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ペリューニュ子爵の苦悩

 突如としてメッカローナ広場で繰り広げられた音楽の祭典は、大きなうねりとなって王都を飲み込んだ。

 それまでヘシオドス家の陰謀や、マリエンヌの境遇について無関心であった人々の口にも、これらの話題が上るようになる。

 こうして江梨香の目論見通り、マリエンヌに同情的な世論が形作られていった。そして、この状況に追い詰められてゆく人々がいる。

 それは、ロジェストの拡大解釈戦法の標的となった貴族たちだ。中でも窮地に陥っていたのは、ペリューニュ子爵であった。


 「何が、どうなっておるのだ」


 王都の一角に構えた屋敷の中で、子爵は頭を抱えていた。


 彼は謀反話が持ち上がった段階で、ヘシオドス家との関わりを断ち切るために奔走した。

 マリエンヌとの婚約はその日のうちに破棄し、婚約相手だった息子は念のため自領に避難させた。

 また、同家との関わりが深かった家臣は領地に送り返し、謀反との関わりを匂わせる可能性が高いものを処分した。

 そうすることにより、王家に対して恭順の意を表していた。

 これらの努力の結果が功を奏し、内々にではあるが、謀反とは無関係のお墨付きをもぎ取ることに成功していたのだ。


 自分の働きに満足していたペリューニュ子爵の元に、連座制の適用を求める連中がいるらしいとの話が舞い込んだ。

 当初、その報せを聞いたときは、鼻先で笑ったものだ。

 苦し紛れにヘシオドス家ゆかりの者が、無駄な足掻きをしたのだろうと。

 しかし、誰がそんなことを言い出したのかは、調べる必要がある。

 家臣を使い情報を集めると、話の出所がマリエンヌの弁護団であることが判明した。

 そんな者たちがいるのかと子爵が首を傾げた矢先、その弁護団が何者かに襲撃されたとの報が飛び込んできた。


 襲撃の話を聞いたときには、正直、暗い喜びが沸き上がった。

 しかし、次の瞬間に背筋が凍り付く。


 「何者かに嵌められたのかもしれぬ」


 これは、誰かが自分を、ペリューニュ家を貶めるための陰謀ではないのか。

 何も知らぬものから見れば、賊を差し向けたのはペリューニュ家に見えるだろう。

 自分も部外者であればそう考える。自分が考えるということは、周りも考えるということだ。


 「こんな馬鹿な話があるか」


 子爵は、怒りと共に吐き捨てる

 ペリューニュ子爵家が襲撃犯でないことは、彼自身が一番知っている。

 なぜなら弁護団の正体を知ったのが、つい、今しがただからだ。

 正体も分からないのに、襲撃など行えるはずがない。

 襲撃するためには、標的の情報を集め、実行する賊を編成しなければならない。その筋に話を持っていくにしても、下調べは自分でやるしかない。

 だが、弁護団の主席ディクタトーレと、その雇い主の名前を知ったのは、襲撃事件の後。王都で、その噂がもちきりになった時期であった。

 そして、弁護団の主が有力貴族、センプローズ一門の魔法使い。しかも教会より祝福されたアルカディーナの娘と判明した時は、脱力して椅子に座り込んでしまった。


 子爵も陰謀渦巻く王都で長年泳いできた実績があり、権力闘争にもそれなりの自信があった。

 だが今回の事件は、それらの実績を完全に過去の栄光にするものであった。

 頭を抱えた子爵は、うめき声をあげる。

 これは下手をすると、ペリューニュ子爵家とセンプローズ一門、教会との全面衝突になりかねない。

 そうなった場合、敗北するのは子爵家である。

 広大な領地と、強大な軍事力を保持するセンプローズ一門を相手にするだけでも分が悪いのに、そこに教会まで加われば、勝ち目は全くない。


 子爵は一旦、王都からの逃亡も考えた。

 情勢が落ち着くまでは、自領に引きこもるべきなのかもしれない。

 だが、王都から離れてしまえば、今後の展開に対してすべての対応が後手に回る。今の混沌とした状況下での逃走は、悪手以外の何物でもない。自らを犯人と認める行為だ。

 王都を退去するにも、まずは身の潔白を証明する必要がある。

 かと言って、センプローズ一門に頭を下げに行くのも話は違う。

 実際に訴えられてはいないが、訴えると脅してくる相手に向かって、やってもいない襲撃事件に対しての弁明するなどと、足元を見られるだけだ。

 だが、何もしないと、センプローズと教会を敵に回すかもしれない。そうなれば、有力貴族との全面衝突だ。

 それはヘシオドス家の二の舞であった。

 ともかく助けを求めるためにも、自家のパトローネでもある大貴族の屋敷に駆け込んだ。


 「当家にあらぬ疑いがかかっております。お助けいただきたい」


 子爵の訴えを聞いたパトローネは冷たい視線を向ける。


 「助けてはやりたいが、一つ問いただす。そなたは賊を差し向けたのか」

 「神々に誓って、当家は無実です」

 「わかった。信じよう」

 

 パトローネの言葉に安堵を覚えるが、それは早計であった。


 「だが、他の者は信じまい。アルカディーナを害して得をするのは、その方たちペリューニュ家だ」

 「お言葉ですが、私がアルカディーナの存在を知ったのは、彼女が襲われた後のことです。知らぬものは襲えません」

 「だが、それを証明できまい。証明できなければ信用されぬ。当家の口添えがあったとしてもだ」

 「やってもいないことを、どうやって証明せよと仰せですか」


 子爵の語気は荒ぶる。


 「吠えるな。わかっておる。だが、その方たちの無実を信じる者は少ない。そこは動かぬ」


 パトローネに相談したところで、妙案が出るわけでもなく、アルカディーナを襲撃した賊の正体を突き止めることが先決との結論に至る。



 子爵は、自分を陥れた勢力の正体を考える。

 権謀術数が渦巻く王都では、だれが敵で誰が味方かは判然としない。

 同じ一門のクリエンティス同士で、足を引っ張り合うことも日常茶飯事である。

 自分の失脚を望むものが、どこに潜んでいるかは分からない。

 賊の手掛かりを求めているうちに、事態はさらに動き出す。

 自分と同じように、ヘシオドス家と関わりの深かった家が、連座制の対象として挙げられ始めたのだ。

 これには、王都に滞在する貴族たちの間にも激震が走った。


 子爵はこれらの貴族との連携を図ろうとしたが、うまくいかなかった。

 なぜならば、子爵がアルカディーナを仕損じたために、このような事態に陥ったのだと、貴族たちに糾弾されたからだ。

 勝手に自分の責任にされ、子爵は怒り狂うが状況は改善しない。

 巻き込まれた貴族たちも、子爵が真犯人であると思っているわけではない。ただ、真犯人として行動してほしいと願っているだけである。

 すなわち、小うるさいアルカディーナを、子爵家の手で処分してほしいとの願望だ。

 これは、全く受け入れられない要件である。

 暗殺に失敗すれば、確実に身の終わりでもある。成功したとしても、センプローズ一門との全面衝突に発展しかねない。

 貴族たちで徒党を組むのであるのならまだしも、ペリューニュ家単独でことを起こせるはずもなかった。

 子爵は同じ境遇の貴族たちの間からも孤立した。



 さらに追い打ちは続く。

 センプローズ一門の宗家、アスティー家から詰問の使者が訪れたのだ。


 「我が一門のクリエンティスを襲撃するとは何事か」と。


 痛くもない腹を探られ、子爵は激高する。

 日に日に立場が悪くなってゆく、ペリューニュ子爵にとどめを刺したのが、突如王都で開かれた音楽祭であった。

 その音楽祭では、あろうことかマリエンヌの悲劇を題材とした詩が、数え切れぬほど披露され、王都の空気は文字通り一変したのだった。

 権力闘争とは関わり合いのない庶民たちも、この陰謀事件について語り合うようになる。

 それとともにマリエンヌを見捨て、あまつさえ神々の娘を殺害しようとした子爵家の評判は、地に落ちたのだった。


 事、ここに至って、子爵は自家の存続のために、ある決断を下すほかなかった。

 連座制の対象を広げようとする、アルカディーナへの直接の働きかけである。

 どうにかして、アルカディーナと話をつけなくてはならない。

 そのためにも、彼女のパトローネであるセンプローズ一門へ、取り成しを依頼する。

 取り成しと言えば聞こえはよいが、貴族が貴族に対して何かを頼むということは、相手に対して大きな借りを作ることでもある。

 借りはいずれ返さねばならない。

 貴族ともなれば、市井の者たちのように、気軽に頼みごとなどできはしない。本来であれば、極力避けねばならないが、いくら考えても他に手段は残されていなかった。

 普段は領地で暮らしているレキテーヌ侯爵が、王都に上ってきたとの報せも、その行動を後押しした。



 子爵はアスティー家の門を叩き、レキテーヌ侯爵の助力に活路を求める。

 しかし、対応に現れたのは侯爵の跡取りであった。

 侯爵との直接会談を望む子爵に対してフリードリヒは、王都の情勢に明るくない侯爵に代わり、この件は自分が一任されていると答えた。

 そして、助力を求める子爵に対して、一つの条件が提示された。

 それは、連座の対象になっている貴族たちをまとめ上げ、マリエンヌを救解する勢力を作れとのことだった。

 マリエンヌの罪が問われないのであれば、その他の者たちも同様に咎めは無いと。

 フリードリヒの提案に、ペリューニュ子爵は頬を引きつらせる。


 なんたる難題か。


 その考えが思い浮かばなかったわけではない。

 マリエンヌが無罪となれば、連座の罪はそれ以上の広がりを見せることは無く、自然と子爵家に対する脅威も消え去る。

 だが、同時に大きな問題も立ちはだかる。

 マリエンヌを救解するということは、ヘシオドス家に肩入れすることに他ならない。

 自ら謀反話と関係ありと、白状したと受け取られかねない。そうなると、状況がさらに悪化する危険性をも孕んでいるのだ。


 「受け入れられませんか。閣下」

 「・・・即答は致しかねる」


 フリードリヒの問いかけに、子爵は勧められた椅子の肘掛を掴む。


 「しかし、このままでは、ペリューニュ子爵家のみが生贄となるやもしれません。委員会に肩入れしている方々も、進んで貴方を守ってはくださらないでしょう。こう言っては失礼だが、子爵家が滅んでも、自分たちが受け取る利益が上回るのであれば、良しとする方もいらっしゃるかと」

 

 子爵が恐れている最悪の事態を口にされるが、このままやられるわけにはいかない。反撃の糸口をつかまねばならなかった。


 「そうなるかもしれぬ。だが、我々はアスティー家の関与を疑っているのだ」

 「当家の関与ですか」


 フリードリヒは姿勢を改め、長い脚を組みなおした。


 「そうだ。我々の間にも罪を広げようとしているのは、そちらのクリエンティスではないか。我々から見れば、今の状況に追い込んだ黒幕はセンプローズ一門に見える」

 「困りましたな。確かにエリカは我が一門のクリエンティスですが、誓って我らは無関係。マリエンヌ殿の弁護は彼女の意思ですよ」

 「信用ならぬ」


 言い分をピシャリと否定され、フリードリヒは苦笑いを浮かべた。


 「お言葉ですね。しかし、我らはヘシオドス家に恨みこそあれ、助ける義理は持ち合わせておりません。伯爵閣下の企みによって、我が軍団も大きな痛手を受けております。それがなければ、今頃はメルキア討伐に参加いたしております」

 「では、なぜ、貴方のクリエンティスがヘシオドスの弁護などしておるのだ。辻褄が合わぬではないか」

 「あれは、彼女が勝手に始めたこと。我らは一切関知しておりません。誰からか命を狙われたので、当屋敷にて保護しておりますが、これはパトローネの責務としてのことです。当家の企みなどと、心外の極みです」


 フリードリヒは子爵からの詰問も、そ知らぬ顔で流していく。


 「我らに罪を広げようとしたのも、関わりないと仰るか」

 「はい。関わり有りません。裁判の形勢が思わしくないので、苦し紛れに連座制度を拡大解釈したのでしょう。まして、我らが命じたわけではありません。あれは大変危険な手法です」

 「ならばこそ、それを止めていただきたいと申しておるのだ」

 「もちろん閣下のお役に立てるのであれば、手を尽くしましょう。ですが、エリカを止めるにはマリエンヌ殿の救解が必須です。それ以外では難しい。それともまた、彼女の命を狙いますか」

 「我らではないと、何度言えばわかる」

 「失礼。そうでした」


 子爵の怒りの咆哮は、フリードリヒに何の感銘も与えなかった。


 「ですが、我らは進んでこの件に関わり合いを持ちたくありません。お手伝いはできますが、それには閣下をはじめ、連座の対象となった皆様の行動がなければ助けようがありません。マリエンヌ殿が無事に解放されるのであれば、エリカは喜んで本件から手を引くでしょう。ここに関してはお約束できる」

 「だが、そうなると、我らがヘシオドス家に加担するも同然ではないか。それこそ処罰の対象だ」

 「ご心配いりません、そこは当家にお任せいただきたい」

 「どうなさるのだ」

 「皆様からの同意を得られた段階で、我が一門からもマリエンヌ殿の助命嘆願を委員会に提出いたしましょう。そこに皆様の名前を連ねていただければ結構」

 「センプローズ一門が、我らの後ろ盾となってくださると解釈してよろしいか」

 「まさに」


 探りを入れる子爵に、フリードリヒは若い笑顔を振りまいた。


 「ご助力いたしましょう。伯爵閣下の陰謀に関して不干渉であれば、委員会も我らの提案を受け入れるでしょう。噂にすぎませんが、教皇様も事の次第をご憂慮なされておられるとのこと」

 「噂ですか」

 「はい。噂です。確証はございません。ですが、ご関心をお持ちでなければ、お膝元であのような催しをお許しなさらないかと」

 「助命嘆願に、猊下のご聖断はいただけないか」


 もっとも強力な解決方法を口にするが、フリードリヒは首を横に振る。


 「それは難しいでしょう。ご聖断ともなれば、国王陛下との争いに繋がりかねません。そのような危険な手法はいかがなものかと」

 「で、あろうな」

 「はい」


 世俗の裁判に教会権力が介入ともなれば、事態はさらなる混迷を深めるだろう。


 「フリードリヒ殿のおっしゃることは理解した。当家としても、このまま手をこまねいているつもりはない。だが、そのお言葉の裏付けが欲しい」

 「と、おっしゃいますと」

 「説得の席に、侯爵閣下のご列席を賜りたい」

 「それは難しいかと」


 フリードリヒは明確に拒絶する。


 「当家だけの説得では弱いのだ。後ろ盾になっていただけるのであろう」

 「それは、閣下が皆様をまとめてからの話です」

 「まとめるためにも、是非とも必要なのだ」

 「では、当家から人を出します」

 「人・・・」


 フリードリヒに不審のまなざしを向ける。


 「ご安心を、使い捨てではなく、それなりの者を送り込みます。今、当家にできるのはここまでです。閣下」

 「それなりの者とは誰だ」

 「この場での確約はできませんが、我が弟ギュンダーで調整いたしましょう」

 「弟君か。それならば・・・いや、やはり貴殿のご列席をお願いする」


 尚も食い下がる子爵に対して、フリードリヒは笑顔で答える。


 「私には閣下が皆様を説得なされた暁の手配がございます。そちらのほうはお任せください」


 子爵はフリードリヒの提案を受け入れる他なかった。



               続く

 今回はちょっと長かったですね。

 話の流れ的に、二つに分解するのも難しかったのでそのままにしました。


 ご意見、ご感想、誤字報告、いつもありがとうございます。

 最近、スマホユーザーの読者さんが増えてきて嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ものすごく面白く読ませていただきました! 若殿が怖すぎる((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル ペリューニュ子爵が各方面にハメられて首を吊る寸前の零細工場社長に見えてくる(TдT) 子…
[良い点] とても読み応えが有って良かったです。 次が楽しみです。
[一言] どっちも真実しか言ってないが貴族は派閥があると大変だね
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