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司教様の交渉術

 江梨香は教会のシステムに頭を悩ませる。

 これまでの不勉強が祟り、尋ねるしかない。

 

 「あのう。基本的なことをお聞きしてもよろしいでしょうか」

 「勿論です。分からないことがあれば、何なりと」

 「私が代表の修道会って、私が代表でない修道会と何が違うのでしょう」


 そもそも、修道会って何。


 「もっともな疑問ですね。修道院は教会とは違い、神々の教えを研鑽する場です。それはご存じですね」

 「はい。村とかにある教会が人々の祈りの場で、修道院はより厳しい修行を行う場ですよね」

 「その通りです。そして、神々の教えに至る道は、いくつもあります。瞑想。断食。写経。巡礼。伝道。奉仕。開墾。実に様々な、修行の形態があります」

 「はい」

 「独立した修道会は各自の方法で、神々の教えにたどり着く道を模索するのです。人里離れた山に籠り、瞑想に集中する修道会もあれば、街に出て、奉仕と伝道に勤しむ会もあります。祭礼に欠かせない葡萄酒を作ることに力を入れている会もあります」


 なるほど、それぞれの事業というか、経営方針みたいなものが違うのね。


 「故に、エリカ様が代表を務める修道会の規範は、エリカ様によって制定されます。貴方様なりの、神々の教えへの道を辿れるのです」

 

 私なりの神の教え?

 予想以上に大仰な答えに、困惑は大きくなるばかりだ。

 

 「その修行の道のりが、教皇様より認められれば、晴れて独立した修道会として成り立つのです」


 その後も、ボスケッティー神父による、修道会の説明会が繰り広げられた。

 教会内での地位が上がるだの、各種の独立した権限が与えられるだの、色々。

 それを聞きながら、江梨香の決意は固まった。


 よし。断ろう。


 私は一応、神様は信じているけど、それは信仰の対象としてではない。

 どちらかと言えば、理不尽な出来事を押し付けてくる、極悪な存在として"信じてる"。

 本当に、極悪という事に関しては、神様の右に出る者はいないわ。

 悪魔ですら魂と引き換えに願いをかなえてくれるというのに、神様ときたら、こっちの都合もお構いなしに理不尽を押し付けてくる。

 しかも定期的によ。

 そんな存在の教えって何?

 この世の神秘や、法則について知りたかったら、数学と科学の勉強をお勧めします。この二つで、この世の粗方の出来事は説明可能よ。

 これら科学的知見でも解決できない事柄は、神様の領分かもしれないけど、私そんなものに興味が無い。

 そうね。神様を蹴っ飛ばす道なら、探ってもいいけどね。

 これが私の偽りない信心。

 しかし、こんなこと司教様の面前で口になんてできない。

 本音と建前の使い分け。日本でも異世界でも、そこんとこはおんなじ。

 建前。とは少し違うけど、もう一つの本音を口にしましょう。


 "私は責任ある立場にはなりたくありません"。


 これよ。

 そういうのは、もっと経験を積んだ人がやった方がいいと思います。もしくは上昇志向の強い人。私はどちらにも該当いたしません。

 

 「あのですね」

 

 断りの言葉を口にしようとした矢先。


 「これはエリカ様だけではなく、ニースにおられる、マリエンヌ様の為でもあるのです」

 

 ボスケッティー神父に機先を制された。


 「えっ。どういうことですか」


 どうしてここで、マリエンヌの名前が出てくるの。


 「エリカ様。修道院に入るという事は、俗世から身を引くことでもあります。マリエンヌ様の今後の事を思えば、どこかの修道院にお入りになられることが最良。例え逆賊の縁者であっても、修道院に入れば安全です。一度(ひとたび)神々の神殿の門をくぐった者は、神々と教皇様の御威光の下、完全な庇護が与えられます」


 その手があったか。

 江梨香は、内心で膝を打つ。

 要するに、尼寺に入るってことね。

 これで、逆賊の娘としての追及の手から逃れられると。


 「例えば、エリカ様が代表を務める修道会の人事は、全てエリカ様の裁量の内です。どなたを修道院長に任命しようと、それは貴方様の自由なのです」

 「それが、逆賊の娘でもですか」

 「関係ありません。修道僧とは教えのために、世俗から自身を切り離したのです。世俗の法の及ぶところではないのです」


 ボスケッティー神父は、満面の笑みを浮かべて断言した。

 その笑顔に、ちょっと引く。

 世俗の法が及ばないって。いや、それはそれでどうなのよ。法治主義の概念はどこに。

 やっぱり教会は怖いところだわ。


 「良かったですね。エリカ」


 必死に情報を整理していると、それまで黙っていた司教様から、同情の言葉を頂く。


 「これで、マリエンヌ嬢も心安らかに暮らせる。貴方も彼女の行く末が心配だったのでしょう。しかし、もう心配ありません。他の誰でもない。貴方の修道院でマリエンヌ嬢は暮らせるのです。これほど喜ばしいことがあろうか。これも貴方の日ごろの信心の賜物ですよ」


 司教の子供を見守るような優し気な笑顔に、江梨香は震える。

 文字通り震え上がった。

 司教の、その手際の良さに。


 これは・・・やられた。

 司教様は私の退路を完全に塞いできた。

 こんなの断れない。

 いや、表向きは断れるかもしれない。

 でも、これを断ったら、マリエンヌの行く末がどうなるか分かったものじゃない。

 この条件は、こちらの意向をくんだ内容になっているはず。

 司教様のお言葉は、これを断るとマリエンヌが、どこか遠くの地に連れ去られるかもしれないことを示唆している。


 愕然としている江梨香に、ボスケッティー神父が追い打ちをかける。


 「この案件は、レキテーヌ侯爵のご了解を頂いております。後ほど書面でお渡しできるかと」


 うぇ。

 将軍様の御意向。しかも、証書付き。もう駄目だ。

 知らない内に、外堀は全部埋まっていた。

 教会権力を領内に持ち込みたくなかったけど、こうなっては致し方なし。


 「分かりました。作ります。修道会」


 江梨香はそう答えるしかなかった。司教と、ボスケッティー神父は笑顔で頷く。

 私に選択の自由は、最初からなかったのね。


 「おめでとうございます。エリカ様」


 敗北感に苛まれている江梨香に、ユリアが飛びついた。


 「ははっ。ありがとう」


 力なく笑う江梨香に対して、ユリアは元気一杯。


 「わたし。エリカ様の修道会に入ります。お願いします」

 「いや。まだ出来てないからね」

 「はい。設立の際は是非に」

 「何を言ってるの。入りたいのなら作るの手伝って」

 「勿論でございます。誠心誠意、務めさせていただきます。ああっ、忙しくなります」


 ユリアの興奮に、ボスケッティー神父も乗っかる。


 「私どもアナーニ司教座教会も協力は惜しみません。何なりとお申し付けを」

 「ありがとうございます。一つだけ質問したいのですが、私の修道会が認められるまでは、どなたの管轄になるのでしょう」


 作ったからと言っても、認められなければ意味がない。

 それまでの間は、誰かが私を監督する。それは誰なのか。まぁ、想像はつくけど。


 「はい。先ほどもお伝えいたしましたが、当面の間はカネア修道会の所属となります。カネア修道会は、特定の教義を持たない修道会です。そして、その管轄権は、各地域の司教座教会が持ちます。すなわち・・・」

 「私が代表です」


 ボスケッティー神父の言葉を継いで、司教様が口を開いた。

 

 「何も心配はいりません。貴方の修道会です。貴方の自由になさい。何かあれば、その都度に助言します」


 助言ですか。

 ああっ。やっぱり。

 上位者として介入するつもりなんだ。そうやって少しづつ、ニースの砂糖の権益を奪っていく算段なのだろう。


 江梨香は肩を落とした。


 はぁ。まっ、いっか。

 いきなり、私が代表を務めるよりかは幾分マシかも。

 教会権力の介入は怖いけど、今のところ彼らは協力的だから、私も協力するしかない。

 この世の中はギブ&テイク。

 ギブしてもらったからには、テイクしないといけない。

 たとえそれが、強引なギブであったとしても。

 砂糖の権益も、いつまでも確保できるとは考えていないし。私が代表ってことで、その活動を制限できるかもしれない。


 「分かりました。詳しい話は、一度持ち帰ってからでよろしいですか。エリックと、ニースの領主とも相談したいので」

 「無論です。急かしたりはしません。よく話し合ってお決めなさい」

 「はい」


 江梨香は司教に挨拶をして、教会を後にする。

 近日中に、ボスケッティー神父がニースを訪れて細かい調整をするそうだ。 

 それまでに結論を出さなくっちゃ。

 この案件が上手くいけば、マリエンヌもニースで暮らすことが出来そう。将軍様の認可が下りているのなら、懸念事項も一つ消えたと思おう。

 

 江梨香はポジティブ思考に心持を切り替えるのだった。



               続く

 

 誤字報告、いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ここに至りますわな。 妄想IFルートで捕まって直ぐに話をつけて、教会に出家している事にしてれば…てのを思ってました。
[一言] 3章はどんな物語か楽しみです
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