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結果報告

 メルキアでの目的を達成し、レボントス山の館を後にしたエリックの背中を、イスマイルが呼び止めた。


 「何ですか。決闘なら受けませんよ。状況が変わりましたからね」

 

 うんざりした思いで振り返る。

 この期に及んで、まだ、俺を捕まえる気なのか。

 しかし、イスマイルの返答は違っていた。


 「そんな事は、承知している」

 「では、なんです」

 「ディアマンテルを渡せ。私が預かる」


 イスマイルがマリウスに向かって、手を差し出す。


 「馬鹿を言わないでください。渡すわけがないでしょう」


 エリックは呆れたように、視線を外した。


 「あれは、私共がご隠居様からお預かりしたものです。イスマイル卿は私たちを見張るだけですよ」

 「ならば、せめて貴様自身がディアマンテルを預かれ。従者に持たせるな」

 「どうしてです。マリウスは貴方よりもはるかに信用できます」

 「そんな事は関係ない。これは譲らんぞ」

 

 イスマイルの文句の多さに、少し腹が立ってきた。

 ご隠居には悪いが、ここに置いて行こうか。

 そう思案していると、マリウスが近づきディアマンテルが入っている袋を差し出した。


 「エリック様。ここは、あの人の言うとおりにいたしましょう」

 「気にするな。言わせておけばいいじゃないか」

 「正直に申しますと、私には荷が重うございます」

 「重いって、この石がか」

 「はい」


 本当に重いのかどうか確かめるために、受けとってしまった。

 当然、袋はとても軽い。

 中身を確かめると、ディアマンテルが輝いていた。


 「軽いものだがな」

 「ギルドで一番大きな砂糖袋を担ぐ方が、まだましです。気持ちの問題ですが」


 高価な宝石を預かる責任は、確かに重いものか。ここで言い合いになっても時の無駄だ。


 「わかった・・・これでいいですか」

 

 イスマイルに向かって袋を振って見せる。


 「肌身離さず持っていろ」

 「分かりました。それでは行きますよ」


 エリックは再び案内を買って出てくれたスッラ達に導かれ、土地の者しか知らない間道を使い、無事にメルキアを後にすることが出来た。


 「お二人には感謝します。助かりました」


 別れ際、エリックはスッラとニルスに丁重に礼を述べた。

 二人がいなければこの旅は、もっと苦労していただろう。


 「いえいえ、お安い御用です」

 「シンクレア様との旅路は、我等も楽しめました」

 「このお礼はいずれ、改めて。院長様にもお伝えください。必ずやご期待に応えて見せましょう」

 「伝えます。エリック様たちの旅に、神々のご加護がありますように」


 修道士の笑顔に見送られたエリックが、再びオルレアーノの城門をくぐったのは、夏の盛りであった。



 「エリック・シンクレア。帰還いたしました」


 執務室で将軍に帰還の報告をする。


 「早かったではないか。メルキアの様子はどうだ」

 「はい。トレバンの街中は騒然としておりました。各地より兵を集結させており、ヘシオドス家は徹底抗戦の構えです」

 「数は」

 「千は下らないかと」

 「兵たちの士気は」

 「申し訳ありません。そこまでは確認しておりません」


 そんな余裕はなかった。


 「貴様が受けた印象で構わん」

 「高いようには見えませんでしたが、一応は迎え撃つ構えかと」

 「兵糧の貯えも分からぬか」

 「申し訳ございません」


 それをお聞きになるのであれば、初めから命じてほしかった。そうなると、完全に間諜ではあるが。

 エリックの思いが通じたのか、将軍は気にするなと手を振った。


 「よいよい。そこまで求めてはおらぬ。ご苦労であった。それで貴様の首尾はどうだ。金は集まったか」

 「はい。聖アンジュ修道院を始め、幾つかの家から資金援助の確約を頂きました」

 「やるではないか。幾ら集まった」

 「詳しい金額は、彼らが王都に届けるまでは不明ですが、およそ、フィリオーネ金貨で二十枚ほどにはなるのではないかと」

 「二十枚か。少々物足りぬが、短い期間でよくやった。我が一門の名前は出しておらぬであろうな」

 「はい・・・それが」


 エリックは、誤解を生まない言葉を探すために口ごもった。


 「どうした。名乗ったのか」

 「いえ。名乗ってはおりません。名乗ってはおりませんが、私が一門であることを、見抜かれてしまいました」

 「見抜くも何も、其の方が、思わせぶりな話でもしたのであろう」

 「いいえ。違います」

 「では、なんだ」


 どう話すべきか悩んだが、これは、俺の失態とは言えないだろう。あまりにも予想外の出来事だ。


 「その、私の名前がメルキアで広まっておりまして、そこから当りを付けられたようです」

 「どういうことだ」


 エリックは自身とエリカの、間違った驍名が、メルキアで轟いていることを説明すると、将軍は大笑いを始めた。

 周りの側近たちもつられて笑う。


 「なんともはや。そんな事になっておったか。これは愉快ではないか」

 「私といたしましては、笑い事ではございません。吟遊詩人共のせいでどこへ行っても、おかしな眼で見られ、その結果、ヘシオドス家からも付け狙われたのです。ヘシオドスの娘の為に走り回っているというのに」


 口調に恨み節が滲んでしまった。


 「それは災難であったな。付け狙っていた者たちはどうした。斬り捨てたのか」

 「いいえ。それどころか、今も付いてきています」

 「今もだと」


 そこから、イスマイル卿に追跡され、罠を仕掛けて捕縛したことまで話すと、将軍の笑い声は一段と高まった。


 「これは愉快だ。久々に大笑いさせてもらったぞ、エリック。その、イスマイル卿とやらが付いてきていると申したな」

 「はい」

 「会ってみたい。どこにおる」

 「屋敷の外で、待たせておりますが」

 「通せ」


 上機嫌な将軍は、側近にイスマイル卿を呼び寄せるように命じた。


 「レキテーヌ侯爵。ユスティニアヌスである。貴公、エリックの捕虜になったというのは本当か」

 「違います」


 イスマイルは、憮然とした面持ちで答える。

 将軍がどういうことだと視線で問うてくるが、エリックとしては肩をすくめるしかない。


 「違うのか。では、どうしてここにおる。メルキアでの戦に備えなくてよいのか」


 将軍の言葉に、イスマイルは表情を歪めた。


 「私は、ヘルガ・ヘシオドス・クールラント様より、ディアマンテルの警護を命じられたのです」

 「ヘルガ殿だと。詳しく申せ」


 イスマイルの言葉に、将軍の表情が俄かに厳しくなった。


 「ここからは、私が」


 エリックは進み出ると、ディアマンテルを預け受けるまでの経緯を話すと、将軍は更に大きな声をあげた。


 「ヘルガ殿から助力を引き出すとは・・・なぜ、それを先に言わん。見せてみよ。その、ディアマンテルを」

 「はっ」


 エリックは懐からディアマンテルを取り出し、執務机の上に並べる。

 将軍はそのうちの一つを取り上げると、日の光に透かして見せた。


 「見事なものよ。裁判の費えにしては、ちと多すぎるがな。あのヘルガ殿も孫娘は可愛いか」

 「ディアマンテルを王都まで護送することが、私のお役目にございます。断じてシンクレアの捕虜ではございません」


 ここぞとばかりにイスマイルは声を上げる。


 「相分かった。虜囚扱いしたことは詫びよう。許せ」

 「はっ」


 将軍の謝罪に、イスマイルは満足そうに首を垂れた。


 「エリックよ。大成果であるな。感心したぞ。ここまでやり遂げるとは、思ってもみなんだ」

 「ありがとうございます」

 「これを王都に持ち込むのだな」

 「はい。換金先も紹介されております」

 「よかろう。念のため、儂からも護衛を出す。手配いたせ」


 将軍の命令に側近が動く。

 エリックは将軍の指示に意外な思いを受けた。


 「護衛でございますか」

 「中途で奪われるわけにもいかぬであろう。そのようなことになれば儂としても、ヘルガ殿に顔向けできぬわ」

 「ご配慮。感謝致します」

 「うむ」

 


 エリックは、将軍直隷の親衛中隊より、三名の軍団兵を護衛として与えられ、屋敷を後にした。


 「シンクレア。少しいいか」


 ニースに向けて、馬に鞭を当てようとした時に、イスマイルが声を掛けて来た。


 「今度は何です」


 我ながら迷惑そうな顔のまま振り返る。


 「いや、貴様、本当にレキテーヌ侯爵閣下の側近だったんだな」

 「今更ですか」

 「疑ってすまん」

  

 イスマイルが素直に謝罪したので驚いた。


 「構いません。騎士に取り立てて頂いたのは、先の戦が終わってからの事ですから、騎士に見えなくても仕方がありません」

 「ふむ、となると貴様の武勇伝も、あながちほら話という訳でもないのか」

 「あれは、ほとんどでまかせだ。私もエリカも迷惑している」

 

 イスマイルの独り言にそう吐き捨てると、エリックは馬に鞭を当てた。



                続く

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― 新着の感想 ―
[一言] イスマイルさん、どう言いつくろっても捕虜でしょw 恥をかかずに済まそうとして自分の価値を下げるタイプ
[一言] いつも更新ありがとうございます。
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