青いクラゲとS級魔道具
私の問いかけに、団長は困ったような表情を浮かべた。
何か不味いことを聞いたらしい。
えーっと。
「エリカ。こっちに来てよ」
戸惑っていると、団長が部屋の奥へと手招きをしたので素直についていく。
部屋の奥は、金属製の柱がど真ん中を貫いており、その中心部には光る何かが埋め込まれいてた。
埋め込まれていたのは緑色の巨大な石。
大きさは、バスケットボールぐらい。
それが、緩やかに回転しながら、淡い光を部屋中にばらまいていた。
「なんですか。これ」
緑色に光る石を覗き込みながら尋ねた。
「説明するより、実際に触ったほうが早いよ」
「えっ、触っていいんですか」
「うん」
いい笑顔に促され、恐る恐る光る石に手を触れた。同時に強烈な眩暈にも似た感覚に襲われる。
この感覚には馴染みがある。これは魔力の流れだ。
江梨香の網膜の裏側で白い光が炸裂した。
光が収まると、そこは、どこか別の場所だった。
「えっ、どこ、ここ」
何もない空間。
白い床に、光る天井。いや、あれは天井なのか。
目の前にはさっきの緑色の石が空中で回転していた。
団長はどこに行ったのだろう。
『なんだ。ここは』
左の耳から聞き覚えのある声が木霊した。
声がする方向に顔を向けると、顔の高さぐらいで、青色の何かがフヨフヨと浮かんでいる。
「キャッ・・・なに? これ? 」
クラゲのように漂う、青い何かを観察する。
『本当に、なんだこれは』
青いクラゲが私の言葉に同意するが、私が聞いているのはあなたの事なんですけど。
身体は半透明で、中心部に光源のようなものが瞬いており、その色合いから危険な感じはしなかった。
「あなたが話してるの? 」
青いクラゲに向かって問いかけるが、反応はない。
「ちょっと、無視しないでよ」
クラゲの真正面に立つ。
どこが正面かは不明だけど。
『・・・・・・はい? 』
驚いたようにクラゲが点滅した。
「あなたよ。あなた。あなた、もしかしなくても腕輪さん?」
自分の左腕を掲げて見せる。
いつも身に着けている銀の腕輪が煌めいた。
声だけは何度も聞いたけど、姿をはっきりと認識したのは初めてね。
ドルン河の河畔で、夢に出てきたときは、人の形だったような気がしたけど、本性はクラゲだったのか。
『はい。なに、見えてるのか。俺が』
「うん。見えてる。青いクラゲみたいだけど」
『青い・・・クラゲだと・・・はーっ。奇妙な空間だな。おい』
興奮したのか、青いクラゲが激しく点滅を繰り返した。
「こんにちは。ちゃんと話すのは初めてですよね。いつもお世話になっています」
深々と頭を下げた。
腕輪さんには、危ないところを何度も助けてもらった。
『あー、こいつはご丁寧に。こっちも好きでやっていることだから気にするな』
このクラゲみたいなのが、私の腕輪の精霊であることは間違いないみたい。
「で、ここはなんなの」
初対面だけど、会話だけなら何度もしているから気軽に話しかける。
腕輪さんの方も、気安い感じで返答をしてくれた。
『さあな。魔導空間か何かかな。俺にも分らん』
腕輪のクラゲは、空間を観察するように上昇、下降を繰り返す。
「マドウクウカン? ってなに? 」
『魔力で構成された別の次元のことだ。たった今、俺が勝手に作った言葉だから気にするな』
「はぁ」
勝手に言葉を作った・・・ってことは、やっぱり自立した知能があるのね。腕輪さん。
学習型トップダウン式AIとかではなく、生き物に近いのかな。
『俺も似たようなことはできるが、ここまで巨大な空間は無理だ』
「ふーん」
腕輪さんについて勝手に憶測していると、負けず嫌いなのか、悔しさが滲んだ感情が伝わってきた。
『あれが、この世界の中心だな』
クラゲが緑色の石に向かって進むので、後に続く。
『江梨香の嬢ちゃん。触ってみろ』
石の寸前で立ち止まったクラゲが振り返る。
そっちが前なのね。
「触るって、これに」
『ああ、これに触れれば、この空間が何かわかるだろうよ』
「ほんとに」
『信用しろって』
「信用はしてますけど」
促されたので、恐る恐る左腕を前に出した。
熱いものを触るように、パッと触って手をひっこめる。
固い物体が確かにそこにある。
『もっと長く触れてくれよ。観測できないぞ』
「人を実験台にして」
『俺は触れられないみたいだからな』
クラゲは石を通り抜けて反対側に陣取った。
はいはい、分かりましたよ。
仕方がないので、意を決して腕を伸ばす。
緑色に輝く石は、想像より冷たかった。
石が一瞬だけ光を強めると、私の左腕でガチンと何かがかみ合ったような音がした。
『あー。はいはい。なるほどね』
その様子を見ていたクラゲは、合点がいったのか、私の左腕で止まった。
『今からお前さんの魔導回路を繋ぐから、そのままでいろよ』
「えっ、何をする気」
『直ぐにわかる』
その言葉が終わらないうちに、私の中に存在するらしい膨大な魔力が腕輪を伝い、緑色の石の中に注ぎ込まれるのを感じた。
魔力を注ぎ込まれた石は、強烈な光を放つと、その上に金色の奇妙な文様を浮かび上がらせる。
文様は私の魔力を吸い込むと、連鎖反応的に広がっていった。
「なにこれ」
『こいつはたまげた・・・これを作った奴は天才か大馬鹿か。どちらにしろ、相当な変態だな。何を考えてるのやら』
「一人で納得してないで、私にも説明してよ」
『ああ、すまんすまん』
話している間にも、次から次へと集積回路を繋ぎ合わせたような光景が、視界一杯に拡大していく。
『こいつは、超巨大な魔道具の一種だ。妙な塔だとは感じていたが、この塔全体が一つの魔道具のようだな。ご苦労なこった』
「魔道具・・・ってことは、あなたのお仲間ってこと? 」
『いいや。俺がクラゲなら、こいつは巨大隕石だ。全く違うものさ』
分かったような、分からないような返答が返ってきた。
「で、何に使う魔道具なの」
『分からん』
「ちょっと、ふざけないでよ。人を実験台にしたのに」
思わせぶりに話しておいて、結論が分からんって。
『ふざけてなんかない。分からないものは分からない。俺は誠実だ』
「どこがよ」
『仕方ないだろう。今、発現している魔法式は全体のほんの一部だからな』
「えっ、これでほんの一部なの」
眼前に繰り広げられる光景と、聞かされた言葉のギャップに呆れる。
あの集積回路みたいなのの一つ一つが、腕輪さんの言う魔法式なのだろう。感覚で分かる。
「参考までにお聞きしますけど、私の風の魔法でどれぐらいの魔法式なの」
『こんなものだな』
目の前に簡素な魔法式が一つ現れた。
物凄く単純な構成をしている。
向こうが複雑怪奇な証明の計算式だとしたら、私の風の魔法は足し算ぐらい簡単な式。
『光の魔法で、こんな感じだ』
さっきよりは、複雑で大きな魔法式が現れる。
それでも難易度で言えば、因数分解程度ね。
お陰で、この魔道具の凄さが分かった。
『こいつを動かすには、お前さんが一万人ぐらい必要かもな。この世界に、お前さんと同等の魔法使いが一万人もいるとは思えないが』
「なら、実質的に動かないじゃない」
『動かんな』
「それって、意味が無いんじゃ」
『だから大馬鹿野郎って言ったんだ。魔法式は天才的だけどな』
「・・・なにか、ヒントになりそうなものは無いの」
『そう言われてもな・・・』
青いクラゲが魔法式の間を飛び回る。
『うーむ。今言えるのは、この魔道具を動かすためには、膨大な魔力が必要な事。複数の作業が同時に行えること。動いた形跡があるってことぐらいだな。ってか一部は今でも動いている』
「なんだ、動くんじゃない」
『ああ、どうやったかまでは分からんがね。これを作った奴は、お前さんの一万倍の魔力があったのかもな』
「団長のお父さんが作ったんでしょ。団長の師匠なんだから魔法の力も桁違いだったんじゃない? 」
『否定はしないがその場合でも、そいつは人の形はしていないと思うぞ。人の器が魔力に耐えられないだろうからな』
「耐えられないとどうなるの? 」
『爆発する』
「えっ、噓でしょ」
『かもしれない。そんな人間いないからな。正確なところは分からん』
「憶測ですか。でもそうなるとこれを作った人は、人間を超越した神様みたいな感じになるんじゃ」
『そう分類してもいいだろうな』
「はぁー」
神様か。
団長の師匠は私と同じ日本人と思っていたけど、違うのかもしれない。
困ったわね。
続く
誤字報告、いつもありがとうございます。助かります。




