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公爵閣下

 逃亡したエリカを捕まえ、事の顛末を伝えると「気のすむようにして差し上げろ」と言われる。だから俺たちは縁談話を探ることは行わないこととした。代わりと言っては何だが、今あるエリカの言うところの手札について話し合う。

 エリカが俺たちが持っている手札を並べる。


 「まずは、領地持ちの騎士にはなってる。最低限の資格は持っているとは思うの」

 「ああ、流石に平民のままでは話にすらならなかった」

 「次は、資金面だけども、これも、将来性込みで考えれば合格してるはず」

 「毎日の資金の出入りが激しくて、どれほどの儲けがあるのかは分かりにくいが、儲かってはいるだろう」


 今回の遠征の為に仕立てた軍装が、ギルドが収益を上げている証拠だ。


 「うんうん。次に必要なのはなに」

 「何と尋ねられても・・・そうだな、思い当たるのは一門の中での立場か」

 「若殿の馬廻り衆じゃない。駄目なの? 」

 「駄目ではないが、新参の扱いは免れない。シンクレア家が一門に加わったのは親父の代だ。四代五代と仕えている家の者には、信頼という点において叶わない」


 昨夜、話したターマック卿を思い起こす。

 彼の家は親子四代に渡って奉公しているらしい。

 

 「長年の実績の壁か。そこに関しては手の打ちようがないわね。他で巻き返すしかないわ」

 「そうなると、騎士としての実績だな。例えば今回の遠征でも大きな手柄を上げるとか」

 「手柄はいいけど、戦争に巻き込まれて死んだら元も子もないんだからね」

 「だが、去年の戦では命を張ったお陰で騎士に取り立ててもらえた。それはエリカも同じだろう。武功は全てに勝る」

 「去年のアレは運が良かっただけよ。敵陣に乗り込んでお姫様を救って脱出なんて、ディズニー映画じゃあるまいし。そんな奇跡のような万馬券はそうそう引き当てられないからね。奇跡頼りの作戦なんて作戦とは呼べない。もっと堅実な方法を見つけなきゃ。命は一つなんですからね」

 「分かったよ。しかし、この話は去年もしたな」

 「した」


 俺とエリカの間に一瞬の沈黙が流れる。


 「俺達、あれから余り進歩していないという事か」

 「言わないで。なんか、悲しくなってくる」

 「しかし、他に何かあるだろうか・・・」


 これまでも思いついたことは、すべて実行してきたつもりだ。


 「一つ思いついたのだけど」

 「なんだ」

 「将軍様の周りで、セシリー以外にも味方になってくれそうな人を作るのはどう。その人経由で内部からの情報を貰ったりするのは」


 セシリア以外の味方か。なるほど。


 「できれば将軍様のお仕事関係の人が望ましいわね。セシリーとは別の経路になるから情報の種類やベクトルが違うはず。より多面的な状況の把握に繋がるかもね」

 「味方を作ることは構わないが、それこそどうやって作るんだ。普段からの付き合いが無いと難しいと思う」

 「うーん。そこなのよね。私たちが付き合いがある人って、若殿かダンボワーズ卿ぐらいだもんね。後の人はご挨拶する程度」

 「若殿か・・・」


 昨晩の事を思い出す。


 「うん? 」

 「言ってなかったが、昨夜若殿から俺がエリカと結婚するのであれば、取りなしてやると言われた」

 「はい? 」


 エリカが素っ頓狂な声を上げる。


 「俺たちが結婚する気があるのであれば、閣下に口添えしていただけるとのことだ」

 「なにそれ。その話、絶対にセシリーに言ったら駄目よ」

 「言わないさ」

 「言ったら殺されるからね。私が」


 エリカが自身を指す。


 「俺じゃなくて、エリカが殺されるのか」

 「私、まだ死にたくない。せめて70歳ぐらいまでは生きたい」

 「"せめて"の使い方がおかしいだろう。70歳って、ものすごく長生きじゃないか。ともかく、若殿は味方してくれるかもしれない」

 「超好意的、超々楽観的に解釈すればそうね」

 「だから時機を見て、若殿にはセシリーとの話をした方がいいと思う」

 「うーん。どうかな。若殿を味方にするのは大賛成だけど、今適任なのは、もっと普段から将軍様の傍でお仕事する人じゃないかな。若殿って普段は王都で暮らしてるじゃない。ちょっと遠い。文字通りの意味で」

 「確かに遠い。ならば執事頭のアルフレッド殿がいいと思う。あの人には代官の頃から公平に扱ってもらっていた。セシリーも昔から信頼している」

 「ああ、あの人ね」


 俺の提案にエリカは手を打って賛意を表す。


 「いいと思う。将軍様の側近の中では一番腰が低い人だもんね。お話し合いができる感じがする」

 「よし、アルフレッド殿との接触を考えておこう。遠征が終わった後の話になるが」

 「そうね。覚えておくわ」

 

 縁談話への対処方法が決まったのと時を同じくして、今年の蒐は幕を閉じた。

 去年とは違い昇進こそなかったが、今回は兵糧方として第16歩兵隊の百人長として正式に任命された。これで階級だけの百人長ではなく、実際に百人の部下たちの生き死にに責任を持つ立場となる。

 身が引き締まる思いだ。

 ここにいる誰一人として死なせはしない。部下となる兵たちの顔を一人一人確認しながらそう固く誓った。



 蒐を終えた我が第五軍団は、北方への遠征のため北に向かって進路を取る。

 最初の目的地は、去年の激戦地であったランドリッツェの砦。

 この地で他の王国軍と合流する手はずであった。我々が到着した頃には、先着した部隊が陣営地を構築していた。

 見たことのない旗印に、変わった軍装の兵たちが集まり、いかにも混成部隊といった様相だ。

 これもそれも去年の大敗が響いている。

 新兵が増えたために去年に比べ練度が下がっている我が第5軍団ですら、壊滅状態に陥った第4軍団に比べれば被害は軽微だ。

 聞くところによると、今年の第4軍団は前回の半分の規模になる見通しらしい。その為、普段はもっと南に展開している第3軍団からの派遣部隊や、国境線に近い地方領主の兵、王都に駐屯している近衛軍団からも応援の部隊が来るそうだ。

 王国軍は動かせる戦力を根こそぎ、ここ北部国境地帯に集結させるのだろう。メルキア討伐軍が早々に引き上げたのも、今回の遠征が本命だからだろう。去年の大敗でぐらついた、北部国境地帯を安定させるための固い決意を感じる。それは指揮官の人選からも明らかだ。

 今回の遠征の指揮官は、将軍閣下ではなく現国王陛下の叔父であられるランカスター公爵閣下。数十年ぶりに設立された北部方面軍司令長官として就任された。集められた全ての部隊はその配下として戦うのだ。

 将軍閣下と若殿が公爵閣下にご挨拶されるときに、馬廻りとしてお供しお姿を拝見したら、思いのほか若い人で驚く。国王陛下の叔父上というお立場からかなりの年配の方と想像していたが、どう見ても30歳前後ではないだろうか。

 片膝を突き控えていると、それよりも驚くことが起こった。


 「魔法使い。エリカ・クボヅカ。前へ」


 俺の隣で一緒に畏まっていたエリカが、唐突に将軍閣下から呼ばれる。


 「へっ。私ですか」

 「そうだ。北部方面軍司令長官閣下の命である。御前へ進みでよ」


 その言葉を聞いた時のエリカの表情ときたら・・・

 いつもの大胆さはどこかへ消え失せたらしく、子犬のように震えながら進み出た。

 あれはまた何かしでかしたのかと怯えているな。あいつはえらい人から呼び出される時は、何らかの凶事と思い込んでいる節がある。


 「閣下。こちらが、第5軍団所属 百人長相当官 魔法使い。エリカ・クボヅカ・センプローズでございます」


 エリカがおずおずと頭を下げると、公爵閣下がお声をかける。


 「うむ。面を上げよ。其の方がエリカ・ド・アルカディーナか。ふむ。想像よりも若いではないか。歳はいくつだ」

 「・・・はた。21歳です」

 「誠か。であるならば、その若さは魔法の力か。なるほどな。超常の力とは面白いものよ」

 「えっと・・・」


 エリカの童顔を魔法の発露だと思われている。

 あいつは魔法の力が発現する前からあんな顔だ。俺と同じ歳ぐらいに見える。


 「いや、すまん。この夏に王都を騒がせたアルカディーナ殿が、どのような面構えなのか一度見たかっただけだ。許せ」

 「はっはい。気にしてません」

 「うむ」


 下がってよいとのお許しが出たエリカが、逃げるように戻ってきた。


 「お疲れ」

 「聞いてないんですけど!!」

 

 俺に向かって小声で怒りをぶつけてくる。

 俺に言われてもな。公爵閣下の気まぐれだろう。しかし、エリカの名は王宮にも轟いているのか。これは凄いことだ。



             続く

 いつも誤字報告ありがとうございます。マジで助かります。

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― 新着の感想 ―
譜代というのは家のつながりでコネがあるという強みの査定もあるだろうから、新参でも高い位の協力者とか独自のコネがあれば補ってものによっては上回りそうですし、今までのつながりと名声で造れない事も無いかな?…
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