実地試験 初期不良
蒐での大演習当日。
愛馬羽黒に跨った江梨香の前には、数千もの軍勢が整列している。
馬の嘶き、風にはためく色とりどりの軍旗、忙しそうに走り回る軍団兵たち。去年も見た光景ではあるが、その迫力に圧倒される。
背筋を伸ばして気合を入れなおすと、高らかに角笛の音が鳴り響いた。
「よーし。頑張るぞー」
意気込みを表すために日本語で叫ぶと、周りの兵たちが不思議そうな顔をした。
江梨香は去年とは違い風の魔法の発動は求められなかった。それよりも大事なお役目を与えられている。お役目とは通信型魔道具の運用であった。
コルネリアの通信機は魔法の才能が無い者でも扱える画期的な品ではあるが、魔道具の核となる水晶球のコントロールには魔法使いが必須なのだ。江梨香はその交代要員である。
角笛の合図とともに眼前の軍勢が三つに分かれる。
江梨香がいる部隊を中心に、それぞれ左右の部隊が離れていく。
「どう? 大丈夫? やれそう? 」
「問題ありません」
隣で水晶球を操っていたコルネリアが簡潔に答えた。
水晶球は専用の台座に据え付けられ、それを四人の軍団兵が取り囲んでいる。この部隊が移動するときには、彼らが台座を担いで進む算段だ。
お陰でコルネリアは水晶球のコントロールに専念できる。
今回の大演習でのフリードリヒ陣営の作戦はこうだ。
フリードリヒの部隊は作戦開始と同時に三方向に分かれ、うち左右の部隊は姿を隠す。
残った中央の部隊に将軍の部隊が襲い掛かるのを見計らって左右から挟撃して破砕。作戦としてはいたってシンプルなものであった。
シンプルではあるが実行の難易度はとても高い。
襲い掛かるタイミングを外してしまうと、部隊を分けたことが仇となり一つ一つ潰されて一方的に叩きのめされる。この事態を避けるためにも各部隊の呼吸を合わせることが重要であり、それを可能とする秘密兵器が通信機。
各々の状態を中央が把握し、挟撃のタイミングを合わせる事が出来れば、実行はこれまでにないほどに容易であろう。そのタイミングを見極める役割は、フリードリヒの補佐役である千人長ダンボワーズに任されていた。
フリードリヒは別動隊を率いて姿を消した。エリックも別動隊に配置されたため、顔見知りが三人と大変心細い状況であった。セシリアは去年と同じように将軍側に配置されている。
しばらく前進すると、真正面から将軍の部隊が姿を現す。
相手側は部隊を分けるようなことはしていないようで、こちらを圧する人数が迫って来た。
多くの軍団兵が砂埃を巻き上げ、前進を命ずる太鼓の音はさながら死への行進曲。
ううっ、訓練だけど普通に怖い。
「若殿。本隊が見えました」
ダンボワーズ卿が送受信機である宝石に向かって報告すると、「分かった」とだけ返事が来た。
今のところ問題なく作動している。
報告を終えたダンボワーズ卿は宝石と状況を交互に確認する。首が動くたびに宝石の光が強くなったり弱くなったりして安定しない。彼はどうしたらいいんだと言わんばかりの視線を私に送って来た。
「上手く使えていますよー。水晶球とのリンクも問題ありません」
ダンボワーズ卿は小さく頷く。
また和製英語を混ぜて喋っちゃった。だってリンクに該当する単語が咄嗟に出てこなかったんだもん。繋がっているとかが適正なのかな。でも、魔力では繋がっているけど、見た目には何とも繋がってない。ちょっと光ってるだけの宝石。そしてなぜか声が聞こえてくる。繋がってないけど繋がっている。なにこれ、禅問答?
私はスマホの実例を知っているから繋がるって表現に違和感はないけど、通信機を知らない人にはわかりにくい訳語かも。うーん。表現が難しいわね。
この魔道具は魔法使いでなくても使えるけど、向き不向きがあるようで皆が使いこなせるわけではないのよね。昨日の訓練でも駄目な人は全く駄目だった。
ダンボワーズ卿もちょっと苦手みたい。なんだか新しいスマホに戸惑う、おじいちゃんみたいになってはる。無理もないか。通信機なんて初めて使うものやしね。なにかあったらフォローするのも私のお仕事です。
この魔道具は魔法使いである私たちを除けば、エリックの使い方が安定している。コルネリアが言うには宝石との相性がいいみたい。それを見込まれ別動隊での通信役に抜擢された。
さてさて、通信機の有る無しでどれぐらい動きとか変わるのかな。実地試験と参りましょう。
コルネリアやエリックの為にも上手くいってほしいです。
まぁ、私は基本見てるだけだけど。
一方、対戦相手の将軍は、前方に広がる部隊を見て目を細めた。
「敵勢、およそ二千」
配下の報告に頷く。
「閣下。若殿は兵を分けたようです。いかがなさいますか」
同年代の側近が指示を仰ぐ。
「会戦時に兵を分けるなと教えたはずなのだがな」
「伏撃、もしくは迂回機動でしょうか」
「恐らくな。一当たりして感触を確かめる。そのまま前進だ」
「はっ」
接敵後に前方の部隊が引くようであれば伏撃、待ち伏せ攻撃の意図を考慮する。踏み止まるのであれば、左右を大きく迂回しての包囲殲滅といったところか。もしくはその折衷案。どちらにしろ実行は難しい。特に今年はな。
まぁ、よい。
誘いに乗ってみるのも一興よ。
成し遂げるのであれば、あ奴の将としての器が一段と成長した証。失敗するのであれば、それはそれでよい経験となるであろう。
彼我の距離が100メルテを切ったあたりで、将軍は突撃の角笛を吹かせた。
大喊声に空気が震え地響きとなる。
将軍様の部隊が突っ込んできた段階で、魔道具に異変が起こった。
それまでクリアに通信できていたのが、途端にチューニングが合っていないラジオのような雑音を放ちだした。
これにはダンボワーズ卿だけではなくコルネリアも困り顔。きっと離れた場所に居る若殿やエリックもビックリしている。
前と同じように邪悪な異物が混入したのかもしれないと、咄嗟に水晶球に手を当てて状態を確かめる。
うん、リンクは切れてない、嫌な感じもない。ただ、あっちこっちから物凄い量の魔力の波動が飛び交っているみたい。
「凄いノイズ。これって、みんなの興奮が通信機に伝わってるのかな」
「そんなはずは」
私の憶測にコルネリアが眉をひそめる。
ふたりで"あーだこうだ"言っている内に、ダンボワーズ卿は通信機の扱いに見切りをつけて独自の判断へと切り替えた。
とにかくやれる事をやろう。
「千人長。一旦、石をください」
「うむ」
私の手元に端末の石が来た。
「どうするのですか。エリカ」
「取りあえずノイズが取れないかやってみる。ノイズが取れたら通信できるはず。いい? 」
「任せます」
左手を水晶球に乗せ右手で石を握ると、ありったけの魔力を流し込む。
腕輪が輝き江梨香を中心に風が巻き起こった。白いコート型の革鎧と黒髪が強風にはためく。
「おおっ」
「何だ」
周りの軍団兵が驚くが、その声は江梨香へとは届かない。
恐ろしいまでに強力な魔力をコントロールするための集中力。いまの江梨香にはそれが備わっていた。
荒れ狂う魔力の渦の中を、光の魔法で斬りこんでゆく。
「見つけた。よし」
脳内に明滅するイメージを魔力の糸で手繰り寄せ、他の石との結節点を拾い上げた。
「千人長。繋がりました。若殿です。こちらの状況を聞いています」
「本隊と接敵。予定通り後退すると伝えて下され」
「はい。若殿ー聞こえますかー。こっちは予定通り後退します」
『よし』
二人の指揮官の間に入り、なし崩し的に伝言役を引き受ける。
若殿との通信後、今度はエリックからも通信が入った。
「エリック。そっちはどう? 」
『エリカか。思うように進めていない。急いではいるが隊列が乱れているんだ』
「OK 伝えるね」
そうこうしている内に、将軍様の部隊が左右に広がってこっちを包み込むような動きを見せる。
囲まれそうで、なんか怖い。
「ゆっくりと後ろに下がるぞ」
江梨香は千人長の指示に従って馬首を翻す。
前の方では軍団兵が隊列を維持したまま、信長の三段撃ちみたいな交代式のフォーメーションで下がる。
秋の日差しを受けて両部隊のせめぎ合いが繰り広げられていく。
続く




