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 夕日がさす天幕の中で江莉香は落ち込んでいた。

 魔法の練習は村でそれなりにやってきて自信があったのに、実際に訓練の場に出てみると、戦のような空気に飲まれて何もできなかった。

 焦って竜巻を起こして煙幕を拡散し、やっと発動した魔法は相手方のおじいちゃん魔法使いに簡単に押し返されてしまった。

 そして、師匠代わりのコルネリアの圧倒的魔力に打ちのめされてしまったのだ。

 外からは夕餉の香りが漂ってくるが、全くお腹が減らない。


 「元気を出してエリカ」


 天幕の片隅で下を向いてため息ばかりついている江莉香にセシリアが声を掛ける。


 「お父様も兄様も気にするなと仰ったでしょう」

 「うん」


 元気なく答える。

 魔力の発動に失敗したので怒られると思っていたが、訓練終了後の二人からは初めてだから気にするなと声を掛けられた。

 ほっとしたのと同時に、申し訳なさが込み上げてくる。


 「初めての大きな訓練だったのです。仕方ありませんよ」

 「でも」

 「もうすぐ夕餉です。何か精のつくものを作ってもらいましょう」

 「お腹減らない」

 「もう・・・コルネリア様も何か仰ってくださいまし」


 セシリアは振り返り、我関せずとお茶を啜るコルネリアに懇願する。


 「放っておきなさい」

 「しかし」

 「失敗して落ち込むのは当然です。何事も無く笑っていたとしたら、その方が問題です」

 「うが・・・」

 

 コルネリアの追い打ちにぐうの音も出ない。 


 「はぁ。わかりました。訓練も今日で終わりですからね」

 「・・・あれ、明日もあるんじゃないの」


 セシリアの言葉に首が上がる。

 蒐は四日間と聞いていた。今日で三日目。後一日あるはず。何するかは知らないけど。


 「ああ、明日はですね」



 翌朝、エリックは小川で汲んできた水で顔を洗う。

 秋の冷たい水が肌に突き刺さり一気に意識が覚醒する。

 今日も朝から騒がしい。

 音の正体は朝早くから招集された人夫達が、ちょっとした盆地になった窪地に杭を打つ音だ。

 毎年恒例の大人気の催しの会場づくりだ。

 また、周辺の村やオルレアーノの街から多くの人々が集まるだろう。 


 「エリック・シンクレア」

 

 顔を上げると騎兵長が手招きしている。


 「はい」


 ぼろ布で顔を拭い駆け付ける。


 「朝食が済んだら、本陣前に整列だ」

 「はっ」


 なんだろう。将軍から訓示でもあるのだろうか。

 食事を早々に済ませて本陣前に駆け付けると、十人程度の兵が整列していた。

 自分はどこに整列すればよいのかと、戸惑っていると天幕から出てきた騎兵長が顎で整列した兵を指したので、取りあえず見知らぬ兵の隣に並んだ。

 その後も、続々と兵が集まり整列していく。

 部隊や兵科の区別なく、到着順に並ばされる。集まってくる顔ぶれを見てなんとなく何の集まりかは察しがついた。

 これは、おそらく表彰される兵たちだ。

 エリックの心臓が飛び跳ねるように鼓動を打ち始めたが、同時に疑問も持ち上がる。

 剣術の試合ではアラン卿に敗北した。栄誉ある「ラドリーチェリ」の称号は得られない。昨日の訓練でもよい動きを出来た自覚はない。なぜここに呼ばれたのだろう。

 期待と不安でさらに鼓動が早くなる。

 最終的に百人以上の兵が集結すると、奥から将軍が側近たちを引き連れて現れた。


 「将軍閣下に敬礼」


 ダンボワーズ卿の号令で演台に上がった将軍に一斉に礼を送った。


 「呼ばれたものは前に出よ。クレナ・ダハン。オリバー・シュミット・・・・・」


 次々と名が読み上げられ、返事と共に兵たちが前に出る。

 

 「見事な剣技であった。その方たちにはラドリーナの羽飾りを授ける。以後、ラドリーチェリの称号を名乗ることを許す」


 やはり、表彰式だ。こんな風に行われていたのか。

 しかし、自分は呼ばれなかった。分かっていたがラドリーチェリの称号は得られない。では、どうして、呼ばれたのだろう。

 エリックの疑問をよそに一人一人演台に上がり、将軍閣下から直接ラドリーナの羽飾りを受け取っていく。皆よい笑顔だ。給金が上がるわけではないが、一時金が下賜され、部隊の仲間からは一目置かれる存在になる。

 あの時もっと、こう動いていたら。

 アランとの戦いを思い出して羨望の眼差しで表彰を眺める。

 どんどんと兵が呼ばれ、並んでいた兵の数が減る。表彰が終わった兵たちはエリックの後ろに並んでいく。段々とエリックの心に不安が押し寄せる。

 何かの手違いで最後まで呼ばれずこの場に残っていたらどうすればいいんだ。そんなことになったら末代までの恥だ。

 心配になって騎兵長の顔を何度も見るが、特に気にした様子も無く立ったままだ。

 ふと反対側に目を移すと、こちらをまじまじと見ている視線に気が付いた。

 セシリアとエリカだ。側近たちの列の端に並んでいる。

 その時の気持ちは何と表現したらよいのだろう。嬉しいような恥ずかしいような。胃が締め付けられるような感覚だ。

 ついに、百人以上いた兵は数人になった。

 おいおい、二人の前で手違いだったなんて終わりにはならないだろうな。そんなことになったら自分を押さえつける自信が無い。


 「エリック・シンクレア」


 ダンボワーズ卿が自分の名を読み上げた時、心からの安堵を覚えた。

 何の表彰か知らないが、もう、何でもいい。貰えるものは貰っておけ。

 エリックは少しやけっぱちな気持ちで、走るように演台に上り将軍に敬礼をした。


 「其の方、ニースの代官としての職務において、その功績の大なるところを認め、百人長に任ず」


 はぁ?


 「また、馬廻り衆として取り立てる」

 

 馬廻り衆?

 事態が呑み込めなく、おもわず壇下のダンボワーズ卿に視線を送った。


 「エリック・シンクレア・センプローズ。その方の功、見事であったぞ。これからも我が一門のために励め」

 

 将軍から声を掛けられ慌てて視線を戻した。


 「どうした。嬉しくないのか」

 「はい。いいえ。大変・・・光栄・・・であります」

 「ははっ。慌てておるわ。其の方はフリードリヒの馬廻りだ。良いな」

 「はっ、励みます」

 「うむ」


 どうやって演台を降りたか覚えていない。気が付いたら、他の兵と共に将軍に最後の敬礼を送ったところだった。

 俺が百人長。しかも、若殿の馬廻り衆に任じられたのか。信じられん。父が百人長に取り立てられたのはいくつの時だ。少なくとも俺の歳じゃない。

 三々五々に散っていく兵たちをよそにエリックはその場に立ち尽くしたままだった。



 「よし、よし、よーし」

 

 式典が終ったのを確認すると江莉香は右手の拳を激しく振った。

 エリックが表彰されることは聞いていたが、具体的な内容までは教えてもらっていなかった。馬廻り衆が何かは分からないが、百人長は間違いなく昇進だ。私と同じ階級だ。これはデカい。

 昨夜、ダンボワーズ卿から聞いたが、これが、蒐のもう一つの顔らしい。軍事訓練とその年の功績あった者の昇進式。蒐はこの二つでワンセットなのだという。

 秋の叙勲みたいなもんかな。なんでもいいわ。これは盛大にお祝いしなくてはあきまへんなぁ。想定より早よう。いいや、計画通り。そう、計画通りにエリックの昇進を勝ち取ったわよ。私の作戦は間違ってなかったわ。

 この、達成感、半端ないわ。私が一門に迎えられた時の百倍嬉しい。

 昨日の憂鬱は何処へやら。江莉香は満面の笑みを浮かべるのだった。


 「エリック・・・・・・エリック・・・」

 「ほら泣かないで」

 「エリカ・・・」


 目を真っ赤にしたセシリアがエリカに抱き着き嗚咽を放つ。

 恋人の昇進が嬉しかったのね。うんうん。貴方のために頑張ったのよ。


 「ほら、エリックの所に行こ」

 「はい」


 セシリアは涙を拭いて兵たちの中に勢いよく駆け出した。


 「ちょ、待ってよ」


 その後を追うと、呆然とした態で突っ立っているエリックを見つけた。

 ああ、脳が情報を処理できていないんやね。分かるわ。



 表彰は終わったが動けないエリックに向かってセシリアが駆け寄る。


 「エリックー」


 悲鳴のような呼びかけと共に、何か柔らかいものが飛びついてきた。

 視界一杯に広がる金色の波を受け止めた。


 「セシリア・・・お嬢様」

 「おめでとう。百人長。そして、兄さまの馬廻り衆だなんて、信じられません」

 「自分も、信じられません・・・・・・」


 そっと、抱き付いてきたセシリアを地面に下ろすと、後からエリカが走って来る。


 「エリック。おめでとう。やったわね。隊長よ。隊長」

 「ああ、ありがとう。これも、エリカのお蔭だ」

 「何言ってんの。全部。エリックがやったことよ」

 「いや、エリカのお陰だ。感謝してもし足りない」

 「拾ってもらったお礼よ。気にしないで」

 

 エリカが親指を立てる仕草をしたので、同じようにし返すとセシリアが声を上げた。


 「まぁ。エリック。エリカを拾ったの」

 「違いますよ。というか、このくだり前もしましたよ」

 「そうでしたね」


 三人で手を取り合って喜んでいると、近づいてくる影がある。


 「おめでとう。エリック・シンクレア。まさか、貴様が馬廻り衆とはな。これからは同僚だ」

 「アラン卿」


 アランがいつもの笑みをたたえて、右手を差し出した。


 「よろしく、ご教授ください」


 エリックはその手を強く握った。硬い掌だった。


 「任せたまえ。あることないこと教えてあげよう」


 手を離すと、アランは楽しそうに胸を張ってみせる。


 「お願いします。自分は馬廻り衆について全くの無知です」

 「そうか。特に役目のある職ではないから、気にするな」

 「そうなのですか」

 「戦場で閣下の護衛をするぐらいだ。馬廻りという事は百人長は職だけだな。部下はいないはずだ」


 なんだ。部下はいないのか。まぁ、今の自分では戦で部下を統率できるとは思えない。

 安心したような、残念なような。

 

 「自分は若殿の馬廻りを仰せつかりました」

 「なんだ。益々、私の同僚という訳か」


 アランが驚き目を見開くと、横でエリカが右手を上げる。


 「あの、横からすいません。アラン様。エリックは若殿の側近になったって事でいいんですか」

 「はい。いざという時は若殿の盾となり倒れる覚悟が求められます。信用ある者しか就けぬ名誉ある職ですよ」

 「なるほど。そして、次世代の・・・」

 「ハハッ、お気の早い事で。それはこれからの働き次第というところでしょう。それではシンクレア。しっかりと励みたまえ」


 アランは手を振って立ち去ると、後には両手の拳を振り上げたエリカが突っ立っていた。

 何しているんだ?



                続く


エリック昇進おめでとう。今夜はお赤飯ですね。\(゜ロ\)(/ロ゜)/


ちょっと内政から外れてますけどタイトル詐欺じゃないですよ。

初めから、この予定だったんだからね。勘違いしないでよね。キィィィ!!ヽ(≧皿≦)ノ キィィィ!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] ピースサインはわからなくてもしょうがないけど、両手上げるガッツポーズ?はわかりそうなもんだけどね
[一言] そりゃねぇ 砂糖の売上で今後の発展を考えると 側近候補でも上位じゃないかな?
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