騎士団長の塔にて
エリックは目の前に現れた少年が、お目当ての騎士団長だと知らされ驚く。
俺の妹、レイナより少し上ぐらいの年齢だ。
この歳で、王国最強と謳われるガーター騎士団の長が務まるのだろうか。エリカも戸惑っている様子。
そんなエリカに騎士団長が抱き着いた。
咄嗟のことに、どう反応してよいか分からない。
エリカも固まっている。
助けを求めようと視線をコルネリアに動かすが、彼女は動じていない。これは騎士団長なりの挨拶なのか。
しばらくすると満足したのか、騎士団長はエリカから離れる。そして、聞き覚えはあるのに意味が分からない言語で話し出した。
滔々と語る騎士団長に、時折エリカが相槌を打っている。
エリカに通じているとなると、騎士団長の話しているのはおそらく神聖語。それも教会の聖職者が扱う神聖語ではなく高等神聖語だろう。しかし高等神聖語はエリカにしか扱えないはずだが。
もしかしてこの騎士団長様が、エリカが探していたニホン人なのか。
いくつもの疑問に支配されていると、騎士団長がコルネリアに向かって命じた。
「コルちゃん。悪いんだけど、エリカと二人で話がしたいんだ。お付きの人と一緒に下で待っていてくれるかい」
コルちゃん?
これは、コルネリア様の事なのか。彼女をこれほど気軽に呼ぶ人物がいたとは。
若殿ですら呼び捨てになどされないお方なのだが、騎士団長ともなれば違うらしい。
「分かりました。エリック卿。行きましょう」
「は、はい」
普段よりも無表情なコルネリアに促されて、騎士団長の部屋から下の階に移った。
団長の部屋の一つ下は、台所になっていた。
木製の粗末な椅子に腰かけると、コルネリアが器を差し出す。
「ありがとうございます」
受け取った器の中には、何とも言えない緑色の液体が入っていた。
「これは、なんでしょうか」
匂いをかいでみると、僅かに草の香りがする。
「団長のお気に入りの飲み物です。喉がすっきりとします。薬としても使われる」
「頂いてよろしいのですか」
「構いません。二人の話は長くなるでしょうからね」
「そうですか。では、頂きます」
思い切って口にすると、確かに薬のような味がする。変わった飲み物だな。
「ところで騎士団長様は、エリカの同胞なのでしょうか」
向かいの席で同じ飲み物を口にするコルネリアに疑問をぶつける。
「違うでしょうね。団長は"フェリーレ"です。しかし、エリカはそうではない。よって団長はエリカの同胞ではない」
相変わらずの明確な返答だな。
しかし、そうなると高等神聖語はどこで覚えたのだろう。あの言葉を話せる人物が、そう易々といるとは思えないが。
他の疑問も口にしてみる。
「その、フェリーレとはなんですか」
「フェリーレとは古い言葉で、長き者という意味だ」
「長き者。ですか」
分かったような分からないような言葉だな。
「団長の耳は見ましたか」
「耳? いえ、私からは見えませんでしたが」
「ならば後ほどよく見ると良い。団長の耳は私たちのそれと比べると、とても長い。それはフェリーレの証」
耳が長いから長き者なのだろうか。
エリックの予想は少しずれていた。
「長いのは耳だけではない。団長の姿ですが、私が子供の頃に会った時から今日まで、一切変わっていない。団長は、ほとんど歳をとらないのです」
「歳を取らない。不老不死ということですか」
思わず体が前のめりになった。
「いいえ。不老不死ではありません。本人曰く、私たちとは時間の流れが違うらしい。簡単に言ってしまえば、私たちの一年が彼にとっては一月程度ということであろう」
「一年が一月。いったい何年生きておられるのですか」
「少なくとも百年は生きているらしい。本人も詳しい年齢を数えてはいないようだ」
「百年・・・」
コルネリア様は否定するが、俺からしてみれば団長はほぼ不老不死だ。そんな存在が実在したとは、驚きだ。
百年も生きていれば、王国の誰よりも長命に違いない。
見た目とは裏腹に、団長は歴戦の魔法使いということか。
コルネリアの予想通り、団長とエリカの話は長きにわたった。
いつまでたっても終わる気配がない。
その間、コルネリアから団長が作った魔道具について教えてもらう。台所にも団長が作った魔道具が数多く転がっていた。
手のひらに乗る大きさから、馬車にも積めないような大きさの物まで様々。どうやら団長は魔道具作成についても王国随一らしい。
コルネリア様は魔道具の話になると途端に饒舌になる。
普段では考えられないほど楽し気に、魔道具の合間をいそいそと動き回る姿を見るのは新鮮な感覚だな。
そして驚くほど早口になる。
滑舌が良いので聞き取りやすいのだが、話の内容が多すぎて、理解するのに手間取るんだ。しかし、そのお陰で騎士団長様がいかに強力な魔法使いであるかが分かった。
その中の一つ、日の光を集めそれを封じ込めたという、永遠に光を放つ魔道具は、彼女が再現しようとしても未だ成しえない物らしい。
確かにこれがあれば、夜でも昼間のように明るい。
ギルド本部に一つ欲しいぐらいだ。書類仕事がはかどるだろう。
コルネリア様の見立てでは、金貨一千枚でも安いとのことだ。金額が大きすぎて、高いのか安いのかすら分からない。
日が傾くころ、団長とエリカが台所まで降りてきた。
ようやく話が終わったらしい。
降りてきてたエリカは、両腕いっぱいに書物を携えていたので受け取ってやる。
「ありがとう」
近くで見ると、エリカの目は真っ赤だ。
泣いているのか。いったいどんな話をしたのだろう。
「大丈夫か」
「大丈夫。ありがとう」
エリカの荷物をまとめていると、団長が楽しそうに声をかけてきた。
「コルちゃんも、お付きの人も待たせちゃったかな。ごめんね。ついつい話し込んじゃった」
「団長。その呼び方はやめていただきたい」
コルネリアが堪り兼ねたように抗議の声を上げる。
「そうだった。ごめんよ。エリカ。また、遊びに来てね。いつでもいいから遠慮しないで。ニホンの話をもっと聞きたいんだ」
「分かりました。また、お邪魔します」
「うん。待ってるよ」
コルネリアの言う通り、耳の長い騎士団長に見送られて塔を後にする。
エリカは何か考え込んでいるようで、終始無言だった。
続く




