転移装置
「驚いた? 」
考え込んでいると、背後から声が飛んできた。
クラゲさんと一緒に振り返ると、団長がいい笑顔で仁王立ち。
「あれ、面白いものを連れているんだね」
団長も、この不思議な魔導空間に入ってきたみたい。
「はい。驚きました。何ですかこれ? 」
「何だと思う? 」
うわぁ。面倒くさい。
質問に対しての質問返し。
団長なりの、いけずなのかしら。
こっちは魔道具に関して素人なんだから、分かるわけないじゃん。コルネリアなら分かるのだろうけど、エリックと一緒に下に行っちゃった。
団長は私の心の声が聞こえないようで、ニコニコしながら答えを待っている。
これは、何か答えを言わないと、次に進まないパターンですね。分かります。
「えーっと・・・この森を守る防犯装置ですか。以前、団長が不在の時に訪れたのですけど、塔にたどり着けませんでした」
「当たり」
おおっ。当たった。
「でも、それだけじゃないよ。魔法の結界は、ほんの余技。その本性は・・・」
「その本性は」
生き物でもないのだから本性は違う気がするけど、一応、合いの手を入れてみる。
「この塔はね。なんと、時空転移装置なんだ」
団長は嬉しそうにV サインをして見せた。
「・・・・・・・」
『・・・・・・・』
私は凍結魔法でも食らったように固まる。
隣のクラゲさんも同じ気持ちだったようで、フワフワ漂うのを止めてカチンと静止した。
ジクウテンイ? ああ、もしかして時空転移の事なのかな。
そこで新たなる疑問が・・・
なのでクラゲさんに小声で問いかける。
「ちょっと。時空転移って何」
『俺に聞くな。知るわけないだろう』
クラゲさんも困惑した様子で、小声で返す。
「うーん。時空転移って、ワープみたいなもの? 」
『だから聞くなって。こいつが、訳わからん用途の魔道具だってことだけは分かった』
時空転移ってことは、時空が転移するってことなのよね。
で、そもそも論だけど、時空って何? それが転移したらどうなるんや。
「えーっと。もしかして、この塔を使えば日本に帰れたりしちゃったりします? 」
超絶希望的観測を口にしてみた。
「そうだよ」
「はいーっ」
お腹の底から大きな声が出た。
「マジですか。日本に帰れるんですか」
「理論的には」
「理論・・・的・・・」
『理論的ねぇ』
クラゲさんは呆れたように答える。
私の中でパンパンに膨らんだ希望が、一瞬で萎んだ。
割れなかっただけ、まだまし。
理論的に可能という日本語は、現実的には不可能と相場が決まっている。少なくとも今すぐには無理なことが多い。
「この塔はね。師匠が日本と連絡を取れないか、実験するために作ったんだよ」
「・・・でっ」
用途は分かりました。次は使えるのか使えないのかが問題です。
「で、とは? 」
いい笑顔のまま返された。
やっぱり、いけずをなさっておられるでしょう。
「いや、ですから日本と連絡が取れたのですか」
「取れなかったよ」
よし、役に立たない。ありがとうございました。
「でも、時空に穴を開けることはできたんだ。だから理論的には正しいはず。って師匠は言ってた」
「はぁー」
好意的に解釈しても、意欲的な実験作ですね。実用化には程遠いってことか。
でも、日本に帰るための努力をしている姿勢には、学ぶべきかも。
私なんて、何にもしてないもん。
「あの時は大変だったよ。周囲のオドが一瞬で枯渇したからね。この塔は地脈の上に建設しているのに、それでも枯渇するって。その後、オドの欠乏による反動で地震も起こったんだ。びっくりしたなぁ」
『狂ってやがる。一帯のオドの全てを、こいつに注ぎ込んだのかよ』
「そうだよ」
『お前さんの師匠は大馬鹿野郎だ。そんなことしたら大地が割れるぞ』
「仕方ないじゃない。初めて動かしたんだから」
『あの魔法式を組んだのなら、動かさなくてもわかるだろうが』
「だよね」
団長とクラゲさんが何を言っているのか、半分も分からないけど、クラゲさんの言う通り、訳わかんない魔道具だということは分かった。
「師匠は最終的には、人の行き来を目指して、この塔を開発していたんだ」
「凄いですね」
「でしょ。研究もかなり進んでいたんだ。でも・・・」
団長の顔から笑みが消えた。
「消えちゃった」
「・・・消えちゃった? 何が消えたのですか」
「師匠が」
「それは失踪とか、お亡くなりになったとかではなく・・・」
「うん。僕の目の前で消えちゃった」
「ええっ。それって時空転移したってことですか」
「多分だけど違うと思うよ。あの時、塔は動いてはいなかったからね」
「でも消えた」
「うん」
団長は否定したけど、状況からして師匠は時空転移したんじゃ。日本に転移できたのでは・・・
「でもでも、時空転移した可能性もゼロでは」
「そうだね。可能性はゼロではないかな」
団長の顔に笑みが戻った。
「あーあ。師匠は日本に帰っちゃったのかな。それとも別の世界に旅立ったのか、僕には分からないよ」
「べ、別の世界。どういうことですか」
ちょっと待ってください。聞き捨てならないんですけど。
「うん。だってこれは時空に穴をあける魔道具なんだもん。運よく時空の狭間を行き来できたとしても、繋がった先が日本とは限らないでしょ。師匠も他の世界に繋がるかもしれないって言ってたからね」
「ううっ。確かに」
異世界が一つだと誰が決めた。むしろ複数存在する可能性が濃厚。
まったく、日本に帰れる希望があるのかないのか、どっちなんや。
「よし。説明も済んだから、元の世界に戻ろう」
団長が指を鳴らすと、世界が圧縮されたように歪み、瞬きする間に、団長の部屋に立つ。
「戻った」
さっきまで隣にいたクラゲさんは消えていた。なんとなく、左腕の腕輪をさすってみる。
今回もありがとうございました。
「疲れたかい」
「いいえ。大丈夫です」
よくよく考えれば、さっきの世界も別の時空なのかも。だとするとこの塔は、時空転移装置としては正常に動作していると言えそう。
凄い魔道具ね。コルネリアが嫉妬するはずよ。
お師匠様。同じ日本人ながらご尊敬申し上げます。
クラゲさんの力が無いと、ろくに魔法も使えない私は、なんちゃっての魔法使い。
私が魔法使いの学生だとすると、お師匠様はノーベル賞クラスの大先生。この魔法の塔は、異世界のカミオカンデなのかもしれない。
努力、才能の両面で大きく水をあけられている。
もっと頑張らないといけない。
その後は、お師匠様の持ち物を見せてもらったり、日本の話をしたりした。
本当に久しぶりに、日本語で日本人相手に日本の話をした。
私の中では団長はほぼ日本人だ。
彼は異世界生まれ異世界育ちの日本人。たとえそれが耳の長いエルフだったとしても。
団長も嬉しそうに、師匠から聞いた日本の話をしてくれた。
春に魔導士の館で見た桜の木を思い出して、また涙が流れた。
長い時間話し込み、お暇を告げたときに、団長から思いがけない提案を受けた。
「エリカ。君さえよければ、王都で暮らさないかい」
「えっ」
「君なら師匠の魔道具を使いこなせるかもしれない。日本に帰れるかもしれないよ」
「・・・・・・」
心が動かなかったと言えば嘘になる。
いや、思いっきり動揺した。
でも、私は断ることにした。
「ありがとうございます。でも、遠慮いたします」
「そうか。残念だよ」
団長は理由を聞かなかった。
だけど言わなきゃいけない気がした。
「私はエリックと約束しました。彼を助けるって。だから王都では暮らせません」
「約束か」
「はい。命の恩人との約束です」
「フォデス アナ カンタリオーネ。信義に篤いんだね。エリカ」
「そんな大層なものではありません」
「今の言葉で、師匠の、父さんの言葉を思い出した。父さんは言っていた。自分はこの世界に迷い込んだのか、それとも何かの使命があるのか。それをいつも探していた。と」
「見つかりましたか」
「うん。迷い込んだのか否かは自分で決めるべきだって言った。使命があると思えば使命はある。思わなければ、ただの迷い人だと。エリカ、君には使命があるんだ。エリックを助けるという使命が。他でもない、君自身が決めた使命がね」
その言葉が、私の中の奥底で響いた。
また、自然に涙が出てくる。
「はい。ご厚意、決して忘れません」
「うん」
こうして私は団長との面談を終えた。
帰りしなに、お師匠様が作ったこの世界の資料と、小さな赤い石をお土産にもらった。
「宝石ですか」
「安いけど、よかったら使ってみて」
「ありがとうございます。大事にします」
「うん。その石は僕が作った魔道具だ。僕たちと同じ、日本人の血を引くものが近くにいたら反応する。そう、設計した」
「凄い」
「これを使って、エリカを探し出したからね」
「えっ、どういう事ですか」
「えーっ。忘れちゃったの」
問い返すと、少年のようにむくれて見せる。
「この前、橋の上でお話したじゃない」
「橋の上・・・」
「エリカが橋の上で泣いていたから、慰めたじゃない」
「いや、まったく記憶にありませんけど」
誰か別の人とちゃいますか。
「その時に言ったでしょ。僕の顔を半分食べるかいって」
「あーっ。あの時のガキんちょ」
江梨香の叫び声が、団長の部屋にこだました。
続く




