下手人
ペリューニュ子爵家の家宰ランドバールは、マリエンヌがセンプローズ一門において保護されたのを見届けると、アスティー家を辞した。
引いてこられた自分の馬に飛び乗り、松明を持った従者を先頭に夜の大路を駆け出す。
従者の息が絶え絶えになった頃、目的地であるペリューニュ子爵家の門をくぐった。
出迎える召使いに向かって、身に着けていた漆黒の外套を投げ渡すと、そのまま屋敷の奥、主人の居室へと向かう。
「ただいま戻りました。遅くなり申し訳ございません」
部屋の奥に灯る、明りに照らされた影に向かって一礼する。
深夜に近い時刻ではあったが、子爵は立派な拵えの椅子に腰かけ、ランドバールの帰りを待っていた。
「ご苦労。いかがであった」
「はい。マリエンヌ嬢は無事、センプローズ一門の庇護下へと入りました。近日中に王都から秘密裏に退去するとのことです。また、レキテーヌ侯爵閣下より、この件はこれにて終了とのお言葉もいただきました」
直立姿勢を崩さずに答える。
家宰の報告に子爵は大きく息を吐きだした。
「ひとまずは乗り切ったか。払った代償も少なくないが」
「はい。今後裁判で当家の名前が出てくることはありません。委員会も了承済みです」
「重畳だ。それで、アルカディーナとかいう、忌々しい小娘の姿は見たか」
「はい。拝見いたしました」
「どうであった」
「遠くから窺い見ただけの印象ではありますが、貴族の出身ではありません。少なくとも有力貴族の係累ではないと思われます」
「なぜそう思う」
「まず、礼儀がなっておりません。マリエンヌ嬢の引き渡しに際し、挨拶もなく部屋着のままレキテーヌ侯爵の執務室に現れ、マリエンヌ嬢に抱き着きました。後は泣き叫ぶばかりのあり様。礼節を知る者のすることではありません」
「では、巷で流れておる、大貴族の令嬢という話は」
「ただの噂話に過ぎないかと。そもそも明らかに異国の娘です。身体つきはよく、顔だちも整っておりますが、血統の良さを感じさせる気品というものは一切ありませんでした。よくても大商家の総領娘といったところでしょう」
「そうか、一つ、懸念が晴れたわ」
「はい。さらなる混迷は避けられたかと」
アルカディーナの後ろに、未知の勢力が控えていることも考えられたが、ランドバールの言葉からはその懸念はないようだ。
「して、アルカディーナとマリエンヌとの関係は」
「お許しを。そこまでは掴み切れておりません。ただ、二人の様子を見るに、知己の間柄であったことは間違いないかと」
「それだけで、このような所業に及ぶとも思えぬが・・・まぁ、よい。この件は終わった。今更の詮索は無意味」
「はい。続きまして、例のディクタトーレにも接触いたしました」
「どんな男だ」
「まだ若いディクタトーレです。歳の割には経験を積んでいる印象を受けました」
「我らに因縁がある者か」
「いえ。初めて見た顔です。ロジェスト・アンバーの名にも、聞き覚えはありません。あちらも私の顔に覚えがない様子からすると、当家に対して何か遺恨がある者とは思えません。少し話しましたが、純粋に作戦の一環として当家を巻き込んだようです」
「なお腹立たしいわ」
「はい。一言、脅しておきましたが、あまり効果はないかと」
「そ奴を始末できるか」
「堪えてください。まず間違いなくセンプローズ一門の息のかかった男です。侯爵閣下の側近が、ディクタトーレの近くに控えておりました」
「分かっておる。口が滑った。忘れよ」
「はっ」
子爵は疲れ果てた表情を手で拭うと、腹心の部下をねぎらう。
「ともかく、難しい交渉であったがよくやってくれた。大義である。後日、褒美を遣わす」
連座制の拡大で不利益を被りそうな有力者の間を走り回り、バラバラであった家々を一つにまとめ上げたのは、この家宰の功績であった。
「もったいないお言葉です」
ランドバールは深々とお辞儀をする。
そのまま退出するかに思われた家宰は、一呼吸おいて話を変えた。
「閣下。終わったこととはいえ、此度の騒動について、一つ不審な点がございます」
「なんだ。申してみよ」
「はっ、なにか確証があるわけではございませんが・・・その、気になりまして」
言いよどむ家宰に向かって、子爵は続きを促した。
「何が気にかかる」
「その、当家が追い込まれた、例のアルカディーナ襲撃の件ですが、もしかするとアスティー家の差配ではないでしょうか」
腹心の推測を聞いた子爵は、右腕で肘掛けを叩く。
大きく鈍い音が部屋に響いた。
その怒りに満ちた動作に、ランドバールは確信する。
「やはり、閣下もお気づきでしたか」
しばしの沈黙の後、ゆっくりと子爵は語りだす。その声は怒りに満ちていた。
「これを思いついた時は考えすぎかとも思うた。だが、其方も同じように感じたのであれば間違いあるまい。アルカディーナ襲撃はアスティー家による自作自演よ」
「私もそう思います。そう考えると此度の件、全て辻褄が合います」
主従の声は熱を帯び始める。
「今にして思えば、全てにおいて手際が良すぎるのだ。連座制を口にして時を置かずに小娘を襲撃。襲撃された小娘の保護を理由に裁判に介入。巻き込まれた我らが頭を下げるのを見計らっての仲裁。何から何までセンプローズの手の内ではないか。これを偶然と片づけられるか。無理であろう」
「仰せの通りかと。委員会との折衝でも、予め手をまわしていた形跡が見受けられました。おそらく、相当早い段階で、本件への介入を決めていたと思われます」
予想は断定へと変わり、そして真実となった。
「そうであろう。襲撃にしても、自らが保護しているクリエンティスを自らの手で襲うのだ。これほど簡単なことはあるまい。無論、アルカディーナを始め誰一人傷つかぬ。保護者が下手人なのだからな。そして、それを理由にパトローネとしての責務を果たすと称し、小娘を保護。こうなれば出遅れた我らも手出しは難しい。小娘の安全を確保した上で、事件を口実に裁判に介入すれば、委員会からも謀反人に加担したとも言われまい。こうして安全に確実に裁判に介入し、我らを揺さぶる口実を作り上げたのだ」
「してやられました」
「忌々しい。東のはずれの成り上がり者どもが。栄誉あるセンプローズの名を冠しているとはいえ、アスティー家など百年前は農民と変わりあるまい」
「はっ、小さな所領を治める独立騎士の家が発祥だったかと。そもそもは当家とは比べるに値しない、家格の低い家柄でございます」
「そのようなものにしてやられ、下げなくてもよい頭を下げ、あまつさえ借りを作ることになるとは」
「無念です。レキテーヌ侯爵からは何も伺っておりませんが、あちらはどの様な見返りを望んでおられるのでしょう」
「知れたこと。レキテーヌ侯爵は次の枢密院議長の座を欲しておるのよ」
主の予測にランドバールは大きく頷く。
「なるほど。次の議長選定の席で、レキテーヌ侯爵の推薦人に名を連ねろということですか。当家を始め、恩を着せた家々を集めれば、それなりの勢力にはなりますな」
「口にはしなかったが、あの家が次に狙っているものがあるとすれば、それであろうよ。ゆくゆくは、王国宰相の地位をも狙っておるのだ」
「まさか」
「枢密院議長の椅子を手にしたのであれば、あり得ぬ話ではないわ」
「分をわきまえぬ所業です。いかがなさいますか」
「無理やり掴まされたとはいえ、借りは借りだ。口惜しいが返さねばなるまい。だが、奴らの軍門に下ったわけではない。いずれ目に物を見せてくれる」
「心得ました」
ペリューニュ家の主従が怒りを爆発させていた頃、江梨香襲撃犯に断定された親子も、同じように語らっていた。
「此度の件。ご苦労であった。お前の描いた筋書き通りに進んだな」
「はい。これで父上の枢密院議長への道も見えてまいりました。我が一門にとっても重畳の極みでしょう」
「うむ。儂としては、議長の席はお前の代で成し遂げればよいと考えておったが、予定が早まったな」
「予定が早まることはよいことです。父上の王国宰相就任も夢ではないかと」
「そう早まるな。速く進もうと馬に鞭を当ててもそれは一時の事、長くは走れぬ。何事も流れというものが有るのだ」
「流れですか」
「そうだ。流れだ。此度は上手くいったが、味を占めるなよ。それは癖になる」
「心得ております。私も流れに乗っただけです。それに鞭など当てなくともよく走ってくれました。むしろ必要だったのは、手綱の方です」
息子の揶揄に、将軍は苦笑いを浮かべる。
「暴れ馬ということか」
「はい。どちらに向かって走り出すのやら見当もつかず、向きを整えるのに苦労いたしました」
ついに将軍は声をあげて笑う。
「手綱のない暴れ馬か。乗りこなすのは至難であるな」
「至難ではありましたが、暴れ馬を助けるものも多く、お陰で予想外の速さになりました。マリエンヌ殿の命が助かるとは、思いのほかの出来事です」
これはフリードリヒにとっても、大いなる驚きであった。
「あ奴にとっても良い結果であったな」
「はい。エリックの働きも目を見張るものがありました。こちらも予想外です」
「あれには儂も驚いた。騎士となり大きく成長したな。取り立ててやったかいがあるというものだ」
「あの二人や助けた者どもにも、何か報いてやりたいのですが」
「分かった。何か考えておこう」
「ありがとうございます」
「うむ」
配下への配慮を忘れぬ息子に対し、将軍は満足げに頷くのだった。
続く




