ロジェストの安請け合い
( ̄▽ ̄)//前半は無駄に小難しいので読み飛ばしてもOKです。
因みにスピンオフ作品に登場した主人公君の書いた文章でございます。
「ニース・モンテューニュ法の成立とその展開」
タイユット・アルベルヒ著
ニース・モンテューニュ法(以降ニース法)は、テュード王朝期に制定された分国法の一種である。分国法とは封建領主が持つ領主裁判権から発生した地域独特の法体系であり、時代、地域により様々な形態が存在する。
ニース法の成立時期については諸説あるが、少なくともゲルマニクス王政期にはそのひな形とも呼べる法令が確認されており、他の地域における分国法の嚆矢ともなっている。
(中略)
ニース法を他の分国法と比較すると、幾つかの特異な点が見受けられるが、その中でも最大のものは、ニース法は成立当初より文書で示された、成文法として制定されている点であろう。
ロンダー王国史における最も代表的な成文法は、クレメンティア王朝期に編纂された「王国法令大全」であるが、ニース法の成立は少なくともその成立を百年前に遡る。
もう一つの特異性は、ニース法のほぼ全文が今日に伝わっていることである。
同時代の分国法の多くが、伝聞や書簡などの断片でしか伝わっていない点と比較すると、ニース法は明確な文書方式としての法令として制定されたお陰で、同時代の他の法令とは比較にならない伝播力を示した。またそれ故に、後世の法体系への影響力も無視できないものが有ると言える。
一例をあげるのであれば、現在我が国において施行されている私有財産法にその影響を見る事が出来る。
私有財産法 第24条 第1項
「20年間に渡り所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する」(補足条項を除く)
ニース法 第64条
「不法な手段を用いずに、所有権が不明な土地を入手した場合、取得後20年経過した時点でそれまでの所有者が名乗り出ない限りにおいて、取得者の財産として認められる」
この法令を比較すると、二つは酷似していると言えるであろう。
また、「王国法令大全」にも同様の法令があり、この年代に既に取得から20年という基準が設けられていたことが確認できるのである。
この第64条は当時の王国の法体系に則ったものなのか、ニース法独自の解釈であるのかについては議論の余地はあるものの、ニース法が一地方領主の分国法の枠を超え、後の世の法体系に与えた影響は少なくない。また、ニース法は現代で言うところの人道的見地から見ても・・・・
エリックと江梨香が北の国境線へと向かっている頃。
ニースのギルド本部一階で、ロジェスト・アンバーは腕組みをしたまま宙を睨んでいた。
大きな机の上には筆記用具と、空になった木杯が並んでいる。
「ロジェスト先生。お飲み物のお代わりをお持ちいたしました」
空中とにらめっこをしているロジェストの木杯に、ファルディナが白湯を注ぐ。
「これは恐れ入ります。ファルディナ殿」
「随分と悩んでおられるようでございますが、難しいお仕事なのですね」
「難しいと申しますか・・・」
ロジェストはニースの二人の領主が蒐に出発する前日に呼び出され、そこでとんでもない依頼を受けることとなった。
「ロジェ先生。私たちの領地の法律を作ってください」
「先生が適任だと思います。お願いします」
二人の若い領主が揃って頭を下げる。
「お待ちなさい。話が見えません。法律を作るとは一体」
我が国において法律とは、国王陛下列席の枢密院で提議され審議され制定されるものである。
「それはですね」
江梨香の説明を受けたロジェストの困惑は、さらに深いものとなった。
二人の領主は王国の法に則った上で、自領で運用できる小さな法令を望んでいるのだ。
「裁判の件で思い知ったのですけど、私たちって王国の法律に関して無知も無知で、このままでは大変な目に遭うと思うのです。刑法一つ取ったって地域や運用者によって刑罰がてんでバラバラ。これでは何を基準にしたらいいのか分かんなくて困ります」
「なるほど、軽微な犯罪。例えば窃盗などに関しては、個々の領主に裁判権が与えられておりますな。お二人が判決を出さなければならないこともあるでしょう」
「でしょ。前はそんなややこしいことは将軍様に任せればいいわって、安易に考えていたんですけど、将軍様が処理する犯罪って殺人とか大規模な暴動、放火、略奪なんかの罪で、小さい犯罪は私たちが裁かなければならないんですよね」
「はい。全ての犯罪の裁判をオルレアーノで取り仕切っていては、とてもではありませんが捌ききれません。それ故の領主裁判権です」
「その為の法令を制定してほしいんです。先生に」
「私がですか」
「はい。先生が最適任です。って言うか私たちには無理です。ね、エリック」
「ああ、我々は先生の見識の深さを十分に理解しています。なにとぞ私たちにお力添えを」
「ふむ」
しばし考える。
話は理解したが、私も騎士の家の家法の制定などに関わったことは無い。あまり期待されても困る。
「しかし、お二人はこれから遠征に出掛けるのでしょう。作ると言っても中々に」
私が一人で勝手に制定するものでもないだろう。
そう渋ると、エリカ殿は大きく頷く。
「はい。ですから私たちが帰って来た時に議論するための法案、たたき台を先生には作ってほしいんです」
「たたき台ですか」
「はい。それを皆で話し合って決定稿を作りたいと考えています」
「なるほど。理解いたしました」
それならば気軽に作れるかもしれない。ギルドの相談役には付いたものの、非常勤故に大した仕事もなく暇をもてあましている身だ。
海岸で釣りばかりして過ごすのにも飽いた。そう考え頷くこととした。
「本当ですか。ありがとうございます」
「ありがとうございます、先生への報酬もご用意いたします。ご希望の額を仰ってください」
二人の領主は大喜びで契約書を引っ張り出し、私はそれに署名した
あの時の事を思い出して思う。
退屈しのぎにしては、少々難題だぞこれは。安請け合いしてしまったかもしれぬ。
最初の難題はエリカ殿の考えた、いや、提示した法令である。
「実は第一条については、エリックと話し合って既に決まっています」
第一条だと、なんだそれは。
「・・・伺いましょう」
疑問を脇に置き続きを促すと、エリカ殿は咳払いをし背筋を伸ばし宣った。
「第一条。ニース及びモンテューニュは"和を以て貴しとなす"。以上です」
「ワヲモテ・・・何ですか」
「和を以て貴しとなす。神聖語です。意味はですね、問題が起こった時に怒って暴力で解決するのでなく、互いに尊重し合い譲り合ってお話し合いで穏やかな解決を目指すのが最上である。って意味と考えて頂けたら。簡単に言えば喧嘩すんな仲良く暮らせってことです。因みに私の国の最初の法律、十七条憲法の第一条です」
「エリカ殿の国の法律・・・」
「はい」
いや、はいではない。
国の法律だと。
家のしきたりである「家法」、もしくは軽微な罪を裁く「刑法」を作るのではないのか。
国家が運用する法律となると話が大きすぎる。しかも、この第一条に則り王国の法に沿った法令となると・・・
「あっ、今は天皇陛下は国家の象徴としてうんたらかんたらっていう、別の法律があるんですけど、やっぱり日本人が最初に思い浮かべる憲法第一条ってこれなんですよね。端的で覚えやすくて説得力もある。だから私たちが作る法律の第一条としても最適だと思うのです」
私の困惑をしり目にエリカ殿は言葉を並べ立てる。
この女、やはりとてつもない。
軽く思いつくだけでも、この第一条は騎士以上の身分の者たちが持つ、自力救済権の否定もしくは強力な掣肘となるだろう。
暴力による問題解決を否定し、話し合いによる調停を是とするのであれば、当然そうなる。子供でも分かる話だ。しかし、王国では自力救済権に関して肯定も奨励もされてはいないが、ある程度黙認されているのが現状である。これをいきなり否定するのか。
エリカ殿の国はいったいどのような国なのだ。想像するに国家が相当に強い権限を有しているのかもしれない。この自力救済権全否定の法令が守られているのであれば、平穏ではあるが随分と窮屈な国なのかもしれぬ。いや、エリカ殿を見ていると窮屈な国とは言えぬか。その様な環境でこんな女が生まれるとも思えぬし。
次に江梨香が言いだしたのは、身体に与える刑罰の大幅な削減であった。
「王都の図書館で判例集を読みましたけど、豆を盗んで耳をそぎ落とされるのは厳しすぎます。罪に対して量刑が重すぎるわよ。最初に読んだときは、私の読解力が不足しているのかと思ったぐらいです。豆はまた実るけど、そいだ耳は二度と生えてこないわよ。なに考えて制定してるのか全くの理解不能です」
「それは見せしめの為だろう」
そう答えたエリックに江梨香が食ってかかる。
「なら、お聞きしますけど、どうして豆を盗むのよ。お腹がすいているからでしょ。一袋の豆なんてお金になんないんだから。お腹がすいている人に、見せしめの刑罰を加えて何の効果があるのよ。残忍な見せしめをしたらお腹がすいている人が豆を盗まないとでも思ってんの。そんなはずないじゃない。生き死にが掛かってんだからまた盗むわ。だから見せしめとしての効果ははっきりとゼロよ。そんな無駄なことをするぐらいなら、食べていける手段を講じて犯罪をしなくても済むようにしていくのが行政の根本でしょうが。そもそも、領民が飢えているのは領主の責任よ。それを棚に上げて、なに耳そいでんのよ。ヤクザですら豆を盗んだ程度で小指を詰めたりしないわよ。あほか。領主失格よ」
「分かった分かった」
ふーっ。と鼻息荒く江梨香は暴れる。
「先生。こんな様子でエリカが冷静さを失いますので、ロジェ先生のお力をお貸しいただきたいのです」
「了解した」
エリカ殿が自身で法案を考えない、いや考えられない理由がよく分かった。頭に血が上ってそれどころではなくなるのだろう。
こうして、なかなかの難問を請け負ったのではあるが、良いこともある。それは、領主代行のバルテン殿と、名門一族出身のファルディナ殿の助力を得る事が出来たからである。
バルテン殿は軍法と刑罰に通じており、ファルディナ殿は名門一族の家法に通じている。かく言う私は王国の基本法と訴訟法については問題なく、この三者で意見をすり合わせながら作ることができたのである。
二人の領主が北から戻ってくる頃には、どうにか形になるだろう。
しかしながら、思いのほか大変な仕事でもある。
続く
使える者は猫でも使う。まして法律の専門家。領地経営に使わない手はありません。
しっかし、やっとこの話にたどり着けましたよ。これ二期に思いついたお話なんですけどね。とおかったなぁ。
誤字報告感謝です。助かります。




