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傭兵

 公爵閣下への挨拶が終わり、エリックは自分の部隊へと戻る。

 部下となった兵たちとの親睦を深めるために、皆にビスケットをふるまうことにした。砂糖をまぶしたビスケットはエリカの目論見通りに大好評を得た。

 ビスケットをかじりながら、年上の兵たちと車座になって談笑する。


 「へえ。隊長は平民上がりですかい」

 「ああ、去年の戦いの後に叙任された。一年前までは皆と同じ軍団兵だ」


 親近感を持ってもらうために、平民であったことを強調する。

 実際に騎士としての振る舞いや気持ちの持ちようは、エリカ共々理解していないしな。


 「まだ、若いのに大したもんだ。いったいどんな手柄を立てたら騎士になれるんですかい」

 「そうだな・・・」


 自慢話が苦手なエリックが言い淀むと、エミールが後を引き継ぐ。


 「エリック隊長の武勲が知りたいなら、俺が教えてやる」

 「たのんます。副隊長殿」

 「いいだろう。よく聞けよ。先の戦役でエリック様は、捕虜となったアスティー家の御令嬢セシリア様を、単身敵陣から救い出されたのだ」


 話を聞いていた軍団兵から小さなどよめきが起こる。それは驚きというよりも疑いの色合いが強かった。


 「待て待てエミール。単身ではないぞ。ジュリエットの協力があればこそだ」


 大げさな物言いを抑えようとするが、エミールは引き下がらなかった。


 「そう。エリック様は北方民の中でも強力な部族、アマヌの一族ジュリエット殿から助力を引き出され、彼らと共に敵陣へと潜入。見事セシリア様をお救い申し上げたのだ。言っておくがその時にエリック様の周りに居たのは敵にせよ味方にせよ皆、北方の部族民ばかりだ。王国の兵は一人もいなかった。だから単身で忍び込んだと言ったのだ。あながち間違いではないだろう」 

 「本当ですかい。隊長殿」


 多くの顔が俺の顔を覗き込んでくる。


 「あ、ああ。王国の兵は俺一人だけだった」


 その答えに、先ほどより大きなどよめきが起こった。今度は純粋な驚きだ。

 もっと詳しく聞こうと兵たちから、多くの質問が飛んでくるのでそれに応える。


 「あの時は運が良かっただけだ。敵の中にいたセシリア様は直ぐに見つかったし、砦を囲んでいた北方民はアマヌの一族と若殿の解囲軍の突撃、それに砦に籠っていた将軍閣下の迅速なご判断・・・とにかく運が良かった」

 「運ですかい」

 「ああ、運が良かった」


 後はエリカの功績だ。


 「いいかお前たち、エリック様はセシリア様を捕らえていた裏切り者を一刀のもとに斬り伏せ、愛馬アンゼ・ロッタを駆り、敵陣を突破。セシリア様を無事お味方の下へとお救い申し上げたのだ。これで分かっただろう。エリック百人長には神々のご加護があるという事だ」

 

 盛り上がる兵たちに向かって、エミールが宣言した。


 「てぇしたもんだ」

 「本当に一人で行ったのか」

 「俺その話、どこかで聞いた気がする。アレは隊長の武勇伝だったんですかい」


 一斉に話しかけてくる兵たちの顔を見て思う。

 部下からの印象を良くする為なのだろうが、エミールは話を盛りすぎだ。だがこれも兵たちを俺の指示に従わせるための方便と思うことにしよう。

 そんな風に考えていると年季の入った兵が、俺の顔をまじまじと見つめながら口を開く。


 「隊長殿。あんたも元兵卒だったら分かるでしょう。俺たちは下手に優秀な男よりも、手際が悪くても運の強い男を頼りにするんでさ。優秀な男ってのは常にそうとは限らん。ちょっとした事で簡単にひっくり返り醜態をさらして泣き叫ぶ。だけんど、運の強い男ってのは神様が守ってくれてんのか、実にしぶとく生き残るもんですよ。なぁ。みんな」

 「そうだそうだ」

 「異議なし」

 「運のない奴はどんだけ優秀でも勇敢でも、なんて事のない流れ矢に当たって死んじまう」

 「それじゃあ困んだよ。俺たちが」


 またもや皆が一斉に口を開く。


 「分かった分かった。安心してくれ。俺は特別優秀でも勇敢でもないが、運の良さだけは人一倍だ。幸運の女神イシュタールに愛されているからな。そうだな。今回の遠征が終わったら俺の所領に来い。全員に幸運を分けてやる。食い物も酒も好きなだけ腹に詰め込んでくれ。土産も用意するぞ」

 「本当ですかい」

 「こいつは豪儀だ」

 「隊長殿。隊長殿。女は、いい女はおりますか」

 「俺の所領には、いい女は居過ぎて困るぐらいだ。ただし手は出すなよ。いい女は俺の女だ」


 軽口に軽口で返すと座が大いに盛り上がった。

 少しは打ち解ける事が出来ただろうか。

 そんなことを考えていると、背後から肩を叩かれた。


 「盛り上がっているところ悪いね。兄さん。エリック・シンクレアって奴を探してんだけど。どこにいるか知らないか。ここいらに居ると聞いたんだが」


 振り返ると、一人の女が立っていた。

 

 「なんだ」

 「おっ、その反応は知っているんだな。どこにいるか教えてくれないか」

 「その前にお前は何者だ」

 「ハハッ、名乗るほどのもんではないよ。あたしはしがない傭兵さ」


 その女は楽しげに笑う。


 「傭兵・・・」


 女の全身に目を配る。

 艶のある褐色の肌に波打つ黒い髪が赤色の頭巾から零れている。鉄の短冊を革紐で編み込んだ鎧を身に纏い、腰には短い曲剣を挿していた。明らかに軍団兵とは異なる軍装。軽装ではあるが引き締まった身体からは俊敏さを感じる。

 大きな黒い瞳の周りには、魔除けなのか黒い縁取りの文様が描かれていた。

 話には聞いたことがあったが、実際に居たんだな。女傭兵。よく見れば整った顔立ちをしている。


 「貴様。シンクレア百人長に何か用でもあるのか」


 エミールが女傭兵に高圧的に問いかけた。しかし、女傭兵は気にも留めない様子で気軽に返す。


 「あたしが用があるわけじゃないよ。あたしは雇い主からエリック・シンクレアを連れて来いと命じられただけさ」

 「それは誰だ」

 「言えないね。あたしが頼まれているのはエリック・シンクレアを連れてくることだけさ。あんたに名前を明かすことは含まれてないよ」

 「ふざけるな」

 「あたしはいつでも大真面目さ。で、シンクレアの居場所を教えてくれるのかくれないのかどっちだい。兄さん」


 険悪な雰囲気になってきたが、兵たちは面白がって高みの見物を決め込んでいる。

 そろそろ種明かしをするか。


 「私がエリック・シンクレア百人長だ」


 立ち上がり名乗りを上げる。


 「やっぱり。そうじゃないかと思ったんだ。あたしの目もまんざらでもないね。よし。付いて来てくれ」

 「断る」

 「おいおい。それはないよ。兄さん。こっちもガキの使いじゃないんだ。呼んだけど来てくれませんでしたって報告する訳にはいかない」

 「お前の都合は知らない。私には付いて行く義務も義理もないだろう」

 「それは確かにそうさね。だけどこんなイイ女から付いて来てと頼まれたら、付き合ってやるのが男の甲斐性ってもんだろう」

 「イイ女ね」

 「なんだよ。文句あんのかい」


 こちらの都合も聞かずに好き勝手に言葉を並べる女傭兵。

 軍団兵相手に一切の物怖じをしない度胸に良く通る声、屈託のない笑顔。イイ女なのは認めてもいい。だからこそ行きたくないんだがな。

 しかし、この女傭兵どこかで見たような覚えが・・・


 「どうした。シンクレア。早速部下と揉め事か」


 二人の部下を引き連れて、同じ馬廻り衆のターマック卿が顔を出した。

 

 「いえ、そういう訳では」

 「げっ、兄貴」


 女傭兵の言葉に耳を疑う。

 兄貴だと。それはどう考えても・・・


 「サーシャ。お前こんなところで何をしてる」

 

 案の定、ターマック卿が声を上げた。

 二人を見比べて思う。ああ、確かに兄妹だな。だから顔に見覚えがあったのか。


 「ターマック卿。こちらは」

 

 俺の問いかけにターマック卿は僅かに肩を落とす。


 「はぁ。こいつは俺の妹のサーシャ。家出中のはねっ返りだ」

 「あんだよ。兄貴には関係ないだろう」

 「で、お前今は何をしている」

 「だから兄貴には関係ないだろう」

 「関係ないことあるか。すまんなシンクレア。迷惑をかけた」

 「いえ。迷惑という事は」

 「だったらあたしに付いて来なよ」

 「お前は少ししゃべるな。シンクレア。向こうで話そう。こら、サーシャ逃げるな」

 「逃げてなんてない」

 「だったら大人しく付いてこい」

 「へーい」


 しばらく歩き人気の少ない場所へと移る。


 「ターマック卿、こちらは卿の妹君という事でよろしいのですね」

 「ああ」

 「妹君なんてよしとくれよ。もう名前を知られたからにはサーシャでいいよ。エリック・シンクレア卿。あたしも今後はエリックって呼ぶから」

 「勝手に決めるな。で、お前はどこで何をしてる。教えろ」

 「やだね」

 「母上にも同じことが言えるのか」

 「それは・・・」

 「心配するな。親父には内緒にしておいてやる」

 「本当か」

 「約束だ」


 状況が分からず困惑しかない。


 「ああ、シンクレアには説明した方がいいか。こいつは親父が持ち込んだ縁談が気に入らないと、家を飛び出してそれっきり。たまに便りをよこす程度の親不孝者だ」

 「あんな縁談嫌に決まっているだろう。五十近い歳の爺様相手に嫁になんか行けるかっての。親父とほとんど同じ歳じゃないか」

 「安心しろ。あの縁談は疾うの昔に流れた」

 「だからって家に帰る気はないね。あたしは今の稼業が気に入ってんの。そう母上にも伝えて」

 「自分で言え」

 「それよりも。エリック。あたしに付いてきて。兄貴はエリックの後ろをついてくれば、今の雇い主が分かるだろ。それを母上に伝えればいいの」

 「取引になっとらん」

 「別に嫌なら付いてこなくてもいいよ。あたしはかまわないさね。さっエリック。行くよ」


 返事も聞かずにサーシャは歩き出す。


 「はぁ。すまんなシンクレア」

 「構いません。ターマック卿の妹君ということでしたら、雇い主も怪しい者ではないでしょう」

 「そう願いたいね」


 俺達は大股で進むサーシャの後に続くことにした。

 しかし、アラン卿とロジェ先生といい、このターマック兄妹といい、同じ兄弟と言っても色々だな。俺とレイラは周りからどう見られているのか。



              続く

 申し訳ありません。ターマック卿の髪の色を金から黒に変更いたしました。

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― 新着の感想 ―
砂糖亡者のエリック呼んで来いとか金のニオイしかしない
情報全く渡さずこいといわれても行きませんよね、サーシャは上手く言いくるめられそうにない人って感じですがなんで派遣してたんだろう? 家の事としか考えてないような酷い相手をもってくるのはともかくそこまでの…
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