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脱兎のごとく

 降って湧いた縁談話に、エリックは眩暈を覚える。


 どういう事だ。

 将軍閣下が俺の嫁探しだと。父が健在な頃に頼んだのか。いや、そんなはずはない。

 確かに俺は一門のクリエンティスではあるし、パトローネスはクリエンティスの私生活の世話も責務として含まれてはいる。だが、そんなことを言えば、俺以外の対象者だけでも千は軽く超えるぞ。暇とは縁遠い閣下が、その様な些事にどこまで関われるのか。

 そもそも王国の藩屏たる侯爵閣下が、平民上がりの騎士にそこまでの世話を焼くものなのだろうか。にわかには信じられないぞ。


 呆然としている内に、フリードリヒは立ち去ってしまった。

 話の詳細が分からず、焦燥感で視界が暗くなった。


 どうする。今から若殿を追いかけて詳しい話を聞くべきなのか、それとも直に将軍閣下にお尋ねすべきなのか。話の内容によっては断りを入れねばならない。

 いや待て。早まってはいけない。

 若殿は決まった話ではないと仰っていた。決まってもいない話を断るのもおかしい。だからと言って、話がまとまってからでは遅すぎる。

 それに、何と言って断るのだ。

 セシリーと一緒になりたいからお断りしますなど、口が裂けても言えない。

 一介の騎士ごときが侯爵家、しかも魔法使いの令嬢を娶りたいなどと、どの口でほざくと思われかねないだろう。


 遠くが揺らめく、かがり火を見つめながら思考を巡らせる。


 いや、いずれは言わねばならないことか。

 笑われようとも、呆れられようとも、たとえご勘気に触れたとしても言わねばならない時が、いずれは訪れる。

 今、その時が来たという事なのか。どうなのだろう。

 しかし、若殿も若殿だ。

 俺がエリカと結婚するものとお考えのようだ。

 前にも言ったと仰られたが、俺はエリカと結婚したいなどと願い出たことは一度もない。


 むろん、エリカはいい奴だと思う。ちょっと考え方も性格も変わってはいるが義理堅いし、善良だし、なにより一緒に居て楽しい。

 だが結婚したいのかと問われれば、躊躇ってしまうところがある。それも事実だ。

 上手くは言えないが、あいつは俺とは違う景色を見ている気がする。同じ風景を見ていたとしてもだ。それに比べセシリアとは同じ景色が見られるだろう。少なくともそう信じることはできる。だけどエリカとは難しい気がする。あいつは俺たちが見えないもっと先の"何か"を見られる奴だ。あいつが見ている何かが何なのか、想像もつかないが。

 むしろ若殿にこそ、エリカは相応しいのではないだろうか。

 教会のアルカディーナでもあるし、独特ではあるが確かな知性と教養からして、生まれや育ちが卑しくないことは確かだ。あいつが一門全体に采配を振るったら、もっと大きな事が出来る気がしてならないんだ。センプローズを天に昇らせるか地の底に引きずり込むかどちらに転ぶか怪しいが、大きな事をやってのけることに疑問の余地はない。

 まぁ、俺にセシリアがいなかったら、エリカと結婚していたのかもしれないとは思うことはある。その辺りを見てのご判断なのだろう。どちらにしても、困ったことだ。

 思わずため息が零れる。

 翌朝、エリカに縁談の話しをした。

 


 「あちゃー」


 妙な言葉を発し、エリカはしばし空を仰ぐ。


 「そっか、そっか。そういう問題も有ったのね。エリックのステージが上がれば当然起こりうる事態か。完全にノーマークと言いますか、迂闊だったわ」

 「どうすればいい」

 「どうすればって、最終的にはお断りするしかないけど・・・」

 「断りを入れるのは構わない。が」

 「そうよね。何と言ってお断りするかよね。"お嬢さんを僕に下さい"宣言は、ちょっと早い気がする。多分、"許さん"の一言で終わっちゃう」

 「同感だ」

 「まぁ、当たって砕けろの精神で、セシリーをお嫁さんにするための条件交渉を、将軍様相手にしてもいいけど、今の手札でどこまで戦えるのかな。失敗したら取り返しがつかないかも」

 「ああ」


 昨夜の俺と同じことを言う。俺の考え方がエリカに似てきたのか、はたまたその逆なのか。ともかく。


 「場合によっては、セシリーの立場も悪くなる。それは避けたい」

 「大いにあり得るわね。"セシリアーお前はエリックに色目を使ったのかー。この慮外者めがー。バシン"。みたいな。完全なるDV案件よ。生活安全課にいかなきゃ。民事不介入って言われたらどうしよう」


 エリカがいつもの神聖語を混ぜた一人芝居を始めると。


 「わたくしが、どうか致しましたか」


 天幕と天幕の間でひそひそ話を続ける二人に、涼やかな声が降り注いだ。

 俺たちが同時に首を動かすと、案の定そこにはセシリアが静かに微笑んでいた。

 

 「ふぇ。いいえ。なんでもないです。何でもありません。ねぇ、エリック」

 「ああ。何でもありません」


 あからさまな挙動不審に、セシリアは僅かに目を細める。


 「わたくしには聞かせられないお話ですか」

 「いや、そういう訳ではないのですけど」

 

 返答にまごついていると、セシリアは腰に手を当て背筋を伸ばした。


 「別に責めているわけではありません。朝早くから二人とも"とても"仲がいいですねと、思っただけです」

 

 セシリアの京言葉(いやみ)に江梨香の顔が一瞬引きつる。


 「エリック後は任せたわよ」


 と、一言残して野兎のような速さで立ち去った。いや、逃げた。

 一陣の風のような鮮やかな逃走劇に言葉も出ず、見送る事しかできなかった。

 あいつ、風の魔法でも使ったのか。

 

 「エリカったら、逃げなくてもいいのに。もう」


 セシリアは腰に手を当てたまま、僅かに頬を膨らませた。


 「すみません。お騒がせしました」

 「構いません。それにお話の内容は大方予想が付きます。エリック。貴方。縁談の話が来ているでしょう」

 

 風の音がやんだ。

 いや、俺の耳が音を捉えるのを止めたみたいだ。


 「・・・そんなことは」

 「別に否定しなくてもいいでしょうに。わたくしも小耳にはさんだ程度で詳しくは存じませんが、父上が貴方の"花嫁"を探しているとのことです」


 セシリアは一呼吸おいて、ニコリと笑う。


 「良かったですね」

 「良くはありません」

 「どうしてです。恐らくは有力な家の御令嬢ですよ。持参金代わりに、どこかの領地をもってくるかもしれません。エリックの所領も増えてシンクレア家の今後は安泰です」

 「領地を増やしたいなどと思ってはいません」

 「あら、領地が増えるのは騎士にとっての誉れではありませんか。どうせならばレキテーヌの南半分を我が物としてはいかが」

 「セシリー。いい加減にしてくれ」


 苛立ちのために語気が強くなり、二人の間にしばしの沈黙が流れた。


 「ごめんなさい」


 セシリアは素直に謝る。


 「エリカと楽しそうに話しをしていたから、つい・・・つい嫉妬してしまったの。許して」


 先ほどとはうって変わり、力なくうなだれる彼女の姿を見て思う。悲しい思いをさせてしまっていたみたいだ。

 俺はエリカと良くも悪くも賑やかな日々を送っているが、セシリーはそうではないのだろう。年に一度か二度しか合う事が出来ない今の状況を、寂しく思わないはずもなかった。

 

 「すまない」

 

 無力な言葉を吐き出し、そっと抱きしめる。


 「俺はお前を迎えに行くと誓った。その誓いは変わらない」

 「うん」

 「お前以外の誰も、妻に迎えるつもりはない」

 「うん」


 セシリアもしがみついてきた。思いのほかの力強さに彼女の思いが籠っている。

 これは、悠長にしてはいられないようだ。そう思った矢先。背中に回されていた両腕が解き放たれ、目の前に鋭い視線のセシリアがいた。


 「この件は、わたくしに任せて」

 「なにを」

 「縁談のお話です。エリックからお父様にはお尋ねできないでしょう。下手に話をすすめられようものなら、強く否定できないかもしれない。貴方にも立場がありますからね」

 「そんなことは」

 「聞いて」


 言い訳を試みるが、強い口調で制された。


 「わたくしならば、波風立てることなく探れます」

 「そんな、間者みたいな真似をしなくても」


 居ても立っても居られないのか。気持ちは分かるが・・・


 「貴方のためなら間者でも何でもやりましょう。まして、わたくしの運命も掛かっていることですし。それに・・・それに・・・」


 なぜか言い淀む。


 「他にも何かあるのか」

 「あーもう。鈍いわね」


 セシリーは美しい金髪を搔きむしる真似をした。実際に少し髪型が乱れた。


 「わたくしも役に立ちたいの。エリカにばっかり頼らないで。エリカに悪気が無いのは百も承知、むしろ善意の塊みたいな人だけど、流石は神々の娘(アルカディーナ)に叙せられたことはあるとは感心するのだけど、だけども、やっぱり腹が立つのよ。ええっ、わたくしは狭量です。心も身体も小さい女でごめんなさいね。でも、腹が立つものは立つのよ。こればっかりは頭で分かっていても自分でもどうのしようもないの。わかった」

 

 息継ぎをするたびに語気が強くなっていく。エリカとはまた違った剣幕にたじろいだ。

 ここにきてエリカが風のような速さで逃げ去った理由を、ようやく理解できた。セシリアのこの激高を予測したからなのか。

 あいつ、よくわかったな。

 

 「あ、ああ。分かったよ」


 取りあえず同意する。

 少しでも落ち着いてもらわなければ。


 「であるのなら、この件はわたくしに任せなさい。大丈夫よ。エリックの縁談はわたくしが責任をもって、跡形もなく木っ端みじんにたたき割ってご覧にいれます。お父様にも兄様にも文句は言わせはしない」

 「・・・頼んだ」


 それ以外に何が言える。


 「わたくしだって、貴方が迎えに来るのを、ただ待っているだけの女とは思われたくありませんからね。あの日あの北の森で強く強く心に刻み込んだのよ」


 俺の返答にセシリアは鼻息荒く応えるのであった。

 参ったな。



             続く

 いつも誤字報告ありがとうございます。マジで助かります。

 いいね。評価などして頂けたら喜びます。

 ご意見、ご感想などございましたらお気軽にどうぞ。ポジティブなレビューなんかして頂けたら最高です。( ̄▽ ̄)//あっ、別に辛口でもよかよ。


 今回はラブコメ風に展開してみました。

 いやー。私、ラブコメは好きなんですけど、自分で考えるのはマジで苦手です。なーんも話が思いつかんかった。( ̄▽ ̄)//頑張ります。

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― 新着の感想 ―
>善意塊 そんな矛盾塊みたいなwww
戦う女セシリー親のやる事潰しにいくのは立場的に大丈夫なんだろうか? 親からすると情や政治にしろ娘への思い入れはあるなら恋愛とかいって身分違いなのに粉かけて娘を傷物にして不幸にしようって男は大変むかつき…
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