開廷いたします
お天道様がてっぺんに上った頃、遂に裁判が本格的に始まった。
紫色の立派な衣装を纏った検察側の役人が、ヘシオドス伯爵の罪状をこれでもかと明らかにする。
曰く。
ヘシオドス伯とその一家は、同じ一門のガエダ辺境伯家の跡目の座を狙い、辺境伯家の三男をそそのかし、辺境伯とその跡取りを、北方民の仕業に見せかけて謀殺しようとした。
陰謀の結果、辺境伯は負傷し、跡取りは戦死。ガエダ辺境伯が指揮する王国軍第四軍団に壊滅的打撃を与え、援護に向かった第五軍団にも大きな被害が発生し、王国の安全を脅かした。
これは、王国と国王陛下に対する謀反にも等しい背信行為である。
その他にもいろいろな罪状が付け足され、死罪以外の刑罰はないと思わせる内容だ。
聞いていた聴衆の間でも、厳罰は免れないであろうという雰囲気になっている。
これに対して、ディクタトーレを雇えなかったのか雇わなかったのか、ヘシオドス伯は自身を弁護すべく、猛然と反論を開始した。
曰く。
罪状は、事実無根の言いがかりである。
北方戦役での悲劇は、ガエダ辺境伯家のお家騒動が原因であって、ヘシオドス家は一切関与していない。これらの罪状は、自分たちに敵対する勢力のでっち上げである。
ガエダ家を乗っ取るというが、そもそも自分や息子よりも、ガエダ家の血縁が近しい貴族は、他にも幾らでもいるではないか、まずはその者たちを疑うべきであろう。
メルキアにおいて、北部国境の防衛の一翼を担っている我々が、どうして防衛線を弱体化させるような陰謀を企てねばならないのか、ドルン河が突破されれば自分たちも無事では済まない。そのような不合理な真似は行わない。
第四、第五軍団が損傷を受けたのは、あくまでも北方民共の侵攻のせいである。それを我々に押し付けるなどとは、責任の転嫁に他ならない。
仮に辺境伯家への干渉が事実であったとしても、一門内の内輪もめである。それが王国と国王陛下への謀反などとは、言いがかり以外の何物でもない。
得体のしれぬ怪しい者どもの証言だけで、枢密院議員でもある自分にこのような仕打ちは承服しかねる。即時の釈放を求める。
恐れ入ることなく堂々と発言するので、円卓に詰めかけた聴衆からざわめきが起こった。
話を聞いていた江莉香も、思わず納得しかける論理立った弁論であった。
確かにこの人には、ディクタトーレの先生は必要なさそうね。
その調子で無罪を勝ち取っていただけたら、私は見物だけで話が終わる。
しかし、そうはいかない。
検察側は、ガエダ辺境伯へのヘシオドス家の干渉の根拠として、数々の手紙を証拠として挙げる。
それだけを聞いていると、陰謀は確かなように思えるが、伯爵も偽の手紙だと言って譲らない。
もう、どっちが正しいのか全く分からない状態だ。
これ、ワンチャン証拠不十分で釈放されるんじゃないかと思い、その事をロジェ先生に問いかけるが、返答は冷ややかなものだった。
「無理でしょうな」
「どうしてです。伯爵の言い分にも一理ありますよ」
「一理はあります。しかし、言い分が認められなければ意味はない。認めるか認めないかの判断は陪審員たちが行います」
「裁判官じゃなくてですか」
「ええ、判断は彼らの専権事項です。だから陪審員に対して、陰に日向に多数派工作が行われるのです。今回の裁判は王家の意向が強いようですので、いつもより厳しい」
「陪審員の人たちが、王様に忖度して判決を出すという事ですね」
「ソンタク? 何ですかな、その言葉は。聞いたことが無い」
ロジェ先生が眉をひそめる。
また、日本語を混ぜてしまった。
こっちで該当する言葉が見当たらないと、ついやってしまう。
「ええっと、王様の意を汲んで、陪審員たちが自発的に考えて判決を出すって事ですね」
「その通り。呑み込みが早いですね」
「でもでも、そうなるとロジェ先生が、ここで何を言っても無駄な気がするんですけど」
「無駄ですな」
他人事のように返されてしまった。
ええ、無駄って。
ご自分の職務をお忘れになったんじゃないわよね。
「どうするんです」
「真正面からの論破が無理な場合は、論点をずらすしかないでしょうね」
「それって、ずるくないですか」
「ずるいですな」
「いいんですか」
「では、粛々と刑に服しますか」
「いや、それはちょっと」
「普段であればヘシオドス伯と懇意の貴族たちが彼に加勢するので、国王とてここまで強引な手法は取れません。しかし、今回は見て見ぬ振りを決め込んでいるようです。王宮の内側の事は分かりませんが、国王と何らかの取引が成立しているのでしょう。メルキアに討伐軍が出されたことも、その流れの一つかと」
「ああ、やっぱり、有罪判決ありきなんですね」
なんとなくは感じていたけど、口にすると絶望感が強い。
「ですから、ヘシオドス伯に関しては望み薄ですな」
「マリエンヌは」
「助かりますよ」
「へっ」
意外な言葉に、間の抜けた声が零れる。
「わたしが弁護しますからな。問題ありません」
ロジェ先生は自信満々に笑って見せた。
何だそういう事か。でも、自信が無い人より、自信過剰な人の方が今は助かる。
「でも、どうやって論点をずらすんですか」
「それは相手の出方によります。まずはヘシオドス伯を見習って、正々堂々と娘の無罪を主張致しましょう。理屈で押せるところまでは押すのが、この手の裁判の鉄則ですよ」
「そういうもんですか」
「お任せを」
伯爵と息子の審問が終わると、いよいよマリエンヌの番が回ってきた。
どんな酷い事をいわれるのかと身構えていたら、特に何も言われることなく終了。
ちょっと待ってよ。
罪状はなんなのよ。
人が牢屋に放り込まれるのには、それなりの理由があるでしょうが。それを述べなさいよ。
思わず声をあげそうになると、ロジェ先生が手をあげて、役人にマリエンヌの罪状を問うた。
そうすると役人は不思議そうな顔をして、首謀者の肉親は同様に罪人であると、何の疑いも無く宣うのだった。
予想はしていたけど、本気で言っているのよね。これ。
はいはい。日本とは文化が違う事は、事あるごとに身にしみて感じてますけど、流石にこれは看過できへんわ。
親父の罪は親父が償うもんでしょうが、どうして無関係の娘まで罪人扱いされないといけないのよ。
私の憤りをロジェ先生が、裁判用の言葉で丁寧に述べてくれる。
娘は陰謀に関わりありませんよ。それとも何か陰謀に関わった証拠でもあるのでしょうかと。
正にど正論。
罪を立証できないのであれば、日本の司法ならここで裁判終了、無罪放免よ。
しかし、そうはならないのがこっちの世界。
こっちには、こっちの常識ってもんがあるから仕方がないのだけど、なんかモヤモヤする。
陪審員たちは、伯爵にディクタトーレが付いていないのに、娘の方にはディクタトーレが付いていることを知り、困惑気味だ。
役人もマリエンヌに関しては、答弁を用意していなかったようで、反応が鈍くもたもたしている。
その鈍さも腹立たしい。
本当におまけ扱いで牢屋に放り込まれたのね。
魔法の石と、魔法使いのコルネリアまで動員したのに、信じらんない。
もっと重大な要素があると思っていた。
場合によっては死刑も有るっていうから、こっちは真剣なのに、なんか片手間感が凄い。伯爵が有罪の場合は、自動的に娘も有罪にする気満々だ。
陰謀との因果関係を立証しろって言いたい。
何のための裁判なのよ。
形式だけでやっているんだったら、こっちにも考えがあるんだから。
娘は親父の付属品じゃない。一人の立派な人間なのよ。
こっちでは付属品扱いなのかもしれないけど、私はそんなものは認めない。こっちに来ても色あせない、私の大和魂を見せてやるわよ。
江莉香は鼻息荒く、裁判の行く末を見守るのだった。
続く
本作も遂に総合評価ポイントが、30,000ポイントの大台に達しました。
(∩´∀`)∩バンザーイ。(∩´∀`)∩バンザーイ。(∩´∀`)∩バンザーイ。
これもひとえに平素より、応援して下さった皆々様のお陰でございます。
厚く御礼申し上げます。
ありがとうございます。
去年の今頃は4,000ポイントぐらいでしたので、僅か一年で26,000ポイント稼いだ計算です。
これからもよろしくお引き立てのほど、お願い申し上げます。
ご感想、誤字報告、いつもありがとうございます。




