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恐るべき魔術師たち

 全体訓練の朝。

 アスティー家の若殿こと、フリードリヒ・アスティー・センプローズは小姓たちの手伝いを受け身支度を整える。

 淡い金髪に薄い茶色の瞳。

 遠くを見据えたような視線は、時と場合により様々な変化を見せる。

 民と話すときは優し気に、部下に命ずる時は厳格に、ご婦人と語らう時は魅惑的に。そして、敵を見据える時は、突き刺すような冷めた色合いで。

 彼を好む者も嫌う者も皆等しく、あの瞳に見つめられた時の事を語ってしまう。そんな眼差しの持ち主であった。

 そのフリードリヒの瞳が秋の日差しを受け虚無的な光を放つ。

 

 「身支度、整いましてございます」


 小姓の報告に小さく頷くと、天幕を出る。

 徹夜で番をしていた軍団兵たちが、左の拳で胸を叩いて敬意を表す。

 小さな丘の上に張られた本陣からは、蒐に集まっている軍勢の全体像が見て取れた。

 掴みで一万は下らない兵や人夫が集まっている。この集団を統括する副司令官が彼の役目であった。


 「・・・今日は恐るべき日となるであろう」


 誰にも聞こえない独り言が零れると、まるで自身の言葉に触発されたように体が震えた。



 前日の夕刻。

 フリードリヒの元にエリックが現れ、コルネリアから見せたいものがあると告げられた。エリックに案内されたのは陣営から少し離れた草原。

 そこには十騎程度の兵と、白い革鎧に身を包んだ女が二人立っていた。


 「コルネリア殿。お呼びですかな」

 

 前に進み出てきた魔法使いに対し、親し気に声をかける。


 「お呼びだてして申し訳ない。貴殿に是非とも見ていただきたい物があります」

 「貴方の要望とあらば喜んで」


 二人は対等な言葉を交わす。

 王家直属のガーター騎士団に所属しているコルネリアは、立場は違えど直臣という括りでは侯爵の跡取りであるフリードリヒとも対等である。

 

 「では、こちらに」


 野戦用の小さな机の上には見慣れない品が並んでいた。

 大きな水晶球が一つに、金細工の施された宝石が四つ。宝飾品にしては武骨な印象を受ける。


 「・・・魔道具ですか」

 「はい。これは遠く離れた者と会話ができる魔道具です」

 「ほう、それは素晴らしい」

 

 これまでも幾つかの魔道具を見てきたが、会話ができる品は珍しい。


 「エリカの命名により"ツウシンキ"と申します」

 「ツウシンキ・・・その発音は神聖語ですか」 

 「はい。エリカの国には似たような品があるようで、それと同じ呼び名と致しました」

 「なるほど。では、どのように遠くの者と会話が出来るか」

 「言葉で説明するよりも、実際にお見せしたほうが良いでしょう。エリカ」

 「はーい」


 コルネリアの呼びかけに、傍らで控えていたエリカが一歩前に出る。


 「ではでは、フリードリヒ様。この石を握ってください。ギュッとです」


 エリカから菓子でも配るかのような気楽さで、緑色の石を手渡される。


 「えっとですね。握っている内に石が光ります」

 「こうか」


 右手で受け取った石を強く握る。


 「はい。光ってきたら、あっ、光った」


 エリカの言う通り石が光り出す。

 僅かにぬくもりを感じる。


 「次はですね、光の点滅に呼吸を合わせる感じでお願いします。そうしますと光が点滅から安定して灯るようになります」


 言われた通り、光の点滅に呼吸を合わせる。

 しばしの試行錯誤の後に、石は淡い光を放ち続けた。


 「はいOKです。コルネリア。若殿は準備完了」

 「いいでしょう。エリック。エミール。頼みます」

 「はい」


 同じく石を手にした二人は騎乗すると、それぞれ四、五人を率いて二手に分かれた。それぞれがフリードリヒから二百フェルメ(約240m)は離れたであろうか


 「では、フリードリヒ殿。石に向かってお命じください。二人には聞こえます」

 「聞こえるとは、私の声がか」


 当然、声が届くような距離ではない。


 「はい。二人は命じた通りに動きます」


 この距離では指令を出す場合、指令用の旗や楽器で合図を送るのが通常である。それがこの魔道具を使えば声で合図を送れるという。

 今一つ要領が掴めないが、右手の石に向かって命令を発してみた。


 「全体、縦隊」


 しばらくすると二つに分かれた騎兵たちが縦一列に整列した。さらに驚くべきことに・・・


 『縦隊完了』

 『同じく』

 「っ・・・」


 頭の中にエリックの声が響く。もう一人の男の声は左翼に展開している騎馬のものだろう。

 驚きと共に、手にした石と隊列を組んだ騎馬を交互に見返す。

 予想外の事態に声も出ない。

 

 「向こう側の声も聞こえます。相互に会話できるので"ツウシン"です」

 「凄いですよねー。オーバーテクノロジーにも程があるわよ。ほんとコルネリアって天才」


 二人の魔法使いの声はフリードリヒには届かなかった。


 「全体、横隊」

 

 次の命令に、もたつきながらも騎馬たちは横一線となった。


 「二人とも配下を置いて私の元に来い。駆け足」


 エリックとエミールが馬を飛ばし駆け寄って来る

 それを見届けない内に、もう一つの命令を出す。


 「残った者も戻ってこい」


 しかし、誰も横隊の状態からは動かない。私の声は届いていないようだ。


 「これは・・・」


 掌で淡く輝く石を見つめた。全身にこれまで経験したことのない衝撃が走り額に汗が滲む。

 この魔道具は戦場を一変させる力がある。

 そう確信した。


 「エリック。私の馬廻りを全て集めよ。総員完全武装だ。急げ」

 「はっ」


 えも言われぬ焦燥感に駆られ、戻って来たエリックに対して指令を出し、コルネリアに向き直る。


 「コルネリア殿。幾つか質問をしてもよろしいか」

 「どうぞ」


 指示を受けたエリックが馬廻り衆を招集する合間、コルネリアを質問攻めにする。

 どれほどの距離まで声が届くのか、魔法の才が無いものが使っても問題はないのか、雨の日でも使えるのか、どれほどの数を用意できるのか、費用はいくらかかるのか、所有者は誰なのか、国王陛下はご存じなのか、売るとしたら幾らの値になるのか。

 投げかけた質問に対し、コルネリアとエリカが代わる代わる応える。

 疑問の半分も解消しない内に、完全武装の騎馬武者たちが馬蹄を轟かせ集まって来た。

 フリードリヒと同じ年ごろの若武者たち。彼らを前に良く通る声で命を下す。


 「皆の者。よく聞け。これよりコルネリア卿から新しき魔道具についての説明がある。卿の言葉は国王陛下からのお言葉と思い傾聴せよ」

 「「はっ」」

 

 馬廻り衆たちは一斉に下馬し、その場で片膝を着いて畏まる。

 進み出たコルネリアが魔道具に対しての説明と、先ほど見せたデモンストレーションを展開して見せると、彼らの間に大きなどよめきが走った。

 そこから日が沈むまで、いや、日が沈んだ後も、通信機の魔道具の運用方法を研究したのだった。


 フリードリヒはこの魔道具について、父である将軍には告げなかった。将軍を取り巻く頭の固い古参勢に足を引っ張られたくないというものが一つ。もう一つは歴戦の強者たちを驚愕せしめる未来に快感を覚えたからである。


 この魔道具の威力は、その身をもって体験していただこう。

 それにしても魔法使いという存在は、やはり恐るべきものだ。



             続く

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― 新着の感想 ―
アピールは抜群ですね、領主としての手腕に軍備も整ってきてるし、協会や魔道具など魔術師とかなり強力なコネもあるし、あんなに遠く思えた嫁とりも結構近づいた感じがありますね。 娘想いなら様子も見てくれそうで…
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