頭痛、切り傷用の薬には困らない。日本でなら常備薬程度の薬だろうけど、こっちでは大変貴重なものだ。
「コルネリアもね」
「・・・ええ」
小さな箱を抱えたコルネリアが返事をした。箱の中にはソフトボールぐらいの大きさの借りた水晶球が入っていた。
何度も手を振って店を出ると、コルネリアにペタルダの印象を聞いてみた。
「どうだった。やっぱりあの人も魔法使い? 」
店に向かう道には、子供たちが走り回っている。
砂糖だけでは寂しいと用意したが、全然売れないビスケットを子供に配ったら気に入られてしまい、いつの間にか店の周りには多くの子供が集まるようになっていた。賑やかでいいけどね。
「分かりません。大きな魔力の揺らぎは感じなかった。巧妙に隠しているだけかもしれないが」
「野良の魔法使いかなって思ったけど、違うのかな」
「無所属の魔法使いは、滅多な事では人前に姿を現しません。堂々と店を構えているのもおかしい」
「逆に堂々としているから見つからないのかも」
「そうですね。この水晶球が答えを出してくれるかもしれません」
「魔道具の素材? 」
「そのようですね。使えるかは不明ですが」
ぶっきらぼうに言う割には大事そうに抱えている。まぁ。借り物だしね。
「でも、コルネリアが初対面の人にそこまで話すなんて意外でした」
店での話を思い出す。腕輪の研究を行っていたことは知っていたが、それが自分で魔道具を作るためとは思っていなかった。初耳の話だ。
「自分でも、なぜ話したのか分かりません」
「お茶に自白剤でも入ってたかな」
江莉香は適当な事を口にする。
「何ですかそれは」
「隠し事を話してしまう薬みたいなものかな」
「魔法薬ですか。あり得ない話ではありませんが、皆で同じポットからのお茶を飲んだのに、私だけ魔力に絡め取られるのもおかしな話だ」
「カップにでも塗ってたのかな」
推理小説みたいな連想を思いつく。
コルネリアはゆっくりと頭を振った。流石にそんな話ではないようだ。
「ともかく、これが役に立つか、村に帰って試してみましょう」
「そうですね。私も蒐で疲れました。しばらくゆっくりしたい」
「おや、賭博に勝って元気が有り余っているのかと」
「かっ、関係ないでしょ。それは」
エリックとアランのデッドヒートの結果は同着一位。でも一位は一位。しっかり胴元から掛け金を回収して懐の温かい江莉香であった。
店ではエリックがユリアから伝えられた、エリカの丸投げ案件に頭を悩ませていた。
参事会からの防犯強化は店の補修ということで手を打とう。
門扉を頑丈に補強して窓には鉄枠をはめ込もう。侵入に手間取ればその間に街の警備隊が駆けつけてくれるかもしれない。
改修の手配はドーリア商会に頼むことにする。
売上金の保管は前々から商会に頼むつもりだったがエリカが教会に預けてしまった。エリックとしては商会に預けた方が商会からの仕入れに便利かと思ったが、なぜ教会にしたのだろう。理由があるのか分からないが、まぁ、預け先としては信頼できるか。
もう一つの修道院の話に意識を変える。
初めの話より実行できそうな話だ。エリカも特に反対ではないようだし、用地を含めて本腰を入れて考えなくてはいけない。
ボスケッティ神父が初めにエリカに話を通したのはエリックには効果があったようだ。
そこにご機嫌なエリカたちが戻ってきた。
「あっ、戻ってる。どうだった」
エリカが将軍邸での出来事を聞いてきた。
「特に何も無かったぞ」
若殿への挨拶は蒐で済ませてあるし、今日は馬廻りとしての特別な印章を頂いただけだ。
「そうじゃなくて、王都に行かないと駄目とか」
王都エンデュミオンに在都しているフリードリヒの馬廻りに任じられたのだ。普通は若殿に従って付いて行くのだが。
「いや、引き続き代官職を全うせよとのお下知だ」
「そう、良かったわね。じゃ。そろそろ帰りましょう」
「わかった。明日にでも出発しよう」
迷わず同意する。流石に少し疲れた。
峠道を越えると眼下にニースの村が見えた。
十日程度の不在であったが、随分久しぶりに感じる。色々あったからな。
「エリック。海に何かいるわよ」
エリカが羽黒の背から海の方を指さした。
エリックは手をかざして遠望する。秋の日差しを受けて海が光っている。
「本当だ。船だな。ずいぶん大きい」
村の沖合には、見慣れない船が停泊していた。
入り江が形成されているとはいえ、遠浅の砂浜が続くニースでわざわざ風待ちをする船も少ない。小さな漁村には不釣り合いな船だ。
山を下り、屋敷に帰り着くと母とレイナが出迎えてくれた。
その後ろには身なりの良い男たちが数人立っている。
「ただいま戻りました」
男たちは気になるが、まずは母に挨拶する。
「おかえりなさい」
「おかえり。兄さま。エリカー」
レイナは挨拶だけするとエリカに走り寄っていく。
「どうだった。怪我はなかった」
「はい。打ち身がありましたが、もう治りました」
「そう。良かったわ」
「ところで、母上。あの方たちは」
エリックの視線が背後に向けられたのを知ってアリシアは少し顔を引き締めた。
「ええ。昨日、王都からいらしたドーリア商会の方々よ」
アリシアが手招きすると男たちが近づいてる。先頭の男が立派な羽飾りの帽子を脱ぐと大きく身をかがめる挨拶をした。
「お久しぶりでございます。エリック様。王都での店を預かっているモレイにございます。カマボコの件ではお世話になりました」
「ああ、貴方でしたか。お久しぶりです」
先頭の男は王都にカマボコを持ち込んだ時に相手をしてくれた、ドーリア商会の番頭モレイであった。
という事は沖合の大きな船は彼が乗ってきたものだったか。
しかし、オルレアーノのフスからは何も聞いていない。
旅装を解くと応接室にモレイを迎える。
エリカはというと、自分の身体の匂いを嗅ぐ仕草の後「汚れたからお風呂に行ってくる」と、逃げるように蒸し風呂に走って行ってしまった。
どんな時でも風呂を優先する姿に少し呆れる。
「こんな、田舎までどうしたんです」
自らモレイの器に葡萄酒を注ぎながら尋ねる。
「とんでもございません。良い村にございます。ですが、まず百人長へのご昇格と馬廻り衆への抜擢。おめでとうございます」
モレイの言葉に手が止まる。
「ありがとう・・・しかし、どこでそれを」
まだ、母にも告げていないことをモレイが知っていることに驚いた。
「これはしたり、ギルド長の昇進などという慶事を、私共が無関心ではいられません」
「なるほど。もう、村に報せが来ていましたか」
モリーニから聞いたのか。
「はい。しかし、ご安心を。お母上様にはお伝えしておりません」
モレイはいたずらっぽく笑ってみせた。
「ご配慮感謝する」
一番の土産話を潰されてはいなかったようだ。
「さて、私共もご昇進のお話はこちらに到着してから聞きましたので、お祝いの品はまた後程。本日持参いたしましたのは、砂糖のギルド結成へのお祝いでございます。・・・持ってきなさい」
いつかの、オルヴェーク卿のように祝いの品が持ち込まれた。
王都でしか見られないような珍しい品が積み上げられていく。
エリックは見事な装飾が施された剣を手に取った。
「そちらは王都でも高名な剣匠の品でございます。鉄をも一刀のもとに両断してみせるとか」
エリックは鞘を僅かに抜いてみせる。刀身から鈍い光が差し込んだ。
「ありがとう。よさそうだ」
エリックの返答にモレイは満足そうに続ける。
「気に入っていただき嬉しいです。次は兜にいたしましょう。馬廻り衆ともなりますと見栄えも大事でございますから」
贈り物はエリックへの物だけでなくエリカに向けての物も多く含まれていた。
中でも見事な銀の装飾を施された大きな手鏡を手に取る。
「これは、エリカが欲しいと言っていた手鏡か」
「はい。貴族のご令嬢が愛用する品にも負けない鏡でございます」
恐ろしいほどはっきりと姿を写し出す。
エリックはこの時初めて自分の顔というものを認識した。
自分はこんな顔をしていたのか。思ったより何と言うか・・・いや、気にするな。
「これは、喜びますよ」
「ありがとうございます」
モレイの土産を広げていると扉が叩かれエリカが入ってきた。
風呂上りということで身体から湯気が上がっているように見えた。
「お待たせ・・・なにこれ、凄い」
「遅いぞ。モレイ氏からの手土産だ。エリカが欲しがってた手鏡もあるぞ。ほら」
「えっ、嘘」
差し出した手鏡をエリカはひったくり自分の顔を写し出す。
これまでに鏡を使ったことがあるようで、鏡自体には驚かない。しかし、反応は激烈だった。
「うわぁ。やっぱ眉毛が太くなってる。やだ。こんなところにシミが、どうしよう」
エリカは鏡を覗き込んで自分の顔を確認すると、この世の終わりでも来たかのような絶望の声を上げる。
エリックには何が気に入らないのか全く分からなかった。別にエリカは美人だと思うのだが。
「エリカ様。王都でも人気の化粧品を取り揃えております。お気に召して頂けるかと」
「ありがとうございます。大感謝です」
手を取らんばかりに喜んでみせる。
商人がご婦人に贈り物を欠かさない理由がわかった。
その晩は屋敷に村の者を集め、蒐からの無事の帰還とエリックの昇進祝いを兼ねて、大いに飲み食いした。父と同じ百人長に昇進したと告げると母アリシアは泣かんばかりに喜んでくれた。
続く
それまで自分の顔を確認したことない人が鏡を除くと、どんな反応をするのでしょうか。興味あります。猫は無反応ですけど。(;´・ω・)むぅ




