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桁がおかしい

 マリウスたちの存在を思い出したエリックは、一つの問題に行き当たる。

 それは、ディアマンテルの護衛として同行しているイスマイルの処遇であった。

 王都で謀反人扱いされているヘシオドス家につかえる騎士を、アスティー家に招き入れるわけにはいかない。しかし、彼にも護衛というお役目というものがある。ないがしろにすれば、エリックがディアマンテルを奪ったと言い出しかねない。それはアスティー家、ひいてはセンプローズ一門の顔に、泥を塗ることに繋がる。

 エリックはどう対処すべきかお伺いを立てるため、フリードリヒの執務室へと向かった。


 「エリックか。王都に顔を出すとは珍しい。息災か」


 書類仕事をしていたフリードリヒが手を止めた。


 「はい。それだけが取り柄にございます。若殿のお傍でお役に立てず、申し訳ございません」


 エリックはフリードリヒの馬廻り衆の一員ではあるが、顔を合わせるのは半年ぶりであった。


 「貴様の処遇は父上と話し合って決めたことだ。気に病む必要は無い」

 「ありがとうございます」

 「それで今日はどうした。エリカにでも呼ばれたか。それともあ奴を連れ帰りに来か」

 「はい。いいえ。此度はエリカの裁判に必要な資金を届けに参りました」

 「そうであったか。貴様が金策に走り回っていることは聞いている。義理堅いと言うか、人がいいと言うべきか。メルキアにまで足を延ばしたのであろう。彼の地の様子はどうであった」

 「はい。そのことについて一つご相談したいことが」

 「話せ」


 許しを得たエリックはメルキアでの経緯を語り、イスマイルの処遇について尋ねた。

 しかし、フリードリヒはその手前の話に食いついた。 


 「ヘシオドスのご隠居からディアマンテルを預かっただと・・・見せよ」

 「はっ。しばしお待ちください。ただいま取ってまいります」

 「無用だ。どこにある」


 フリードリヒは素早く立ち上がる。


 「エリカが逗留している部屋です」

 「よし」


 フリードリヒは、エリカの滞在している部屋に向かって歩き出した。

 若殿は待たされることが何よりもお嫌いのようで、足早にエリカの部屋にたどり着くと、返事も待たずに扉を開けた。


 「いや、そのままでよい」


 突然の来訪に慌てて立ち上がろうとする女たちを片手で制し、ディアマンテルを確認する。


 「これが(くだん)のディアマンテルか」

 

 わずかに眉間を寄せ、食い入るようにディアマンテルを観察する。

 その真剣な面持ちに、誰も声をかけられない。


 「これを裁判の費えとするのだな」


 厳しい表情のままエリカに尋ねる。


 「はい。そのつもりです。せっかくエリックが持ってきてくれたので、使わせてもらおうかと」

 「わかった。エリック。よくやった」

 「ありがとうございます。それと、イスマイル卿の処遇はどのようにいたしましょう」


 肝心な話がまだ終わっていたない。

 エリックの問いかけに、フリードリヒは軽く頷いた。


 「ディアマンテルの護衛というのであれば、追い返すわけにもいくまい。ただし、ヘシオドス家に仕えていることは口外を禁ずる。それでよければ置いてやる。禁を犯した場合、身の安全は保障できない。そう伝えよ」

 「はっ」

 「私はそのイスマイル卿とやらとは会わん。存在しないものとして扱う。貴様がすべて差配するのだ。よいな」

 「ははっ」


 こうしてイスマイル卿以下、マリウスともども屋敷へ足を踏み入れることが許された。 



 「で、どうやって換金したらいいのかな」


 江梨香はダイヤモンドの換金方法について思案するが、エリックが回答を用意していた。


 「心配するな。売り先については、ご隠居様より紹介状を預かっているんだ。そこで売ろう」

 「えっ、そうなの。助かるわ」


 エリックは担いできた袋の中から、羊皮紙を取り出す。

 これが、紹介状なのね。


 「ド・ヴェール商会を訪ねよと言われている。知っている人はいますか」


 王都に一番詳しいであろう、セシリアが答える。


 「名前だけなら聞いたことがあります。確か宝飾品を扱っている商会のはずです」

 「そこに持っていったら、これを買ってくれるのね。よし行こう。すぐ行こう。今行こう」

 

 エリカは勇んで立ち上がろうとするが、ユリアにその腕を掴まれた。


 「駄目です。外は危険です。エリカ様はここでお待ちください」

 「うっ、そうね。でも買取なら値段交渉がしたいのよ。折角エリックが苦労して集めてくれたのに、安く買い叩かれたら悔しいじゃない」

 「こんな時までなんですか」

 「いや、大事なことよ。頑張って調達してくれたのだから、売値は出来るだけ高くしないと。銅貨一枚だって妥協できないわ」

 「もう。エリカ様は」


 ユリアが可愛らしいほほを膨らませて抗議した。


 「あまり、お金お金と、執着するのはよくありません」

 「そうかな。でも、エリックの頑張りを安売りなんか出来ないでしょ」

 「仰せはごもっともですが、教会から祝福されたアルカディーナとしてのご自覚をもっとお持ちください」

 「好きでなったわけじゃないのに、自覚しなきゃならないの」

 「とにかく。ここでお待ちくださいまし」


 江梨香とユリアの言い合いにセシリアが口をはさむ。


 「エリカが外出できないのであれば、ここに商人を呼び寄せましょうか」

 「呼び寄せるって、その、何とか商会の人を」

 「そうです。お母さまはいつもそうなさっておいでです。誰か」


 セシリアは使用人を呼び寄せると、ド・ヴェール商会へ繋ぎを付けた。

 おお、上流階級にもなると、お店の方が家にやってくるのね。



 紹介状を手にした使用人が走ると、商会から三人の男たちがやってきた。

 全員が黒ずくめの長衣を纏い、両手に多くの荷物を抱えている。


 「この度は、ド・ヴェール商会へご用命いただき、誠にありがとうございます。当商会にてディアマンテルの鑑定を取り仕切っております、ジュール・シェパードでございます」

 

 三人の中で一番年長の男の人が挨拶をする。

 シェパードさんか。なんだか鼻が利きそうな名前ね。今、利いて欲しいのは鼻ではなく目の方だけど。後ろの二人は助手さんなのかな。


 「見て欲しい品はこれです」


 エリックが机に並べたままのダイヤモンドを指さす。


 「拝見いたします」


 一体いくらぐらいになるのかな。

 コルネリアに尋ねても、価格までは分からないという。ざっくりとした相場観だけでも分からなければ、有利な交渉は難しい。

 それでも、金貨100枚は余裕で超えてくるとは思うのよね。

 もしかしたら全部で金貨500枚、いや、思い切って700枚ぐらいになるかもしれない。そうなったら、資金問題はすべて解決できる。マリエンヌの待遇改善だって余裕でしょう。

 鑑定金額、期待しております。


 江梨香の期待とは裏腹に、商会の人たちは机に並んだダイヤモンドを見ても、特に反応は示さなかった。

 手慣れた様子で、鑑定の準備をする。

 仕事で毎日見てる人は、今更驚いたりしないのかも。

 でも、ドーリア商会のフスさんだったら、見飽きていても大げさに驚いてくれた気がする。これってビジネス・スタイルの違いなのかな。

 そんなことを考えながら作業を見守った。


 シェパードさんは、鞄から真っ白な布地を取り出し机の上に広げると、その上にピンセットを使って、石を一つ一つ整然と並べる。

 もしかして、手で直接触ったらダメだったのかな。

 ダイヤモンドなんて、お母さんの指輪でしか見たことが無い。それもこれとは比べ物にもならないほど、ちっちゃい石だ。

 宝石とは縁のない生活だったから、扱いなんて分かんない。

 

 次にシェパードさんは、木と金属でできた装置を組み立てだす。それは一片の長さが50センチほどの大きさだ。

 まるで、眼鏡屋さんに置いてある視力検査をするための機械みたい。

 組立作業をしている間、助手の人が外の光を取り入れるためか、いくつかの鏡をセットしてまわる。

 装置の組み立てが終わり、シェパードさんが助手の人に合図を送ると、助手の人が鏡を動かし、机の上に光が降り注いだ。その光の中心に装置が置かれる。

 どうやらダイヤモンドの鑑定には光が必要らしい。

 全ての準備が完了したようで、装置の中に小さなダイヤモンドがセットされた。


 「それは、何を調べる機械ですか」


 好奇心が抑えきれず、口をはさんでしまう。


 「こちらでディアマンテルの重さと、品質を鑑定いたします。詳しくは申せませんが、内部に秤とディアマンテルを細かく見るための部品が組み込まれております」

 「へー。凄い機械ですね」

 「恐縮です。では、鑑定を始めさせていただきます」


 シェパードさんは上部に取り付けられたのぞき穴に顔を近づけ、機械の側面についているハンドルを操作しながら慎重に鑑定を開始した。

 時折、何かの暗号なのか、それとも専門用語なのか、よくわからない単語を口にすると、隣で控えていた助手の人がそれを書き記していく。

 一つの鑑定が終わると、鞄の中から大きな巻物を取り出して、助手が書き写したメモを見ながら、そろばんのような計算機を使って、何かを割り出している。

 あの巻物には何が書いてあるのだろう。


 暫くの間、誰も会話をせず、静かに作業を見守った。

 気が散ったら悪いからね。

 シェパードさんは、長い時間をかけ、一つ一つ丁寧に鑑定していく。

 最後の一番大きなディアマンテルの番になった時、それまで無反応だったシェパードさんが「ほう」と、一言だけ呟いた。

 やっぱり、一番大きな石は特別だったみたい。

 これは期待してもいいのかもしれない。

 

 「大変、長らくお待たせいたしました」


 ディアマンテルが整列した布地を前に、シェパードさんの説明が始まった。

 

 「まず、こちらの最も大きなお石でございますが、こちらのディアマンテル。通称「アリオンの雫」は、確かに当商会が、ヘルガ・ヘシオドス・クールラント様にお譲りしたお品でございます」


 アリオンの雫。

 このダイヤモンド、そんな御大層な名前がついていたんだ。

 

 「こちらのアリオンの雫は、フィリオーネ金貨3,486枚で、お預かりさせていただきます」


 その瞬間、誰もが呼吸を忘れた。

 奇妙な沈黙が流れる中、一番早く態勢を立て直したコルネリアが聞き返す。


 「すまない。フィリオーネ金貨3,486枚と言われたか」

 「はい。左様でございます。ドゥカート金貨ですと、詳しい算出にお時間を頂きます」

 「いや、それには及びません」

 「ありがとうございます」


 シェパードさんが頭を下げる。

 ええっと、なんだろう。 

 数字が、桁がおかしい。

 うん。そうよ。桁がおかしい。

 フィリオーネ金貨3,486枚って、金貨何枚分だっけ?

 

 あまりの金額に、金貨の単位が分からなくなった江梨香は、混乱しながら悩むのだった。



                続く

 残念ながら本作は、コンテストに落選いたしました。

 (T_T)/~~~無念でござる。


 いつも誤字報告ありがとうございます。助かります。

 自分で発見できないとだめですね。

 (。´・ω・)?なんで、気づかないんだろ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] えーこんなにおもしろいのに残念ですね きっとそのコンテストとの相性ですよ 別のとこいきましょ
[一言] あら~落選ですか、、次また頑張りましょう 確かに珍しい大きさなら固有名詞あるよね
[一言] まあ、多分、世界一のとか類いでしょうね 一番にはとんでもない値段がつきますから
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