結論としては杞憂
安心したのはほんのつかの間。
ロジェストからの指摘を受けた江梨香は、ため息をついた。
「やっぱり危険ですか」
私の嫌な予感が的中した。
「断言するには至らないが、危険であると言えますな」
「ですよね」
「領主と領民が揉めている土地は、教会にとっての狩場だ。領主と領民の間に入り、様々な利益を引き出すのは彼らの常套手段です」
「ほら」
私が言った通りじゃない。
エリックに視線を向けると、うさん臭いものを見るかのように眉を顰める。
まだ、信じてないわね。
「どうしたらいいですか。先生」
「困りましたな」
ロジェストは頬をかく。
「私は貴方の領地についての知見が無い。そもそもの話になりますが、どうして領民に認められていないのですか」
ロジェ先生の真っ当な疑問に、頬が引きつる。
「ううっ、それは」
「それが分からないことには、何とも」
こうなったら言わなきゃいけない。言いたくはないけれど。
「実は・・・」
そこから、モンテューニュ騎士領の歴史と、領主になった経緯。そして、自分のやらかした事件について語る羽目となった。
モンテューニュの歴史はエリックが、揉めた原因は私が説明した。
「なるほど。教会側も一連の出来事を知っているのですね」
「はい。神父様に相談して、仲を取り持ってもらいましたから」
「ふむ」
内容を吟味するため、ロジェ先生は黙り込む。
その間、私は椅子に座ったまま、両手を握りしめる。唐突にゼミの先生と一対一で会話していた時のことを思い出した。
大学に行っていたのも、随分と昔の事に感じるわね。
妙な事を思い出していると、ロジェ先生の顔が上がった。
「完全に憶測になるが、一つ思いついたことがある。先ほどお話した内容とは違ってくるが・・・」
「聞かせてください」
「いいでしょう」
ロジェ先生が姿勢を正すので、私の背筋も自然と伸びる。
「まず、エリカ殿の領地だが、お話を伺う限りでは、統治できているとは言えない」
「はい」
だって、私に統治なんて無理だもん。あの人たちに何かあったら、手助けするってスタンス。統治というよりもフォローって感じかな。
「税の徴収もままならず、領主である貴方が自領に入る事すら、気を遣わねばならない状況。なおかつ領民たちからは、領主として認められないと宣言されている始末。他の領地では、中々聞かないお話ですな」
「ううっ」
駄目押しの様に、私の至らなさを指摘して下さった。
「そして、何かと良くない風聞が付きまとっている騎士領でもある」
「良くないですか」
私の疑問に、ロジェ先生は苦笑いを浮かべる。
「良くはないでしょう。先代の領主が海賊行為を行い、討伐されて取り潰された騎士領ですよ。悪名以外の何物でもない」
「言われてみれば」
私は気にしたことが無かったわ。
「更に、岩山と荒れ地が続く」
「ですね」
昨今は、その岩が建材になるので、悪いことばかりでもありませんけど。
「そんな領地に、教会が修道会を設立する」
「やる気満々です」
「しかも、予算は教会持ち」
「お金持ってますよね」
「以上の事柄を考えると、アルカディーナである貴方へ、教会からの支援ではないでしょうか」
「へっ。支援? 」
本当に先ほどとは180度違う意見が飛び出した。
「ええ。平たく言えば、"教会が後ろ盾になってやるから、自領を掌握しろ"と、言っているのではないか。生きた偶像でもあるアルカディーナが、領民から慕われていないなどということは、教会としても放置できないでしょうからな。彼ら自身の為にも良くありません」
「・・・・・・」
「教会が梃入れすることによって、貴方の統治力を高めようとしているのでしょう」
絶句していると、隣で聞いていたエリックが笑い出す。
「なんだよそれは。やはり、エリカの早とちりじゃないか」
「はやとちり・・・」
「そうだよ。だからおかしいと言っただろう。今のモンテューニュ騎士領を支配して、教会に何の得があるんだ」
「それは、私を通してニースに・・・」
影響力を伸ばそうとしているに違いない。と言いたかったけど、途中でエリックが言葉を被せてきた。
「エリカを通しているんだから、エリカの好きにできるだろう。それに、本当に気に入らなければ、拒否するじゃないか、エリカは。誰が何と言おうと。それこそ教会だろうが、国王陛下だろうが怯みはしないだろう」
「人を狂犬みたいに。そんな怖いことしないわよ」
「裁判で、国王陛下に喧嘩を売っていると言った事、忘れたとは言わせないぞ」
「ぐぬぬぬ」
エリックの指摘に黙ってしまうと、ロジェ先生まで笑い出した。
「私もシンクレア卿と同感ですな。長年の慣習であった連座制すら蹴り飛ばしたエリカ殿だ。教会からの理不尽な要求に耐えられるものではなかろう。付き合いの短い私ですら理解している。付き合いの長い教会は、もっと理解しているのでは? 」
「ロジェ先生の言う通りだ。ボスケッティー神父も、身に染みて理解していると思うぞ」
仲良く笑い合う男どもに抗議したくなった。
「でもでも、それなら、修道会じゃなくてもいいじゃない。教会を一つ建てるだけでも十分でしょ。私が代表の修道会なのよ。話がおっきすぎるって」
どうにか巻き返そうとするが、ロジェ先生が追撃してくる。
「教会の建物一つでは足りないとの判断でしょう。初めから大きく出て、エリカ殿の自覚を促しているのでは。無論、善意だけではなく、何かしらの打算があるとは思われますが、お話を伺った限りでは、善意の方が大きそうですね」
「手を貸してやるから、何とかしろって事だな」
「私も同感ですな」
エリックとロジェ先生は、我が意を得たりとばかりに頷く。
ちょっと、二人で納得しないでよ。
「それにだ。エリカ」
エリックがジッと瞳を合わせてくるので、狼狽える。
「なっ、なによ」
「ニースに戻ってしばらくたったけど、まだモンテューニュには足を踏み入れていないんじゃないか」
「そんなことないもん。王都のお土産持って行ったもん」
必死に反論するが、エリックの追撃はその上をいく。
「その土産は、エリカが渡したのか」
「ううっ、私からだと角が立つと思って、クロードウィグに渡してもらった」
「その後は」
「集まった人たちに挨拶して・・・」
「挨拶して」
今日のエリックは、いけずやわ。
「・・・帰ったわよ」
「こんな感じです。先生」
「これは重症ですな。教会の介入も無理からぬことかと」
こうして私の心配は、杞憂ってことになった。
結論を出した二人を恨めし気ににらんでいると、エリックがフォローを入れてきた。
「まぁ、あれだ。いい機会だから、モンテューニュの統治に力を入れたらどうだ。ニースの方は急ぎの課題もないしな。俺が手伝えることがあったら、何でも言ってくれ。力になる。ロジェ先生からもご助言いただけませんか」
「厄介になっている身です。この程度で良ければ喜んで」
「良かったな、エリカ。法律の専門家の意見なんて、そうそう聞けるものじゃない」
「確かにそれは、ありがたいけど」
「モンテューニュはエリカの領地だからな。修道会の話を抜きにしても、いずれは手を付けなくてはならない事だと思うぞ」
「シンクレア卿の言う通りですよ。教会の横やりが怖いのであれば、尚の事、所領の統治に力を入れなくては」
「分かった。分かりました」
私はここでギブアップ。
正論過ぎて、なんも言えませんでした、まる。
続く
(;・∀・)//杞憂かい。




