交渉相手
女傭兵サーシャの後ろを、兄であるターマックと共に進む。
「サーシャ。お前、戦にも出てるのか」
ターマックの問いかけに対し、サーシャは歩みを止めず不敵な笑みを返す。
「そりゃ、傭兵なんだから、戦場が仕事場だろう」
妹の返答にターマックがため息をつく。
「で、給金は。幾ら貰っている」
「なんでそんなこと聞くのさ」
「母上に報告する」
「余計な事すんな。心配しなくても、食いものも着るものも、雨露をしのぐ寝ぐらにも不自由しちゃいないよ」
「その日暮らしだろうが」
「傭兵なんだから、そうに決まってる。先々の事を考えている傭兵なんて、碌でもない奴だけだ」
「母親を泣かせるような娘もだな」
「なにおう」
流れるように喧嘩を始めたターマック兄妹の間に入ってみる。
「サーシャ殿は、どうして傭兵に」
素朴な疑問をぶつけてみる。
家を継げない騎士や貴族の次男坊三男坊などが傭兵になるのはよく聞くが、妹がなるのは珍しいだろう。そもそも魔法使いでもない女が、戦士としてやっていけるのだろうか。
「エリック。殿は要らないって言ったろう。サーシャでいいよ」
「ではサーシャ。なぜ傭兵になったんだ」
「そうさね」
サーシャは楽しそうに考える。
食べていくためとはいえ自分の意志で傭兵になり戦地へと赴く。この話をエリカが聞いたら首をひねるに違いない。
「娼婦になるよかマシだと思ったからさ」
「・・・・・・」
返答に困る答えが返ってきた。
「同じ体を張るなら、男に突き刺されるより、突き刺してやる方が性に合っているのさ。あたしはね」
そう言って、サーシャはカラカラと笑う。
おそらくは冗談なのだろう。俺は笑えないが。
ターマック卿も隣で頭を抱えている。これは俺の訊ね方が不味かったのか。どうもこの女傭兵の性格が掴めない。荒くれもの揃いの傭兵らしい返答なのかもしれない。
俺達は軍団兵たちの間を抜け、第五軍団の陣営地からも出た。
意外だな。てっきり第五軍団の誰かからの呼び出しだと思っていた。
最近このような、面識のない人物からの呼び出しが少なくない。相手の要件はほぼすべて砂糖がらみの話だ。
うちの領地にも格安で流してほしいとか、ノルトビーンの買い付け価格の交渉とか。借財の申し込みとか。その土地土地の領主から頼まれたり、時には脅されたりする。
俺の返答は決まって「エリカと相談してから返事をする」なのだが、相手はこの返答が気に入らないことがある。
「領主ならお前が決めろ」とか、「女と相談しないと決断できないのか」とか、言われることがままある。
言いたいことは分かるが、お前たちだってエリカが怖くて俺に頼んでいるのだろう、としか思わない。
だから俺一人で答えを出せと言われたら「お断りする」と答えている。お望み通り答えているのだから、文句はないだろう。
我々と取引がしたいのならエリカと向き合え。別にあいつだって対等な商売相手だったら、煮て食ったりはしない。はずだ。
エリカは一方的に利益を得ようとする相手に対しては、一切の容赦がないだけだ。たとえそれが教会であろうと例外ではない。だからこそ、俺のところに話を持ってくるのだろうがな。
砂糖のギルドは俺一人のモノではない。発案者であるエリカのモノでもない。ニースに暮らす全ての者たちの持ち物だと思っている。
俺が一門の中でのし上がるための手段ではあるが、だからと言って俺一人で勝手に差配するものでもないのだ。彼らはその辺りを理解していないのだろう。むろん説明もしていないが。
サーシャの主人の用件は不明だが、今回もそのような人物かもしれないな。揉め事にだけはならないように気をつけよう。
更に歩みを進め、俺たちは第四軍団の陣営地も抜ける。
この先には・・・
「サーシャ。お前、近衛軍団の誰かに雇われているのか」
「どうだかね」
兄の問いをはぐらかす妹。
妹のレイラも大きくなったら、こんな口を利くようになるのだろうか。
嫌だな。
そんなことを考えていると、ひときわ大きな天幕が視界に現れる。
あれは公爵様の天幕。まさかな。
ターマック卿も同じ疑念を持ったようで眉間にしわが走る。ただ、公爵様が傭兵なんぞ雇うのだろうか。しかも女の傭兵を。
この考えは的外れだったようで、俺たちはそのまま公爵様の天幕を通り過ぎる。ターマック卿はあからさまにほっとした様子だ。
それはそうだろうな。俺だって家出したレイラが公爵様の下で働いていたら、言葉にならない衝撃を受ける。それこそ母上に何と伝えればよいのかわからない。
「ここだよ」
サーシャは歩みを止めて振り返る。
公爵様の天幕からさほど離れていない場所に、真っ赤な色彩の天幕が張られていた。普通の天幕の数倍はあろうかという大天幕だ。
天幕の上には何かの神獣が描かれた旗が翻っていた。恐らくはアレが旗印なのだろう。見たことが無いが貴族のどなたかに違いはなさそうだ。いよいよ用心しなくては。
「あの旗印。ターマック卿はご存じですか」
「いや。見覚えは無い・・・」
俺たちが旗印を観察していると、背の低いご老人が近づいてきた。
「サーシャ。こちらが」
「そうだよ。テム爺。エリック・シンクレアを連れてきた」
「ご苦労さん」
孫をほめる爺さんの様に微笑み。その微笑みをこちらにも向ける。
「エリック・シンクレア卿ですな。お呼びだてして申し訳ない。我が主人が中でお待ちです。どうぞ」
天幕の中へと誘われたが、俺は一つの条件を出すことにした。
「彼が同席しても構わないだろうか」
ターマック卿の方を見て言った。その表情には驚きの色が浮かんでいる。
「こちらは、御配下の方で」
「いや。私と同じくアスティー家に奉公する馬廻り衆です」
「ほう。同僚の騎士殿ですか」
テム爺とやらが、ターマック卿を値踏みするように眺める。
「付け加えるのであれば、こちらのサーシャ殿の兄君です」
「ちょ、エリック。余計なこと言わないでよ」
サーシャの抗議を無視して話を続ける。
「彼も同席できるのであれば、貴方の主の招待を受けましょう」
「シンクレア。よいのか」
ターマック卿の瞳が大きく開かれた。
「ついでと言っては何ですが、サーシャの雇い主を拝見いたしましょう」
「助かる」
彼の母上の為にも、妹君の雇い主の顔を確認しておいた方がいいだろう。それと天幕の主と何か悶着があった場合、彼には証人にもなってほしい。
「サーシャの兄君ですか」
テム爺が思案気に掌を合わせる。
これは脈がありそうだ。
「そちらにとっても、知らない相手でもないでしょう」
「ふむ」
この提案が受け入れられるか否かで、サーシャの待遇も幾分は見えてくるだろう。
ただの傭兵なのか、ある程度の信頼は受けているのかが。待遇が悪いようなら、ターマック卿に協力して、彼女を母親のもとへと引きずっていかねばなるまい。
「無理にとは言わないが、その場合は貴殿には私の言葉の取次役をお願いすることとなる。私は天幕に入る事が出来ないので」
突き放した物言いに、テム爺は折れた。
「・・・よろしいでしょう。ただし、中で聞いたこと話したことは他言無用に願います」
「無論です。言いふらしたりは致しません。ターマック卿もよろしいですか」
「いいだろう」
ターマック卿が頷く。
「さらに、ターマック卿はシンクレア卿の配下という事にさせて頂く。発言もお控え下され。よろしいか」
「承知した」
「では、中へ」
薄暗い天幕の中に入った瞬間に、嗅いだことのない香りに包まれた。
なんだ。香木でも焚いているのだろうか。
コルネリアが家の離れで香木を頻繁に焚いているが、それとはまったく違う香りだ。
さて、呼び出した相手を確認するとしよう。蛇が出るかはたまた狼か。
続く
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