出所
リリーナ様の呼びかけに応え、部屋の中にお爺ちゃんが入ってきた。
ええっと、確か名前はテムさんだったかな。
「アルカディーナ様。わたくしめに御下問とは何でございましょう」
テムさんは片膝をついて畏まる。
「これ。この像の出所を教えてください」
恵比寿さんを、テム爺さんの前に突き出した。
「はて」
恵比寿さんがテムさんの手に移る。
「ああ、これはいつだったか、北方民との交易の場で手に入れた品でございます。面白き形故、お嬢様に差し上げましたな」
北方民との交易品か。
幸いと言っていいのか、近くまで来ている。これからの行動予定にもよるけど、もしかしたら出所を探れるかも。
「その商人をご存じですか。名前とか」
私の問いかけに、テム爺さんは首を振る。
「存じません。出入りの商人からではなく、市で買った品でございますから、名前までは」
そっかー。たまたま出会った露天商の名前なんて、わかるわけないよね。
「でしたら、その商人が住んでいる場所とかは分からないですか。それか部族」
むしろ、こっちの方が大事かもしれない。
部族や住んでいる場所とかが分かれば、そこから同心円状に捜索すれば日本人の痕跡が見つかるかもしれない。
「部族の名でございますか。カランティクには多くの部族が交易に訪れますからな、全てを覚えておるわけでは・・・」
そう言いながらもテム爺さんは、白い髭をしごきながら考える。
「ああ、その露天商は右腕に鷹の刺青を入れておりましたな。鮮やかな青の彫が見事な出来栄えでございましたから、よう覚えております」
青色の鷹の刺青か。特徴としては分かりやすい気がする。
「北方民たちにとって鷹と言えば、大北山の鷹でございましょう。その辺りに所縁のある部族やもしれません」
「大北山」
「はい。彼らは、大北山の鷹を神聖視しておると聞き及んでおります」
やったー。場所の目星がつくのなら、痕跡に出会える確率はぐんと上がるわ。もしかしたら私と同じ境遇の人がいるかも。
「エリック。ノーウェン・カラトールってどこ。ここから近い? 」
振り返って確認する。
もし近くにあるのなら、将軍様かジュリエットにお願いして連れて行ってもらおう。そう思ったんだけど。
「物凄く遠い」
エリックの無常な一言に、希望は打ち砕かれました。
「えっ、遠いの? 」
「ああ」
「どれぐらい」
「俺も詳しい場所までは知らないが、北の大森林を超えた先にあったはずだ」
エリツクの言葉にコルネリアが頷く。
「ここからだと一月は掛かるのではないか」
「えーっ。そんな遠いの」
ここから一月だと、行って帰るだけで冬になっちゃう。
「遠いだけではない。昼間でも日の光もろくに差さぬ大森林を抜け、多くの川を渡り、北方民の集落を超えた先にある山々。それが大北山だ」
予測より遠かった。そして危険。駄目かー。でも簡単には諦められない。出来る限りの情報を集めなくっちゃ。
両の拳に力を入れ、決意をあらわにする。
「エリカは何故に、この像の出所を知りたいのか」
テム爺さんから恵比寿さんを受け取ったリリーナ様が、不思議そうに尋ねる。その疑問に、エリック以外のみんなが頷いた。
「えっとですね」
そこから恵比寿さんの説明と、日本人やその痕跡探しについて語った。
こっちの世界とは繋がっていないようで、実はこっそり裏では繋がっている。このビミョーな感じの、我が祖国日本について話した。
語り出すと、意図せずに長くなった。だけど最後まで皆聞いてくれた。
「そうであったか。この神像はエリカの故国の品なのだな」
「はい。商売繁盛でお金持ちになれる御利益があります」
恵比寿さんとの個人的な繋がりで言えば、友達から福娘(巫女さん)の奉仕をやろうと誘われたことがあったけど、物凄い倍率の前に二人して不採用だったりとか。弟の省吾が新年恒例の福男を選ぶ大人気行事に参加してTVに映ろうと部活の友人らと挑戦して、誰一人TVフレームにかすりもしなかったとか。私の家がお金持ちではないとか。恵比寿さんとは縁が薄いという事にかけては自信があったのに、まさかこっちの世界で出会うとはね。仏縁て言うのはほんと不思議なものだわ。
日本を思い出し感慨にふけっていると、私の前に銀の恵比寿さんが置かれた。
「よかろう。この神像は其方が持っておるべき品である。受け取るがよい」
「いいんですか」
リリーナ様を上目遣いで見上げる。
ずっしりと重い銀の彫像。普通に考えてお高い。文字通り銀貨数十枚相当。
「構わぬ。此度の無礼の償いである。爺も構わぬな」
「はい。お嬢様。アルカディーナ様のお役に立つのであれば、この上ない喜びにございます」
主従の二人が同意した。
「では、お預かりいたします」
私の手の内に再び恵比寿さんが収まる。
「魔導士の書」「騎士団長」に続く、日本の確かな息吹。私が考えているよりも、この世界は向こうの世界に、日本に近いのかもしれないという感触。ちょっとだけ手が震えた。
この像の出所が分かれば、更なる情報を得る事が出来るはず。目標の大北山ははるか北の彼方の様だけど、だからと言って簡単には諦められるはずもなく。
よし。幸いこの後は、アマヌの岸壁の一族との折衝がある。そこでも情報を集めよう。ジュリエットが何か手がかりを知っているかもしれないからね。
何だか日本が近づいてきた感じがして嬉しくなる。
手元に視線を落とすと、恵比寿さんの良い笑顔。今回の遠征は縁起がいい証でしょ。
こうしてリリーナ様主催のお茶会は、平和裏に負える事が出来ました。退屈しのぎの割には色々と収穫多い会となって満足よ。
招かれた面々はリリーナに辞去の挨拶をし、天幕を出て日差しの下で背伸びをした。
江梨香とリリーナのやり取りを見てエリックは思う。
次の展開は「私。大北山へ行く」と言いだすエリカを、どうやって宥めるかである。これまでの経験では、「危険だ」とか「遠すぎる」などの簡単な言葉では納得すまい。無理を押し通しても、ノーウェン・カラトールを目指すに違いない。
例えば配下のクロドヴィグに道案内をさせるとか、仲良くなったアマヌの岸壁の族長ジュリエットに助力をたのむとか、あらゆる方法を探るはずだ。
故国への気持ちは理解できるが、それでも全力で止めなければならない。僅かな人数でドルン河以北を探索するなどと、正気の沙汰ではないからだ。大きな問題が起こることに疑いはない。去年の今頃はセシリーを探し回り、今年はエリカを探し回るなどと言う羽目にはなりたくない。
北の大地は、騎士の身分も教会の権威もエリカの弁論も役に立たない未開の地だ。
どれだけ文句を言われようが阻止しなければならない。しかし、これについては手がないわけではない。「戦になるぞ」。この一言で諦めるだろう。血を見ることが大嫌いのエリカの事だ。血を見る危険を犯してまで無理はするまい。
一つの結論へと達したエリックの前で、ターマックの兄妹が言い争いを始める。
争ってはいるが、じゃれ合っているが近い。ターマック卿も妹の居場所が分かって安堵しているのだろう。俺の目から見てもリリーナ様は、良い雇い主に思える。傭兵だからと、サーシャを使い捨てにするような真似はするまい。リリーナ様が最前線に出ることは無いだろうから、サーシャも危険な目に遭うことは少なそうだ。実家の母親も少しは安心できるのではないだろうか。
「世話になったな。シンクレア。一つ貸しといてくれ」
ターマックは騎士の礼で正式な感謝を示した。
「お安い御用です。黙ってついて来てくださり、私としても助かりました。貸し借りは無しですよ」
「欲の無いことだ。まあ、何かあったら声をかけてくれ。私でよければ手を貸す」
「分かりました。覚えておきます。サーシャも戦場で無理をするなよ」
「わぁーてるよ。兄貴みたいなことを言わないでくれ。エリック」
サーシャは、わざと頬を膨らませて見せる。
本当に愛嬌のある傭兵だ。思わず笑みがこぼれる。
「エリック。行きますよ」
「分かった」
セシリーからの呼びかけに応えて手を上げた。
続く
銀の恵比寿さんの彫像。実はこれって私のトラウマなんですよね。
詳しくは書けませんが、これ関係で大失敗をしたことがありんす。




