教会のロードマップ
団長との面談から、江梨香は多くの示唆を受けた。
この世界に飛ばされた意味とは。
自身に課せられた使命とは。
その使命を果たした後に、何が訪れるのか。
分からないことだらけ。
だからこそ、自分で意味を見つけなければならないのかも。
自分を自分たらしめるのは何なのか。
意識か、知識か、感覚か、感情か、DNAか、空気か、はたまた他者との関係性の間に介在しているのか。
なんとなくしか、分かんない。
だけど一つだけ、分かったことがある。
自分で決めて実行したことの結果について、誰にも言い訳できないってこと。
今回の裁判でも、痛いほど学んだわ。
だからこそ、使命ってのは、自分で決めるべきなんだろうな。
そんな気がする。
で、あるのならば、私はエリックとセシリアを助けよう。
二人だけではなく、この世界でお世話になっている人たちを、手助けすることを私の使命としよう。
そして使命を果たせたときに、この世界とはさよならするのかもしれない。
駄目だったらこの世界に骨をうずめるまで。
それでいいじゃない。いや、良くはないか。
だけど、出来ることは何でもやってみよう。
これが結論。
この結論に到達したら、なんとなく肩が軽くなった気がする。
ってことなので、これからも頑張るぞ。
ある種の決意を胸に秘めた江梨香は、オルレアーノの城門をくぐった。
今回のオルレアーノ行きは、砂糖のお店の現状確認のほかにも大きな目的が二つ。
一つは、マリエンヌの処遇に関する陳情を将軍に行うこと。
もう一つは、オルレアーノの司教からの招きに応えるためであった。
メッシーナ神父から、ニースに戻り次第、司教座教会に出頭するように通達を受けたのだ。
内容は、ニース、モンテーニュにおける、今後の教会運営について。
これは、小難しい話に違いない。
店の現状を一通り確認した江梨香は、面会のために身支度を整える。
ユリアの手伝いを受け、滅多に袖を通さない白色の修道服を纏うと、街の中心に鎮座する司教座教会へと出向いた。
「これはこれは、エリカ様。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。修道女のお姿もよくお似合いですよ」
相変わらず、恰幅のいいボスケッティー神父が出迎えてくれた。
「ご無沙汰しております。ボスケッティー神父」
「エリカ様のご活躍は聞き及んでおります。王都では色々あったようですね」
「はい。大変でした」
「仔細は王都より伝わっております。司教様も、お心を痛めておられました」
ううっ。
王都での出来事は、司教様の耳にも届いているのか。色々やったからね。無理もないか。
これは、今回の呼び出しは、お説教も込みに違いない。
「江梨香さん。王都での貴方の振る舞いは、アルカディーナとしての自覚に欠けているのではないでしょうか。もっと自覚をお持ちになって、うんたらかんたら」
・・・どうしよう。
早速だけど帰りたくなってきた。
自覚とか言われてもね。
だって、なりたくてなった訳じゃないもん。
私が教会の人間になったのって、高等神聖語(日本語)が、誰よりも巧みに扱えるからだもんね。
他にも付け足すのなら、魔法使いであることと、去年の北部戦役で私なりにも頑張ったからかな。
コルネリアに言わせると、教会も防衛戦で活躍したことにしたい人たちが、私をアルカディーナに就任させたらしい。
教会は頼りになるって、みんなに広めたいんだって。
なるほどね。そこまでは考えてなかったわ。
教会側の思惑により、アルカディーナとかいう御大層な肩書を押し付けられてしまった。
出来れば、称号を受ける前に教えて頂きたかったです。はい。
まぁ、なってしまったものは仕方がない。
それに王都では、アルカディーナの立場を利用して、教会の偉い人たちを巻き込んだことは確か。そこを突っ込まれると辛い。
あの時は、使えるものは全部投入。当然のことながら、私の立場も大いに活用した。
お陰様で、王都の一等地を貸し切って、音楽フェスを繰り広げられたんだから。
あれは我ながらいい作戦だったと思う。そしてこれが、その結果なのよね。
よし。決めた。
言い訳しないで謝ろう。
調子に乗ってすいませんでした。もうしません。
これで行こう。
江梨香は意を決し、司教の部屋の扉を開く。
部屋の奥から、頭頂部がだいぶん寂しい小柄な老人が、笑顔で出迎えてくれた。
「お久しぶりです。司教様」
「よく来られました。エリカ・ド・アルカディーナ」
教会の作法に従い、司教様が差し出した右手を押し頂き、額に押し当てる挨拶をした。
やり慣れていないので、所作がぎこちない。
その後、型通りの挨拶が済むと、大きな机の前に案内された。
何だろうと覗き見ると、机の上には何かが複数枚並べられていた。
「これは、ニースとモンテューニュ周辺の地図です」
ボスケッティー神父の説明に、目を丸くする。
地図。あれ?
もしかして、小言は無い感じですか。よかった。
「立派ですね」
率直な感想を口にする。
正確かつ大きな縮尺で、ニース・モンテューニュとその周辺の地形が、鮮やかな色彩で描かれていた。
私とエリックで作った地図とは、雲泥の差ね。
ニース用にも一揃え作ってほしいです。
「お褒め頂きありがとうございます。前々から、お話しておりましたが、エリカ様の御領地に修道院を建てさせていただきたく、勝手ながら候補となる土地の目星をつけておりました」
「はい。お話は伺っております」
あーっ。そっちのお話でしたか。
確かに何度も要請を受けている。
忙しくて、つい後回しにしていた案件だ。
「では、ご説明をいたしましょう」
「お願いします」
そこから小一時間。ボスケッティー神父プレゼンスによる、モンテューニュ修道院化計画についてのお話を拝聴した。
率直な感想としては、よく考えて作ってある。って感じ。
建設場所や建物の様式について、色々なパターンを用意してあり、それぞれについての利点や欠点が、比較、検討されていた。
いくつかの質問をしたら、明確な返答が返ってくる。
これは時間をかけて、じっくり作りこんだプランですね。私たちが王都にいる間に作ったのだろう。
「いかかでしょう。ご許可いただけますかな」
ボスケッティー神父の探るような眼差しを受けながら、考え込む。
聞いた限りでは、悪い話ではない。
建設費や資材も基本、教会が負担してくれるので、私やエリックの懐は痛まないし、今、ニース働いてくれている大工さんや石工さんに、新しい仕事場を提供できる。
多くの人がニースで働けば、それに付随して大量の物資が行き交うだろう。短期的に見てもニースの発展にも繋がる。
後は、私の領地に住んでいる人たちがどう思うかよね。
どうしょっかな。
江梨香は無意識の内に腕組みをしていた。
「ユリアはどう思う」
腕組みのまま振り返り、後ろに控えていたユリアに意見を求めた。
「えっ。私ですか」
「うん。率直な意見を聞かせて」
自分以外の意見が欲しかった。
ユリアの視線が、江梨香、ボスケッティー神父、司教の三者の間を高速で動く。
戸惑う、ユリアにボスケッティー神父が促した。
「シスター・ユリア。貴方が思ったことを答えなさい」
「はい。わかりました」
ユリアは態勢を整えるべく、咳払いをした
「よい、お話だと思います。アルカディーナ様の御領地なのですから、我ら神々にお仕えする者が修行する場があることは、当然と思えます」
「その通りですね」
「ですが、一つだけ質問してよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「この修道院は、どなた様が代表なのでしょう」
ユリアの言葉に、江梨香は首を傾げる。
代表? それって、修道院長のことよね。随分と先の話をする。それは、完成してからでも良くない?
「シスター・ユリアの質問は、修道院長のことですか」
「違います」
「ふむ・・・」
ユリアの言葉を受けたボスケッティー神父は、背後の司教に視線を送る。
司教は笑顔を絶やすことなく頷いた。
「いいでしょう。お答えします。本修道院は新たなる修道会に所属します。便宜上、モンテューニュ修道会といたしますが、その代表には、エリカ・ド・アルカディーナに就任していただく所存です」
その答えに、ユリアが歓喜の声を上げた。
「賛成です。賛成いたします。修道会の新設が教皇様より、ご許可いただけたのですね。おめでとうございます。エリカ様」
ユリアは江梨香の手を取り、飛び上がらんばかりの喜びを表した。
「はい? 私が代表? いや、これ以上、仕事を増やされても困るんですけど」
「何を言っているのですか。新しい修道会設立のご許可など、滅多なことでは下りません。奇跡です。まさに奇跡です」
「新しい修道会? 」
ユリアの言っていることが良く分からない。
修道院の話をしていたんじゃないの。
私は、なんちゃって坊主だから、教会の事に詳しくないのよ。
「お待ちなさい。シスター・ユリア」
一人ではしゃぐユリアを、神父が落ち着かせようとした。
「誤解無き様に言いますが、新しい修道会設立の勅許は下っていません。将来的に目指すという話です。教皇様の御裁可が下りるまでの間は、慣例に従い、カネア修道会の傘下といたします」
ボスケッティー神父の説明で、なんとなく分かった。
私をボスとする、新しい組織を作るつもりのようですね。
でも、何のために?
やっぱり教会は、分からないことだらけ。
続く
誤字報告、いつもありがとうございます。




