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軟膏

 武芸の勝ち抜き戦が終わり太陽が傾き始めた頃。

 村から持ってきた小さな天幕の中でエリックは傷口を確かめる。

 アラン卿の強烈な突きを撃ち込まれた直後は、自分の不甲斐なさとセシリアに見せた醜態で痛みは僅かであったが、時がたつにつれ身体の奥にまで痛みが走る。

 エミールの手当てを受け、突かれた個所を水で冷やすことで幾分か和らぐが、時間がたつとまた痛み始める。触った限りでは骨は折れてなさそうなのが幸いだが、今は息をするだけでも痛みが走る。

 周りでは夕餉の準備を始める者も現れ始め、火を起こしたり兵糧を運び込んだりしているようだ。天幕に入るには早い頃合いだが、なんとなく外には出たくなかった。

 エミールも腕をやられていたから、夕餉は隣の連中に分けてもらおう。ただ、空腹を感じるのだが食べる気が起きないという不思議な感覚だ。


 エリックは天幕の一角を睨みつけながら、アランとの戦いを振り返る。

 剣を突き刺すという動作は、上段から振り下ろしたり横に薙ぎ払うより難しい剣術だ。攻撃を与えられる場所が点の為に相手に当たりにくい上、弾かれると態勢を大きく崩してしまう。なにより次の攻撃に繋げるのが難しい。いわば必殺の一撃。

 それなのにアランの突きは二連撃であった。短い間隔であれほどの強烈な突きを二回。相当の修練をしていたのだろう。


 「何て奴だ」


 罪もない天幕に向かって罵る。

 それまで、エリックは同世代の者に剣撃でここまで一方的に負けたことはなかった。エリックが手も足も出なかったのは、父やワルドールのような熟練の戦士にのみであった。

 アランは少し年上のようだが、それは慰めにはならない。

 エリカが村に来てから急に忙しくなりはしたが、修練に手を抜いたことはなかったはずだ。しかし、結果は無様なものだ。こんなことではセシリアに相応しい騎士になるなんて夢物語に思える。

 やはり、身の程知らずの高望みであったのか。

 

 「駄目だ。ここにいると、下らないことを考える」

 

 エリックは立ち上がり、胸の痛みをこらえて天幕を出る。

 食べる気は起きないが、夕餉の準備でもして気を紛らわそう。エミールが食べる分だけでも用意しないとな。

 秋の夕暮れが近づきつつある草原には多数の天幕と行き交う大勢の兵の姿が目に入る。その中を頭からフードをかぶった小さな人影がちょこちょこ動いていた。

 随分小柄な人間だ。子供か女か。いずれにしてもどうしてこんな場所に。

 怪訝なまなざしのエリックに気が付いたかのように小さな人影は一旦足を止めたかと思うと、こちらに向かって走り出した。

 身に覚えのないエリックは駆け寄ってくる人影に戸惑う。

 その影はエリックに近づくと小さく叫んだ。


 「エリック。大丈夫ですか」


 その声に心臓が飛び上がり痛みを忘れた。



 丘の上の豪華な天幕の中でうろうろと歩き続けるセシリアに対して江莉香はげんなりとした答えを返す。


 「だからね、私が行ってもしょうがないでしょうが」

 「怪我の様子を見てきてくれるだけでいいのです」

 「見てきてどうするって言うの。貴方が行かなきゃ意味ないわよ。一人でね」

 「わたくしだけで? 」

 「そうよ。みんなでぞろぞろお見舞いに行ったらエリックだって迷惑よ。最初に止めたのはセシリアでしょ。一人で行ってきなさい。大丈夫よ。丘を下ってすぐなんだから」

 「でも、わたくしが一人で兵士たちの間に入ることは止められています」


 セシリアの煮え切らない態度に少し苛ついた。

 部屋の隅ではコルネリアが興味なさそうに飲み物を口にしている。


 「そんなの誰が決めたのよ」

 「兄様です。あとアラン様からも下にはいかない方がよいと言われました」

 「なにそれ。だから何だって言うのよ。エリックが心配なんでしょ。それなら関係ないわよ。さっさと行ってきなさいな」

 「でも、どうやって、一人で出歩くなど、お付の兵士に止められます。だから、エリカが・・・・・」

 「何度も言わせないの・・・・・・そうね。確かにその恰好では駄目ね。セシリア。着替えて」


 江莉香は椅子から立ち上がった。


 「はい? 」

 「もう。エリックの事が気になって頭に血が上っているのよ。変装よ。変装。セシリアって気が付かれなければいいのよ」

 

 江莉香はその辺に転がっていた地味な色の布切れをセシリアの金髪にかけてみせる。

 この輝くような金髪が目立ってしょうがない。


 「服も地味な色にして。そんな、高そうな服着てたらお嬢様って宣伝しているような物よ。私の着替えを貸してあげる」

 「ええっ」

 「文句言わないの。心配なんでしょ」


 半ば強引に着替えをセシリアに被せてみる。初めは抵抗したセシリアだったが次第に大人しくなった。


 「エリカ。ブカブカです」

 「くっそ。ほんとお人形さんみたいね。めっちゃ可愛い。エリックもいい趣味してるわ」


 余った裾をひらひらさせるセシリアに悪態をつく。

 裾をまくり上げたり、紐で縛ってみたりして、何とか動けるようにした。

 これで何とか地味な村娘に見えるかな。いや、地味とは言い難いわね。派手な村娘。そんな矛盾したワードが頭をよぎる。


 「でも、どうやって外に出るのですか。入り口は護衛の者が立っています」

 「入り口から出なきゃいいじゃない」

 「では、どこから」

 「あのね。テントなんてペグさえ抜いたら、どこからでも出られるわよ。待ってなさい」

 「テン・・ト? 」


 つい混ぜてしまう神聖語(日本語)に首をひねるセシリアを置いたまま江莉香は天幕を出た。

 天幕の入り口には必ず一人は護衛の武人が立っている。彼らはセシリアの護衛ではあるが、江莉香にも敬意を払ってくれる。彼らのおかげである意味、専属の護衛を付けられることを免れている。

 恩を仇で返すようで御免なさいね。これも愛の為なのよ。

 江莉香は軽く挨拶をして天幕の裏手に回り辺りを窺うと、構造に問題なさそうな場所の杭を何本か抜いた。手にした杭を地面に落とすと中に向かって囁いた。


 「セシリア。ここから出て。今は誰もいないから早く」

 「エリカ。どこですか」

 「こっちよ。こっち」


 声の出どころを求める足音に向かって、もう一度囁く。

 しばらくすると、小さく開いた隙間から金髪が飛び出し続いて身体がもぞもぞと抜け出した。


 「OK。場所は分かるわよね」


 もう一度、頭にも布を被せてやる。


 「はい! 」

 「シッ。声が大きい」


 元気よく答えるセシリアの唇に指を当て、ポケットから小さな壺を取り出した。


 「はい。これ。エリックに塗ってあげるといいわ」

 「これは何でしょう」


 セシリアは手渡された小さな壺を眺める。


 「オルレアーノで買った軟膏よ。痛みが引いて早く治るわよ」

 「分かりました。ありがとう。エリカ」


 ペタルダの店で買った軟膏を持たせてやると、セシリアが花のような笑顔を見せた。


 「気をつけて行くのよ。戻ってきたらここから声を掛けて」

 「はい」


 受け取った壺を懐にしまうとセシリアは兵士や馬を避けながら丘の下に向かって駆けだした。


 「やれやれ。世話の焼ける」


 江莉香は笑いながらその後姿を見送った。

 ちょっと羨ましい。



 目の前に突然セシリアが現れ、我が目を疑うエリック。


 「お嬢様。なぜここに、お一人ですか」


 フードの陰からセシリアの碧い瞳がこちらを見つめている。

 エリックは辺りを見渡すがアランはおろか、護衛係の兵士すら見当たらない。


 「いいから。傷を見せて。早く」

 「大丈夫です。心配ありません」

 「文句を言わないで、早くしなさい」


 ここで、押し問答をして誰かに見られるのも不味い。


 「分かりました。中へどうぞ」


 仕方なしにセシリアを天幕に入れた。

 天幕に入るなりセシリアが飛びかかってきた。


 「薬を持ってきました。傷を見せて」

 

 その剣幕にエリックは素直に服を脱ぐと、赤く腫れた胸が現れた。


 「ここですね。痛みますか」

 「少しだけです」


 セシリアは話を聞いていないようで、懐から小さな壺を取り出した。


 「それが薬ですか」

 「ええ。エリカが持たせてくれました。痛みが引く軟膏だそうです」

 「エリカが」

 「何ですか。わたくしではなく、エリカに手当てされた方が良かったの」


 エリックの言葉にセシリアがむくれたので慌てる。


 「いえ。そういう訳では」

 「じっとして」


 セシリアが小さな手で傷口に軟膏を塗ると、痛みが走る。


 「痛いですか」

 「大丈夫ですよ。この程度のあざは修練をしていれば、しょっちゅうです」


 セシリアが塗ってくれた軟膏は奇妙な匂いのするものであったが、冷たく心地よかった。

 

 「どうですか」

 「はい。痛みが引いていくようです」


 心配かけまいと強がってみせるとセシリアが小さく微笑んだ。


 「そんなにすぐ効くわけないでしょ。でも、安心しました。酷い怪我ではないようで」

 「すみません。ご心配をおかけしました」

 「そうです。心配しました。反省なさい」


 二人は顔を見合わせると自然に笑いだした。


 「前とは逆ですね」

 「前とは」

 「ほら、何年前だったかしら、わたくしがへまをして女中頭にぶたれたときにエリックが手当てをしてくれた」

 「ああ、そんなこともあったな。だいぶ昔だな」


 会話を続けるうちに二人は対等な口調になる。


 「あの時はエリックが軟膏を塗ってくれました」

 「そうだったかな」

 「ええ。覚えていないの」

 「なんとなくは覚えているが」

 「わたくしは忘れたことなどありません。嬉しかった」


 潤んだ瞳のセシリアを抱き寄せる衝動にかられ彼女の肩に手を置くと、それを察したセシリアは瞳を閉じてエリックに身を寄せた。

 二人の唇が触れそうになったその時、天幕の入り口が勢いよくが開かれた。


 「エリック様。夕食を貰ってき・・・・・」


 入り口を開いたエミールが固まる。

 エリックが女を連れ込んでいるとは想像していなかった。しかも、セシリアお嬢様。

 

 「しっ、失礼しました」


 悲鳴のような謝罪を残して天幕が閉じた。

 エリックとセシリアも顔を真っ赤にして固まる。そしてゆっくりと互いを見つめ同時に笑い出した。どうやらここではまずいようだ。


 「エミール。入ってこい」

 

 外に向かってエミールの背中に呼び掛ける。


 「しかし・・・・」

 「いいから。そうだ。夕餉の準備だ。三人分作るぞ。セシリアもそれでいいか」

 「はい。頂きます」


 セシリアは元気いっぱいに応えるのだった。



                  続く


エミール!!Σ(゜Д゜)

バッカ、お前やらかしてくれやがりましたね。(゜Д゜)ノ

罰としてエミール君は恋人たちに挟まれて晩御飯を食べてください。( ̄▽ ̄)

合掌。

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