女子会+弐
エリックは敵地に乗り込む心づもりで天幕の奥へと入るが、聞き間違えようのない笑い声が響き拍子抜けする。
どうしてあいつがここに居るんだ。
「お嬢様。エリック・シンクレア卿。お着きになられました」
「お入り」
涼やかな女性の声が響く。
テム爺が帳を開くと案の定、敷物の上でエリカがくつろいでいた。傍にはセシリーとコルネリアの姿もある。その三人の女たちを侍らす形で、天幕の主らしき女が座っていた。
長身のエリカと同等かそれ以上の身体つきに、セシリーをもしのぐ長い金髪、コルネリアよりも白い肌。サーシャが纏っている鎧をさらに豪華にしたような軍装。
今まで出会った誰よりも、豪奢という言葉が似合う女性だ。年の頃はコルネリアと同じぐらいであろうか。暗がりでもはっきりと分かる鮮やかな紅を唇にさしている。切れ長のつり目には、こちらを射抜くような光がともっていた。
まるで美しい蛇のような女だ。
「ご紹介いたします。こちらは、枢密院議員 北海艦隊司令長官 カランティク伯爵 称号クレイデューの守り手 カラック・タナトス・ヘイゼルクロイツ様の御息女。ルーザ及びスデールの御領主 国王陛下直属 近衛軍団千人長相当官 リリーナ様でございます」
覚える気が失せるほどの長い肩書ではあったが、その前半には覚えがある。
蒐に出掛ける前、カランティク伯爵の領地の村とノルトビーンの買い付け契約をした。そうなるとこのお方は、俺たちの取引相手と言えるか。
「ニースの領主。第五軍団 第十六歩兵隊百人長。エリック・シンクレア・センプローズでございます」
このお方に比べれば、俺の肩書はとても短い。若殿の馬廻り衆も入れてもよかったのかもしれないな。
「よく来た。シンクレア卿。座るがよい」
セシリアが立ち上がり、エリカの隣に場所を空けてくれたので、その場に腰を下ろした。
信じられないほどの弾力の敷物に、タナトス家の財力を感じる。
これはいったい何の集まりなのか。
視線を知己の女たちに向けた。
江梨香が自分の天幕で通信機を布で磨いていると、セシリーが入ってきて言った。
「エリカ。さるお方から、ご招待が来ています」
「誰? 」
水晶球を磨く手を止めずに尋ねる。
「カランティク伯爵の御息女。リリーナ様からです」
「・・・誰? 」
磨きの手が自然と止まり、セシリーを見上げる。同じ単語で意味を使い分けたなぁと、頭の隅で考えながら。
カランティク伯爵なんて聞いたこともない。そこの御息女様とやらも同様です。偉い人なんだろうけど。
説明を求めたが、セシリーも面識はないらしい。招待の理由は同じ従軍する女同士、親睦を深めましょうとのこと。
確かに天幕の外は、男子校もかくやと言わんばかりに男の人だらけだ。圧倒されるのは仕方がない。だから私もこうしてテントに籠って、球を磨いているわけだし。
「その人も魔法使いなのかな」
水晶球にはぁーと息を吹きかけ、また磨く。
「どうでしょう」
「まっ、いっか。招待という事はお菓子ぐらい出してくれるかも」
水晶球の艶を確認した後、保管用の木箱に片付けた。
「招待を受けるのですね」
「うん。コルネリアも呼んでくるね」
こうして、私たちはリリーナ様とやらの招待を受けることにした。
少し退屈していたから丁度いいわ。
軍事行動ってのは移動は大変だけど、目的地に到着すると、途端にすることが無くなっていけない。ここがニースならそろばん片手に帳簿を捲って時間を潰すんだけど、出先ではそうもいかないのよね。折角招待してくれるというのだから、お言葉に甘えましょう。
こうして女三人仲良く、近衛軍団の陣営地を訪れることになった。
リリーナ様のテントは、ビックリするぐらい豪華だった。
ちょっとした平屋ぐらいの大きさがあり、天上の明り取りからは日の光が差し込んでいる。
何よりも驚いたのが、足元に敷き詰められた大きな絨毯。緑を基調としたオシャレな模様と彩色に、凄い毛の長い織り方がされていて、フッカフカです。下が地面とは思えない肌触りに感動した。
どこに売ってんのコレ。私も一つ欲しいです。絶対に高いけど。
そして、主のリリーナ様も立派と言いますか、豪華と言いますか、お金持ちと言いますか。The・お姫さまって感じの人だ。
戦地にもかかわらず、お化粧もバッチリ。髪の毛もお肌もお手入れが行き届いていて、カビ臭くなりがちなテントの中にはアロマまで焚いてる。そして凄く聞き取りやすい発音で、お育ちの良さが半端ない。
お土産として持ってきたビスケットと、リリーナ様が出して下さった、こっちではカッフィみたいな発音の、いわゆるコーヒーを飲みながら楽しく談笑を繰り広げた。
女同士のお茶会といった感じ。
会話を進めてて分かったのだけど、リリーナ様は魔法使いではなかった。ならばどうして従軍しているのかと問うと、「それは秘密だ」と言って笑う。
貴族のお姫様にも色々あるのかもしれないわね。そんなことを考えていると、前触れもなくエリックともう一人男の人が入ってきた。男の人には見覚えがある。たしか若殿の側近の一人だったはず。
入ってきたエリックと私の目が合う。
ああ、あれは「なんで、お前がこんな所に居るんだ」って顔ね。奇遇ね。私もおんなじこと思った。
セシリーがすっと立ち上がり、私の隣を譲ったかと思うと、その反対側にさりげなく自分が座る。
その自然な動作と、席を譲ると見せてちゃんと愛する人の隣をキープする強かさに感心した。大和撫子と恋する乙女は両立するのね。
「さて、役者がそろったな」
リリーナ様の美貌に笑みが広がる。
なんの役者?
「まずは、礼を言わせてほしい。ありがとう。心からの感謝を其方たちに」
ひざを折り深々と頭を下げるリリーナ様。ほぼ土下座に近い。一方で私たちは、なんのこっちゃとポカンとしている。
「えっと、なんのことでせう」
いつまでたっても頭を上げないリリーナ様に問いかける。
「マリエンヌのことだ」
下を向いたままでの返答に、室内の空気が固まった。
えーっと。仰りたいことを要約すると、マリエンヌを助けてくれてありがとうって事だとは思うのですけど、政府の公式見解では、マリエンヌは自害したことになっている。助かってはいない。
それとも、助けようと努力したことを褒めてくれているのかな。だとしても、どう答えよう。
将軍様からは裁判の件に関しては、絶対に口外してはならないとのお達しが出ている。ファルディナをギルドに迎えていいですかのお許しを貰った時も、何回も何回もくどいほどに念押しされた。二度と公の場で口にしてはならんと。
私もこれ以上、厄介極まりない政治的な問題には介入したくないので、素直に従っている。
私の中ではマリエンヌは消え、新しくファルディナが生まれたのよ。
どちらにせよ、この人がどこまでの事情をご存じかが分からない限り、迂闊なお返事は厳禁。
横目でエリックを見て、アイコンタクトを試みる。察しが良ければ何も言わないはず。っていうか、言わないで。
その後、十秒ばかりの沈黙が続く。
私の願いが通じたようで、エリックも厳しい表情で黙っている。
沈黙の檻の中で、土下座のポーズを解除したリリーナ様が口を開いた。
「今思い出してもわが身の不甲斐なさに、気がおかしくなりそうなのだ」
兎に角、この人の持っている情報が欲しい。お話を伺いましょう。
「あの子は私に助けを求め、当家の門を叩いた」
気持ちを落ち着かせるためか、しばらく黙り込む。
あの子ってのはファルディナのことよね。門を叩くって言うからには、リリーナ様の家まではたどり着いたという事か。しかしながら私とぶつかるまで彼女は、王都の下町をさまよっていた・・・
「父は・・・あの子を見捨てる判断をした。供を斬り捨て、我が身と家を守った」
ああっ、やっぱり。しかもお供の人を斬り殺したってことか。なんともやるせない。
「わらわは抗おうとした。が、部屋に押し込められ何も出来なんだ。そして、あの子が自害したと聞かされた」
そこから堰を切ったように、リリーナ様の感情の爆発が起こった。涙こそ流れていないけど、悲しみと怒りが入り混じった嵐のような独白。
無力な自分を責め、娘を巻き込んだヘシオドス家への憤り、自害に追い込んだ委員会への恨み節が荒れ狂った。
気持ちは分かりますけど、少し落ち着いてほしい。なぜならファルディナは死んでいないのだから。しかし、それを伝えることも出来ないので、黙って拝聴するしかなかった。ついでと言っては何だけど、ファルディナのお父さんは死刑判決を言い渡され、お兄さんはどこかに幽閉されたことを知る。商会からの定期報告でも、そんな話は聞いていないので、王都の最新の情報なのかもしれない。
やっぱり伯爵様には有罪判決が出ちゃったか。となると、ファルディナも死刑にはならなくても、投獄されていた可能性が高いわね。危なかった。
「すまぬ。見苦しい姿を見せた。許せ」
リリーナ様の感情の台風が過ぎ去り、凪のような状態になった。
「お気になさらず」
「心中、お察し申し上げます」
私とセシリーでリリーナ様を御慰め申し上げる。
ファルディナを助けようと思っていたのであれば、この人は私たちの遅れてきた仲間と言える。
続く
スピンオフの方も新作を更新いたしました。ご一読いただけたら幸いです。
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