歓喜のコルネリア
マリエンヌが俗世と別れを告げる朝。
エリックと江梨香は朝食を済ませると、急ぎ足で教会に出かけていった。儀式に参列するためである。
同じように食べ終えたエリックの妹レイラが、兄たちの後についていこうとすると母アリシアから待ったがかかった。
「レイラ。コルネリア様を呼んできてちょうだい」
皆の食事が終わったにも関わらず、食堂にコルネリアの姿はない。
机の上にはコルネリアの朝食だけが、ポツンと並べられていた。
「はーい」
レイラは家の扉を開くと、飛び跳ねるように走り出す。母屋から馬小屋を抜けた先に、コルネリアが滞在している離れがある。
かつてエリックの祖父が使っていた離れは、祖父の死後は納屋と化していたが、コルネリアの長期滞在のために元の役割に戻っていた。
レイラが木製の扉を押すと鈍いきしみ音と共に、離れの中に朝日が射しこんだ。代わりに室内からは清々しい香りがあふれ出し、レイラの鼻をくすぐる。
この香りはコルネリアが魔法の儀式に使う香木を焚いたものである。レイラはこの香りが好きだった。
「コルネリアさま。朝だよ」
奥に向かって声を掛けるが返事はない。構わずレイラは離れの中へと足を踏み入れる。
離れの一階は土間になっており、片隅には農具やコルネリアが持ち込んだ荷物などが積み上げられていた。シンクレア家は父の代に軍団兵となり息子の代に騎士となったが、元々はありふれた農家であった。
コルネリアは普段、二階に寝具を並べ寝泊まりしている。しかしレイラは二階へと昇る階段には向かわずに、土間の奥へと進む。
コルネリアが朝食に現れないことは珍しくはない。だが、寝坊をしたことは一度も無い。彼女が現れない理由はただ一つ。夜を徹して魔法の儀式に没頭しているため、日が昇ったことに気が付かないからだ。このことはシンクレア家では半ば常識となっていた。
レイラが奥に向かって三歩進むと、蝋燭の灯りが壁に揺らめきその僅かな明かりの下で、コルネリアが杖を片手に呪文を唱えていた。
地面には複雑な文様の魔法陣が描かれ、多くの蝋燭が何かを象徴するように配されていた。また、奇妙な形をした鉱物が怪しい光を放つ。
レイラはコルネリアの傍に立つと、声を掛けるべきか抱き着くべきかを考える。
これは、どちらも良い案ではなかった。
コルネリアさまって呪文を唱えているときは、どんなに大きな声、出しても何にも聞こえないんだもん。だけど抱き着いて呪文の邪魔をしたら、凄く怒る。怒ったコルネリアさまって怖い。目が怖い。
怒られた時のことを想像し、レイラは身を震わせる。
邪魔しないで見てよ。
そう結論づけたレイラは、一歩引いて儀式を見守ることにした。
様々な呪文が飛び交い不思議な現象が発生するコルネリアの儀式は、魔法が使えないレイラにとって興味深いものであった。
ニースに居るもう一人の魔法使いは全く儀式をしない。彼女はいつも唐突に魔法をぶっ放すだけである。
魔法使いに言わせると、予備動作なしに魔法を発動させられるだけでも天賦の才と言えるのだが、そんなことはレイラは知らない。
ちょっと、面白くないなぁと思うだけであった。
そういう意味でもコルネリアは、王国で最も正統派と呼べる魔法使いであった。
そんなレイラが期待しながら儀式を眺めていると、コルネリアは歌うように一際甲高い声を出し、手にしていた杖を力いっぱいに魔法陣に向けて突き挿した。
杖の上端には純白に輝く巨大なディアマンテル。それはヘシオドス家の至宝。『アリオンの雫』であった。
これはコルネリアが、魔道具として使わせてほしいと、全財産を担保に頭が地につかんばかりに懇願した成果である。
裁判の成功報酬として『アリオンの雫』を受け取りたくない江梨香も、渡りに船とばかりにコルネリアに貸与することをマリエンヌに勧めた。
こうしてヘシオドス家の至宝は、魔道具を研究するコルネリアの実験器具の一つと成り果てたのであった。ヘシオドス家の忠実な騎士、イスマイルがこの顛末を知ればどのような顔をしたであろうか。
杖を突き下ろされた魔法陣が青く輝くと、魔法陣の中央に据え置かれた水晶球が赤色に輝く。更に魔法陣の隅に配置された緑色の石も連鎖的に光りだした。
レイラがワクワクしながらその光景を眺めていると、コルネリアが大きなため息とともに地面に座り込む。どうやら力尽きて立っていられないようだ。
肩で息をし額からは大粒の汗を噴き出させるコルネリアに、レイラは声を掛けた。
「終わった? 」
レイラの呼びかけに、コルネリアはビクッと肩を震わせて振り返る。
「レイラ? 」
「うん」
振り向いたコルネリアの目の下には、大きなクマが出来ていた。
「いつからそこに」
「ちょっと前から」
「・・・そうか、もう朝か」
コルネリアは扉の方に視線を向けた。
半開きの扉から朝日が射しこんでいる。
「うん。朝ごはんだよ」
「少し待って欲しい」
コルネリアは杖を頼りにヨロヨロと立ち上がり、地面に描かれた魔法陣を確かめるように歩き出す。
儀式は終えたがまだ食事をする気はないようだ。これも珍しいことではない。
「持ってくる」
返事も待たずにレイラは母屋へと走り出した。
レイラが持ってきたパンをかじりながら、コルネリアは中央の水晶玉を注意深く覗き込む。
この水晶玉はオルレアーノで薬屋を営んでいる謎の女性、ペタルダから貸し出された物であった。コルネリアはここ一年、この水晶玉を利用した魔道具の作成を試みている。
「ラウドは安定している。良い兆候だ。これならば・・・」
次は、魔法陣の周りに配された緑色の石を手に取った。
緑の石の表面には金字の文様が施されており、一見すると金細工か何かに見える。
しかし、これらは金細工などではなく、王都でのマリエンヌの捜索時にコルネリアが使用した魔道具であった。コルネリアは王都出立時に、魔道具の持ち主である騎士団長から自身の魔道具制作のため、半ば強引に借り受けたのだ。
マリエンヌ捕縛時の緑の石には金字の文様は無く、これらはニースに戻ってからコルネリア自身の手で施された物であった。
二人の魔法使いの合作のような魔道具の一つ一つを、コルネリアは時間をかけて確認してゆく。
「悪くない。悪くないですよ。さすがはアリオンの雫と団長の魔道具。想定以上の出来栄えだ」
最後の一つを確認し終えた後に、満足そうに微笑んだ。
「新しい魔道具出来たの? 」
レイラは無邪気に問いかける。
「確かめてみよう。手伝う気はありますか。レイラ」
「うん」
待ってましたとばかりにレイラは頷く。
「では、利き手を出して」
「はい」
レイラが右手を差し出すと、その小さな掌に緑の石が乗せられた。
「しっかと握りなさい」
「うん」
言われるがままに握ると、表面に施された金字の文様が僅かに光を放ち、やがて石の内部へと吸い込まれた。次の瞬間に石自体が輝き始め、ぼんやりとした薄い緑色の光を放つ。
「光った。光ったよ。コルネリアさま」
「うむ。それでよい」
レイラが目を輝かせ嬉しそうに報告すると、光は消えた。
「消えちゃった」
「そのまま」
「うん」
コルネリアの指示通り緑の石を握っていると、また光を放ちそれが繰り返される。
「瞬いてる。お星さまみたい」
「光に意識を集中するのです、レイラ。次に光る瞬間を想像して」
コルネリアの言葉通りレイラが光に集中すると、点滅の間隔が短くなりやがて淡い光を放ち続けた。
「わー。きれい」
「では石を握ったまま、外から私に向かって呼びかけてみよ。名前でも何でも構いません」
「わかった」
レイラが外に向かって走り出すと、コルネリアは魔法陣中央の水晶球に左手をかざし、右手にはもう一つの緑色の石を握った。緑色の石はコルネリアの魔力を受け、レイラの時とは比べ物にならないほどの眩しいまでの光を放つ。
マリエンヌ改めファルディナの出家と改名の儀式に立ち会ったエリックが、一足先に家に戻るとこれまで聞いたことのない奇声がシンクレア家に轟いた。それは、悲鳴のような雄たけびのような叫びであった。
何事だと、エリックは声のする方向へと駆け出す。
奇声はどうやら家の裏手から聞こえてきたようだ。
「どうした。何だ今の声は」
丁度、離れの前でたたずむ妹に声を掛ける。
「コルネリアさまだよ」
「コルネリア様・・・本当か? 」
「うん」
レイラの手には見覚えのない緑色の石が握られていた。
エリックが戸惑っていると、離れの奥からコルネリアが現れる。
「やった。やりました」
満面の笑みをたたえたコルネリアがそこにはいた。
フラフラと足元が覚束なく、目の下には大きなクマを抱えている。にもかかわらず、歓喜に満ちた笑顔。これまで見たこともない壮絶な表情に、ある種の狂気を感じ取ったエリックは面食らう。
そんなことは気にも留めずに、コルネリアは歓喜と狂気に染まった瞳をエリックに向けた。
「ああっ。エリックよい所に。聞きなさい。やった。私はやりました。完成です。これほどまでに上手くいくとは」
「それは・・・おめでとうございます」
何がめでたいのか分からないまま、エリックはそう答えるしかなかった。
「ありがとう。これも、これも協力してくれた皆のお陰。なんと感謝すればよいのか」
コルネリアは、お祭りに参加した少女のような無邪気さを発揮し、エリックとレイラの手を取って廻りながら踊りだした。
「・・・何やってんの」
教会から引き揚げてきた江梨香が見たのは、三人仲良く輪になって踊る、コルネリアとシンクレア家の兄妹の姿であった。
続く




