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魔法使いとは?

 奴隷を買ってきたというエリックの言い草に、怒りが沸き上がった。

 自分でも不思議なほどに。

 視界が白くなり、頭の中に、見知らぬ誰かの言葉が溢れる。

 風呂場で騒いでいるような反響音が響き、何を言っているか分からない。ただ、誰かが何かを言っている。

 全身の熱が一気に左腕に集まると、自然に手が前に出た。そして、その熱というかエネルギーみたいなものが、腕から1メートル前方の空間に移ったのを感じとる。

 なぜ移ったのか、どうしてそれがわかったのかも不明だが、とにかく何かが前方に出現した。

 目に見えるようで何も見えない。視界がグニャグニャと歪んで見える何かだ。

 気が付くと自分を中心に風が渦巻いていた。四方八方から、目の前の何かに空気が流れ込んでくるようだ。

 それは、風船が膨らんでいくように、どんどん大きくなっていく。


 このままではまずい。どこかにこの力を逃がさないと、大変なことになる。


 本能的に危険を察知した江莉香は、そこに存在を感じる何かの塊を放り投げることにした。


 どこ、どこに捨てよう。

 目の前にはエリックとレイナ、少し離れて奴隷の人と村の人。

 横は家と倉庫。何もない空間が無い。

 駄目よ。

 ええい。取りあえず上だ。


 咄嗟に左腕を振り上げると、その何かは上に向かって吹き飛んでいった。

 バッティングセンターの機械だって、もう少しゆっくりと球を投げるだろう。そんな速度で何かは飛んで行った。

 

 速っ。

 危なかった。絶対危険物だったわ。今の。

 

 呆然と上空を見上げると、すさまじい爆音が響いた。


 冗談でもなんでもなく、空気が震える大音量だ。

 まさかとは思うけど。アレ、音速を越えたんじゃないだろうな。ロケットか。

 そして気が付いた。

 これ魔法だわ。私、今、魔法を使ったんだ。魔法使いになったんだ。 

 江梨香は、奇妙な納得感に包まれた 



 「お前が魔法使い? 今のも魔法なのか」


 エリックは聞き返す。

 エリカの言葉はあっけらかんとしていて、いつもと同じ雰囲気だ。 


 「たぶんね。でも間違いないでしょ。あんな、訳わかんない空気の塊。魔法でもなければ説明できないもの」


 どこか他人事のように今の出来事を語る。


 「いや。正確には私が魔法使いなんじゃなくて。これのせいよ」


 エリカは左腕を掲げてみせた。

 そこには、俺がオルレアーノの市で買ってやった腕輪が光っていた。


 「これとは、その腕輪の事か」

 「うん。ここに何かの力が集まる感じがしたわ。その後腕輪から飛び出して、ここいら辺に集まったの」


 エリカは何もない空中を指し示す。


 「見えないけど何かがここに集まって、とても危なかったから上に放り投げたのね」


 

 話についていけないのに、エリカは構わず続ける。

 

 「多分これが魔導回路なのよ」

 

 左腕から腕輪を取り外してみせた。


 「コルネリア様が言ってたけど、私の魔導回路は開いてないんだって。それなのに魔法が使えたから頭を抱えていたのよね。でも、この腕輪が魔導回路なら、私の回路が開いてなくても魔法が使えるって事が説明できるわよね。私の魔力はこの腕輪を通して外に出るのよ。ということは、待って。これさえあればだれでも魔法が使えるってこと? 凄い」

 「誰でも魔法が使える」


 エリカの出した結論に、エリックは絶句してしまった。

 そんなことになれば、この世は大混乱に陥る。


 「そうよ。やってみる」


 事の重大さを理解していないのか、エリカは腕輪を差し出してきた。

 一瞬。腕を伸ばしかけたが、そんな危険なものは迂闊に触れない。


 「いや。いい。大丈夫なのか」

 「大丈夫って、腕輪の事? そんなの大丈夫に決まってるでしょ。私、毎日これ嵌めているのよ」

 「それはそうだが」

 「あっ、でもな」

 「でも、なんだ」

 「なんというか、もしかしたら、これ、意思があるのかも」

 「意思? 腕輪にか」

 「うん。よく聞き取れなかったけど、声がしたのよね。そう言えば最初の時もなんか声がしてた」

 「意思を持った魔法の腕輪という訳か」


 エリックの言葉にエリカは手を打って喜ぶ。


 「そう、その通りよ。ロード・オブ・ザ・リングの指輪みたいなものに違いないわ」

 「何みたいだって。すまんが聞き取れない」

 「気にしないで。あれ、そうなるとこの腕輪。魔王サウロンと繋がってたりするのかな。どうしよう。なんか怖いわね。エリックこの世界って魔王とかいるの? 」

 「一人で話を進めないでくれ。腕輪が意思を持っているということは、話せるのか。それと」

 「どうなんだろ。今は何も聞こえない」


 腕輪を耳に当てて声を聴く仕草を見せる。反応は無かったようで、エリカは腕輪を左腕に嵌めた。

 そうこうしていると、先ほどの轟音に不安に駆られて村中から人が集まって来る。

 教会で祈りをささげる者や、不安そうに空を見上げるものと様々だ。


 「説明した方がよさそうね」

 「そのようだな」


 二人は同じ結論に至った。


 

 「と、いう訳で何も心配いりませんので安心してください。危険はありません」


 教会の礼拝堂の一番前でエリカは村人たちに向かって、一連の出来事を説明した。しかしながら、安心したものは一人としていなかった。

 驚愕と、悲鳴に似たざわめきが礼拝堂に広がる。

 横で聞いていたエリックは頭を抱えた。


 説明するにも、もう少し言い方があるだろう。

 私。魔法を使って風を巻き起こしました。凄い音が出たけど、それだけだから心配するな。

 そう言いたいのだろうが、村人にとっては魔法使いは物語の域を出ない別格の存在だ。魔法が使えたという事実だけで、十分畏怖の対象なのだ。

 俺だって、セシリアに魔法が発現するまで見たことが無かったんだぞ。

 そうか。王都でセシリアやコルネリア様といった、魔法使いと身近に接したから、魔法使いが珍しい人ぐらいの感覚なのだろう。

 王都ならいざ知らず、ニースのような村で普通に生活している者にとって、魔法使いなど一生に一度見るか見ないかという存在だと言うのに。


 「俺が話した方がよかったか」


 エリックは後悔したが、もう遅い。

 村人の中には、エリカに向かい跪いてお祈りを始める者も出る始末。村人にとって魔法使いは、教会の聖人と区別がつかないのだ。


 「なに。なんで私を拝むの。やめてください」


 エリカが悲鳴を上げた。


 「ちょっと。ええっ、みんなどうしたの。やめてよ。メッシーナ神父。何か言ってください」

 

 エリックの隣にいたメッシーナ神父に助けを求める。村人と同様に硬直していた神父は、魔法が解けたように動き出した。


 「皆さん。何も心配いりません。祝福されたエリカ様を村に降臨させてくださった神々に、共に祈りましょう。さあ。エリカ様もご一緒に」


 神父はエリカを拝む村人たちの意識を、祭壇の神像に向かわせた。

 聖句を読み上げながら祭壇の中央に立つ。

 戸惑うエリカも、自分が拝まれるよりはよいと判断したのか、一緒になって拝礼を始めた。

 結局神父に任せた結果。この集まりはそのままミサになってしまった。

 最後は村人全員で賛美歌の大合唱で終わるといった、今までで一番熱気にあふれるミサとなった。



 「はあ。ひどい目にあった。どうして私を拝むのよ。凄いのは腕輪で私じゃないわよ。拝むならこの腕輪でしょうが」


 腕輪をさすりながら、エリカは悪態をつく。


 「前にも、魔法使いは特別だと言っただろう。村人にとってみれば、魔法使いなんて神の使徒と同じような存在なんだ」

 「だから、大したことないから心配しないでって言ったのに」

 「その感覚がおかしい。それに腕輪が凄くても、魔法を使ったのはエリカなんだから、みんなエリカを拝むに決まっているだろう」

 

 魔法使いには変わり者が多いと聞くが、なんとなく納得できた。彼らは魔法を当たり前のように使えるから、使えない人間の気持ちがわからないのだ。

 自分が如何に特別な存在なのか。


 「エリカ。凄い。魔法使いなんだ」


 文句を言いたそうにしているエリカに、レイナしがみつく。

 大人たちと違って、幼いレイナは比較的いつもの態度だった。


 「違うのよ。レイナ。私が魔法使いなんじゃなくてね、これが魔法使いなの」

 「もう一回見せて。風がぶわーって吹いてくるの」

 「いや。あの、だからね」


 左手の腕輪を指し示すが、レイナには理解できなかったようだ。


 「はぁ、まぁとりあえず説明を出来たからいいか。俺たちも家に帰ろう」


 ミサを行った結果、村人は落ち着きを取り戻し家に帰っていく。そばを通り過ぎる際に行う挨拶が10倍丁重になったが。

 そして教会を出て気が付いたのだ。


 「あっ、奴隷をそのままにしたままだ」

 

 エリカの魔法騒ぎで、頭の中から綺麗に吹き飛んでいた。


 

                    続く

デパートにオープンと同時に行ってみてください。教会での江莉香の気持ちが味わえます。

私一人に(周りに誰もいなかった)いろんな方向から大勢の店員さんが、一斉に頭下げるんだよ。いたたまれなかったよ。

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