メテオ・ストライク
「それはともかく、ロジェストには好きにさせよ。許す」
退出の挨拶をしようとしていたアランは、フリードリヒの言葉で、微妙な姿勢のまま固まる。
「・・・今、なんと」
「聞こえなかったとは言わせぬ」
アランの問いかけに、フリードリヒは身を起こし不敵な笑みを浮かべた。
「しかし・・・他の方法を」
「何かあるのなら申してみよ」
「そう言われましても・・・ですが、何かしらの方法が」
「馬鹿の振りをするのはやめよ。連座制の拡大解釈は、本裁判において有効である。貴様もそれを理解しているのであろう」
反駁しようとするが、咄嗟に言葉が出てこない。
「それともなんだ。自分ではロジェストを止められぬから、私の威を借りに来たのか。私の命でロジェストを止めてほしかったのか」
「・・・決してそんなことは」
図星を突かれ、全身から冷や汗が流れ出す。
「・・・有効とはいえ、ロジェストの手法はあまりに危険すぎます。一門にも」
どうにかして言葉を捻りだそうと苦慮するアランを、フリードリヒは遮った。
「心得ている。他の者なら許さぬが、ロジェストであればうまく立ち回るであろう。ほどほどにせよと伝えろ」
フリードリヒは立ち上がり、脱ぎ捨てた夜会服を手にした。
話は終わりだという合図ではあったが、なおもアランは食い下がる。
「エリカ様や、その周りに危害が加わえられる恐れがございます。刺客が送り込まれるやもしれません」
必死の形相のアランに、フリードリヒは優しい笑みを浮かべた。
「そうだな。それが一番の気がかりだ。私の方で手配しよう。案ずるな。貴様は引き続きエリカの監視と護衛を行え」
「なぜ・・・」
なぜそこまでして、危険な橋を渡らなくてはならぬのか。
そう言いたかったが、続きが出てこない。
頭の片隅で、事の状況を正しく理解している自分がいる。
センプローズは、いやフリードリヒは、不干渉を装っていただけだ。
目立たぬように、密かに、しかし確実に今回の事態に介入する気だったのだ。
始めから。
アランは口の渇きと冷や汗で、眩暈にも似た感覚に襲われた。
やはりこのお方は、恐ろしい方だ。
裁判二日目。
江莉香は初公判と同じ、いやそれ以上の緊張感をもって円卓への道を歩む。
ロジェ先生の作戦は、有効だとは思うけど、先方がこちらの思惑通りに動いてくれるとは限らへんしね。
どうなるんだろう。
私の右隣をコルネリア、左隣をユリアが進むのはいつもと同じだけど、今日は怖い顔をしたアラン様が先頭を歩く。
出発前に、これからは常にアラン様が先導する旨が告げられた。
特に何も考えずに了承したのだけど、いつもの甘いマスクではなく、北部戦役で見た、緊張した面持ちなのが気にかかる。
アラン様。どうしたんだろう。
いや、事の重大さは戦場と変わらないわよね。うん。
眩しい日差しを浴びながら、えっちら、おっちら坂を上ると、円卓には初公判と変わらない人数が詰め掛けていた。
裁判は面白いぐらいに、ロジェ先生の予測通りに展開した。
検察側は、マリエンヌが陰謀の受益者と断定。陰謀に直接関与していなくても同罪であるとした。
これを聞いたときのロジェ先生の顔の怖い事、怖い事。
邪悪な笑みとはこれの事かという、お手本の様な表情だった。
そして満を持して、ロジェ先生が考案した連座制の拡大解釈戦法が炸裂した。
本当に炸裂としか表現のしようがない。
ダイナマイトだって、もう少し遠慮気味に爆発するに違いない。
具体的にはペリューニュ子爵の息子さん、マリエンヌの婚約者を、連座制の適用範囲内であると告発する用意があると言ったのだった。
刹那の沈黙ののちに、詰めかけた傍聴人たちから、うめき声にも似たどよめきが発せられ、陪審員達の顔が凍り付く。
ですよね。
私の心臓も緊張で縮み上がりそうよ。
今の段階では告発の用意があると宣言しただけで、実際には告発はしていないけれど、そんな事は些末な問題よね。いざとなったら告発するんだし。
遅いか早いかの違いしかない。
なんだか、争う人の頭数が、無限に増えていく気しかしない。
これって、もしかしてだけど、ワンチャン、容疑者の弁護を依頼している私も、連座の対象内になるんじゃないの。
それぐらいの威力のある、超絶範囲攻撃よ。
ロジェ先生は、アルティメット・メテオ・ストライクを唱えた。
デデデン。
全長二キロの小惑星を、火星木星軌道間のアステロイドベルトから特殊召喚しました。
地表に落ちたら大事だ。
ユカタン半島も消し飛んじゃう。
ロジェ先生は、私なんかよりもはるかに強大な魔法使いだと思うのよね。
後に残るのは、巨大なクレーターだけになったらどうしよう。ロンダー王国に隕石の冬が到来するかもしれない。
そんな魔法の言葉だった。
悪い意味でだけど。
これで相手が引いてくれたらいいけど、引かなかったらどうすればいいのかな。
うーん。わかんない。
テロリストとは交渉しない。そんな台詞もあったわよね。
まぁ、私達はテロリストではないけれど。
裁判で正々堂々と主張しているんだから、テロリストではない。うん。
理論武装完了。
しかしですね。なんだか自分が、どこかの国の将軍様の真似事をしているようで嫌になる。
瀬戸際外交ならぬ、瀬戸際裁判。
でも、効果的なのは間違いないのよね。
検察側のお役人の顔を見ても、それは明らかだ。
見るからに動揺してはるわ。想定外の出来事だったのやろな。
裁判の行方を左右する陪審員たちも、隣の人同士で活発に意見交換をしている。
あまりの展開に、ヘシオドス伯爵までが、ポカンとした表情を浮かべていた。
確かに、少し置いてけぼり感がある。
先頭を切っているはずの私だって、付いていける自信が無いもん。
この作戦は、連座制による相互確証破壊。
平たく言えば、死なば諸共。
いつの時代の核戦略よ。私が生まれる前のお話でしょ。
時代錯誤も甚だしいわ。
自分で言ってて悲しくなってきた。
でも、今更後には引けないのよね。
その後、検察側が休廷を申し込んで、ロジェ先生が了承したので、裁判官は木槌を振り下ろした。
裁判の趨勢は、ロジェ先生の爆弾発言により、取り敢えずはイーブンに持ち込めたかな。
館に戻ると、見慣れない男の人たちが集まっていた。
皆さん剣こそ身につけていないが、邏卒のお兄さんたちが持っている長い棒を手にしている。
どなたですかと問いかける前に、アラン様が説明してくれた。
今日の裁判でペリューニュ子爵家の怒りを買ったことは間違いないので、身辺の護衛を強化することが告げられる。
彼らはアラン様の依頼で、ドーリア商会から派遣された護衛だそうな。二十四時間体制で、館を守ってくれるらしい。
ご迷惑をおかけいたします。
一つお伺いしたいのですが、日当はおいくらでしょう。
アラン様かドーリア商会が、取りあえずは立て替えて下さるのだとは思うのですけど、これって絶対、後から請求書が回ってきますよね。
請求額が心配です。とても。
そして、今後は一人で王都を出歩かないと、約束させられた。
一人出て歩いた場合、命の保証はないとまでも。
やっぱりそうなるわよね。
裁判が終わるまでは、極力出歩かないようにしよう。裁判が終わったらマリエンヌを連れて、ニースに飛んで帰らなくっちゃ。
エリックになんて説明したらいいのかな。
めっちゃ怒られる未来しか見えなくて、頭が痛い。
続く
いつも誤字報告ありがとうございます。
助かります。




