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異世界ハリセン

 ヘシオドス家の弁護団が襲撃を受けた話は、どこかの誰かが非常識にも都大路のど真ん中で光の魔法を炸裂させたためか、あるいはメルキア討伐軍の勝利の報と被ったためか、三日とかけず都人の話題を席巻した。

 王都に無数に存在する酒場で、この話がされていない場所を探す方が難しい。

 酒場に集まった人々は、訳知り顔で事件のあらましと、今後の展開を酒杯片手に予想するのだ。

 その中でも弁護団を襲撃した犯人についての憶測は、数多くの説が唱えられた。


 曰く。

 襲撃犯は当然ペリューニュ子爵であろう。

 自分の息子と家を守るためにも、連座制の拡大解釈を唱えた弁護団は始末するしかない。彼らは自衛のために弁護団を襲撃したのだ。

 この動きは、火の粉を恐れたほかの貴族にも広がり、王都では暗殺、襲撃が日常化するだろう。

 

 別の意見もある。

 ペリューニュ子爵にそこまでの力があるのか。

 背後にもっと大きな力が働き、弁護団襲撃に及んだに違いない。

 メルキア討伐軍の勝利と紐付けて考えると、黒幕はもっと巨大な存在だ。ペリューニュ子爵が、誰のクリエンティスかを考えれば犯人は明白ではないか。

 ペリューニュ子爵家のパトローネは王家に連なる一族だ。裏で王家が動いたに違いない。ことによっては国王陛下直々のご下命かもしれないぞ。


 いやいや、事態はさらに深刻だ。

 ヘシオドス家の背後には教会がついている。

 弁護団の中に祝福された娘、アルカディーナがいることがその証拠だ。

 これは、王権と教会の衝突に違いない。

 近いうちに王都は真っ二つに分かれて争うことになるだろう。

 我々も用心せねばならない。 


 卓の数だけ、予想があり、議論があり、ここだけの話がある。

 誰もが熱心かつ深刻に、この話題を酒の肴にして楽しんでいた。

 こうして弁護団襲撃事件の真実が生み出されてゆく。それは誰にも制御することはできなかった。


 酒場で政治談議が盛り上がりを見せたころ。エンデュミオンの港に、小麦を満載した船が入港した。

 この船はレキテーヌ地方と王都を結ぶドーリア商会の定期便だ。

 接岸した船に板が渡されると、三人の若者と同数の軍団兵たちが下船する。

 それは、ニースから旅してきたエリックたち一行であった。


 「はぁ。なんとか無事に到着できたな。今回は大変だった」

 

 エリックは足踏みをして地面の感触を確かめる。


 「さすがに疲れました。今夜からは揺れない床で眠れるかと思うと、それだけで神々に感謝です」


 大きな荷物を背負ったマリウスが同じように地面の感触を確かめる横で、青い顔のイスマイルが無言のまま座り込む。


 「歩けますか」


 マリウスの呼びかけにもイスマイルは無言で手を挙げるだけ。

 その仕草では、歩けるのか歩けないのか不明だ。おそらく無理なのであろうが。


 「一晩寝たら治りますよ」

 

 エリックは極度の船酔いで血の気の引いたイスマイルを励ました。


 ため込んでいた仕事を片付けたエリックは、モリーニが手配してくれた定期便を使い、フレジュスの港町を手間取らずに発つことができた。

 だが、エンデュミオンを前にして小さな嵐に巻き込まれ、船は木の葉のように弄ばれた。

 幸い、嵐は半日程度で収まったが、全身ずぶぬれになりながら、船の手すりにしがみつく経験は愉快とは言えない。

 海沿いの村出身で、船旅に強いエリックでも疲れの色は隠せなかった。

 ましてや、船旅自体が初経験のイスマイルにとっては拷問に近かったろう。


 イスマイルの介抱をマリウスに任せたエリックは、近寄ってきたドーリア商会の商会員に、モリーニから預かった手紙を手渡し、エリカの滞在先を尋ねたのであった。

 イスマイルがよろよろと立ち上がることに成功した頃、桟橋に一人の男が到着する。それはドーリア商会の筆頭番頭のモレイであった。


 「シンクレア卿。エリカ様のことで、お耳に入れたいことがございます」


 モレイは挨拶もそこそこにエリックに耳打ちする。


 「どうしたのですか。エリカに何かありましたか」

 「何かどころではございません。エリカ様が賊に襲撃されました」

 「なっ、賊だって」


 予想外の言葉に息をのんだ。


 「それでエリカは」

 「ご安心ください。エリカ様はご無事でございます。襲い掛かってきた賊どもに光の魔法を放ち、撃退されたのこと」

 「怪我はないのだな」

 「はい。傷一つございません。直接お会いして確認いたしました」


 モレイが何度も頷くので、少し落ち着きを取り戻す。


 「それで、誰に襲われた。いや、その前にどうして賊などに襲われるのだ・・・まさか、裁判に絡んでのことですか」

 「賊の正体は不明でございます。ただ、エリカ様は裁判からの帰り道で襲われました。無関係ではないかと」


 なんという事だ。裁判とはそれほどまでに恐ろしい代物なのか。そうと知っていれば、エリカを深入りさせたりはしなかったのに。


 「よし、エリカの元へ案内してください」


 俺はエリカの滞在先を知らない。

 商会が用意した立派な館に逗留しているとのことだが、モレイの返答は違った。


 「エリカ様は我々が用意した館を立ち退かれ、今はアスティー家にご逗留でございます」

 「若殿の元にか」

 「はい」

 「わかった。直ちに向かう。行くぞ。マリウス」


 エリックは肩から下げた荷物を背負いなおすと、止める間もなく王都の中心部に向かって走り出す。


 「エリック様。お待ちください」


 駆け出したエリックの後を、マリウスが大きな荷物をふら付かせながら必死についていく。

 あとに残されたのは、船酔いの疲れで身動きが取れないイスマイルと、状況が呑み込めない軍団兵たち。

 それでも、気力が残っている軍団兵の一人がマリウスの後に続くと、残りも足を引きずるように後を追いはじめた。

 疲れ果てたイスマイルだけは、最後まで動くことがでず、立ち去ろうとするモレイに声をかけた。


 「モレイ殿とやら。すまないが一つ頼みがある」

 「はい。どうなさいましたか」

 「私は王都が初めてなのだ。アスティー家への道順を教えてくれ」

 

 モレイはイスマイルを一瞥し、頭の中で素早く計算すると、彼のために辻馬車を拾ってやった。



 エリックは一年ぶりの王都を全力疾走し、アスティー家の門を潜り抜けた。

 マリウスたちを、はるか後方に置き去りにしたことにも気が付かない。

 案内の使用人をも追い越し、エリカが滞在しているらしい部屋の扉を、返答を待たずに押し開ける。


 「エリカ。無事か」


 部屋の中には四人の顔見知りの女性たちがいた。

 

 「エリック・・・」

 

 扉の一番近くにいた金髪の少女が、エリックの姿を認め目を見張る。


 「セシリー」


 愛しい人との数か月ぶりの再会に声がかすれた。


 「・・・久しぶり」

 「はい。お久しぶりでございます」


 セシリアが腰をかがめて一礼した。

 二人の間に、奇妙な間が空く。

 先に態勢を整えたのはセシリアであった。

 可愛らしい咳ばらいを一つ。


 「オホン。駄目ですよエリック。いくら親しい間柄でも、女性の部屋の扉を乱暴に開けてはいけません」

 「あっ・・・ああ、すまない」

 「それともこれがエリックの普段の行いなのでしょうか」


 急にセシリアの視線が冷たくなったような気がして慌てる。


 「いえ、違います。失礼いたしました。それで、大丈夫なのかエリカ」


 部屋の一番奥で、ポカンとした表情で固まっているエリカに声をかけた。


 「う、うん。大丈夫・・・よ?」


 返答がなぜか疑問形だ。やはりいつもの元気がない。

 いや。無理もない。突然命を狙われたら誰だってそうなるだろう。


 「大丈夫ではございません。エリカ様はお命を狙われたのです。それも多くの賊にです」


 エリカの隣に座っていたユリアが、頭のてっぺんから出したような甲高い声で叫んだ。

 

 「落ち着きなさいユリア。ここにいれば安全です。エリック卿も遠いところをご苦労でしたね」


 この中で一番落ち着きのあるコルネリアが、エリックに席を勧めてくれた。

 王都で初めて腰を落ち着けたエリックは、これまでの経緯(いきさつ)を四人から聞いたのだった。

 それは、事前の予想を大きく超えた内容であった。


 「謀反人の娘を助けるために、子爵家を訴えた・・・だと」


 話が連座制の拡大解釈に移ると、さすがにエリックも言葉を失った。

 その表情を見てまずいと思ったのか、エリカが必死に弁明を始める。


 「違うのよ。まだ訴えてないから。訴えるかもしれませんよーって言っただけだもん。まだ訴えてないからね」

 「どう違うんだ。いずれ訴えるつもりだったのだろう」

 「それはその・・・先方の受け取りかたと、対応次第でして・・・あくまでも取引の材料と申しますか、話の流れ的な部分がね」


 エリカは両手を振りながら、要領を得ない弁明を続ける。


 「その結果がこれか」

 「いや、うん。まぁ・・・そうなんですけど」


 歯切れの悪い返答を聞いたエリックは、おもむろに立ち上がる。

 何をするのかと皆が見守る中、机の上に広げられていた羊皮紙を筒状に丸めると、そのまま江梨香の頭の上に振り下ろした。

 パコンという、景気のいい音が室内に響き、女たちが目を丸めた。


 「痛い。なにすんのよ。暴力反対。エリックのDV野郎」


 エリカは大げさに頭を押さえて文句を言う。

 音の割には痛みはないはずだ。


 「なにが暴力反対だ。王都でなにをしているんだよ。全財産はたいて、人の恨みを買って、あげく命を狙われただと。お前はあほか」

 「あほって言った。お父さんにも言われたことないのに」

 「言われたことが無いのは、言いたいのを我慢していただけだ」

 「酷い」

 「酷くない。もっと自分を大事にしろ。今の一撃は、お父上からの一撃だと思え。皆に心配かけさせて何をしているんだ」

 「・・・ぐぬぬ、正論すぎて何も言い返せない」


 頭を押さえたままのエリカが、涙目でこちらを見上げる。


 「はぁ」


 ため息とともに旅とは別の疲労感がエリックを襲う。

 本当に予想の斜め上を突き進む女だな。エリカは。余計な心配かけさせて、とにかく無事でよかった。



                続く

 お~ま~え~は~あ~ほ~か~。


 古いか。

 エリック怒りのハリセンの回でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] きたかエリィィック さぁ資金を見せてやるのだぁ
[気になる点] 横山マコトさんにご冥福を…
[一言] >モレイはイスマイルを一瞥し、頭の中で素早く計算すると、彼のために辻馬車を拾ってやった。 船酔い状態で次は馬車か…… イスマイル氏は屋敷に着く頃には大変なことになっているのでは……?
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