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忘れていた予定

 マリエンヌと劇的な再会を果たした翌日。江梨香は事の次第を将軍閣下から承った。

 納得できない点が、一つ、二つ、三つ、四つ、ばかり有ったが、マリエンヌが生きていたことに免じてすべてを飲み込むことにした。


 と、言いますか、あまりの事態の急変具合に、脳みその処理速度が追い付かない。

 色々な感情が一気に押し寄せたもんだから飽和状態になっちゃって、一周回って逆にどうでもよくなってしまった感じなのよね。

 マリエンヌは生きていた。この事実だけで万々歳よ。

 後のややこしい話は、後で考えればいい。

 そういうことにした。


 とにかく決まっていることは、公式にはマリエンヌは死亡扱い。名前は変えられ、今後はヘシオドスの家名もクールラントの一門も名乗らない。近日中にひっそりと王都から出ていくこと。行先はとりあえずレキテーヌ地方。こんな感じだ。


 「あの、マリエンヌをニースに連れて行ってもいいですか。私が責任をもって預かります」


 将軍様の説明が終わったのを見計らって、要望を口にする。

 ダメ元だし、聞いてみるだけは聞いてみよう。

 私の要望を聞いた将軍様は、眉をひそめた。

 あっ、これ駄目なパターンのやつだ。なんとなく分かる。


 「えっと、逮捕前にマリエンヌにニースに連れて行ってあげるって約束したんです。彼女もきっと楽しみにしてくれていると思うので、無理を承知でお願いします」


 情に訴えかける感じで、両手を合わせて拝んでみる。

 将軍様に効果があるかは不明。


 「ニースも一応レキテーヌ地方ですし、約束は破っていないかと・・・思ったりして・・・」


 あまりに無言が続くから、また怒らせたんじゃないかと心配になってくる。

 将軍様って判断がものすごく速いから、返事が遅い場合はネガティブな感じなのよね。

 エリックが言うには、私はいつも将軍様が怒るか怒らないかの、ギリギリのラインを攻めているらしい。

 そんな危険な真似は一切していない・・・つもり。 


 王都にきて改めて実感したんだけど、将軍様って私が思っているよりも偉い人だったみたい。

 いや、偉い人だってのは分かっていたけど、私の認識が甘かったと言うか何と言うか。

 将軍様って見た目はちょびっと怖い感じだから、気難しいのかなって印象を受ける。

 しかし、いざ話してみると結構気さくな感じ。あまり偉ぶったりもしないから、これまで意識してこなかったのよね。

 でも、今回の裁判で王都の偉い人と手紙でやり取りをしたら、まぁ、大変だった。

 皆様、滅茶苦茶偉そう。

 いや、元々偉いんでしょうけど。物言いも含めて全てが、仰々しいったらありゃしない。

 貴族ってそういう生き物なんだなぁ、と思うしかなかった。

 将軍様ってそんな王都の偉い人と同格か、それ以上の立場の人らしい。

 改めて認識すると緊張しそう。

 なのに将軍様や若殿って、立場の割にめっちゃフランクなのよね。

 礼儀作法とかに煩くないし、向こうからも気軽に話しかけてくれるから、こちらからも話しやすい。

 だからついつい、立場をわきまえない物言いをしてしまい、後でエリックから怒られる。

 これは大いなる反省点。

 でも、加入したのがセンプローズ一門でよかったわ。ほかの一門だったら、肩が凝ってしょうがない。



 江梨香が埒もないことを考えていると、将軍が口を開く。それは江梨香にとって良い結論であった。


 「まぁ。良いだろう。正式な落ち着き先が見つかるまでの間に限るが」

 「ありがとうございます」


 色よい返事に、直角になるまで頭を下げた。

 やったー。

 心の中で小さくガッツポーズ。


 「ただし、全責任を持って預かるのだぞ。何かあったら其方の失態だ。よいな」

 「はい。お任せください」

 「念を押しておくが、彼女の名誉回復を試みたり、密かに逃がすのは駄目だ。他国に送るなどもっての外だぞ」

 「はい」


 勢いよく返事をしたが、何か引っかかる物言い。


 「更にこちらでも監視をつける。当面の間のマリエンヌ嬢の生活費や、監視の者の経費もすべて其方持ちだ。それでもいいのか」

 「喜んで払います」

 

 なんだか良く分からないけど、色々な牽制球が飛んできた。

 将軍様の中の私のイメージってどうなってんのよ。まるで私が、ドケチで陰険な策略家みたいな扱いじゃないですか。納得いかない。

 私は常に正面切っての正々堂々、いつもニコニコ現金払いを心がけています。


 「ニースで預かると言ったが、領主たるエリックは了承しているのか」

 「はい。受け入れは問題ないと言ってくれています」

 「いいだろう。エリックと二人で事に当たれ」

 「お任せください」

 「では、三日後に出発することになっておる。準備しておけ」

 「はい」


 三日後ね。それなら慌てて準備しなくてもいいかな。

 その時はそんな呑気なことを考えておりました。はい。

 これが大きな間違い。



 三日後に出発の話をみんなに伝えたら、コルネリアが一言。


 「騎士団長との面談はどうするのです。これを逃すといつになるか分からぬ。私はどちらでも構わぬが」

 「あーっ」


 忘れていた宿題を思い出してしまった。

 そうでした。今回、王都に上って来た目的の一つは、騎士団長に会うためだった。頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。


 「完全に忘れてた。どうしよう。今からでも会えるのかな」

 「さて。本人に聞いてみるほかあるまい」

 「ってことは・・・」

 「行くしかないであろう」

 「ですよね。よし。今行こう。用意してくる」

 

 こうして、再び騎士団長が住んでいる森を目指したのだった。


 

 「王都の近くに、こんな深い森があったんだな。知らなかった」


 念のためと護衛を買って出てくれたエリックが、馬上から騎士団長の森を眺める。

 黒々とした森が、陽の光を遮るように広がっていた。


 「そうなのよ。しかも魔法の力で守られた森だからね。エリックも試してみたら」

 「いいのか」

 「いいわよね」


 一応コルネリアに確認を取ると、承認された。


 「よし。馬にも効くのか試してみる」


 エリックは、馬にまたがったまま森に乗り込んでいく。

 一分後。


 「不思議だ。馬に任せて真っすぐに進んでいたのに外に出た」


 案の定。あっさり森から追い出されたエリックが首をかしげる。

 その後、コルネリアが簡単な魔法を発動させると、十秒もたたないうちに、森の奥から光る物体が現れた。


 「うわ、凄い」

 

 緑色に光る火の玉みたいなものがやってきた。神秘的だけど、真夜中に見たら恐怖で心臓が止まるかもしれない。


 「団長は塔にいます。この光の後に続きなさい」

 「了解です」


 ああ、よかった。

 ご不在だったらどうしようかと思っていたけど、なんとか会えそう。



 一行は、ゆらゆらと進む火の玉に導かれ森の中を進む。

 青の塗料でペイントされた巨石の間を抜けると、白亜の塔が現れた。


 「いかにも魔法使いが住んでいそうな塔よね。やっぱりこうでなくっちゃ」


 見上げるほどの高さの塔。

 この高さなのに森の外からは一切見えないとか、騎士団長は凄い魔法使いに違いない。

 一人で興奮していると、エリックが口を開く。


 「エリカもこんな住まいが欲しいのか」

 「えっ、要らないけど。こんな高層マンション、毎日の上り下りが大変そう」

 「でも魔法使いが住む家には相応しいのだろう」

 「イメージとしてはそうね。私は木造平屋で十分よ。虫が入ってこなくて、お風呂があれば文句なし」


 厄介になっているアスティー家には、一人で入るには大きすぎるほどの立派な浴室があり、私も利用させてもらっていた。

 毎日のように入るのは私だけだけどね。


 「風呂か。相変わらずの貴族趣味だな」

 「違う」

 「違わない」

 「私の国では家に風呂があるのは珍しくないの」

 「それがいまだに信じられない」

 

 二人のじぁれあいを無視すると決めたらしいコルネリアは、無言で塔の扉を開けると中に入っていってしまう。

 慌ててその後を追う。

 美術品なのか実験器具なのか判然としないオブジェが乱立する塔の内部を登っていくと、最上階に到達した。



 そこは天窓から燦燦と陽の光が降り注ぐ明るい部屋であった。


 「団長。コルネリアです。ご要望のエリカを連れてきましたよ」 


 コルネリアが部屋の奥に声を掛けると、何かが倒れる音と共に、乾いた足音が近づいてきた。


 「待ってたよー。待ちくたびれちゃったよ」


 江梨香の前に一人の少年が走り寄ってきた。光を受けて輝く緑色の髪を持つ少年だ。


 「やあやあ。また会ったね。エリカ」


 挨拶をする前に親しげに話しかけられたが、少年に見覚えが無い。

 また会った?

 いや、こんな子、知らないんですけど。

 それよりもその髪の毛、どうやって染めたの。色がお父さんが乗ってるバイクと同じなんですけど。


 「おや、今日は楽しそうな顔をしているね」

 「えーっと」


 どうやら以前にあったことがあるらしいのだけど、全く思い出せない。記憶を探るため少年の顔を再度確認すると、髪の毛以外の違和感に気が付く。

 緑に輝く髪から飛び出したそれ。

 耳かな? うん。たぶん耳だ。

 この子。耳がめっちゃ長い。しかも、ぴくぴく動いている。これってもしかして。


 「あのー。団長様はもしかしてエルフですか」


 私の問いかけに団長は満面の笑みを浮かべた。


 「おー。久しぶりにその呼び方をされた。そうだよ。僕はエルフだよ。びっくりした? 」

 「はい。びっくりしました」

 

 凄い。エルフって本当にいたんだ。

 さすが異世界。


        

                続く

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