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奴隷制度

 江莉香は教会を出たところで、今の事態に陥った原因を思い出した。

 視線の先、ちょうど教会とのお迎え、エリックの家の前で4人の親子が所在なさげにたたずんでいた。

 怒りの魔法暴発事件のため、怒りの原因のことがすっかり頭から抜け落ちていた。

 急いで4人の元に向かって歩き出した。

 

 「エリック。私は奴隷の人なんか使わないわよ」


 エリックより先を進みながら、わざとドスを利かせる声を出した。ただし、感情は押さえて。

 また怒りに任せて魔法をぶっ放したらどこかの国の乱射魔みたいになってしまう。


 「気に入らなかったか? 」

 

 エリックもなんとなく江莉香の怒りの原因が奴隷だと察知しているらしかったが、やはり根本的な認識に齟齬がある。


 「気に入らないわよ。でもね、あの人たちが気に入らないんじゃなくて、奴隷を使うことそのものが気に入らないの」

 「なぜだ。哀れだからか」

 「うーん。正確には違うけど、間違ってはいないわね」

 「俺は彼らにちゃんと食事を与えるし寝床も用意する。まして虐待したりはしないぞ」

 「当たり前でしょ。そうじゃなくてね・・・・・やっぱりうまく説明する自信が無いからいい」

 

 こちらの世界の人に現代日本の人権感を押し付けてもしょうがない。

 だが、私は絶対にこの主張を引っ込めたりしないぞ。こういうのをイデオロギーって言うのかな。

 こういうことは徐々に伝えていくしかないだろう。できるのかな。


 「では、彼らはどうするんだ。また売るのか」 

 「どうしてそうなるのよ。人身売買なんて嫌よ」

 「何もさせないで面倒だけ見るのか。使わないのなら持っていても仕方ないだろう」

 「持っていてもって、やっぱり物というか財産扱いなのね」

 「奴隷は財産だぞ。あの4人には銀貨12枚かかったからな」

 「銀貨12枚? それって高いの、安いの」

 「高かったのは父親の方だけだ。子供は安かった。母親の方は先に売れてしまったのを譲ってもらったから値が張ったが、本来はもっと安い」


 江莉香はエリックの話に足を止めた。

 母親がなんだって。


 「先に売れた? あの家族ひとまとめで買ったのじゃないの」

 「ん、いや違う。最初買うと決めたのは父親だけだ。子供は売れ残っていたからついでに買った。離れ離れになってたら一生会えないだろうからな」

 「そ、そうね」


 予想外の裏話を聞かされて、江莉香は動揺した。


 「父と子がいるなら、母親もいると思って聞いたんだが、他の人に売れていたんだ。だから持ち主と直接話して倍の金額で譲ってもらったんだよ。奴隷になったら家族と離れ離れになるのは避けられないが、あの奴隷は運がよかったな」


 自分で買っておいてエリックの話し方はどこか他人事だった。


 「運がよかったって。エリックは可哀そうに思って買ったのよね。そうよね。そうだと言って」

 「なんだ。まぁそうだな。子供も泣いていたし、まだ小さいからな。離れ離れになるには早いと思った。家族と一緒にいれば父親の方も大人しくなると思ったんだが」

 「うが」


 エリックの言葉の一つ一つが江莉香に突き刺さる。

 言葉の端々に突っ込みを入れたいが、離れ離れになる運命だった家族を一まとめにしたのだから、基本的にはいい話。

 家族が離れ離れにならないように一家まとめて奴隷として買ったのだから、むしろ人道的なのかもしれない。

 あれ? 人道って何だっけ。

 

 「だが、売るとなると奴隷は一人一人競りにかけられるから、また離れ離れになるぞ。いいのか」

 「わかった。わかりました。降参。白旗。もう許して」


 さっき固めた決意が砂のように崩れていく。

 ああ、もうどうしたらいいんや。自分の決意の軽薄さに自分でもびっくりするわ。


 「何に降参したんだ」

 「使う。使います。あの人たちを。だから売らないで」

 「開墾のために買ってきたんだ。エリカが使うのならそれでいい」


 エリック。貴方、日本でもセールスマンとして成功するかもよ。こんなの買うしかないじゃない。他にどうしろって言うのよ。こんなクーリングオフ対象外の商品見たことないわ。

 ああ、でも、人を物扱いしたくないし。どうしたらいいの。


 「でも、あの人たちを奴隷扱いするのは許せないの。ここだけは譲れない」

 「奴隷を奴隷扱いしない? なら、何扱いなんだ」

 「普通の人と同じ扱いに決まっているでしょうが」

 「自由民と同じ扱い? それは難しいぞ」

 「どうしてよ」

 「国法で決まっている。さっきも言ったが奴隷は買った者の財産なんだ。この場合は俺だが、俺には彼らを管理する義務がある。それを怠ると所有権をはく奪されて、奴隷たちは売り出される。もちろんお金は戻ってこない」

 「はぁ。なにその法律」

 「昔からある法律というか慣習だ。俺は代官だから村のみんなにそれらを守らせる責務がある。自分から破る訳にはいかない」

 「なら、どうしたらいいのよ」


 あれも駄目これも駄目。泣きそうになってきた。


 「解放奴隷にする手も、あるにはあるが」

 「解放奴隷。何それ。奴隷じゃないの」

 「奴隷と自由民の間のようなものだ。元奴隷がそうなる。解放奴隷になると売買はされなくなって、財産があれば自由民にもなれる」

 「じゃ、それ。あの人たちは解放奴隷にして」


 何なのか今一(いまひとつ)分かんないけど、売買されないのであれば奴隷よりましだ。


 「別にそれはいいんだが、買ってすぐには無理なんだ。確か買ってから、五年以上たてば俺が宣言することによって、彼らは解放奴隷になれるはずだった」

 「なにそれ、奴隷の法律ってそんなに細かいの」

 「他にもあるぞ」

 「もういいです。お腹いっぱい」


 どうやら五年は奴隷としての境遇に甘んじてもらわないと駄目なようだ。

 懲役五年みたいなものか。

 はぁ。この世界、見かけによらず法律が整備されているな。だれかに法律も教えてもらわないと大変なことになりそうだ。

 何か大事なものを打ち砕かれた気分だが、それを言っても始まらない。とにかく、この人たちを何とかしたい。

 


 江莉香は再び奴隷の前に立った。

 やはり父親に施された大きな手かせが気になる。


 「エリック。手かせを外して」

 「わかった・・・・おい」


 不用意に父親に近づく江莉香に声を掛けた。


 「こんなことになってごめんなさい。決して貴方達を粗略に扱わないと誓います。許してください。5年たったら必ず解放奴隷にすると約束します」

 

 そう言うと、深々と頭を下げた。

 これで許してもらえるとは思えないけど、誠意だけでも見せないと私がしんどい。


 「アルブーヌ・メイガリオーネ。貴方が我々の主人か」

 

 父親が言葉を発した。

 低くお腹に響くような声だ。

 江莉香は頭を上げて父親を見上げた。


 「私? いえ、私は主人ではありませんよ」


 どうして私が主人だと思うのだろう。


 「お前たちの主人は私だが、これから彼女、エリカの指図で働いてもらう」

 「私の指図って、もっと他の言い方ないのかな」

 「こういうのは、はっきりとしておいた方がいい。いいか、エリカの指図は私の命令と思え」


 エリックが普段出さないような怖い声を出した。


 「わかった。メイガリオーネ・エリカ。貴方の指図に従おう」


 そう言って父親が跪くと母子もそれに倣った。


 「ちょっと。やめて。跪かないで。そういうの気持ち悪いからやめて」

 「それは命令だろうか」

 「命令? 違います。お願いよ。だからやめて」

 「エリカ。彼らにはお願いではなく、命令しないといけないぞ」


 両手を振ってやめさせようとしたがエリックが止めた。


 「なんでよ」

 「それが、主人と奴隷の決まり事だからだ」

 「主人はエリックでしょ」

 「一応な。でも細かい指示はエリカが出すのだろ。俺から言ってもいいが不便じゃないか」

 

 ぐぬぬ。そうね。やってほしいことを一々エリックに言ってからにしていたら、伝言ゲームみたいになっちゃう。

 私もやりにくいわ。

 

 「もういい。はい。命令です。だから私に跪かないでくだ・・・・じゃない。跪くなじゃない。跪くのを禁止です。いいですね」

 「わかった」

 

 ようやく親子が立ち上がった。

 犬猫以外で人生初の命令が奴隷の人相手だなんて、あんまりよ。私。総合職とか向いてないな。もしも日本に帰れたら技術者か研究職になろう。命令するよりされる方がまだましよ。心理的負担が大きいわ。


 「それじゃあ。奴隷紋は明日付けることにして、今日は空いている小屋にでも入らせるか。食事はこちらで用意する」

 

 エリックの宣言に、ふんふんと頷きそうになったが、初めの言葉が引っかかる。


 「それはいいけど、奴隷紋って何」

 「奴隷につける所有者の印だ。焼き鏝とか入れ墨とか、それを・・・・・・」

 「ギャー。もう、奴隷制度。ホントついていけない」


 エリックのセリフに江莉香は頭を抱えた。


 「何よそれは。そんなことしたら跡が残るでしょうが。解放した後も奴隷と間違えられるわよ。大体焼き鏝って何よ。映画とかで見たことあるけど、ただの拷問でしょうが」

 「確かに焼き鏝は痛いからな。なら、入れ墨にするか」

 「どこの極道の話をしてるのよ。他にはないの」

 「他に? 何かあっただろうか。俺も奴隷を買ったのは初めてだからな。詳しくは覚えていない」

 「とにかく跡が残るのはやめて頂戴」

 「ふむ。エリカは我儘だな」

 「どうして私が悪いみたいな流れになってるのよ」

 「駄目、駄目と言い過ぎのような気がする」

 「そんなこと言われても、駄目だもん」

 「だから我儘なんだろ」

 「もう、それでいいです」


 江莉香は今日何度目かのため息をついて肩を落とした。


 後日奴隷紋について調べた結果。奴隷紋は背中に小さな星印の入れ墨を入れることで決着した。

 服を着ていたら見えないし、何より自分で見えないから負担が少ないと思う。

 人を一人増やすだけでこの騒ぎ。

 これからどうやって人手の確保しようかな。

 


                    続く

あー。奴隷の話し終わってよかった。ε-(´∀`*)ホッ

なろうではストレスのある話は人気が出ないと言われてたけど、私が奴隷出したらこうならざる得ないです。

楽しくポップな奴隷制度は想像つかないよ。


お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この世界の奴隷制度はある国の奴隷制度そのまんま流用しています。

私のオリジナルの制度の方がいいんだろうけど、あんまり考えたくないな。(TωT)

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― 新着の感想 ―
エリカの考え方って全くもって一般的な日本人の考え方なんだよね。 客観的に見れば「馬はペットじゃない!馬にも人間の権利を!」って言ってるようなものだけど、一般人は奴隷制度を目の当たりにして冷静でいられる…
[良い点] 奴隷にネガティブな反応すんのはしゃあない。海外の反応みたいな感じで良かったよ。 [気になる点] 派遣も社畜も名前を替えた奴隷みたいなもんよ
[一言] なろうの奴隷に慣れてる読者諸君(私も含めて)の中には、使えるもんは使っちまえとエリカの反応にストレスを感じるかもしれないが、いざいきなり異世界に飛ばされた日本人(学生)がエリックやニース村の…
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