早朝の考え事
「んーあさか・・・ねむい」
朝もやがかかる草原の天幕の一つで、江梨香は大きな伸びをした。隣にはコルネリアとセシリアが静かに寝息を立てている。
しばらくの間、ぼーっとしているとセシリアが言葉にならない寝言を発した。
相変わらずの可愛さ。
と言いますか、可愛さと美しさに磨きがかかってきているような気がする。
太陽の光が結晶化したような金髪を、そっと撫でた。
ほんとに羨ましい髪質ね。
セシリーが言うには魔力の一部が髪に流れ込んで、より艶やかに輝くようになったらしい。
コルネリアも同じようなことを言っていた。彼女の場合は魔導の力が発現してから、髪色が銀に変わっていったそうな。
一方で自分の髪は何の影響も受けていないように思える。
色は変わんなくていいから、枝毛だけでも減ってほしい。割と真剣にお願いします。
私達がオルレアーノ郊外の草原に到着してから五日後。将軍様が若殿やセシリーを引き連れやって来た。
セシリーの前に新調した衣装でキメッキメのエリックを連れ出すと、それはもう大喜びと申しますか、はしゃいでいた。
よしよし。作戦成功。
これは別にエリックがカッコよくなったから喜んでいるわけじゃない。
そりゃ、みっともないよりかはカッコいい方がいいに決まっているけど、本質はそこじゃない。
セシリーの中ではエリックの事が大好きなことは大前提だから、多少の見た目でブレたりはしないと思う。
では何か。
セシリーはエリックが精一杯の背伸びをして、姫である自分に相応しい立場になろうと努力している姿が、たまらなく愛おしいのよ。
あのはしゃぎぶりはそういう事。あれをやられると、こっちも頑張んなきゃって気分になる。少なくとも私はそう。
久しぶりに会えてうれしいだけの感情ではないのよね。
そんなセシリーの気持ちを、たぶんエリックは分かってない。この辺りの心の機微までは私がお節介するようなことでもないので、後は自身でお察しください。
察するかな。うーん。
そもそもエリックって、着飾ることに抵抗感が強い印象。
『贅沢は敵だ』的な価値観を大事にしているから、自分のファッションにお金をかけることを無駄な浪費と考えていそうなのよね。確かにやりすぎると、そういう一面がある。
人間、中身が大事って原理原則は私も賛成だけど、だからって見た目を疎かにしていい理由にはならないと思う。
まぁ、騎士身分になったからには、身なりを整えないといけないって事だけは理解したでしょう。
今はそれで充分。
それに身なりを整えることは、エリックの身を守る上でも役に立つはず。社会的にとかではなく、もっと直接的な意味合いで。
去年の戦役でクロードウィグが言っていた。
「金持ちなら金をとる」
欲望に正直と言いますか、判断基準が分かりやすいと言いますか、お金を持っている人は殺されにくいらしい。
ってことはですよ。運悪く北方民に捕まったとしても、身代金を払えば何とかなるかもしれない。
お金の有る無しで人命を量るなんてけしからんけど、これも一つのリアル。だったら殺されないようにお金持っているように見せておかないと。実際に資産なら持ってるし。
身なりを整えるって事は、色々と良い波及効果が期待できる。
私もそれなりに頑張っている。
江梨香は二人を起こさないようにゆっくりと立ち上がろうとする。その僅かな振動を察知したかのようにコルネリアの目が開いた。
「おはよう」
「・・・・・・」
朝の挨拶をしたけど返事はない。目は開いているけど半分、寝ている状態。たまにある。
コルネリアは何度か目の瞬きの後に、壊れかけの機械人形のようなぎこちなさで体を起こす。
私が視界に入っていないみたいで、無言のまま自分の荷物の方に這いずっていった。
ごそごそと荷物をあさり頑丈な木箱を取り出すと、正座の姿勢で木箱を抱きかかえ蓋を開いた。
中に入っているのはコルネリアの最高傑作。この世界においてのオーバーテクノロジーの結晶。特級魔道具の水晶型通信機。
今日は全体訓練の日。全員が野原に整列して将軍様の号令で動く。
そんな中でこの通信機をお披露目する予定だ。万全の態勢で望みたいのやろ。朝一で確認しているぐらいなんだし。
黙ってみていると、やがてコルネリアの頭がこっくりこっくり動き出した。
ええっと・・・通信機を抱えたまま寝てはる。
銀髪も相まって、子猫を膝の上に乗せて寝ているおばあちゃんみたい。
コルネリアのそんな姿を見ていると、大きな懸念事項が嫌でも頭をよぎる。
何日か前に腕輪さんが夢に出てきて言いました。
『あの通信機はヤバい』って。
通信機を使うと「異物」と呼ばれる、良からぬものが集まって来るって。
初日の実験で感じたあの嫌な気配は異物のものだったらしい。早々に対処したので、問題は発生しなかったけど危険な存在であることには変わりない。
どんな問題が発生するのかは腕輪さんも分からないって。使用者の精神汚染とか何者かによる通信内容の傍受とか、色々な予想はあったけど確たることは言えない。
『なってみないと分からん。ただし碌なことにならない事だけは確かだろう』とのこと。
その後、私が自意識過剰とか自己愛が強すぎるだの粗雑で力づくで繊細さに欠けるやら、謂れのないお小言を賜った。
私の魔力で異物を排除できたのでしょ。だったらむしろ褒めてよ。
夢から覚めた私は大いに悩んだ。
どうやってコルネリアに伝えたらいいのか見当もつかなかったから。
私が指輪さんの言うような、粗雑で力ずくで繊細さに欠ける女ならむしろ話は早い。
「コルネリア。あの魔道具なんだけど、問題あるから使っちゃダメよ。使うと悪霊とか良くないものを呼び寄せるからね。破棄か封印でお願いします」
これで終わり。
言える?
言える訳が無い。
あの魔道具にコルネリアがどれほど丹精を込めていたかは痛いほどわかる。
団長の魔道具やペダルダさんから借りた水晶に、これまで組み上げてきたであろう魔導の知識と力。そして駄目押しのディアマンテル。
全財産とプライドの全てを投入して、やっと日の目を見た作品。
性能だって通信機として余裕の合格ライン。プロトタイプとは思えない出来栄えなのよ。
それをなんだか良く分からない外部からの影響が大きいので、お蔵入りにしてくださいとは言えない。
今だって見てよ。
寝ぼけながらでも大事に抱きかかえているんだから。正に魔法使いとしての集大成の作品。
でもでも、言わない訳にもいかない。そこが悩ましい。
魔法に関して腕輪さんがいう事に間違いはないし、なによりも私自身が違和感を覚えた。黙っていてコルネリアなり他の使用者に悪影響が出たらどうするのよ。もっと苦しむことになる。
お伝えすることは確定事項。
そして秋の軍事演習が直近であるのよ。コルネリアもエリックもそこで使う気満々。そりゃそうよ。その為に調整していたんだから。
悲しいほどに時間がない。
時間が無いという事は、日本人の必殺技である「問題の先送り」が使えないということよ。
このスキルが封じられているのは辛いです。
人知れず苦悩した私は遠回しに、京都市内から大阪の梅田に向かうのに、京阪も阪急も新快速も使わないで近鉄で奈良廻りで向かうぐらい遠回りに伝えた。
誰も使わないルートよ。一時間ぐらい余計にかかりそう。
当然のことですが、不思議そうな顔をされた。伝わりにくいですよね。
ただ、一つだけ幸いだったことは、コルネリア自身が魔道具の安全性に対して楽観視していなかったこと。
そもそも論として、魔道具ってものはどんな品でも大なり小なり危険性をはらんでいるので、何度も試験をして安全性を確認するらしい。
その言葉通り、あの後も何度か試験を繰り返してみた。
結果は白。いや、グレーかな。
私も注意して観察したけど、魔道具から嫌な感触はなかった。
でも、最初の一回目に危険な兆候が出たことは動かない。油断はできない。
水晶玉に問題があるかもってことで、ここに来る途中のオルレアーノで、持ち主であるペダルタに相談に行ったら不在だった。タイミングが悪い。
店には初めて見る男の子が店番をしていた。
その男の子が言うには、ペダルタは薬の素材集めに出掛けたそうで、帰りはいつになるか分からないとのこと。
私は相談することも出来ず、頼んでおいた大量の医薬品を抱えて店に戻った。
こうなったら今日も魔道具の使用時に傍で張り付いて観察するしかない。だからコルネリアにはこの魔道具を使う時は、必ず私を呼んでほしいと伝えた。
いざとなったら突貫することも。
続く




