グレンタールの戦い 前編
エリックが予想した王国軍の作戦は、複雑なものではなかった。
北方民たちは戦いを有利に進めるために、こちらの後方か側面へと回りこみたいはずだ。ならば望みどおりに、回り込ませてやればよい。こちらはそこを叩く。
要約すれば、これだけの事である。
ここでいう側面は必ずしも王国軍軍列の側面でなくてもよい。王国側の弱点を突く事が出来れば、それが側面となりうるからだ。
弱点を突かれた王国軍は少なからず混乱する。その混乱に乗じる事が出来れば、北方民たちの勝利となるだろう。ならばその心理を逆手に取ればよいのである。
北方民にも理解できる弱点を事前に用意すれば、彼らは自然とそこへと向かう。動きが分かれば後の対処は簡単である。側面を付いているつもりの北方民たちの、更に側面を突く事が出来るだろう。
その弱点こそが慰霊碑の砦なのだと、エリックは考えた。
簡易的な砦に、大量の兵糧。少ない守備兵。そして、前年に大勝利を収めた地。これほどまでに彼らの勝利への条件が揃っている場所も無かろう。
多くの北方民たちは迷信深い。
王国の者であれば、前年の勝利は自身の作戦指導の成果であると考えるが、彼らはそうではない。偉大な精霊の導きによるものと考えがちだ。
偉大な精霊とは、岩や木や水に光のような、この世界を作る全ての要素に宿る意思の事らしい。北方民は神々ではなく、それらを拝むのだ。これは、ロランから聞いた話だ。
そして、今回もその導きがある。
この誘惑に耐えられる北方民は多くない。必ず勝利の記憶が残っているこの地、更に兵站基地になっていて略奪品に期待できる、慰霊碑の砦を攻めることとなるだろう。
勝利への渇望と略奪品への欲望に目のくらんだ敵部隊に対して、本隊はその背後へと回り込み攻撃する。更にジュリエットが率いるアマヌの一族の助力があれば、包囲殲滅されるのは北方民たちである。一年前の悲劇を、今度は攻守を変えて再現するのだ。これほど分かりやすい意趣返しがあろうか。
この作戦を完遂するための要点はおよそ三つ。
一つは、どの時期に北方民が砦に襲い掛かって来るのかを探る事。
一つは、本隊の到着まで砦を文字通り死守しなくてはならない事。
最後の一つは、アマヌの一族の助力を引き出す事であろう。
アマヌの一族の方はエリカに任せておけばいい。彼らが難色を示しても、エリカならいつもの無茶を発揮して強引にでも連れてくるだろう。
ならば俺に出来る事は残りの二つ。
襲撃の時期の見極めと、砦の死守だ。
この襲撃の時期については、探りに出していた部下たちがやってくれた。
本隊への補給を済ませ、空荷の馬車を連れて砦に帰る途中。
「エリック様。見つけた。間違いねぇ。奴らだ」
西方に偵察に出していたブノアが、顔を紅潮させて駆け寄ってくる。
「どこで見た」
「あの丘の上から物見した」
ブノアは遠くに見える丘陵を指さす。
「数は」
「分かんねぇ。奴ら森の中を進んでいやがる」
「直接、見たわけではないんだな」
「ああ、だけんど、広い範囲で獣が騒いでいるし、鳥の飛び立ち方を見ても、大勢の人間が森を進んでいると思う。一個軍団分ぐらいはいそうだ」
ブノアは長年に渡りニースで狩人を生業としていた。森の変化を察知する能力に関しては、誰よりも卓越している。その男が見つけたというのであれば、疑う余地は少ない。
「一個軍団・・・」
「たぶんだけんど」
「心配するな。信用している」
一個軍団はおよそ六千人。
その数はエリックの予測範囲であった。それだけの数がいれば、砦を陥落させられるだろう。
「砦までの到達時間は」
「歩きでおおよそ二日か一日半。馬が多ければ、もう少し早いかもな」
「よし。ブノア。お前は一足先に砦に、ダンボワーズ千人長に報告しろ」
「あいよ」
疲れていない馬に乗り換えて、ブノアは南へと走り去る。
こちらも砦まで二日の距離だ。このままの速さで進めば、最悪、砦の近くで鉢合わせになる。いっその事、本隊との合流を考えるべきだろうか。
いや、俺の予測が正しければ、砦の防衛の成否がこの戦いの趨勢を左右する。砦の防衛には一兵でも多い方がいい。包囲されると逃げ場が無くなるが、もしも砦が陥落したら深い森を彷徨う羽目になる。どちらも愉快な経験とはいかない。
エリックは、兵たちのまとめ役のような立ち位置のコモンド(軍曹のような役職)と、二言三言の会話をして決断した。
「全員。聞け。斥候が西方で敵を発見した。これより我々は強行軍で砦へと帰還する。武器以外の荷物は荷馬車に積み込め。足を痛めている者も荷馬車だ。それ以外は駆け足。準備急げ」
相手は森の中を進む。こちらは本隊が切り開いた道だ。強行軍で進めばこちらが確実に速い。
エリックの命令を、エミールが大声で復唱して配下へと伝え、兵たちは命令に従い荷馬車へと駆け寄り、背負っていた荷物を積み込み始める。王国の兵士は自身の装備を丸ごと抱えて進むが、強行軍の場合は荷物を預けることが許されていた。
その間にエリックは、懐から通信の魔道具を取り出し握りしめた。本隊のコルネリアに連絡できればと願ったが、生憎と距離が離れすぎていて繋がらない。
ならば。
「タルッシュ。来い」
ニースから連れてきている部下の名を呼ぶ。小柄の男が転がるように駆け寄ってきた。剣の腕前は今一つだが、馬の扱いが比較的上手い男だ。
興奮した様子のタルッシュに、ぼろ布に書いた簡易的な地図を渡す。地図にはブノアが報告した箇所に印をつけておいた。
「これを本隊に届けろ。敵軍の予測位置だ。ただし、直接に確認したわけではないとも付け加えろ。後は上の判断だ」
「はい」
「届けたら、そのまま本隊にいろ。俺達と合流しようとは考えるなよ。お前が戻った時は俺たちは砦で包囲されているだろうからな。コルネリア卿かアラン卿を頼れ。いいな」
「は、はい」
タルッシュは、馬の背にしがみつき来た道を遡っていく。
これでいい。
今できることは、全てやった。後は・・・
「エリック様。準備整いました」
エミールの報告に小さく頷く。
「よし。全員。駆け足」
砦が包囲される前にたどり着き、本隊が到着するまでの時間を稼ぐだけだ。
エリックは迷いなく馬を進める。
エリック率いる第十六中隊は、昼夜を問わない強行軍の甲斐あって、二日の距離を一日で走破した。
砦の周りに敵の姿はない。多くの兵が砦の増強作業を継続している。
エリックは簡易的な跳ね橋を駆け渡り、丸太を組み合わせた建物の前で馬を降りた。
ここが、砦の本部である。
「千人長、第十六中隊、帰還いたしました」
怒鳴りこむように報告すると、奥で地図を睨んでいたダンボワーズが頷く。
「早いな。エリックよ。報告は聞いている。こちらでも奴らの接近を確認した」
どうやら誤報ではなかったようだ。自分の決断の正しさに安堵する。
「数は」
「一万弱」
「い、一万」
予想より多い。いや、倍近い。
「そうだ。ベルベル族に与同する部族が思ったより多いようだな」
ブノアが見つけたのは、迂回してくる敵の一部だったようだ。一万対一千。果たして守り切れるのだろうか。
深刻な懸念が頭をよぎるが、背中ではつらつな笑い声が響き、エリックの意識は引き戻された。
「どうした。エリック。臆したか」
振り返ると、豪華な軍装の女性が立っていた。
「えっ、リリーナ・・・様」
なぜこの方がここに。本隊に、近衛軍団にいるものばかりと。
戸惑っていると、ダンボワーズが咳払いをする。
しまった。つい、馴れ馴れしい呼び方を。
「失礼いたしました。タナトス千人長。砦におられるとは思っておりませんでした」
急いで右腕を胸に当て、敬礼をする。
慌てぶりが可笑しかったのか、リリーナは更に笑みを深めて朗らかに返す。
「リリーナで構わん。差し許す」
「はっ」
「こちらに向かっている敵を発見したそうだな。やるではないか」
「はい。およそ一日程で到達すると思われます」
「であるのなら際どい所であった。ダンボワーズ卿。エリックとその配下をお借りしてもよろしいか」
何の話かと、ダンボワーズ千人長に視線を向けると、彼が頷く。
「よし。付いてまいれ。エリック」
深紅のパサールを靡かせると、リリーナは司令部から出て行った。
よく分からないが、追いかけるしかあるまい。
続く
( ̄▽ ̄)//今年も本作をよしなにお願い申し上げます。
誤字報告もありがとです。




