プレゼンテーション
第十レースはエリックとアランの大接戦で幕をとじた。
二人は興奮気味の将軍からお褒めのお言葉と賞品と賞金を拝領する。
競馬が終わると競馬場は一変。宴会会場になり、普段口にできない量の新鮮な肉や酒が振舞われた。
兵士たちは大騒ぎで、その旺盛な食欲を満たしていた。
参加者たちは各々、地面に敷いた敷物上に車座になり料理を楽しむ。
江莉香も手にした串焼き肉を噛み千切った。塩だけの味付けだが、新鮮なお肉は油と混じって臭みも無く普通に美味しい。
「エリック。エリカ。今年はとても楽しかったです。しばしのお別れですね」
セシリアがそう口火を切った。
「うん。王都に帰るのね」
「はい。その前に、わたくしはお父様に従って北に向かいます」
「北? 何しに行くの」
オルレアーノより北にはまったく知識が無い。クロードウィグの故郷があるらしいぐらいか。
「北の国境線の視察です」
「へえ。将軍も大変だ」
「毎年、蒐が終わると北を廻るのが恒例行事だ。友好的な北方民に挨拶して、敵対的な北方民を威圧しているんだ」
エリックは、採れたての葡萄で作った新酒から口を離した。
「なるほどね。エリックは行った事あるの」
「去年、参加した」
「今年は? 」
「参加するはずだったんだが、若殿の馬廻り衆になったからな。今年は留守番だ」
「若殿は行かないんだ」
「ああ、そう聞いている」
「北を一月ほど巡ってから戻ります」
「結構長いのね。その後は王都? 」
「はい」
「でも、何日かはオルレアーノに留まるでしょう」
「そうですね。すぐに戻るわけではありません」
「じゃ、その時に遊びに行くわ。待ってて」
「ぜひ、お待ちしています」
セシリアは満面の笑みを浮かべた。
オルレアーノの野に展開した将軍の軍は二つに分かれ、一つは北へ、残りはその場で解散した。
江莉香はオルレアーノの店にたどり着くと、さっそく台所で店の帳簿を捲った。
店はオープン時に比べると行列も無く落ち着いている。
「初めの頃より売り上げが落ちてるけど、毎日安定して売れているわね。在庫は大丈夫? 」
「はい。先日村から砂糖が届きました。次の市までは持つ計算です」
お店の運営の中心人物であるユリアが答える。彼女には村と街を行ったり来たりしてもらっている。
彼女がいわばこの店の店長のような存在だ。
「了解。市の日にまた運び込めばいいか」
「はい。それと、街で聞いたのですが・・・」
「なに」
ユリアが言い淀むので先を促した。
「こっそり砂糖を売っている人がいるらしいのです」
言い淀むから何を言い出すかと思えばそんな事か。
「ああ、転売ヤーね。気にしなくていいわよ」
「テンバイヤー? 」
「うちで買った砂糖を他の人に売っているんでしょ」
「確証はありませんけど」
「ほっといていいわよ」
「しかし」
「だって、取り締まりようが無いじゃない」
「そうですけど」
初めから想定されていた事態だ。小遣い稼ぎに転売する人を防ぐなんて無理だ。
それに、少額の転売ヤーなんて可愛らしいものだ。
現在、ニースやドーリア商会には大口の取引を求める要請がひっきりなしだ。
彼らはとにかく量を確保しようとあの手この手で攻勢をかけてくる。店での一人当たりの販売量を絞っているとはいえ、抜け道はいくらでもある。人を雇って店に並ばせるか、転売ヤーから購入してもいい。ギルドの権益を侵害する行為だが、これに関しては初めから諦めている。
とにかく砂糖が、王都エンデュミオンにさえ流れなければいいのよ。
砂糖本体はこっちが押さえているんだから。どうとでも対処できる。
「一度売れてしまった砂糖の心配はしなくていいのよ。あまりに酷くなったらまた教えて。将軍様にお願いしてみる」
「分かりました」
とりあえず納得してくれたみたいでユリアは話題を変えた。
「先日、参事会からこのようなお手紙をいただきました。いかがいたしましょう」
ユリアが巻物状の羊皮紙を差し出す。
「なになに・・・うーん。まだちゃんと読めないわね。物騒だから戸締りをしっかりしなさいってことかな」
羊皮紙を広げて目を通して大体の意味を拾っていく。
「はい。夜間に押し込み強盗が起こっています。それに対処せよとのことです」
「へぇ。村と違って物騒なのね」
代官のシンクレア家にも鍵なんかない。あまりに不用心だから自分の寝室にだけは鍵をかけているほどだ。
「どうしましょう」
「押し込み強盗への対処方法か。考えとく」
電話しても警察が来てくれるわけでもなく、警備会社に保安を依頼するわけにもいかない。時代劇みたいに用心棒の先生でも雇ったらいいのかな。でも、お金かかりそう。
街で生活しているわけではないので、危険度が今一つ分からない。
何があるのかな。取りあえず窓に鉄格子でもはめ込むべきなのかな。
「売上金の管理だけでもなんとかするか。店に置いておいたら危ないもんね」
砂糖店が繁盛しているのは他所から来た人にも一目瞭然だ。砂糖を別の場所で保管するのは無理だけど、売上金はどこかに預けたほうが安全だ。
お金が店にないと分かれば、強盗も無茶な真似をしないかもしれない。
「それでしたら、教会にお預けになられてはいかがでしょう」
江莉香はユリアの提案に目を丸くする。
「そんなことやってるの」
「はい。教会に押し入る賊もそうはいません」
「確かに」
石造りの立派な建物だし、防犯力もありそう。神様の家に殴りこむのも、なかなか精神的にもハードルが高いだろうし。しかし、教会って銀行業みたいなことまでしているのか。お金が集まって仕方ないわね。
「同じギルドの一員です。保管料も免除していただくようお願いしてみます」
「保管料取るんだ。スイス銀行みたい」
「スイス銀行? 」
ユリアが首をひねった。
いかん。いつもの発作が発症する。
「お金持ち相手専用の銀行よ。それじゃあ。ユリア。お願いしてみてくれる。駄目だったら商会に相談してみる」
「はい。お任せください」
ユリアはその足で街の教会に相談しに行ったのだが、すぐに戻ってきた。
「早かったわね。どうだった・・・ボスケッティ神父。こんにちは」
黒い僧服に身を包んだ丸い身体が裏口から入ってきた。
「こんにちはエリカ様。貴方に神々の祝福を」
満面の笑みを浮かべて祝福のジェスチャーをするので頭を下げる。
「街にお出でとは、神々のお導きです。丁度お話したいことがありまして」
「はい。何でしょう」
この人と会話すると、何を言い出すのかと身構えてしまうのは被害妄想なのかな。
「まずは、売り上げの金の保管ですが、アナーニー司教座教会の大金庫で保管させていただきます。勿論、保管料は免除です」
「ありがとうございます」
それだけの話でわざわざ、この人が来るとは思えない。本題をどうぞ。
「さて、お願いがございまして、ギルド長にもお願いしていたことなのですが、ニースに修道院を建てる件についてです」
「あれ、エリックが保留とか言ってませんでしたっけ」
少し前にちらっとだけ聞いた話だ。
「はい。それで、教会で新しく案を練り直しましたので、ご覧いただきたく」
「見るのはいいですけど、決定権は私にありませんよ。エリックは今、お屋敷の方に顔を出していますから、ここにいません」
エリックは若殿のお供をして店にはいない。
「そうでしたか。ともかく一度お目を通していただきたく」
「まぁ。見るぐらいなら」
「ありがとうございます。これ、用意しなさい」
ボスケッティ神父の背後にいた修道士が大きな巻物を広げ始めた。
そこには何かの図面が描かれている。
ああ、修道院の見取り図ね。こんなの見せられたって、よく分からないんですけど。
この手の話はエリックの専権事項で私が口出しすることじゃないのよね。
「まず、計画を大幅に縮小いたしまして四十人体制の修道院といたします」
江莉香の感想をよそにボスケッティ神父は説明を始めた。
流石に二百人体制の修道院案は引っ込めてきたようだ。明らかに大きすぎるものね。
「この大きさですと、場所の選定には困りませんし、村にも負担はかかりません。建築は教会から派遣された職人たちが行います」
「はいはい」
最初に聞いた話より現実的に聞こえる。
小さなニースに巨大な修道院なんて建てられたら教会に村が占領されるようなものだし。
最初のプランでは倉庫や工房までその内部に取り込んで、砂糖製造を独占する気満々だったものね。そりゃ断られるでしょ。
滔々と話すボスケッティ神父を眺めていて彼が自分にプレゼンテーションをしていることに気が付いた。
ああ、そうか、私にプランをあらかじめ話して、エリックへの心証を良くしようとしているのか。色々考えるわね。
でも、これに関しては本当に口出しする気が無いんですけど。エリックが聞いてきたら答えるけど。彼が私に相談すると考えているのか。
「以上でございます。いかがでしょうか」
ボスケッティ神父の長いプレゼンが終わり感想を求められる。
そうね。
「はい。承りました。持ち帰って周辺各位と相談したうえで返答させていただきます」
日本人的玉虫色の回答を口にした。
「ありがとうございます。エリカ様個人のご感想をお聞かせいただけますか」
なんとか、私から言質を引き出したいのね。このしぶとさ見習うべきか。
「はい。いいと思います。二百人は困りますけど四十人ぐらいならちょうどいい大きさだと思いますし、砂糖作りの人手が増えるのであれば私としても助かります」
思ったことを素直に伝えると、ボスケッティ神父は大げさに喜んで見せた。これぐらいのリップサービスはしてあげるべきかな。
修道院建設の許諾に関しては私に一切の権限が無いことをお忘れなく。
続く
プレステ5の転売ヤー許すまじ。(# ゜Д゜)
あれって儲かるんですかね。素朴な疑問。(。´・ω・)?




