再編成計画
しとしと降り続く雨を眺めながら、江梨香は引き続きエリックの書斎で、今後の検討を続ける。
色々な課題が溢れて出てきて、頭がパンクしそうよ。
悩みの最たるものは、私の領地に関しての事柄。
修道会を設立するだの、領民の人たちと仲良くしろだの、頭が痛いったらないわね。
あっ、そうだ。
商会からも、港の建設計画も進めて欲しいとの要望があったわ。あれも、ほったらかしのままだった。
「もー。やることが多すぎて、何から手を付けたらいいのか」
優先順位のつけ方に、頭を悩ます。
「俺が思うには、モンテューニュの連中に、エリカが領主であると認めさせることが先決だろう。それが出来ないことには、いくら計画を立てても進まないぞ。修道会や港の建設にしてもだ」
「ですよねー」
エリックの正論に頷くしかない。
「それで、土産を持っていった時の手ごたえはどうだった」
「どうって言われても」
特にこれと言って、変わったことはなかった。
「初めの頃よりかは警戒心は薄くなった気がする・・・かな? 少なくとも、喧嘩腰ではないわね」
「良かったじゃないか。ここ最近はニースとの交流も定期的に行われているし、今ならエリカを領主として認めさせられるかもしれない」
「うん。自信は無いけど」
「いざとなったら、俺に任せろ。前よりかは人手を繰り出せる」
うん? 人手を繰り出す?
なんか嫌な予感がする。
「一応聞くけど、何のための人手? 」
「なんの為って。エリカを領主として認めさせるための人手だ。以前にも言ったと思うが、正当な領主を領主として認めない住民なんて、討伐の対象だぞ」
「討伐って、どうしてそうなるのよ。これは私の領主としての資質とか能力の問題でしょ」
「違う」
「違わない」
「違う」
「違わない」
子供のような言い合いを続けると、ロジェ先生が咳払いをした。
「あっ、すいません。お見苦しいところを」
「横から、意見してよろしいか」
「はい。お願いします」
「まず統治の根本のお話になりますが、領内に領主の指示に従わない集団が居住していれば、原則、討伐の対象になりえます」
うへ。
聞きたくない真実に、言葉も出ないわ。
「封建された領主の統治権を認めないということは、エリカ殿を領主として封建した王や侯爵の権威を否定する行為。討伐されても文句は言えないでしょう」
ロジェ先生の判決に、ため息が漏れた。
なるほど、私だけの問題ではないってことか。
「でも、力ずくってのはちょっと。ここは冷静に話し合いでですね」
「話し合いで何とかなるなら、今の状況にはならない。脅しも必要だ」
「別に脅さなくたって、分かってくれるわよ」
エリックはやけに高圧的ね。
「何を言ってるんだ。相手と交渉する時には脅しも必要だと、エリカは言っていたじゃないか」
「えっ、そんな怖いこと言わないわよ」
とんでもない冤罪を掛けられる。
ロジェ先生。弁護して。
「忘れたとは言わせないぞ。去年、アマヌの岸壁の一族を説得する時に言っていた言葉だよ」
去年? アマヌの一族? はて?
私、ジュリエットに何か言ったかな・・・あっ。
「思い出したか」
「思い出した」
あー。確かに言ったわ。
当時の事を頭の中で回想していると、ロジェ先生が興味深げに訪ねてきた。
「エリカ殿は、何と言ったのですか」
「ええっと」
言い淀んでいると、エリックが勝手に話し出す。
「あの時は確か・・・。そうそう、棍棒片手に笑顔で会話。だったかな」
「棍棒片手に笑顔で会話・・・」
「はい。礼儀正しくとも言っていましたね」
エリックの補足と同時に、ロジェ先生は笑い出した。
「武器をちらつかせながらも礼儀正しくとは。これはエリカ殿らしい、なかなかに悪辣な物言いですね」
えっ。酷い。
ロジェ先生の私の評価、どうなってはるんや。
あの時はセシリアを助けるために、必死だったのよ。
抗議しようとしたら、ロジェ先生が間髪入れず続きを促したため、興に乗ったエリックが当時の思い出話を繰り広げた。
「ですから、私は相手の出方が分からない。危ないから付いてくるなと言ったのです。しかしエリカは、魔法使いである自分やコルネリア様、神聖騎士団の方々の武力が交渉には必要だって聞きませんでした」
「なるほど。交渉相手に侮られないための武力ですな」
「はい。結果としてアマヌの一族は、我々の話を聞く気になってくれたので、エリカの言う通りだったという訳です」
「ほう。それはお見事な采配ですな。エリカ殿」
最後にお褒めの言葉を頂戴した。
嬉しくないのは、なぜなんでしょう。
「とにかく。とにかくですよ。モンテューニュの人たちとは仲良くやる。私が領主であることも認めてもらう。修道院も作って、マリエンヌの落ち着き先も確保する。最後は港も作って、海外との交易ができるようにする」
これ以上の辱めを受ける前に、強引に結論を出した。
「そうだな。何年かかるか分からないが、やるしかない」
「これは大事業ですな」
大事業か。
二人の結論に、頷かざるを得ない。さて、どうしよっかな。うーん。
江梨香は立ち上がると、書斎の中をウロウロと歩き回りだす。
その様子を二人の男が無言で見守り、降りしきる雨は、次第に雨脚を強めていくのだった。
どう考えても私一人で出来ることではない。
モンテューニュの人たちとの交渉にはエリックを頼る。修道院は教会のみんな。港は商会の人たちに手伝ってもらう。
それにしたって一つ一つ実行していたら、それこそ何年かかっても終わんない。時間に余裕があるのなら、腰を据えて取り掛かればいいんだけど、生憎それが無い。期限は不明ながら、のんびりとしていられない事だけは確か。
私がモンテューニュの統治に掛かりきりになったら、その分、ニースの業務が疎かになることは明白よ。
自慢じゃないけど、現段階では私抜きでのギルドの運営は厳しい。多くの決定は、私の前を通っていくんだから。
そして、ギルドの運営は、私たちの作戦の根幹を担う。
セシリアが、どこかの貴族様の下にお嫁に行っちゃったらゲームセット。私の恋路のお話ではないけれど、そんな結末はごめんよ。
バッドエンドを回避するためには・・・
江梨香の足が、ぴたりと止まる。
「エリック。一つ思いついたんだけど、いいかな」
「なんだ」
「ニースの開発とモンテューニュの開発、二つを同時進行で考えてみない? 」
モンテューニュの発展が、ニースの発展にも繋がることが望ましいのよね。いや、望ましいなんて、ふわっとしたものではなく、明確にこの二つを連結させなきゃ。
「二つ同時・・・俺は構わないが、手が回らないんじゃないか。ニースは後回しにしても」
「駄目よ。それだと、本来の私たちの目的から外れちゃう。でも、一つ一つ片をつけるもの効率が悪いのよね。うーん」
江梨香は更に思考を転がす。
「例えばだけど、ニースに空き地が無い件は、私の領地に家を建てることで解決するのよ」
「モンテューニュにか」
「うん。職人さんとか、長期滞在する人は、モンテューニュで預かることにしたら、ニースの人たちが家を建てる土地が確保できるでしょ。どう? 」
「俺としてはありがたい申し出だが・・・いいのか」
「いいわよ。人が住んでない方が、はるかに広いんだから。岩だらけだから、永住するのはしんどいかもだけど、一時滞在ぐらいなら苦にはならないと思う。村の目と鼻の先だし」
「助かる」
「決まり。教会に修道院に港。この家だって建て替えるんだし、職人さんたちの仕事は当分の間無くならない。ううん。それどころか、今の倍の職人さんを呼ぶ必要があるわ」
「今の倍・・・か。確かにな」
エリックも額に手を当てて考え込む。
「港を作るにしても、まずはニースからモンテューニュの海まで続く道を、作らなければならない。あの岩場に道を通すのは大仕事だ。沢山の人手がいる。多くの職人や人夫たちが、二・三年はこの地に住み着くことになるだろう。彼らのための住居が必要だ。だが、今のニースには、受け入れられる広さがない」
「うん。幸い隣のモンテューニュは、がらがら」
「本当に幸いだ。隣がエリカの領地で本当に助かる」
心の底からの本音が飛び出した。
「ロド村の連中の様に、うちの入会地を荒らすような相手だと、空き地があったとしてもこうはいかないよ。空き地をめぐって、また揉めるに違いない」
「あの人たちは、そんなことしないからね。ひっそり、慎ましやかに暮らしてるから」
問題は、ひっそりと暮らしている人たちをどうやって納得させるかだけど、これは、当たって砕けろの精神で乗り切るしかない。
「これからは、人手がいくらあっても足りない状況が続くってことか」
「うん。多分そうなる」
「今、村に居る軍団兵だって、いつまでも駐屯しているわけじゃない。彼らがいなくなった時のことも、考えなくてはならない」
「その通りよ。それに道が出来たら、港の建設だけじゃなくて、モンテューニュの人たちも、気軽にニースに来られるようになるでしょ」
「ああ。ニースとモンテューニュの間がつながれば、彼らの暮らし向きも良くなる。今だって改善しているのだから、往来が楽になれば、なおさらだ」
「うん。うん」
「暮らし向きが良くなれば、エリカが領主として認められるという事だな」
「かなりの、希望的観測だけど」
やっぱり、上辺だけ仲良くしても仕方がないと思う。
領主としての実績を示してこそ、本当に認めてもらえるんじゃないかな。
「神聖語を混ぜないでくれ。でも、言いたいことは分かった。良い案だと思う」
エリックは納得した様に、何度も頷いた。
「ありがとう。私、思うんだけど、これからはニース、教会、商会にギルド、そして二つの領地の人たちの協力が、今まで以上に必要になるわ。みんなの力を一つに結集出来たら、どちらの領地も格段に良くなるし、その結果、私たちの作戦も上手くいくのよ」
「全てにおいて同感だ。よし。明日にでも皆に話そう」
「うん」
エリックの瞳に、みなぎる何かを感じ取る。
「あっ、一つ忘れてた。将軍様も巻き込まないと。ここが一番肝心だった」
「閣下にもお願いするのか」
「うん。もうすぐ蒐があるでしょ。その時にでもお願いしてみる」
「分かった。一緒に願い出よう」
「うん」
もう一度、頭の中で作戦を組み上げてみる。
どこかに問題点はないかな。
「将軍様に話を持っていくにも、まずはしっかりとした計画表を作り直さなくっちゃ。明日は忙しくなるわよ」
「望むところだ」
エリックの賛同を取り付けることができた。
うん。さっきよりかは方向性がはっきりしてきた。これならいけるかも。
「あっ、そうだ。もしご迷惑でなければ、ロジェ先生も明日の会議に御出席ください。今日みたいに、ご意見を伺いたいです。もちろん報酬をお支払いいたします。いいでしょ。エリック」
エリックも大きく頷く。
「問題ない。先生、お願いします」
「お二人が良いのであれば、喜んで」
ロジェ先生は笑顔でOKしてくれた。
よし。第一次再編成計画よ。ちょっと疲れたけど、明日までに叩き台を作んなきゃね。
江梨香の思考は、次のステージへと向かう。
続く。
いつも誤字報告ありがとうございます。




