表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/256

決闘

 「やったー。勝ったわよ。エリック凄い」


 観客席代わりの羽黒の背の上で江莉香がはしゃぐ。

 盾を吹き飛ばされたときはもうだめだと思ったけど、一回転して相手に剣を突き刺した。

 剣を毎日振っているのは見ていたけど、やっぱり強かった。


 「セシリア。見た見た。クルって回って刺したわよ」

 「はい。見ました」


 上機嫌の江莉香にセシリアも笑顔で答える。


 「次、勝てば優勝ね・・・・・エリックー。がんばれー」



 百人長ワルドーナとの対戦を終え審判役から勝利の証のコインを受け取った。

 これで四枚目だ。次勝利すれば勝者としての証「ラドリーナの羽飾り」を兜に差すことが許され「ラドリーチェリ」の称号を得られる。これは大変栄誉な事で仲間内から称号で呼ばれることもある。

 何としても勝利し兜に飾ってやる。

 エリックは気合を入れなおし次の対戦者を求めた。

 対戦者はエリックと同じ枚数のコインを所持している者であればだれでもよい。


 「エリックー。がんばれー」


 人垣ができている小高い土手から呑気な声援が送られる。

 エリカが馬上から手を振るのが見えた。自分の戦う姿を見物しているようだ。

 気恥ずかしさに返事を返すべきか迷うが、次の瞬間吹き飛んだ。エリカの隣に白馬が並び馬上の人が小さく手を挙げた。

 エリックはその姿に向かって一礼した。

 無様な姿は決して見せない。

 

 「シンクレア。君も勝ち上がったのか」


 礼を終えると横から声を掛けられる。


 「アラン卿」


 木剣を片手にアランが近づく。

 腕試しに騎士がこの手の試合に参加することがある。この場に居るという事は勝ち抜いたという事だ。


 「私はコインを四枚獲得した。君は何枚だ」


 左手の指の間にコインを器用に挟んで見せた。


 「自分も四枚です」


 エリックもコインをアランに見せると、アランは満足そうに頷いた。


 「ならば、私と戦ってみないか。君さえよければだがね」


 人の好さそうな笑顔を見せるが、瞳は相変わらず冷たい色を称えていた。


 「お相手いたしましょう」


 挑戦されて引き下がれるはずもない。ましてや相手はこちらを斬るとまで言った男だ。それがいかに困難であるか教えてやろう。

 エリックの返答に軽く頷き近くの兵士に声を掛ける。

 

 「おい。貴様。そうだ。審判をしろ」


 アランが審判役の兵を呼ぶ間、エリックは緊張をほぐす為にその場で軽く飛んだ。

 審判が二人の間に立ち、剣を構えて相対する。

 そして、アランの姿に戸惑いを覚えた。


 「アラン卿。盾は?」


 相対するアランは片手に剣を持つだけの姿であった。剣の切っ先は地面につきそうなほど低い。


 「ああ、盾かい。私には必要ない」


 アランの返答に眉をひそめる。

 盾無しでどうやって防御するのだ。

 先の対戦でエリックも盾を捨てたが、それは最後の瞬間にワルドーナの意表を突くためだ。初めから盾無しでは勝てなかった。

 

 「君は気にせず盾を使うといい」


 エリックには相手の意図を長々と考えている時間はなかった。審判の棒が振り下ろされ試合が始まる。

 アランはその棒が降りきるかどうかという瞬間に飛び出した。

 先制攻撃か。

 エリックは左腕の盾を前に突き出す。初撃を受け止めアランが止まったところを無防備な身体を打てば勝利だ。

 盾に軽い衝撃が加わる。ここで反撃だ。しかし、違和感が。

 軽すぎる。

 頭がおかしいと警告を出すが、身体はすでに動き出している。反撃に転じたエリックが見たのは剣を引き半回転させた身体を沈めるアランの姿。

 そこから、足蹴りがエリックの足元を払う。

 

 「くっ」


 このまま剣を振っても当たらない。エリックは反射的に身体を捻って蹴りを躱す。

 体勢が崩れたエリックにアランの剣が再び襲い掛かる。それを何とか盾で受け止めた。初撃と違い重い一撃だった。

 こいつ、強い。

 エリックに動揺が走った。相手の一撃を受ければどれほどの強さかはある程度測れる。

 盾を持たないのはこちらを虚仮にしての事かとも考えたが違う。これが、彼の戦い方だ。

 後ろに下がるべきか。いや、アランの思う壺だ。

 右足一本で体勢を立て直し前に飛び出した。

 盾が再びアランの一撃を防いだ。今度は軽い。エリックが予想外に前に出たことで剣を振り切れなかったのだろう。

 三撃目もなんとか防ぎ、そこから後ろに下がった。反撃する機会を見つけなくては。


 「ほう」


 距離を取り再び睨み合う。


 「盾持ちなら、これで倒せるんだがな。君は実戦経験が? 」


 アランが楽しげに剣を肩に担いで見せた。


 「ありません」

 「だれか高名な師匠にでも師事しているのか? 」

 「村の者が相手です」


 父が亡くなった後のエリックの相手はロランやエミールが務めている。

 ロランは父と同じく実戦向きの堅実な剣筋、エミールは自分と同じような素早い剣さばきを得意としている。


 「それにしては良い動きだ。農民風情と侮るのは止めよう」

 「アラン卿。人を斬ったことは」

 

 エリックの問いかけにアランは小さく笑うだけだった。

 

 「君に一つ。面白いものを見せてあげよう。芸の一種といってもいい」


 肩を叩いていた剣をゆっくりと下ろすと同時に背筋を伸ばし姿勢を正した。


 「近頃、王都で流行っている戦い方なんだが、少し変わっていてね」


 半身を捻って見たこともない態勢で剣を構えた。


 「決闘専用なんだ」


 アランの剣は顔の前で垂直に立てられている。そこからどの様に攻撃するつもりだ。

 振り被るにしても横薙ぎにしても一手遅いはずだ。そうなると。

 疑問に答えるようにアランは小さく跳ぶと剣を突き出した。

 やはり突きか。

 エリックは構えた盾に力を籠める。剣での突きの攻撃に対しては真正面で受けても問題ない。盾より先に相手の手首が悲鳴を上げる。

 

 「盾は万能じゃない」


 飛んできた突きは盾の中心ではなく下部に命中する。変な手ごたえに盾が下を向くと、その重さにつられてエリックの態勢が崩れた。

 なるほどこれが狙いか。

 だが構うか。

 剣を引いている間は無防備になる。アランは盾が無いので受け止められない。浅くなろうとも一撃は一撃だ。

 エリックは崩れた態勢のまま剣を振るった。

 そこに、アランの二撃目が飛んできた。

 速すぎる。突きの連続攻撃か。それならば、突きに対してこちらは上段からの振り下ろしだ。アランの剣を叩き折ってやる。

 強烈な意思を持った一撃が当たるかに思えたその時、アランの突きが弧を描くように軌道を変え、枝にまとわりつく蛇のような奇妙さでエリックの剣を絡め取った。


 「しまっ・・」


 あれほどしっかりと握っていた剣が呆気ないほどの簡単さで手から離れていく。

 飛び去る自分の剣に敗北を悟ったエリックの胸に衝撃が走り後ろに突き飛ばされた。痛みで息が詰まる。


 「そこまで。勝者。青」


 審判の判定が響いたときエリックの鼻先にアランの剣が突き出されていた。


 「参りました」


 エリックは呻くように敗北を認めた。


 「よい。対戦だった。ここが王都なら、お前は死んでいる。運が良いな」


 鼻先の剣がゆっくりと下げられ、敗北に打ちひしがれるエリックに冷たい言葉が降り注いだ。

 痛みと悔しさにエリックは震えた。

 終始アランに攻撃の流れがあり、一度たりとも取り返せず子供をあしらうような容易さで叩き伏せられた。

 痛みをこらえて立ち上がるとアランが土手に向かって一礼していた。頭を下げた先には二人の女。

 その時になって、この対戦をセシリアとエリカに見られていたことを思い出す。

 羞恥心に歯を食いしばって頭を上げると、心配そうにこちらを見下ろす二人がいた。

 エリックはなんとか二人に一礼すると踵を返すのだった。

 会わせる顔が無いとはこの事なのか。両手の剣と盾がやたらと重い。引きずるように立ち去った。



 「ちょっと。エリック。なんでそっちに行くのよ」


 試合が終わったのにこちらに来ようとせず、背を向け立ち去るエリックに江莉香は羽黒を進めようとした。


 「お止めください」


 それまで、身じろぎもせずに二人の対戦を見守っていたセシリアが左手を出し制止した。


 「だって、怪我してるかもしれないわよ。早く手当てしないと」


 進み出ようとしたのを急に止められ羽黒の手綱を引いてバランスを取る。セシリアが制止する意味が分からない。


 「今は・・・・・・そのままで」

 「でも」

 「殿方の勝負の後です。女がでしゃばる事ではございません」


 セシリアが毅然とした姿で江莉香を見据えた。それまで感じた事のない強いオーラに江莉香は圧倒された。


 「はっ、はい」

 「すみません」


 出していた左手を降ろしセシリアが謝罪する。その瞳は大きく見開かれ赤く充血していた。


 「エリック。残念だったね。あと一回勝てば表彰してもらえたのに」

 「そうですね。怪我がひどくなければいいのですけど」


 慰めの言葉を吐くとセシリアは小さく頷く。


 「ご心配ありませんよ」


 下から声がする。アラン様が土手を木剣を担いで登ってくる。


 「シンクレアも中々よい動きをしますね。私に突かれる瞬間、後ろに飛びのきましたよ。あれでは大して深く入ってませんね。打撲といったところでしょうか」


 アランは楽しそうにセシリアの白馬の鼻筋を撫でてやる。


 「アラン様。お見事でした」

 「ありがとうございます。お目汚しにならなければ幸いです」


 セシリアの言葉に剣を降ろして優雅に一礼して見せた。


 「アラン様はどうして盾を持たないのですか。みんな持ってたのに」


 江莉香は先の試合の疑問をぶつけてみた。一見盾を持っているエリックが有利だと思ったのに結果は違った。


 「私も実戦では盾を持ちますよ。ただ、対戦では持ちませんね。重いですからね」

 「はぁ」

 

 江莉香の気の抜けた返事にアランは先を続けた。


 「一対一では速さが全てです。盾は攻撃を防いでくれますが、同時に視界も塞ぎますから。身軽さが身上の私には重いだけで疲れる邪魔な存在なのですよ。五戦目でしたから尚更です」

 「なるほど、盾を持たないことが作戦なんですね」

 「作戦というほどではありませんが、相手が戸惑ってくれればそれで先手が取りやすくなるのでね」


 アランは肩をすくめるとそのまま立ち去る。

 これから、五連勝した兵士たちの表彰が始まる。


 「エリカ」


 セシリアが下を向き小さな声で呼びかける。


 「なに」

 「わたくしの代りにエリックの手当てをお願いします」


 江莉香はその台詞に大きなため息をつくのだった。

 


                 続く

エリックが盾を投げ捨てたら勝てたかな?いや、無理でしょうな。相手が悪かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] エリックくん駄目すぎて救いがなさすぎる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ